16.首都を目指して
ゼスの言葉で、心を巣食いそうだったなにかが解けた。二人は気付いていたのだ。場所が分からない、という問題ではなかった。
「なにがあった。どうやって蹉跌の塔を出た? いやいつ出た?」
そもそも記憶がない。
「どうやってここに来た? ここはどこで、一体いつだ?」
今さっき襲われ応戦した、それは分かる。
だがそれ以前が思い出せない。
「なんでこうなった、いつからこうなんだ?」
口からは次々と疑問が噴き出してくる。口角泡を飛ばす勢いで確認するが、ゼスは両手を前に出しやんわり制止して、
「それも大事だけど、あれ、あのままでいいの?」
とランチャーを撃ち込んだ場所に視線を送った。グーシーは安否と身元の確認、ゼスは死んでいるのならやるべきことがあるのでは、と言う。確かに、そうかもしれないが……。
「俺達はなにかトラブったのか? あいつらに覚えはあるのか? 襲われた理由とか、あんのか?」
尋ねると、
「うううん、知らない。ここまで何もなかったし」
「ならどうでもいい」
反射的に吐き捨てると、二人は顔を見合わせた。言ってることは分からくなくもない。だが国樹のイラつきは当惑と言っても差し支えない。自分の記憶がないのだ。
墓穴を掘って埋葬してやるとか、そんな面倒なことは心底どうでもいい。国樹がエンジンを掛けバギーを少し動かすと、またゼスが口を開いた。
「グーシーは尋問した方がいいかもって言ってる」
なるほど、くだらない。首を振り一蹴して速度を上げる。
背後に視線を向けると、まだ煙が昇っていた。
二人によると、国樹がおかしくなったのは蹉跌の塔を出てからだという。それは彼自身の認識とほぼ一致しており、確かにあれから記憶がない。地下に落とされ、灯りを付けたまでは覚えているのに。
「まさかタジキスタンだとはね」
周囲を見ればなるほど、とも思うが実感がない。
「パキスタンに行く余裕はないし、ややこしいって」
ゼスは「自分で言ったくせ」に、と付け足すが本当に覚えていないのだ。
塔を出る直前、国樹は既にインドからの脱出を決意していたという。
蹉跌の塔はインド北部にあり、カシミールに近く、正に紛争地帯の傍である。
まさか通るわけにも行かないのでチベット方面へと脱出。
そこから北上しウイグルへ、続いて西へと進路を変える。
ここでタジキスタンの東部にはたどり着く。ただし無茶苦茶高地だ。
パミール高原に入るとバダフシャーン自然公園の南を突っ切るルートを取り、アフガニスタン国境沿いをひたすら走る。そして目指す首都ドゥシャンベの手前、オビガルム近くで襲われたらしい。
正直頭がクラクラする……確かにドゥシャンベには用があった。それでもパミール高原を突っ切ってひたすら山岳地帯をバギーで走るとか、頭がおかしい。七千メートル級の山に囲まれる中よく無事で済んだものだ。というか道があったことに驚く。
言いたいことも聞きたいことも山ほどあったが、
「お前らどうして止めなかった……普通に遭難して死んでてもおかしくない道のりだぞ」
低い声で尋ねると「だから」と前起きされ、
「タガロが行くって言ったんだ。俺のバギーなら余裕だって、高い所に行きたいんだろ? って」
そう言うと、ゼスは口を尖らせた。
コングール山にでも行くつもりだったのか? なにしに?
まあ終わったことは仕方ない、それでも事実を受け入れるのには時間がかかりそうだった。
高地はもう過ぎたので、そう下ることもない。遠くに見える山脈は通った場所とは違うものだろう。確か、タジキスタンは北にも山々が連なっていたはずだ。しかし山岳以外で襲われたのは気になる。そういう国に入ってしまったということなのか。
「タガロストップ、ここがいいかも」
ゼスが口を開いたので、減速する。確認することは色々あったが、なんでも見た方が早いらしい。
確かに、これ以上進むと更にオビガルムに近くなる。それにもう、あの事件現場からは随分離れた。国樹にしてみれば、あの記憶こそいっそ消してしまいたいものだ。
標高は下がったはずなのに、草木は乏しく背も低かった。なにか起きた時お互い隠れられないという意味では、好都合だが。三人で周囲を見渡し、確認だけはしておいた。停車すると先にグーシーが降りた。意外なことに音も立てずすっと着地している。人間が入れるほどデカイ箱なのに。ゼスも続き、
「こういうのは見た方が早いと思うよ」
改めて言うと、グーシーが口をあんぐりと開けた。ゼスは中に手を突っ込むと「これ」と袋を取り出し国樹に寄越す。なんのことやら、と受け取ってみればずしりと重い。「開けて」と促されそうすると、中には光沢のある物体がわんさと入っていた。これは……一瞬息を呑む。
「タガロはテーセキって言ってたよ。魔石かもしれないし、宝石かもって」
そんなゼスの説明で、また衝撃を受けた。帝石に魔石って、なんでそんなもの持っている。
「なんでって言うだろうから先に言うけど、蹉跌の塔の地下にあったんだ。タガロがグーシーに入るだけ持って帰るって言ったから、そうしたよ」
ゼスはまたグーシーの中に手を突っ込んでいて、こちらは見ていない。こいつ、自分の言っていることが分かっているのか。
帝石、魔石。どちらも恐らく、過去の遺物だとは思うが……貴重とかそういうレベルではない。世界を一変させかねない、国樹はそう聞いている。
帝石は科学の落とし子、魔石は正体不明の存在……。
帝石は科学の力で作られた結晶、つまり人類の英知が詰まった代物、らしい。一方の魔石はそもそもどうやって作られたかも分からない、謎の力を秘めた物体、らしい。帝石は過去の遺物と断言出来ても、魔石は遺物ですらない可能性があった。
本当に分からないのだ。
「お前、これがなんだか……」
「知ってるよ。何度も説明しないでよー本物かどうか分からないんでしょ。で、凄く危ないから人には絶対見せるな。あと使い方が分からない」
また先回りされて、呆気にとられる。そりゃ説明はするだろうが……しかしなんでそんなものがって、塔にあったのか。いやしかし、こんなもの個人が所有していいのか? いいや、いいわけないが、としてまともな組織ってなんだ。知らないぞ。
不安になり周囲を見渡すが、やはり誰もいない。それでも国樹はバギーの影に身を隠していた。
「あとこれ、ん、重い……」
呆け気味にゼスを確かめると、なぜか小柄な少年が、箱の中から全裸の女を出そうとしていた。




