冒険者ギルド1
故郷である第七ホラス村を出て、隣村である第四ホラス村を通過し、更に南西へと馬車は向かう。道中、隣村までは誰ともすれ違うことがなかったが、隣村を通過してからは時々旅人や馬車とすれ違うようになった。
やがて遙か彼方に石造りの城壁が見え始める。
領都オルカーテだ。
立派な城門の前では数台の馬車が列を作っていた。
順番を待つことしばし。御者さんが通行料を支払って、ようやくオルカーテに入る。
陽が落ちる前に宿屋に着き、ここでも御者さんが先払いしてくれた。
「明日の出発は、ここの宿の朝食を取った後になるよ」
「わかった。ありがとう」
御者さんは父さんにそう伝えると自分の宿泊する一人部屋へ向かった。私と父さんは一緒の二人部屋だ。
「さて、あまりのんびりする時間はないな。暗くなる前に冒険者ギルドへ行こう」
「うん」
今日泊まる部屋の確認だけして、私と父さんは冒険者ギルドへ向かうことにした。
明日は私一人で行かなければいけないので、今日中に顔を出しておく方がいいだろう。
宿を出て、町の中央へ向かう。中央は広場になっており、四階建て以上の建物がいくつも建ち並んでいる。通りも賑やかだ。行き交う人々は綺麗な服を着ていて、華やかな気持ちになる。私や父さんの着ている服は継ぎはぎだらけだが、それは村人ならば当然で、私は気にならない。
それにしても、うちの村と違って人々が忙しなく往来しているなぁ。前世の日本人の記憶があるので私はこの人通りでも平気だが、父さんは戸惑っているようだ。
「広場から東・・・だから、こっちだよ父さん」
「あ、ああ。・・・人がいっぱいいるな」
「うちの村に移住するときに、オルカーテは通らなかったの?」
「いや通ったんだが、本当に通っただけ、だったな。こうして歩くことはなかったんだ」
「そっかー」
そういえば昔、父さんから聞いたっけ。移住するときは何日も乗り合い馬車に乗せられて、休憩や寝るときは町や村の宿ではなくいつも野宿だった、って。
たぶん町や村だと、翌朝出発の時に全員揃わないとか、住民とトラブルになるとかがあって、乗り合い馬車の運行に支障がでるからだろう。
そんなことに思いを馳せつつ、事前にマーカスさんから教わった通りに道を進めば、剣と盾を意匠とした看板が見えた。
あれかな・・・?
そう思って近づくと、建物の入口のところに『冒険者ギルドへようこそ』と書いてある。
もっと無骨なイメージを持っていたんだけど、思っていたよりもフレンドリーだった。
見上げると・・・七階建て?いや六階建てか。一階部分の高さが他の建物の二階部分まであるよ。
父さんと手を繋いで中に入る。
広い。天井が高い。フロアを見渡すと、壁付近はテーブルと椅子がずらりと配置されている。そして50人くらいだろうか、結構人がいる。ただ、その内10人くらいは制服っぽい服装をしているので職員さんだと思う。
おっと、入口に立っていると通行の邪魔になってしまう。
「父さん、すこし横に移動しよ」
「そ、そうか。・・・しかし広いな」
入口の脇に立っていると、制服を着たお姉さんがこちらを向いた。そして、そのまま早足で近づいてくる。
「どのようなご用件でしょうか?」
お姉さんは笑顔で父さんに声を掛けた。
「すみません。ギルド長さんにお会いしたいのですが」
「あら?」
足元から私が答えたので、お姉さんは下を向く。
「こんにちは、お姉さん。私、エルナっていいます。この紹介状でギルド長さんに会える、と伺っているのですが」
私は紹介状が入った封筒を、目を丸くしているお姉さんに差し出した。
ちなみにこの紹介状はセロトラエ様が用意してくれたものらしい。私が村を出立する日をマーカスさんから伝えられた時に、併せて手渡されたものだ。
「エルナちゃん、ね。確認するので、そちらの席で少し待っててくれるかな?」
お姉さんは笑顔に戻して封筒を受け取ると、近くの席を勧めてくれた。
私も笑顔で頷き、父さんと一緒に席に座る。その間にお姉さんは、来た時と同じ様に早足で階段を上っていってしまった。
私は周りの人達を見渡す。
皮の軽装備の冒険者が多い。けれど、その装備の質は格差があるように見える。いや、単に手入れの問題なのかな。明らかに装備がボロボロの人もいるんだけど。冒険者って儲かるものなのかしら?
他には・・・十歳以下であろう子供もいた。私達ほどではないが、継ぎはぎの服を着ている。冒険者というよりは何か雑用をやっているのかもしれない。
「お待たせしました。エルナちゃん、とお父さんかな?案内しますので付いてきてくださいね」
いつの間にか私の横に戻って来ていたお姉さんから声が掛かる。
「あ、はい。父さん、いこ」
私と父さんは立ち上がり、歩き出したお姉さんの後ろに付いていく。
階段を上がり三階の空いている部屋に入る。
「この部屋で少し待っていてね」
席を勧められて、私と父さんは並んで座る。
お姉さんは一旦出ていったと思うと、すぐに飲み物を運んできてくれた。おお?陶器のコップだ。私は礼を言って、机に置かれたコップを手に取る。それを確認したお姉さんは軽く会釈をして部屋から退出した。
温かい飲み物。茶色だ。遠慮なく頂く。
「!・・・美味しい」
お茶だった。この世界で初めて飲んだ。私はうきうきとした気分になり、床に着かない足をぷらぷらさせる。
そのまましばらく待っていると扉がノックされて、男性が二人、部屋に入ってきた。
「やぁ、失礼するよ。ああ、そのまま、座ったままで構わんよ」
先に入ってきた一人は、片手を上げて挨拶してくれたとても身体の大きい人。
続いて入ってきたもう一人は、対照的にしゅっとした体格の人だった。
私と父さんは立ち上がろうと腰を浮かし掛けたが、手で制されてまた腰を降ろす。
二人は私と父さんの正面に並んで座った。私は姿勢を正す。
身体の大きい人が私をじっと見て口を開いた。
「初めまして、エルナ。私は冒険者ギルドのギルド長、ダレンティス。君のことはセロトラエから聞いているよ。ひとまず紹介しよう。こちらは副長のストワーレだ」
「ギルドの副長、ストワーレだ。初めまして、エルナ」
しゅっとした体格のストワーレさんが、紹介に応える。
私も落ち着いて挨拶を返そう。笑顔笑顔。
「初めまして、ダレンティスさん、ストワーレさん。第七ホラス村から来ましたエルナです。こちらは父のドナンです」
「ドナンです」
「ふむ」「ほぅ」
ふっふっふ。挨拶を少し大人びた口調でやってみた。
いやね、流石に私もわかっているよ。八歳の女の子が大人っぽく、礼儀正しく挨拶してきたら、そりゃあ好印象ですよ。
でも無闇に媚びを売ろうとしているってわけではない。村から出てきた私はここで頼れる人を見定めていく必要があるし、もっといえば頼れる人との繋がりを作っていかなければならない。
だからこそ、第一印象が大事なのだ。
「早速で悪いが、エルナは魔法を使えると聞いている。見せてもらってもいいかね」
「はい、もちろんです。光魔法ですが、この場で構いませんか?」
「ああ、頼むよ」
すーはー。よし、集中。
深呼吸してから、右手を前に差し出す。
《光よ、集まれ、我が手に》
詠唱と同時に掌が光り、部屋の中を照らす。そしてゆっくりと魔力を遮断する。
「うむむ・・・。話には聞いていたが、実際に見るとやはり驚くな」
魔法を見てしばらく腕組みをしていたギルド長さんが呻きながら呟く。
そしてその隣の副長さんが控えめに右手を上げた。
「エルナ。ギルドで教えてる初級の光魔法ではなく、少しアレンジしていたようだが・・・」
ああ、「光よ、集まれ」の詠唱に「我が手に」を加えていることかな。でも建前だったとはいえ、ランダルフ先生に対価を払って教えてもらったコツだ。話していいかわからない。
「すみません。それに関しては答えることができません」
「いや、謝る必要はない。こちらこそ不躾な質問だったよ」
頭を下げた私に、副長さんが手を振って制した。
ギルド長さんが私に向き直る。
「エルナ、君が魔法士であることは確認した。明日からこのギルドで住み込み職員として働いてもらうつもりだ。部屋はこの建物の六階に用意しているが、君の荷物はその背負い袋だけかね?」
「はい、これだけです」
私は背負い袋を指して頷く。背負い袋には水筒と最低限の衣類と小弓だけが入っている。ちなみにお金は懐の中だ。
ギルド長さんは次に父さんに向く。
「ドナンさん、娘さんは冒険者ギルドが責任を持ってお預かりします」
「娘をよろしくお願いします」
父さんは深々と頭を下げた。私も隣で頭を下げる。
「ええ、お任せください。エルナ、明日は朝二つの鐘が鳴ったらこのギルドに来るように。来たら制服を着ているギルド職員に声を掛けて、ギルド長の私か副長のストワーレに取り次ぐように言ってくれ」
「あ、あの、明日の朝、父の見送りをしてから来たいのですが大丈夫でしょうか。それと、朝二つの鐘って聞きましたが、領都では鐘は何回鳴るのでしょうか」
「そうか、鐘の鳴り方が君の村と違うかもしれんな。説明しよう」
そう言ってギルド長さんは椅子に深く座り直して説明してくれる。
村では朝と昼と夜に鳴っていたが、領都では七回鳴らされるタイミングがあるそうだ。午前三時、正午、午後六時にカーンと一度打ち鳴らされる。そして午前六時、午後三時、午後九時にカーンカーンと二度鳴らされ、午前九時だけカーンカーンカーンと三度鳴る。
つまり順番に、
午前三時の鐘を朝一つの鐘。
午前六時の鐘を朝二つの鐘。
午前九時の鐘を朝三つの鐘。
と呼ぶそうだ。
そして、正午、午後三時、午後六時、午後九時に鳴るのが、昼一つ、昼二つ、夜一つ、夜二つの鐘というわけだ。
一通り説明を聞いた上で、私は、宿の朝食を取った後に出発する父さんを見送りたいことをギルド長さんに説明する。
「見送りがあるなら朝二つの鐘では難しいか。では朝三つの鐘が鳴ったら来てくれ」
「わかりました。配慮ありがとうございます」
よかった。父さんの見送りができる。
私はほっとした。
「では今日はこれで話を終わろう。仕事の中身など詳しい話は、明日改めて話そう」
「はい、明日からよろしくお願いします」
私と父さんは部屋を出る。ギルド職員さんに導かれて建物から出てみれば、もうすっかり陽が暮れていた。だが、真っ暗ではなかった。なぜなら・・・。
「うわぁ・・・」
「おお・・・これはすごい」
ギルドの建物の前に設置されている照明が道を照らしていたからだ。
「照明の魔道具・・・」
「松明や蝋燭の灯りとは比べ物にならないな。眩しいくらいだ」
確かに前世の日本人の記憶にある街燈や店の照明に比べたら大したことはなかったかもしれない。だが、この世界で見た夜の中の光としては一番の明るさだった。
私は父さんと手を繋ぎながら、宿へ向かう。途中の広場や比較的大きな建物の前では、やはり照明の魔道具が置かれていた。
闇を照らすその光は、とても綺麗で美しくて・・・。
幻想的にも、そして自分にとって機械的にも映るその景色は、明日からこの町で暮らすことへの高揚感を沸き立たせ、私の心を期待で膨らませるのだった。




