休日出勤4
さてと。起動確認できた箱の魔道具はひとまず机の端に寄せておこう。
箱の魔道具一号に乗せてあった魔石を摘まみ上げると、その瞬間に一号、二号の両方から魔法陣の光が消えた。
ああ、本当に魔力を蓄える機能がないんだ・・・。箱の中に魔力が残っていれば、魔法陣の光はすぐには消えないはずだからね。残念だったなぁ。
用意した魔石も保管場所に仕舞って、これでよし、と。
私とギルド長と副長の三人は仕事場を出て、掃除途中だった待機室へ再びやってきた。
箱の魔道具が出てきたために掃除が中断されていたわけだが、残した作業といっても移動していた箱を元の位置に戻すだけだ。
ギルド長が運び、その後を私が箒で掃いて雑巾掛けする。
あっという間に終わった。
「よし。今度こそ終わりだな」
額に玉の汗を浮かせたギルド長が満足そうに言った。でもこの後、執務室でお仕事が待っているらしいけど。
私は元々午後からお休みの予定だったので、自室でごろごろできる。とはいえ掃除でだいぶ埃に塗れたし、使った雑巾も洗っておきたい。どうせなら下着類の洗濯もついでにしておくか。
「ギルド長。雑巾の濯ぎや洗い物をしたいので水場を使いたいんです。もしよければマルティーナさんを呼んでもらえませんか」
「ああ、そういやラミアノが言ってたな。自分が不在の場合はマルティーナに水場の付き添いを頼んだ、と。わかったエルナ。このまま何も持たずに執務室までくるように。副長、仕事に戻るついでにマルティーナを執務室へ呼び出してくれ」
副長は了解して部屋を出る。私もギルド長に連れられて本館二階の執務室へ移動した。
しばらく執務室で待っていると、マルティーナさんが入ってきた。
今日も美人さんだ。
「ギルド長、お呼びでしょうか・・・あれ?エルナちゃん、どうしたの?」
ギルド長に挨拶したタイミングで壁際に立っていた私に気付いて、マルティーナさんは首を傾けた。
「エルナが水場への付き添いを頼みたいそうだ。マルティーナ。お前さん、仕事はいつ終わりそうなんだ?」
「え?ああ、そういうことですか。ラミアノ様のお話ってギルド長にも通っていたんですね」
そういえば、マルティーナさんに付き添いをお願いする話って、たまたま出会った水場でラミアノさんとマルティーナさんと私の三人で決めた話だった。それがギルド長にまで伝わっていると知らなければ、その反応は無理もない。
でも流石は受付嬢といったところか。すぐにおおよその状況を察してくれたようだ。
「私の仕事は夜二つの鐘まで掛かりそうですね。今日は同僚が休んでいて人手が不足しているのと、あとは単純に仕事量が多いのが原因ですが」
「そうか。エルナ、すまんが夜二つの鐘が鳴ったらまたここまで来てくれるか」
夜二つの鐘、つまり午後九時だ。八歳児にはキツい。でも他に選択肢がないなら仕方ない。
私が了承の返事をしようとしたとき、マルティーナさんから声が掛かった。
「あの・・・。エルナちゃんにお手伝いを頼んでもいいですか?」
「は?」「え?」
ギルド長と私の声が重なる。
お手伝い?私なんかが受付嬢は無理だよ?
「実は溜まっている仕事って代筆なんです」
代筆。
代理で文書を作成する仕事だ。
例えば、誰かから話を聞き取り文字に起こす。
例えば、下書きを清書する。
例えば、公文書など役所に提出するような書類を作成する。前世でいう司法書士、行政書士だ。
誰かから話を聞き取り文字に起こすことは、やろうと思えばできる。でも今の私は見知らぬ人と不用意に顔を合わせることを避けねばならない。
だからできそうなのは・・・。
「私ができるのは下書きを清書するくらいですけど」
きらーんとマルティーナさんの瞳が光った気がした。
「頼みたいのはまさにそれよ!エルナちゃん、お願い!」
ひぇぇ。喰いついてきたぁ~。
意図せず私の頬がぴくぴくする。
でも美人さんに頼まれると・・・弱いなぁ。
「わかりました。お手伝いします」
「ありがとう!助かるわ!」
マルティーナさんは笑顔になって私の手を包むように握った。
なんだか、逃がしませんよ、って感じがしないでもない。
とはいえ頼られたのは悪い気はしない。それに私には庇護してくれる大人が必要なのだ。切実に。だからここは頑張るところだ。
「エルナ。お手伝いと言ったがこれはちゃんと仕事の内だ。報酬は出すからしっかりやってくれ」
「ギルド長、わかりました」
「マルティーナ。仕事が片付いたらエルナの水場への付き添いをしてやってくれ」
「はい、ギルド長」
執務室を出た私は、今度はマルティーナさんに連れられて同じ階にある別室に来た。
扉には『空き』という札が掛かっていたが、マルティーナさんが札をひっくり返して『使用中』となった。なるほど、臨時の作業をするための空き部屋というわけか。
部屋に入ると、やや大きめの机の回りに椅子が置かれている。
周りの棚を見ると書類の束が入っているが、総じて綺麗にされている部屋だ。
「そこに座って待っててね」
「はーい」
一度部屋を出てもう一度戻ってきたマルティーナさんは、まず最初に水の入ったコップをお盆に乗せて私の前に置いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
そしてまた部屋を出ていく。今度は仕事道具を持ってくるのかな。
自分の水筒は待機室に置きっぱなしだったから、これは助かるね。
マルティーナさんが次に入ってきたとき、彼女は書類の束を持っていた。
私の前に、あっという間に書類束と清書用の紙束、そしてペンが置かれた。
手際が素晴らしい。
「この書類をこっちの清書用の紙に写していってね。読めない文字とかあったら飛ばして次の書類へ進んじゃって。どう?できそうかな?」
見た感じだと、クセのある崩した文字で書かれているが読めなくはない。内容をちらっと読んだが、どうやら冒険者の話を聞き取って文字に起こした文章のようだ。
おそらく速記するためにわざと崩した文字になっているのだろう。
「大丈夫です。できます」
「頼もしいわね。それじゃお願いするわ」
そう言い残すとマルティーナさんは部屋を出て行ってしまった。一人残された私は仕事に取り掛かる。
カリカリカリカリ・・・・・・。
どんどん書き写す。やがて私は作業に没頭していった。
仕事の途中、一度だけマルティーナさんが部屋にやってきた。
彼女は私が清書した紙を一枚手にして軽く目を通した後、何か問題ないか聞いてきたが大丈夫だと応えるとすぐに自分の持ち場へ戻っていった。
そこからまた作業に没頭する。
部屋が暗くなり蝋燭の灯りが必要かと思い始めた頃、ちょうど束だった書類が無くなった。
私は一旦伸びをして体をほぐす。
このままだと部屋が真っ暗になっちゃうね。一本だけ灯りをつけておこう。
廊下に出れば他の燭台から火をもらうことができるが、見知らぬ人と鉢合わせる可能性があるのでそれはやめておこう。
ではどうするか。
「念のため、っとね」
立ち上がって扉の前まで歩き、部屋の内側から鍵を掛ける。
カチャ。
これでよし。
握った右の拳を顔の前に出し、ぴんっと指を一本立てた。
《火よ、集まれ、我が手に》
人差し指の先端に小さな炎が浮き上がる。それだけで部屋は明るくなった。
そのまま部屋の蝋燭にちょんと触れると、蝋燭に火が移る。
ラミアノさんに教えてもらった火種の魔法だ。魔法マジ便利。
人が急に入ってこないよう掛けていた部屋の内鍵を外し、自分が清書した紙をペラペラと捲りながら時間を潰していると、扉がノックされマルティーナさんが入ってきた。
「お疲れエルナちゃん。仕事の進みはどう?」
「終わりましたよ」
「え・・・。すごいわね」
確かにどんな簡単な仕事でも、一番最初というのは大抵時間が掛かるものだ。まして相手は子供。終わっているなんて期待し過ぎだと考えていただろう。
それがきっちり終わっていたものだから、マルティーナさんはぱぁっと笑顔になった。
私が手渡した清書の紙の束をペラペラと捲って、
「よかったー。こんなに早く終えてくれるなんて助かったわ。仕事道具片づけちゃうからもうしばらくここに居てね」
マルティーナさんはこの部屋に何度か出ては入ってを繰り返し、私が使ったコップまで全部片づけたところでようやく脱力した。
「はぁー。これで終わり。エルナちゃん、水場行けるわよ」
よかった。汗が流せる。洗濯ができる。
それに今日は昼に掃除をしたから結構埃を被ってしまった。
髪も洗いたいね。
「洗濯物と掃除で使った雑巾も取ってこないといけないので、二階の渡り廊下の前で待っていてくれると助かります」
「お安い御用よ。そうね、私も汗流したいから着替え持って待ってるわ」
付き添いだけではなく、一緒に沐浴してくれるっぽい。嬉しいな。
蝋燭の火を吹き消して真っ暗になった部屋を後にした私は、足取り軽く、まず六階の自室に戻り、背負い袋に肌着や下着を詰め込んで背負う。
次に素材工房の待機室まで行き、掃除で使った雑巾と桶を持ち、本館へ戻ってきた。
「エルナちゃん」
着替えが入った手提げ籠を持ったマルティーナさんが小さく手を振る。
私の両手は桶を持っていて塞がっていたので、笑顔で応える。
なんかいいな、こういうのって。
前世の社会人時代、仕事のアフターで職場の先輩にスパへ連れられたことがあったっけ。そんな思い出の記憶が呼び起された。
「お待たせしました。マルティーナさん」
「ふふ。待ってないわよ。さ、行きましょう」
マルティーナさんと私は笑いながら水場のある一階へ向かうのだった。




