17.人さらい
人さらい。
俺は知らない間に、女をさらったのか。
なるほど、落ちるところまで落ちている。そりゃわざわざテロリストがいるかもしれない高地を往こうとするわけだ。だから、
「俺はそんなの知らないからな! ふざけんな返してこい!」
国樹は人差し指を突きつけ烈火のごとく言い放った。血管が何本か切れただろうが、切れてもいい。一介の日本人にとっては、帝石とか魔石とかより、犯罪歴の方がよっぽど実感の湧く重さだ。
「なんで、それより手伝ってよ」
国樹が切れても、ゼスはなんとかして箱から出そうと力んでいる。
やめろ、やめてくれ人に見られたらどうするんだ。
国樹は狼狽し、慌てて飛び出すが、時既に遅くグーシーの舌にくるまれそっと地面に置かれてしまった。国樹は駆け寄ったはいいが動けなくなった。手出ししない、それが記憶を失った彼に唯一出来る抵抗だと思ったのだ。
そんな国樹を前に、
「タガロ、これ今は止まってるけど起動出来るかもしれないってグーシーが言ってたよ。試していい?」
ゼスは好奇心が止まらない、そんな顔で両手を握り締めている。
その一言で、国樹の固まった心身が軽くなった。
「ふーん、いいよ好きにすれば」
「やったね!」
ゼスの小躍りを一瞥してから、国樹は女の形をしたなにかに視線を落とした。それからゆっくりとした動作で額の汗を拭う。タバコがあれば一服したいぐらいだ。
そうして内心で呟く。
いい景色だ、これが中央アジアか、壮観だ。
あの山岳地帯を通って来たわけだ、全く覚えていないが。
険しくとも景色は最高だったろうな。
確か世界遺産も近くにあったはずだ。
隕石の落下によって出来た珍しい湖、カラクル湖だったかな、あれもあったはずだ焦らせやがって!!
思わず吐き出しそうになったが、寸でで止められた。肩で息をしていたが、それぐらい当然だろう。記憶を失くしたり銃撃されたり、ロケットランチャーをぶっ放したり過去の遺物を目の当たりにしたのとはまったく違う緊張感だ。二度と味わいたくない。
しかし驚いた、どう見ても人間だぞこいつ。国樹は再び女型のなにかに視線を向ける。それはうつ伏せになっていた。長く茶色い髪は艶やかで印象的だが、顔にかかっていて見えない。腰を下ろし髪を片側に掻き上げ、横顔を窺う。
「アジア系、日本人にしか見えない」
独り言ちてから、ゼスを確認するとグーシーの中に頭を突っ込んでいた。まだなにかあるのか。
気に留めず、首と髪に気を付けながら女型のそれを慎重に仰向けにする。全体が露わになると、国樹の目は釘付けになった。思わずごくりと喉を鳴らし、見惚れ感心していた。いや感動かもしれない。
これはよく出来ている、なんて次元じゃない。
エロイ身体しやがって、ではなくここまで精巧に再現出来るものなのか。
細い身体はラインがすっきりしており全体のバランスが整っている。
胸の形はとても理想的、ではなく仰向けになっても形が崩れない、ではなくいい感じのサイズだ。
大き過ぎず小さくもない。
なにより色艶が完璧、ではなくそこまでやるか普通。
制作者の拘りが感じられる。
腰のくびれなんか「モデルかお前は」と思うがなにより足がいい。
だってエロイ、ではなくほっそりとしているのに弾力感がありそうで、足先も美しい。
横になっているので身長は分からないが、女性にしてはかなり高い方だろう。足元を基準にして隣に寝そべると、大体のところは分かった。たぶん170ぐらいだろう、国樹よりは小さかった。
中央アジアの空が、眼前に広がっている。隣には実に理想的な身体つきの美女が並んでいて、なんかもうエロ過ぎではなく、とにかく気分がいい。
流れる雲も、空を往く野鳥も、澄み切った空気も、全てがエロかった。
気を取り直し、起き上がって改めて下腹部を観察しようとした時、むしろ視線を感じた。振り向くと、骨董品じみた物を抱えた自称天使が、白い目でこちらを見ている。
「タガロ、さっきからなにしてんの」
「状態の確認だ」
言い訳だけは男前だった。
「そいつはなんだ」
切り換えも早く、国樹は腕組みをして問いかける。それはもう、余裕しかないといった風に。
「たぶん時計だと思う。年代物の壺とか、珍しいところだと絵画もあるよ。画集とかイラスト集とかも」
時計らしき物を持ち上げて、ゼスは嬉しそうだ。国樹も頷き、
「ほう、大したもんだ。そりゃ結構」
保護者として称賛の笑みを浮かべると、
「うん、タガロが好きそうな奴もあった」
ゼスは意味あり気に、女型のそれに視線を落として見せた。国樹は言わんとすることを理解し、なるほど、そういう目で俺のことを見ているわけだと納得する。
欲望に忠実で自制心の欠けたサルのような輩、とでも言いたいわけだ。
だが、そんなことでは動じない。
だってエロイ、ではなくエロく作った奴が悪いのだ。
というか今日は地獄の苦しみを味わったんだから別にこれぐらいいいだろう、という開き直りもあった。
神様お願いしますからこの記憶だけは奪わないで下さい、と祈ってもいいぐらいだ。なにも怖くない。というか相手は人間ではないので人権はない。おお、そう考えると全てが正当化される、素晴らしい。
いや、いつまでもこうしてはいられない。
「俺の着替えあったろ、かけてやれ。一応人型なんだ、粗末に扱うな」
国樹が大人としての対応を教えてやると、
「そう思うなら自分でやればいいじゃん」
非難めいた言葉を返されたので、
「だから状態を確認してたって言ったろ。まったく、ガキだなお前は」
鼻で哂って、手で促す。ゼスは愚痴りながらも後部座席からコートを取ると、雑に被せた。ったく、教育がなってない。国樹はそれを確認してから後ろを向き、仕方なくまた見慣れてしまった景色に目を向ける。
クソッ、凄く残念だ!




