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第18話


 次にルイードが目覚めた時、目には見知った真っ白い天井が広がっていた。吊り下げられた煌びやかなシャンデリアも、壁に飾られた色彩豊かな壁画も、ルイードはよく知っている。そう、ここはーー


「目覚めましたか、ルイード?」


 ラッカルの声だった。声の方へゆっくりと首を傾けて、激痛が走る。


「ッ!!」


「無理に動いてはなりません!命に別状はないといっても重症な事に変わりはないのですから!」


 ルイードは理解が追いついていなかった。どうして自分は寝ているのだろう?どうして動くと体の節々が悲鳴をあげるのだろう?どうして自分は重症なのだろう?どうして私は、セントクルス城にいるのだろう…


 どうして?


「山で貴女と王子が倒れているのを見つけました。ほんと、もう少し遅れていれば命に関わっていたかもしれません…」


 ラッカルは涙目を浮かべては言って、ルイードの頭を優しく撫でた。


「ごめんなさいね…私の所為だわ。私が貴女に無理を押し付けたばかりに…うっ…うぅ…」


「泣かないで…ラッカル様…私がいけないのです…私が…」


「いいえ…貴女は何も悪くはありません!#王子__・__#の為にあれこれ動いてくれた貴女を誰が責めようもんですか!」


「お、王子?」


 次の瞬間、ルイードの脳裏にとある光景が過ぎっていた。それは木から落下した瞬間の、その真下で王子が逞しそうには笑みを浮かべる光景である。


「ラッシュ様!?お、王子は…王子は無事なのですか!?」


「る、ルイード!落ち着いて!?」


「ラッカル様!答えて下さい!王子は!?」


 そもそもがおかしいーールイードはそう思って、我を忘れて取り乱していた。何故自分は生きている?あの高さから落下して、どうして五体満足でいる事が叶っている?


 答えは明白だった。誰かが助けてくれたのだ。死の運命を辿るはずだったルイードを、その誰かが身を呈して救ってくれたのだ。


 そう、その誰かは一人しかいないーーー


「落ち着きなさいルイード!傷が開いてしまいます!」


「私の事はいいのです!ですからラッカル様、王子はーーッ!!」


 言いかけて、ルイードの頭にズキンッと痛みが走った。ルイードは手で頭を押さえて、痛みに悶える。そうして、手にヌルッとした感触が覆っていた。ルイードはゆっくりと自身の手を流し見る。血だ。頭に巻かれた包帯越しに、血が滲み出ていたのだ。


「ルイード!?だから言ったのに!!誰か、誰かいませんか!?」


「ラッカル様…私は…」


「待ってなさい!お医者様を呼んできますから!!ルイード、気を確かに!」


 ラッカルの声が遠ざかっていく。またラッカルの引き攣った顔がぼやけて見えて、視界が揺らぐ。ルイードの意識が再び失われていく。


 痛い、痛いよ…でも、王子はもっと痛かった筈だ。それに比べたらこんな傷、大したことないーーー


「ルイード!!」


 ラッカルの悲痛な声が室内に響き渡っていた。そんな声を最後に、ルイードの意識は途絶えるーー


 ルイードは沈みゆく意識の中で、ニッコリと笑う王子の笑顔を思い浮かべていた。


『ラッカル様、聞いてください。王子が笑ったのです。あの王子が、私に向かって笑いかけてくれたのです。素敵な笑顔でした。お城の皆にも見せてあげたかった…』


 それはルイードの切実なる思い。


『今なら大丈夫、そんな気がするのです。今の王子なら、皆んなとも上手くやっていけると、そう思うのです。ですから…』


 神様がいるならばと、ルイードは思う。思ったところで残酷な結果は変わらないのかもしれないけれど、それでもどうか、どうかーーー

 

『これ以上、王子から笑顔を奪わないであげて下さい』


 ルイードの切なる願いとは、失われていく意識の中にどんよりと、沈んでいくのだった…





「縫った傷口が開いたのでしょう。時期に血は収まる筈です。ですが無理は禁物ですよ?本人にもよく聞かせておいて下さい」


 では、と言い残して医師は部屋を後にした。途端に静まり返った室内に、ルイードの落ち着いた寝息だけが聞こえていた。


 絶対安静、ルイードの重症だ。いくら命に別状はないと言っても、無理をすればそれも保証できないと医師は話していた。


 ラッカルは両手で顔を覆い、ルイードの眠るベッドへと頭を倒した。


 失態だーー王子の名を口にすべきではなかったと、ラッカルは自責の念に押しつぶされそうになっていた。


 今この状況に於いて、一番の責任を感じているのはルイードだろうに…そんな事分かりきっていた筈なのに、ラッカルは無意識の内にも王子の名を口走ってしまっていたのだ。


「ルイード…ごめんなさい」


 返事はない。返ってくるのはルイードの静かな寝息に過ぎない。わかっている、ただそれでも、謝る以外の手段をラッカルは思いつかないでいたのだった。


「…ラッカル、お前がそんなんでどうする?しっかりしろ」


 ラッカルの傍らでそう言ったのはルチェット、ラッカルの肩に手を添えては落ち着いた口振りでは話す。


「ルチェット様…私は、ほんとに無力でございます…こんな時、彼らに何もしてあげられないだなんて…」


「そんな事はない。お前が側でいるだけでもルイードは安心するだろうよ」


 ルチェットはどこまでも平然とした出で立ちで言った。それは普段のルチェットと何一つ変化のない様子で、常には冷静さを崩さないルチェットの有りの侭の姿であった。


 そんなルチェットを見て、ラッカルは疑問で仕方がなかった。


「何で…ルチェット様はそんなにも落ち着いていられるのですか?」


「え?」


「王妃様がお亡くなりになった時もそうでした。それだけじゃありません…王子が塞ぎ込んでしまった時も、セントクルス城から出られていく時も…ルチェット様は、いつもと変わらない様子でした…私にはそれがずっと、不思議で仕方がありませんでした」


「ラッカル…」


「教えて下さいルチェット様。貴女様は今…何をお考えなのですか?何を思ってこの場にやってきたのですか?」

 

 今自分は言ってはいけない事を口に出してしまっているーーラッカルはそんな事重々に承知であった。ただそれでも、ラッカルは最早湧き出るルチェットに対する疑問を問い正さずにはいられなかったのだ。


「ルチェット様、私には貴女様の事がよく分かりません。だから、問いたいのです…貴女様の中に、まだ、私のお慕えしていたルチェット=セントクルス様の御意思は生きておられるのですか!?」


 支えるべき主人に対しての無礼に非礼を口にして、ラッカルは叫び声を上げていた。そんなラッカルを戸惑い見るルチェット。


「私は…」


 ルチェットはそれ以上を言えないでいた。何と言えばいいのかルチェット自身も分からなかったからである。


 ラッカルの言っている事は最もだ。王妃が亡くなった直ぐにもセントクルス城から逃げ出して、皆が一番辛い時にも私は一人ポーカーフェイスを気取っては身を隠していた。本来なら皆な先頭に立って導いて上げなければならない、王族であるこの私がだーーー


 それなのに私は、何をおめおめと城に顔を出しては未だルチェット=セントクルスとして振舞っている?ラッカルに偉そうな事を言えた立場か?


「すまないラッカル」


 ルチェットは謝罪を口にして、その場を後にした。背後に傷ついたルイードの寝息とラッカルのすすり泣く声を残して、ルチェットは長い廊下を一人歩き何処かへと戻っていく。


 また逃げるのか、私はーーー


 廊下から見える窓の向こうに綺麗な三日月が灯っていた。


 そう言えば、あの日もこんな三日月だったっけ?


 ルチェットの脳裏にかつての晩が連想されていた。王妃の亡くなったあの晩、仮面祭のあの夜、ルチェット=セントクルスとしての在り方を捨てたあの日あの時を思い浮かべ、ルチェットはただ歩いていった。


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