球拾い
昔々、プロ野球の春季キャンプでは、練習後に球拾いをするのは、若手選手たちの役割だった。
球場の外まで飛んだボールを拾い集めながら、一人の選手がぽつりとつぶやく。
「これ、ヘンゼルが落としていった目印だったら・・・・・・」
一緒に球拾いをしていた選手たちは、一斉に思い浮かべる。
ヘンゼルとグレーテルの童話だ。パンくずと、それを食べた小鳥たち。
そして、野球のボールと、それを拾う自分たち。もしも、このボールが家に帰るための目印だったら・・・・・・。
「余計なこと言うなよ。拾いづらくなるだろ」
これは自分たちが練習で使ったボールだ。ヘンゼルが落としていった目印のはずがない。
ところが翌日以降、球拾いの時になると決まって誰かが、
「これ、ヘンゼルが落としていった目印だったら・・・・・・」
必ず口にするようになった。
すぐにコーチの一人が気づいた。ここ最近、球拾いに時間がかかりすぎている。
手間取るようになった理由を、若手選手たちから聞き出すと、それをそのまま球団上層部に報告した。
「うちの球団には、優しい選手が多いみたいです」
球団幹部たちはさっそく会議を行う。今後は球拾いのアルバイトを雇うことに決めた。
ただし、その前にこれだけは、若手選手たちに注意しておかないと。
「アルバイトに対して、余計なことを言わないように」
ヘンゼル禁止令である。
次回は「バット」のお話です。




