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野球のルールは難しい

 今日は彼女と一緒(いっしょ)に、テレビで野球の試合を見ている。


 僕(ぼく)は以前から、「野球を見よう」と繰(く)り返し誘(さそ)ってきた。ずっと断(ことわ)られてきたのに、今日は彼女の方から、「見たい」と言ってきたのだ。


 で、現在(いま)のような状況(じょうきょう)になっている。僕の家でテレビ観戦だ。ただし、彼女の強い希望で、「球場の音声のみ」にしている。


 僕は野球ファンだけど、彼女は違(ちが)う。野球のことをほとんど知らない。


(解説がないと、ルールのわからない部分もあるだろうに・・・・・・)


 そんなことを考える僕。


 一方で、彼女はテレビの画面を見ながら、何やら考えごとをしている。たまに、「ああ、そういうルールか」と、独(ひと)り言(ごと)をつぶやいていた。


 彼女は推理(すいり)小説が大好きだ。


 推理小説好きにも色々なタイプがあると思うけど、彼女はストーリーを楽しむよりも、自分で推理するのを楽しむタイプだ。


 本格推理ものばかりを乱読(らんどく)しては、「この小説の犯人(はんにん)よりも、作者の方に殺意(さつい)がわいた」というのを口癖(くちぐせ)にしている。


 なお、彼女がそんな風に推理小説好きなことと、今日の野球観戦は無関係ではないらしい。


 本人が言うには、直近に読んだ推理小説が面白(おもしろ)くなかったそうだ。「もしも私が法律(ほうりつ)をつくる人なら、叙述(じょじゅつ)トリック使いは死刑(しけい)」とぼやいていた。本格推理もの以外の小説に手を出したために、予定外の悲劇が起きたみたいだ。


 それで彼女は閃(ひらめ)いたという。


 ルールを知らないスポーツを見ながら、そのルールをリアルタイムに「推理」するのはどうだろうか? 現実に行(おこな)われている試合なら、ふざけた叙述トリックなどが入り込(こ)む余地(よち)はない。フェアプレーの精神に溢(あふ)れているはず。


 で、それを実践(じっせん)するための、今日の「野球観戦」というわけだ。


(かなり難易度(なんいど)の高いことに挑戦(ちょうせん)しているなぁ)


 そんな風に僕は思うのだけど、彼女はすごく楽しそうだ。ファールとストライクの関係を見抜(みぬ)いた時には、目をキラキラさせて饒舌(じょうぜつ)になっていた。


(こういう野球の見方もあるんだなぁ)


 僕は感心する。


(理由はどうあれ、これをきっかけに、野球に興味(きょうみ)を持ってくれれば・・・・・・)


 さらに試合は進み、打者が突然(とつぜん)、「振(ふ)り逃(に)げ」をした。


 それを見て僕は、彼女の様子(ようす)を横目でうかがう。これがどういうことなのか、正確に「推理」するのは、かなり難しいかも。


 思った通り、彼女は真剣に悩(なや)んでいた。ファールや盗塁(とうるい)などと違って、「振り逃げ」は一試合の間に何回も起こることではない。推理する上での手がかりが、非常に少ないのだ。


 しかし、僕に「ヒント」を求めてくる、そんな気配はまったくなかった。この謎(なぞ)、自力で解(と)くつもりらしい。


 となると、僕の方から声をかけるのは、しばらく遠慮(えんりょ)しておこう。


 彼女は「振り逃げ」の推理に集中したいだろうから、この時間を利用して台所へと移動する。


 おなかがすいていたので、唐(から)揚(あ)げをつくることにした。まずは油(あぶら)を熱(ねっ)して・・・・・・。


 二〇分後、お皿(さら)にアツアツの唐揚げを山(やま)盛(も)りにして、僕はテレビの前へと戻(もど)ってきた。


「どうぞ」


 できたてを勧(すす)める。


 その時、テレビの中で打者が「振り逃げ」をした。たぶん、今日の試合で二回目だ。


 ちょうど彼女が、お皿の方に箸(はし)を伸(の)ばしているタイミングだった。


 思わず「振り逃げ」の方に気を取られたようで、箸の先が唐揚げの一つを不器用(ぶきよう)につつく。


 その唐揚げが床(ゆか)へと転(ころ)がった。


 ワンテンポ遅(おく)れて、彼女もそれに気づく。床の唐揚げとテレビ画面、両方を見(み)比(くら)べてから、いきなり「あ!」と叫(さけ)んだ。


「五秒(ごびょう)ルール的なやつか!」


 これが、彼女の「振り逃げ」に対する「推理」である。


 五秒ルールとは、「食べ物を床に落としても、五秒以内に回収すればセーフ」という謎(なぞ)の理論(りろん)だ。


次回は「eスポーツ」のお話です。

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