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77番目の使徒  作者: ふわむ
第二章
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休日出勤5


「今日は本当に助かったわぁ」


水場の入口に到着したマルティーナさんはご機嫌だった。

無理もない。夜二つの鐘まで掛かると言ってた仕事が夜一つの鐘で終わったのだから。


水場に入った私は、まずは洗濯に取り掛かった。

服を濡らさぬよう、大人なら備え付けの防水エプロンをするのだが、サイズが大きすぎて合わない。

なので開き直って上半身裸、下も下着一枚になった。


マルティーナさんから洗濯の手伝いを申し出られたが、自分の肌着や下着を洗ってもらうというのは頼り過ぎだろう。

なのでその申し出は断らせてもらって、代わりに掃除で使った雑巾と桶をすすいでもらった。


洗濯が終わったところで服を全部脱ぎ、桶で頭からザバーッと水を被る。

水といっても冷たくない。水温は、たぶん25℃くらいはあるのかな。

魔道具のポンプ、すごいよね。


同じく服を脱いだマルティーナさんも、私の横に来て体を洗い始めた。


「エルナちゃん、おいでおいで。石鹸で洗ってあげる」


石鹸!?

この世界で初めて見た。蒟蒻こんにゃくみたいな色をしているよ。

身綺麗みぎれいにしている偉い人はおそらく使っているんだろうとは思っていたけど、実際に使っているところを見たことはなかったし、存在を聞いたこともなかったんだよね。


「石鹸って高そうですね」

「これはそうでもないかな。安くもないけど」


そう言いながら、石鹸で泡立った布で私の肩や背中を擦ってくれる。

石鹸は獣脂で作られたもので、オルカーテでは最近手に入り易くなったらしい。

植物油を使った石鹸もあるというが、そっちはもう少し高価なのだそうだ。


生まれて初めて髪を石鹸で洗ったら、いつまでも汚れが出てくる感じだ。

一回、二回と洗ってもあんまり泡立たない。三回目でようやく泡立つようになってきた。

だってしょうがないじゃん。ここまでちゃんと髪を洗ったの初めてなんだもん。


されるがままに髪を洗ってもらっていた私は、少し仕事の話もしたくなった。


「今日みたいな代筆の仕事って、結構多いんですか」


私が清書した書類には『冒険者の聞き取り票』と書いてあった。

内容も冒険者目線で国内各地の情勢などが書かれていたのを覚えている。

だが、もちろん内容については踏み込んではいけない。その心構えは、私が故郷の村で配達の仕事をしてきたときと変わらないのだ。


「うーん。今日のはたまたまかな。冒険者の聞き取り票は、普段ならそのまま保管で問題ないんだけど、今日のは役所へ提出することになって急遽清書しなきゃいけなくなったんだよね」


当然マルティーナさんも内容については深く掘り下げない。話すのは仕事の概要までだ。

こういった暗黙のルールを理解した者同士の会話が成り立つと、不思議と心地良いものだ。


「エルナちゃんは字が上手だから、商人や貴族様の手紙の清書もできるんじゃないかって思ったよ」

「手空きの作業としては興味ありますね」

「ほんと!?やってみる?任せたい仕事あるよ?」


私は今日から仕事場の斜め向かいの部屋を待機室として与えられた。

とはいえ待機中に時間を持て余すことには変わりないから、手紙の清書なら時間の有効活用になるかと軽く考えただけなのだが、マルティーナさんの食い付きが結構すごい。


私の待機室をマルティーナさんに教えて問題ないか、自分には判断ができない。うーん。ギルド長に聞かないと駄目だね、これは。


「今日は執務室でギルド長の許可を得て仕事を請け負いましたけど、今後同じ様な場合にどうするかギルド長に確認してからでいいですか?」

「そうね。確かエルナちゃんはギルドに住み込みなんだっけ?部屋とかは聞かない方がいいのかな」

「正直、マルティーナさんなら大丈夫だと思っているんですけど、それもギルド長に確認してみます」


それにしてもお手伝いとはいえ代筆の仕事をやることになるなんて思わなかったなぁ。

魔石の充填の仕事をするために冒険者ギルドに来たけれど、他にはどんな仕事があるんだろう。

そう考えると、冒険者ギルドの仕事もそうだし、冒険者のやってる仕事もあまりよくわかっていなかった気がする。


そもそも冒険者は、このギルドでどんな仕事を請け負っているのか。

そう尋ねると、受付嬢であるマルティーナさんはすらすらと列挙して教えてくれた。


実は、街の土木工事、掃除、片付け、運搬で全体の四割くらいだそうだ。なんか冒険者っぽくないね。

ここオルカーテはホラス領における物流の拠点。地理的にも中心地である。

庶民も比較的裕福な人が多いし、もとより店の種類はうちの村とは比較にならない。

力仕事はそこら中に溢れているのだ。


三割くらいが、護衛、討伐、狩猟といった荒事の依頼。

少なくとも自分の身の安全を図ることができなければ話にならない仕事だ。

ちなみに各地の情報収集、街周辺の素材採集すらも荒事に含まれることがある。植物や鉱石の採集であっても街の外では危険が伴うことが日常茶飯事だからだ。


残りは色々だ。

冒険者は言わばなんでも屋。

今日やった代筆もそうだし、失せ物探し、人探し、子守り、畑仕事の手伝いなどなど。

人手が欲しい時に便利な存在というわけだ。


そういえば・・・。


「街の外への配達や運送の仕事もやったりするんですか?」


かつてうちの村で私がやっていたような仕事はどうなんだろう、そんな素朴な疑問を口にしただけだったが、マルティーナさんは少し顔を曇らせた。


「配達や運送の仕事ももちろんあるわ。でもね、それらは冒険者ギルドじゃないところに持ち込まれることが多いわね」

「えっと・・・それは?」

「商業ギルド。ここオルカーテで一番大きなギルドよ」


商業ギルド・・・。そんな組織もあるのか。


「それは初めて聞きました。商業ギルドっていうくらいだから、商人の組合なんでしょうか」

「そう、半分はね」

「え?」

「正確には、貴族と商人の組合なのよ」


マルティーナさんの声がわずかに低くなった気がした。

私の体をぶるっと震えが駆け抜ける。

もしかしたら私の勘違いかもしれない。だがマルティーナさんから発せられたのは嫌悪感ではなかっただろうか。


「さ、ぬるま湯掛けてあげるわよ」


そう言ったマルティーナさんの声のトーンは、すでに戻っていた。

ざばーっ。

うひゃー。気持ちいい。

頭からぬるま湯を掛けられて、体の震えと戸惑いの感情が霧散した。


「あ、私もぬるま湯掛けてあげますよ」


マルティーナさんから桶を受け取って、魔道具のポンプから出るぬるま湯を溜める。

木の腰掛けに座ったマルティーナさんの背後に回り、肩からぬるま湯を掛けてあげた。


「じゃあ体を拭いて出ましょう。エルナちゃん、夕食これからでしょ?食堂行く?」

「食堂へは行くんですけど、訳あって弁当なんです」

「あ、そうなんだ。でもまぁ食堂までは一緒に行こっか」

「はい。喜んで」


服を着て水場を出た私達は、食堂に来た。

食堂はギルド職員で賑わっている。

私はいつも夜一つの鐘が鳴るとすぐに弁当を受け取りにきているが、今日は夜一つの鐘から鐘半分くらい経っている。おそらく夜はこの時間が一番混むのだろう。


「おう、珍しい組み合わせだな」


食堂のカウンターからアドロックさんが私達に声を掛けてきた。


「こんばんはアドロックさん。夕食一つ、お願いします」

「アドロックさん、こんばんは。弁当一つ包んでください」

「あいよ」


私が弁当を受け取ったのを見て、マルティーナさんは食堂のテーブルへ足を向けた。


「それじゃエルナちゃん、またね。仕事の件、考えておいてね」

「はーい。マルティーナさん、またねー」


夕食は今まで通り自室で弁当だ。

でも明日からは昼食だけでも仕事場の側の待機室で食べられるようになる。ありがたい。


もぐ・・・もぐ・・・。

今日は午前中だけ仕事の予定だったんだよなぁ。

結局朝から晩まで働いていた気がする。私こんなに仕事好きだったっけ?


「ふぅ・・・食べた。今日はこれで寝よう」


明日からまたいつも通りのお仕事が待っている。

ラミアノさんに今日の報告もしなきゃいけない。


部屋の蝋燭の灯を吹き消して、毛布にくるまって木のベッドに倒れ込むと、夜二つの鐘が鳴るのを意識の外側で聞きながら、私はすぐに眠りに落ちていく。


この街に来て一番の労働時間となった休日は、ようやく終わりを告げるのであった。


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