18.失われた記憶
ゼス曰く「起動するかもしれない」とはグーシーの弁らしい。なるほど、姿は違えど似たようなもの、ということか。そういえば女形をしたあれの、顔をちゃんと見ていない。まあ、いいか。
時計に目をやると午後二時を差していた。国境は越えたがそう西へは進んでいない。首都ドゥシャンベに着いたら時刻を合わせるが、大したずれはないか。まだ日も高い、飛ばせば今日中に着くだろう。そもそもどういう予定だったのだ。
ああ、とここで気が付き、ジャケットの内ポケットからメモ帳を取り出す。確かに記憶は失ったがメモは取っているかもしれない。しかしそこに行程や予定は追加されていない。
記録として「グーシーは日本製」と記され「帰りたいだろうに」とだけ綴られていた。国樹の字だ。なんとなく、そんな気はしていたがやはりそうか。確かに、こっちじゃ反対方向だ。
他に新しい記述はなさそうだ。そう思い最後のページまでパラパラめくると「Transparent Darkとは嗤わせる」という記述があった。思わず、声が漏れる。
「おい……」
強い衝撃を受けるのは、今日何度目だ。なんだこれは。これは、自分の筆跡ではない。メモ帳を誰かに見せるはずもなく、つまり自分が書いたのか? いやそうとは限らない。違う、記憶を失っていた間に書いた? いやでも知らない筆跡だ。
どういうことだ……Transparent Darkの話は未だ誰にも話していない。人格、そう人格と記憶だ。別の人格が書き足したというのか!?
ここまでの俺は、一体誰だ。なぜこの道のりの記憶が消えている?
「ゼス、俺がおかしくなってから、人が変わったみたいに感じたか?」
さすがにもう震えはしなかった。それでも、茫漠とした不安が広がって……と、思い振り返ると、グーシーの周囲にはそれこそ取り留めなく物が乱立していた。不安を一端横に置き、
「待て待て待て、なんだこれは」
詰問調でゼスに声をかけると、あっけらかんとした顔を向けられた。またなにか手に持っている。なんだ、フィギュアか? いやんなこたどうでもいい。国樹は同じ問いかけを繰り返す。
「なんだこれ」
「だから、戦利品」
「なんの!?」
「蹉跌の塔の」
「なんでこんなにあんの!?」
「タガロが入るだけ入れろって言ったから」
おおう……それなら仕方ない、ではなく、
「どこにそんなスペースがあるんだ! いくらグーシーがデカイったって、こんなに入るかっ!」
怒鳴り上げると、ゼスは露骨に溜め息をついた。「またそれー」とうんざり顔を見せ、肩を落としながらも手招きしてくる。自分とグーシーの傍に来い、ということらしい。なんなんだ、と足元に気を付けながらグーシーに近づくと、その理由が分かった。
あんぐりと開けた口、つまり箱の中には暗闇が広がっている。そこにふわふわといくつもの物が浮かび、漂っている。
「なにこれ」
呆けて、こんな言葉しか出てこない。だから、
「グーシーの腹の中だよ」
至ってシンプルな答えしか返ってこなかった。
再びゼス曰く「タガロ、その時もびっくりしてた」そうだ。なにせ根こそぎ運び出してしまったのだから。「グーシーの腹は宇宙か」とも言っていたらしい。さもありなん。
蹉跌の塔の地下は事実上倉庫、宝物庫になっていた。古今東西のあらゆる物が、大量に保管されていたそうで"国樹"は大いに驚き、また喜んだ。
そして確かに入れるだけ入れろと言ったそうだ。しかし当初それは、全てという意味ではなかった。あくまで調査団としての報酬があまりに少なかったからだ。つまり多少ぎっても罰は当たるまい、という程度だ。タダ働きはしない、もちろんどうせ運びきれないというのもあったろう。しかし実際は根こそぎとなった。さすがに国樹はその良し悪しを思案したが「どうせ奴らはここには入れないから、いいや」と開き直った。
これでは盗掘と調査団を批判していた自分と整合性が取れないが、絶対しないかと言われたら困る。確かにゼスがいなければ話にならない、と思う面もある。事実「ゼスが見つけたから、お前の分。で、運ぶグーシーの分と俺の分も合わせたら、いいだろ」と、三人とも納得したそうだ。
またまたゼス曰く「ひと財産築いたな」とうそぶいていたというから、我ながら呆れる。ひと財産どころではない。
「全然覚えてないぞ……」
話を聞き国樹は頭を悩ませるが、さっぱり思い出せない。というかそれでなぜ、記憶が消え人格が失せたのだ。
「なんか呪いの品でも入ってたのか? それとも、それこそ罰が当たったとか……」
そうして二人を見ると、ゼスはふるふるとかぶりを振り、グーシーは視線を落とした。
人格についての見解は微妙に分かれた。ゼスは「別人じゃないよ、たぶんタガロだと思う。おかしくなってただけ」と言いグーシーは「明らかにおかしいが、別人格とまでは言い切れない」と言う。加えて、これまた驚くことに原因はほぼはっきりしているそうだ。
促すと、ゼスはなぜか憎々し気に話し始めた。
「地下の部屋のひとつに、変な像があったんだ。女の人が凄いたくさんの鎖に繋がれている像。鎖が部屋の四方八方に伸びてて、拘束してるみたいな。それで、僕がなんとかしようって言ったら、タガロがルビーを使えって」
あのルビーは、そんなことにも使えたのか。頷き先を促す。
「そしたら拘束が解けて、そうそれこそ封印が解けたみたいになって、像が生き返って……"あれは人間ではないと思うけど"とにかく助けられたんだ。可哀相だって思ってしたことなんだけど、タガロ、その人と話してからおかしくなっちゃった」
ゼスの声は徐々に小さくなり、最後に「ごめん」と付け足した。急に落ち込まれても、と思うが責任を感じているのか。
正直謝る必要はない。あんな所だ、なにがあったっておかしくない。そもそもルビーの使用は国樹の発案なのだから、責任を感じる必要もない。
国樹が「気にすんな」と頭を撫でると「ホントにごめん」と珍しくしおらしい姿を見せた。ゼスが本気で凹む姿を見るのは初めてだ。当惑するが、話は続けたい。グーシーに水を向ける。
「俺はなにを話した。そいつ何者だ? なんて言ってた?」
残念なことに通訳するのはゼスだ。グーシーも慰めたい気持ちなのだろう。舌で頭を撫でている。それはどうなんだと思ったが、ゼスは少し立ち直った。
「僕はすぐに追い出された。"あなたに用はないわ"とか言ってさ、感じの悪い奴だったよ、誰のお陰で……」
それはまた、と思うが憎々し気な顔には生気が戻っている。言わせて良かったかもしれないと、国樹は少し笑みを浮かべ「酷い奴だ」と同意する。
「うん。それでタガロとグーシーだけ残ったんだ。僕は外で待ってた。グーシーはタガロが色々質問してたって言ってる。タガロもなにか質問されたけど、ちゃんと説明してたって」
グーシーを見ると、目で頷いていた。
「ただグーシーも途中で追い出されたんだ。その時タガロに地下の品物入れるだけ入れて来いって言われたから、おかしくなったのはその後だよ」
「俺はどんな質問をしてた?」
「何者なんだとか、なんでこんなことになったとか、あとは歴史の話とかだって」
「そいつはなんて答えた」
「答えられないって。歴史についてもはぐらかして、それからグーシーを追い出したって」




