#596 「いや、説得力がない……欠片も……ッ!」
トゲトゲコロニーことアウェスプライムコロニーでアウェスⅢへの降下申請をパスした俺達はクリシュナを格納したブラックロータスと分離したアントリオン、モリガンの三隻でアウェスⅢの総合港湾施設へと降下した。やっぱこういう時に面倒だからアントリオンとモリガンも格納できる母艦が欲しいな。
「やぁ、待っていたよ。少し逞しくなったんじゃないか?」
そして降りるなりこれである。お義父さんフッ軽にも程が無いか? またもSPを引き連れてのお出迎えに思わず頬が引きつる。そりゃ十二星系を治める大領主御本人だからな。SPというか護衛くらいついてくるか。
見たところ本人だけでなく周りの護衛もパーソナルシールドを装備しているようだし、なんなら大容量のシールドを展開するシールドボットも随伴している。暗殺対策はバッチリってことらしい。
「こんな短期間ではそう変わりませんよ。しかし侯爵閣下自らのお出迎えとは恐縮です」
「ハハハ、まぁヒロ子爵もそうだが他家の嫡子をお出迎えともなるとね。こちらとしても気を遣う必要もあるわけだよ。最終的には娘の嫁ぎ先の家長、ということにもなるのだろうからね。あとはまぁ……わかるだろう?」
チラリとお義父さんが視線を向けた先にはルシアとイゾルデ、それに未だ俺に名前を教えてくれない近衛騎士が三名。なんなんだろうな? 俺に名前を教えないことで何かから身を守ろうとでもしているのか? アレは。まともに聞いて「貴方の毒牙にかかることを防ぐためです」とか言われたら立ち直れないから聞かないでいるけど。
あ、お義父さんがルシアに近づいていった。お義父さんの接近に気付いたルシアも笑顔でお義父さんを迎えているな。
「これは可愛らしいお嬢さん。滞在中は不自由の無いように努めるので、ゆるりと観光を楽しんでいかれると良い」
「それはどうもありがとうございます、素敵なおじさま。引率のお兄さんについていくので、私達のことはどうぞお構いなく」
にこやかに挨拶してるけどなんか怖えなぁ……あの会話内容にどんな意味が込められているのか正確にはわからんが、多分ルシアは特別に自分に構う必要はない、俺と同等の待遇があれば十分、みたいな話をしたんだと思う。もう少しこう、標準語で話して欲しい。貴族語はやめてくれ。
「まぁ何にせよ旅の埃を落として……いや、落とす必要も無さそうだが、まずは腰を落ち着けて貰うとしよう。こんなだだっ広い場所で立ち話、というのも無いだろうしね」
そう言ってお義父さん――ラウレンツ・ホールズ侯爵閣下が肩を竦める。それはそう。護衛の皆さんもこんな所にいては気が休まらないに違いないから、早々に総合港湾施設から御暇するとしよう。
☆★☆
ホールズ侯爵家の本家屋敷、というのはそれはもう広大であった。いや、屋敷そのものは常識的な大きさ……いや常識的な大きさじゃねぇわ。でけぇわ。すっげぇでけぇわ。端から端まで歩いたらどんだけかかるんだってレベルだわ。でも、それ以上に敷地面積がとんでもない。多分日本の大都市が丸々一つ入るというか、都府県辺りが丸々一つとかそういうレベル。こんなにスペース要ります? ってくらい広い。スケールが違い過ぎる。
「なんでこんなに広いんだろうな……警備上の観点から見るとかえって危ない。危なくない?」
「無駄に広くて自然たっぷりに見えるでしょうが、専用の防衛衛星兵器や偵察衛星、その他諸々の超大型防衛システムなんかが目白押しですよ。下手な軍事宇宙ステーションよりも守りが堅くなってます」
「防衛兵器のものと思われるシグネチャが飛び交ってますね。この密度はシエラⅢの物資集積施設と同等かそれ以上です。有事の際にはそこら中から戦闘ボットが湧き出してくると思いますよ」
「何それ怖……」
セレナとミロの説明と分析に思わずドン引きする。そんな厳重に何から身を守ろうとしてるんだよ。いや、全てからか。大きな領地を持つ領主はそれだけ多くの敵から身を守る必要があるってことなんだな。クリスの例を考えれば、血を分けた肉親すら警戒の対象なんだろう。
「大貴族ってのも楽なもんじゃないんだな」
「実際ここまで必要かと言うと疑問ですけどね……ただ、侯爵家としては経済を回さなければならないという事情もありますから」
「ああ、そういうのもあるのか。なるほどな」
俺が考えたような理由だけでなく、傘下というか地元の企業が作った防衛システムや関連産業を振興する意味でも、こういう形で富を吐き出す必要もあるってことなのか。それはそれで大変だなぁ。
そんな話を聞きながら専用の高速シャトル――空を飛ぶタイプのやつ――で敷地を飛び、お屋敷玄関へと着陸する。そうしたら人がズラリよ。多分メイドさんとかそういう感じの人達。女性だけじゃなくて男性もいるし、メイド服でもないけど。いや、女性はメイド服なのか? サイバーっぽい感じで一瞬そうは見えないけど、メイド服のようにも見える。男性のは普通のスーツっぽいな。
それにしても何人いるんだ? 軽く五十人はいそうだ。百人はいないか?
「なんかこう、貴族って感じ」
「ですよね……でも格式というか、伝統というか、ある種の儀式みたいなものなので……」
俺と一緒にシャトルから降りてきたセレナが苦笑いを浮かべる。ちなみに、俺達が乗っていたシャトルに同乗していたのは俺とセレナ、ミロ、それにクリスとエルマ、それにメイというメンバーである。何かよくわからないが、何かしらの法則があってこうして決められたものらしい。シャトルに乗る人選一つから何かしらの決まりごとに雁字搦め、というのも息苦しい限りだよな。
ちなみに、ミミとルシアと近衛騎士、それとクギが同じシャトル。ティーナとウィスカ、ショーコ先生とネーヴェに新人メイドロイド三人がまた別のシャトルという感じで分けられていた。
なんとなくだが、貴族組、賓客組、平民組と分けられた感があるな。俺としては若干不快である。とはいえ、お義父さんというかホールズ侯爵家としても必要な区別なのだろうとは思うから、文句は言わない。
ズラーっと並んだ使用人の皆様に頭を垂れられながらクソデカい屋敷の中へと入り、案内されるがままに応接室のような場所へと通される。いや、変だよな? ような場所だなんて表現は。だってここは広すぎるし、色々と応接室と呼ぶには場にそぐわないものが多過ぎる。あっちの壁にはデカいテラリウムとアクアリウムが埋め込まれていて、そっちの壁には古式ゆかしい剣だの斧だの美術品らしきものだのが陳列されていて、更に部屋の一角にはキッズコーナーらしきものまである。
無論、寛げそうなソファとテーブルのセットも一つや二つじゃ足りないくらいあるし、なんか喫食スペースのような場所もある。あともう一回言うけど広い。体育館か何か? それもバスケットコートが二面は入りそう。あまりに部屋が広すぎる。
「ここはどういう部屋なんだ……? なんというか部屋の方向がとっ散らかってない?」
「一応応接室、なんですが……まぁその、広すぎて方向性が迷走しているのは認めます」
「私達みたいに、というか私達よりも多い人数で訪問する人たちもいるからこうなってるんでしょうね。そんな人数でも、実際に話すのは数人、なんてことも少なくない。でも、目の届かない場所に隔離するのも色々と不都合がある。そんな事情があったりなかったりして大貴族の応接間ってこんな感じになりがちなのよ……」
「うちの応接間もこんな感じですよ、外部向けのは。ごく私的な会合に使う場所はそうでもないですけど」
生粋の貴族子女三人がそれぞれに事情を説明してくれる。なるほど……? なんか理解できるようなそうでもないような話だな。深く考えても無駄っぽいので、こういうものなのだと納得することにする。俺の感覚からするとだいぶおかしく感じるが、ある意味異文化みたいなものだしな。こういうものなんだろう。
「三人もブレインがいると安泰だね。まぁ、必要とあらばそちらのお二人からも教えてもらえるのだろうけれど」
そう言ってお義父さんが視線を向ける先にいるのはお澄ましして俺の隣に座っているミロと、ソファに座る俺の背後に立って控えているメイである。メイはともかく、ミロはなんでそのポジションなんだよ。というか、しれっと貴族枠にミロが入ってるのが意味わからんし、お前は別に正式に結婚した身内でもないんだが……?
「ヒロ君、君が思っている以上に君の隣に居る人は大物だからね? 君がどう思っているのか正確にはわからないけれど、機械知性のナンバーズというのは私でもだいぶ気を遣う相手なんだよ」
「えぇ……? マジで? お前そんなに凄い奴だったのか、ミロ」
「まぁ、ここのところは半分隠居しているような形でしたが、これでも無駄に長く活動していますからね。とはいえ、私は娘さんを含め、他の方々よりも前に出るつもりはなく、基本的には彼とクリスティーナ様の補佐に回る予定ですので、お気になさらず」
そう言ってミロは可憐な笑みを浮かべてみせたのだが、お義父さんはその言葉を額面通りに受け取ることが出来ないのか、苦笑いを浮かべるだけであった。
「なんというか、君は本当にこう……まぁ言っても詮無きことなのだろうね。うん。正直ちょっと甘く見ていたというかなんというか……何故か皇女殿下まで一緒にいるし。まさかとは思うけど」
「いや、ルシアには手を出してないし、手を出すつもりも無いですよ。お義父さんがどう考えているかわかりませんが、俺はこれでも……いや、説得力がない……欠片も……ッ!」
俺はこれでも身持ちが堅いとか、やんごとない身分の女性に手を出すほど身の程知らずではないとか言いたかったのだが、現状を鑑みるに全く説得力がない。なんなら最初に手を出すことになったミミからして皇帝陛下の姪孫である。そんなことは本人すら露ほど知らぬことではあったが。
「そうだね。正直もう私はそういうことを前提に動いたほうが良いのかなと思い始めているよ。どうしたものだろうね、本当に……」
お義父さんが頭を抱えている。すみません、本当に。何もかも俺の言うことを聞かない運命操作能力とかいう奴が悪いんです。
ん? つまり俺が悪い……ッテコト? な、納得いかねぇ……ッ!
「やっぱりそうですよね……? もしそうなったらどうしましょう……?」
俺の隣、ミロの反対側に座っているクリスも頭を抱えている。俺はクリスの婿としてダレインワルド伯爵家の一員となったわけだが、万が一ヴァルター皇太子殿下の息女であるルシアが俺とそういう関係になったりしたらどうなるか? 当然、帝室の姫、皇女殿下に手を出したら責任を取らないというわけにはいかない。下手するとクリスを含め全員との婚姻関係を全て断ってルシアと結婚し直せ、みたいな話になりかねないのではないかと思う。
え? それよりもヴァルター皇太子殿下に殺されるんじゃないかって? 多分それは無理だ。
皇帝陛下、及び皇太子殿下が俺という存在をどこまで認知しているかわからないが、もし排除する方向で動いたりしたら俺は死に物狂いで抵抗する。そうすると、十中八九算盤が合わなくなる。つまり、あちら側の被害がデカくなりすぎる。最初はそう思っていなかったとしても、必ずそれを思い知ることになる。
「皇帝陛下のご判断に縋るしかないかと……」
「ですよね……あなた様、頼みますよ? 本当に」
「何を頼まれてるのかわからねぇ……俺はともかく、相手に強引に来られたらどうすんだ……?」
抵抗すると言っても限界がある。そりゃ物理的にノックアウトすることも辞さず本気で抵抗するとか、第二法力を使って精神的な方向で抵抗するとかすればなんとかなるかもしれないが、あらゆる意味で、つまり権力や立場、その他状況を整えての謀までもをフル活用して強引にこられたらどうにもならないかもしれない。ルシアがそこまで俺に執着しているとも、今後するとも思えないし思いたくもないが、可能性としてはゼロではないわけで。
「気合いで回避してくれとしか私には言えない……」
「もしそうなるとしたら、いまさら抵抗しても無駄じゃないですか……? ヒロは私にあれだけ塩対応しても結局こうなっているわけですし」
「我が娘よ、説得力のある言葉をどうもありがとう」
お義父さんが両手で顔を覆って天を仰ぐ。諦めるなよ! お義父さんも皆も諦らめんなよ! まだ何もそういうのは無いだろ! というか俺もファッキンエンペラーと血縁になるのは嫌……もう手遅れだったわ。初手でもう手遅れだったわ。そういえば。
俺達は揃って天を仰いだり、項垂れたりするのであった。なお、ミロだけはニコニコしていた。いや、メイもいつも通りだった。くそう、恋愛至上主義者かつハッピーエンド至上主義者の機械知性達め。いざとなったらお前達を頼ってやるからな!




