15.硝煙のにおい2
車両後部のシャーシには穴が開いていた。弾が当たったのだから当然か。問題はタイヤで、案の定パンクしている。バギー用のドデカイタイヤを二つも載せてはいない。交換用のタイヤをゼスに持たせ、ジャッキを取り出そうと後部座席の奥を探していると、車体が傾いた。グーシーが舌で持ち上げている。なんという怪力だ。
ありがとうと片手を挙げ、いかれてしまったタイヤに取り掛かる。タイヤ周りの被害はパンクだけで、見た感じシャフトは傷んでいない。
「これ高いんだよなあ、次パンクしたら詰む」
愚痴りながらも他に損傷個所がないことに安堵していた。もしエンジンを撃ち抜かれていたら、少なくとも国樹は無事に済まなかっただろう。生きるか死ぬか、それが大問題。などと冷や汗をかいていたのに、今では車体の無事を喜んでいる。
これが人間の適応力というものだろうか。それともただの慣れか。良く分からない。それでも国樹は、無理に笑顔を作っていた。
レンチを回している今、ここは平穏だ。全てが平穏に思えるし、思いたい。何事も起こらないのだからきっとそうだ。すぐ作業に取り掛かったのは、単に急ぎたかったのもある。一方で平常心を取り戻したかったというのも事実だ。作業に没頭してる間に心は落ち着くはずだ、と。
手元に狂いはなかった、震えもない。
嫌な汗は頬を伝うが、心は落ち着きを取り戻し始めている。
それでも思考はままならない。
自分は確かにロケランをぶっ放したのだ。
国樹が二発、グーシーが一発。
そもそもなぜこんな物を持っている? という疑問は捨て置き、ゼスを盾に先んじた。
連中の場所はグーシーが特定してくれた。我々よりも目がいいらしい、多機能且つ高性能過ぎる。こちらがランチャーを構えても、彼らは呑気に構えていた。バギーが停止しても動かなかったのは、こちらの武装を確認するつもりだったのかもしれないが、ならもっと警戒するべきだ。彼らにとってはそれが命取りになったのだから。
警告などあるわけもなく一発目を撃った。初めて撃つのもあるが、そもそも当たらなくともよかった。こちらの武装を知らせ追い払えれば充分だった。そうして届いたのは、爆発音と悲鳴だ。その後銃声が響き、我々は更に二発撃ち込んだ。
それからは静かになった、なってしまった。エンジン音が聴こえないということは、つまりそうなんだろうと理解出来た。
自然と手が止まり、いけないと作業を継続する。
硝煙と火薬の臭いはまだ漂っていた。草原と森林、そして雄大な山脈の眼下で繰り広げられたそれは、結果として何者かの血と臓物の臭いに置き換わった。それが自分でなくて良かったと、今は思うしかない。
国樹は思惑通りしばし作業に没頭していたが、ふとした事が気になり、首を持ち上げた。
「なあ、ところでここはどこだ?」
そういえば、という疑問である。必死だったからか、正直周囲を把握出来ていないのだろう。情けないが、受け入れるしかない。
そうして零れた言葉に、しかし反応はなかった。独り言と思われたのかもしれない。疑問形なのに……と溜め息をついてから二人に目を向けると、なぜだかしっかりとこちらを見て捉えている。しかも、不思議なことに目を点にしていた。国樹は国樹で、なんとなくグーシーの表情が判別出来る自分に驚いたが、二人の反応には戸惑いを覚える。
「なんだ、お前ら……」
「タガロ……ここがどこだか分からないの?」
そう零したゼスは窺うような様子だ。
「そうだけど……それがなんだ、仕方ないだろ」
なにを大袈裟に、と国樹は肩を竦めグーシーに下ろしてくれと合図する。
「バギーは無事だ、車体に穴は開いたが走れる。ダメならそれこそ徒歩だぞ。死にたくなるね」
鼻を鳴らし、冗談で余裕を見せる。作業の締めにパンッと手を叩いてからグーシーに向け親指を立てた。感謝の表現、親しき中にも礼儀ありだ。たとえそれが正体不明の自称セキュリティーボックスであったとしても。
「いやあ、そうじゃないんだけど……グーシーこれダメな奴?」
『ゴル、ゴズズ……』
国樹の気分はすっきりしたものだが、二人は先程までとは打って変わり不安気な表情を浮かべている。一体どうしたというのだ。
「乗れよ、こんなとこさっさとおさらばするぞ」
徒歩での移動をしなくて済んだのだ、幸運と言っていい。国樹はそう納得して運転席に乗り込んだ。二人はまだなにか言いたげだったが、結局は国樹に続いた。彼は首を振り「素直に喜びゃいいのに」と独り言ちたが、彼らには車のありがたさが理解出来ていないのかもしれない。きっと人生経験と立場の違い、そもそも人とそうでないものの違いだろう。こいつら運転出来ないし。
そんな風に納得してアクセルを……踏むつもりだった。そのつもりだったが、じんわりと心になにかが広がってくる。これは、なんだ。不安なものが心を覆い始め、疑念へと膨らんでいく。
俺は今、なにかおかしなことをしなかったか?
今? いやここまでで、なにかおかしなことがなかったか?
確かにバギーは無事だ。エンジンはかかる、それは間違いない。ではなんだ? そもそも自分は今どこを走ろうと――なにを言って、さっき自分で確かめていたじゃないか。
心が凍り付きそうだった。それでも硬直してはいけない。きっとまた、動けなくなる。あんなのは嫌だ、ダメだ。意を決し、
「ゼス……もう一度訊くけど、ここどこだ?」
口をこじ開けるが、顔は前を向いたままだった。強張り尋ねる国樹の頬に冷たい汗が流れていた。その頬に、柔らかなものが触れる。
「良かった、ずっとおかしいから困ってたんだ」
助手席のゼスが汗を素手で拭ってくれた。少し悲しそうで、少し大人びて見える顔で。




