冒険者ギルド2
領都オルカーテの宿屋に泊まった翌朝。
私が目を覚ますと、父さんは既に起きていて出発の準備を整えていた。
「ん~~、おはよう、父さん」
「おはよう、エルナ。よく眠れたかい」
腕を伸ばし、続いて肩を回す。体調に問題はない。
「うん、大丈夫。よく寝たよ」
「そうか。もうすぐ朝の鐘が鳴る・・・いや、ここでは朝二つの鐘だったか。鳴ったら下の酒場で御者さんと朝食を取ろう」
「わかった」
昨日は生まれ故郷の第七ホラス村で、母さん、リン、村の人達との別れを経て、今日は父さんとお別れになる。
もちろん寂しい。でも、私が選んだ道なのだ。
領都に来る途中、馬車の中ではたくさん泣いた。それで気持ちをスッキリさせた反動か、領都に着いてからは逆に感情が昂った。
私こんなに感情の波が大きかったっけ、と思う。でもそういえば、前世の記憶に目覚めるまでは、エルナはこんなだった。
そうだよね、記憶だけで大人になれるわけではないよね。身体と共に心もこれから成長していくのだろう。
「エルナ、朝二つの鐘が鳴った。下に降りるぞ」
「あ、うん。行こう、父さん」
どうやら考え事をしている間に、朝二つの鐘が鳴っていたらしい。気付かなかった。
宿の一階の酒場に降りると、カウンターの近くのテーブルに御者さんが座っていた。御者さんに挨拶して、一緒に朝食を取る。
昨日の夕食もそうだったけど、オルカーテの食事は美味しい。というか、うちの村の食事は単純に味が薄かった。村では調味料、香辛料は高価だったから仕方がないことだろう。
御者さんとの世間話もそこそこに食事を済ませ、一旦部屋に戻って荷物を持つ。
「さ、荷物は持ったな?出るぞ」
「うん、大丈夫」
一階の宿主のおじさんに部屋を出たことを伝えて宿の裏手に回ると、もう馬車が留めてあった。
「エルナ、元気でな」
「うん、父さんも元気でね」
私は父さんに抱きつき、父さんも腕を回して私を強く抱いてくれた。
やがて父さんは離れ、馬車に乗り込む。
私が手を大きく振る中、馬車はゆっくりと動き出した。
村を出たときと同じ様に、小さくなっていく姿が見えなくなるまで手を振り続ける。でも、同じ様に涙を流すことはなかった。
父さんありがとう。オルカーテでも頑張るからね。
背負い袋を背負い直して、踵を返す。
さぁ、お仕事に行くぞ。
広場を通って、冒険者ギルドの前に来た。まだ朝三つの鐘は鳴っていないが、早く来るのは構わないだろう。
そう思い入口から入ろうとすると、ちょうど正面から出てくる冒険者パーティーが来た。咄嗟に避けようと横に移動しようとした時だ。
ドン!
「あぅ!」
私は背中の荷物を押され、手を付きながら前に倒れる。
「いたた・・・」
「おいっ、気を付けろ!」
「ご、ごめんなさい」
しゃがんだ姿勢で後ろを向いて、思わず謝る。
「ん?このガキは確か・・・」
「おい、ほっとけよ、そんなガキ。さっさと行くぞ」
「ああ」
え?何?
去っていく二人の冒険者の背中だけ見えたが、そのまま冒険者ギルドの入口を通って中に入っていってしまった。
掌と膝を擦りむいてしまったが、大したことはない。
私は立ち上がり、手と膝に付いた砂を叩いて払った。
はぁ・・・。咄嗟に横に避けたから、私にも非があったのかもなぁ。それにここは冒険者ギルドの出入口だ。足元に子供がいるなんて思わなかったのか、気付かなかった可能性もある。
よし、次から気を付けよう。
いきなり出鼻を挫かれた形だが、改めて私はギルドの入口から中に入った。
今日も結構人が居る。手の空いていそうなギルド職員さんはいなそうだ。仕方ない、しばらく待つか。
私はフロアの壁際に行き、立って待つ。機会を伺いながら、目の前を早足で歩いていたギルド職員のお姉さんに手を挙げながら声を掛けた。
「すみませーん。お姉さーん」
「あれ?可愛いお嬢ちゃん、どうしたのかな」
「私エルナと言います。ギルド長のダレンティスさんか、副長のストワーレさんに取り次いで頂けますか?」
「え?」
お姉さんは、目をぱちくりさせた。
「今日お会いする約束をしているんです。約束の時間は朝三つの鐘だったんですけど、少し早めに来てしまいました」
「ギルド長と約束、ですか・・・。わかったわ、エルナちゃんだっけ?確認してくるからそこの椅子に座っててもらえるかな」
「はい。お願いします」
良かった。もしかしたら、子供の言うことだから取り次いでもらえない、なんてトラブルも少し考えたんだけど、昨日のお姉さんといい、ギルド職員さんは丁寧な人ばかりだ。
大人しく席に座って待っていると、先ほどのお姉さんが手をひらひらさせながらやって来た。私は座っていた椅子から降りる。
「お待たせ、エルナちゃん。案内するから付いてきてね」
「はい。お願いします」
先を歩くお姉さんに付いていく。
今日は二階の奥にある部屋に来た。表札に『執務室』と書いてある。
部屋の中に導かれると、ギルド長のダレンティスさんが座っていた。
「おう、来たか」
「ギルド長さん、おはようございます」
「ああ、職員で、さんは付けなくていいぞ。ギルド長と呼ぶように」
「わかりました、ギルド長」
「よし、移動するから付いてきなさい」
今度はどこに行くんだろう。
階段を上りギルド長に付いていった先は六階にある小部屋だった。四畳くらいの部屋だがベッドが置かれていて床は三畳くらいだ。
「ここが君の寝泊りする部屋になる。鍵はこれだ。無くさないようにな」
「はい」
ギルド長から部屋の入口に掛かっていた鍵を渡される。
ふむふむ、ここが自室になるんだ。
採光のための小さなガラス窓があるが、開閉することができないよう固定されている。いわゆるはめ殺し窓だ。ここは六階なので風が強い日に部屋の扉を開けたままもしも窓が開けられた場合、風が突き抜けて大変な事になるだろう。
私は天井や部屋の隅に軽く目を移す。少し前まで物置だったのだろうか。汚くはないが、とりあえず片づけた、って感じがする部屋だ。後でちゃんと掃除しよう。
「背中の荷物はここに置いていくといい。次は仕事場へ行くぞ」
ひとまず背負い袋を床に置き、部屋を出て鍵を掛け、またギルド長に付いていく。
階段を下りて今度は二階だ。通路を歩いて端までいくと扉があり、扉を開けると、隣の建物へ連絡された渡り廊下になっていた。
「こちらを本館と呼ぶのに対して、隣の建物は素材工房と呼んでいる。素材工房では一階で採集物の持ち込みや獣の解体をやっている。君の仕事場は二階だ」
解体作業については色々聞いてみたいが、今はギルド長に付いていこう。
通路の途中にある窓から、ちらりと町の風景が見える。それにしても結構な高さだなぁ。二階といってもギルドの建物は一階部分の天井が高いから、高さ的には三階相当だ。
隣の建物に入り、しばらく廊下を進み、ある扉の前でようやくギルド長の足が止まった。
「ラミアノ、居るか。入るぞ」
ギルド長は部屋の扉をノックするとすぐ扉を開けた。
「ダル、返事する前に入ったらノックの意味ないでしょーが」
部屋の中から当然のツッコミが入る。ツッコミの主はふくよかな女性だった。三十歳後半くらいだろうか。うちの村の宿屋のおかみさんが、こんな感じの人だったなぁ。制服でないがギルドのマントを羽織っているから、ギルド職員なのだろうけど・・・。
ダル、っていうのはダレンティスさんのことだろう。
「気にすんな。それより例の新入りを連れてきたぞ」
「おや?」
「エルナだ。第七ホラス村の村人で、まだ八歳だが光魔法が使える」
ギルド長はそう言って、私をツッコミの女性の前に引っ張り出す。
ひとまず挨拶をしておこう。
「エルナです。よろしくお願いします」
「かっ・・・!」
「え?」
「可愛いぃぃー!え?何、この娘!ちょっとぉ!可愛んですけどっ!」
女性は食い気味にこちらに近づくと、かがんで私にキラキラした目を合わせてきた。私は思わずのけ反る。
「お、おい、落ち着け。相手が怖がるだろ」
「はっ!ダル、なんでここに女の子がいるのよっ!可愛いじゃない!」
「・・・お前、全然話聞いてねぇじゃねぇか。新人魔法士だよ。今紹介したし、前にも言ってただろうが」
「はぁ?あの話って、八歳の魔法士がどうこうって・・・ええっ!?あれ、冗談じゃなかったの!?」
「あほか!冗談じゃねぇーよ!」
な、な、何なの?この状況は!
私はのけ反った姿勢のままでそのやり取りを見つつ、しばらく固まっているしかなかった。
 




