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#595 「そんな簡単な話かぁ……?」

 ホールズ侯爵領、と一言で表現してもその実態は一つも伝わらない。どれくらいの大きさなのか? 一体どれほどの恒星系を擁していて、人口はどのくらいになり、経済規模はどの程度に及ぶのか?

 正直その数字を目にしても俺にはピンとこなかった。だってな、桁が多過ぎるんだ。ゼロ何個あんだよってレベル。

 俺が辛うじて理解できたのはホールズ侯爵領として認められている恒星系の数だ。その数なんと十二星系。ダレインワルド伯爵領がデクサー星系を中心に五恒星系で構成されていることを考えると、その広大さとホールズ侯爵家の強大さがわかろうというもの。ホールズ侯爵領だけでもちょっとした星間国家並みの勢力であると言える。


「クラース星系に隣接するこのマイオ星系からがホールズ侯爵領となります。中枢星系はアウェス星系で、更に二つ隣の星系ですね。その他にはボスタ星系、パンテラ星系、レポリ星系、ウルス星系、セルペンテ星系、クウス星系、アリエス星系、プライ星系、カニス星系、クロファ星系の合計十二恒星系で構成されており、グラッカン帝国内でも有数の領地持ちの貴族ということになります」

「恒星系が多過ぎる……覚えられそうに無いんだが」


 どこから取り出したのか、知的に見える眼鏡をかけたセレナがホロディスプレイに表示される銀河地図(ギャラクシーマップ)を前に立ってホールズ侯爵領について講義してくれている。

 まぁなんだ。ホールズ侯爵領に入るってことで軽くセレナにホールズ侯爵領について教えてもらおうってことでこうして頼んだ結果なわけだが。俺の他にミミやクギにクリス、それとネーヴェやルシア、あと近衛騎士の皆さんなんかも一緒に講義を受けている。多分クリスやルシアはこんなことは知っていて、単に面白そうだから同席しているだけだと思うが。


「都度教えますから。とりあえずホールズ侯爵家の中枢星系であるアウェスと今いるマイオ、あとはアウェスとマイオの間にあるセルペンテ星系の三つを覚えておけば良いでしょう。帰り道でもありますから」

「オーケー、セルペンテ経由してマイオへ、そしてクラース星系を経由にしてアニ星系のゲートウェイだな。逃走経路了解」

「どうして退路を確認してるんですか……?」

「だって逃げることになるかもしれないし……」


 なにか不穏なことを言っていたお義父さんことラウレンツ氏がどんな無茶振りをしてくるか知れたものではないので。場合によっては逃げることも選択肢に入れてるからな、俺は。そう言って逃げたこと無いだろって? それはそう……だってなんとかなっちゃうんだもん。


「いざとなったら逃げる逃げるって言いつつ殆ど逃げたこと無いじゃない」

「あはは……そうですよね」


 少し離れた場所でちびちびと酒を飲んでいるエルマとすぐ隣で苦笑いしているミミにも言われてしまった。逆隣でクギは「流石は我が君です」とか言ってるし。別に勇敢とかそういうことじゃないんだよ。なんとなく流れでそうなってるだけで。完全に逃げを打ったのはあの赤髪クソビッチの時くらいか? あれも結局追いつかれて戦闘をする羽目になったけど。


「……」

「……なんだよ?」

「……」


 ルシアだが、前回の採掘コロニー救援時に説教してからなんだか妙に大人しい。特に俺に対して何か思うところがあるのか、こうして俺の様子を窺うというか、顔色を窺っているような感じである。正直ちょっと気味が悪い。


「ええと……ヒロ様はもう怒ってないと思いますよ」

「前回の救援の時のか。アレは人の命と俺達の命が懸かっている時に馬鹿なことを言い始めたからちょっとキレただけで、終わったことだろ。ちゃんと大人しくしてたし、俺はもう怒ってないぞ」


 少しばかり本気でキレて脅してしまったが、俺は間違ったことを言ったつもりはないし、対応に関して変えるつもりもない。また同じことを言い出したら同じくキレるが。


「むぅ……」


 なんとも言えないもやもやしたような表情でルシアが押し黙る。なんだよ、何か言ってくれないと何も伝わらんぞ。俺は心を読めるエスパーじゃ……いや俺エスパーだったわ。どれ、軽くルシアの気持ちを探ってみるか。こう、チャンネルを合わせる感じでパッシブに……こっちから覗くのはちょっと違うが、発散されている精神波を読み解くくらいは良いだろう。空気読みレベルMAXみたいなものだ。

 うーむ、これは……恐れと怒り? あとは……なんだこれは。憧れ? 違うな、依存でもない……恋慕とかでもない。構って欲しい……?

 よくわからんが、マイナスの感情ではないな。マイナスとプラスの感情がごちゃまぜになってモヤモヤしてるのか? 少しくらいはフォローしておくか。


「まぁ、強い言葉を使ったのは悪かったよ。あの時は状況開始まで時間も無かったからつい、な。だが、ルシアに危険なことはさせられないってのもわかってくれ。特に宙賊を相手にさせるなんて絶対に駄目だ。万が一、奴らに囚えられでもしたら、死ぬよりも酷い目に遭うことになる。ルシアには想像もつかないような事を平気でやる連中なんだよ、宙賊っていうのは」


 奴らに『加工』された犠牲者達の事を考えると反吐が出そうになるからな。あいつらは囚えた犠牲者達のことなんて玩具かその材料としか見てない。人の形を保っていたら御の字で、下手すりゃパーツごとに分けられて奴らの言うところの『使える愉快なオブジェ』にされてしまう。

 見るからに上流階級の出で、しかも見目麗しいルシアが奴らに捕まったら? 想像するのも反吐が出るな。絶対にろくなことにならない。皇女だなんていう出自が知られでもしたら、どんな目に遭わされるか。


「……私を心配して強い言葉を使ったということですか?」

「それも勿論ある。だがそれ以外にもある。お前が無茶を言って、我儘を通すことで回りの人間にどんな危険が及ぶか、なんてことは俺が言うまでもないことだろ?」

「むぅ……」


 ルシアは唸り、ぽすっ、と俺の胸を拳で打ってきた。なんだなんだ? やんのか? おん?


「貴方はもう少し私に優しくするべきだと思います。皇女ですよ、私」

「なら皇女らしく大人しく、いい子にしてろよ……段平片手に宙賊にカチコミとかしようとしてんじゃねぇ」

「むぅー……!」


 頬を膨らませたルシアがぽすぽすぽすぽすと連続で俺の胸にパンチしてくる。八つ当たりかよ。滅茶苦茶手加減して打ってるから許してやるけど。多分ルシアが本気でパンチしてきたら俺の胸骨とか肋骨が滅茶苦茶になるからな。


「あれは……どうかしら?」

「うーん……駄目そうですね」

「我が君なので……」

「ギギギ……」

「どうどう。クリスさん、ステイですよ」

「キャプテンは罪作りだなぁ……」


 なんかエルマ達がコソコソ話してるけど、ここでフォローせず放置ってわけにもいかなくねぇ? いくらなんでもこれくらいでルシアがどうにかなることはないだろ。そんなにチョロいわけがない。皇女だぞ? もっとこう、気の利いた美辞麗句で口説くならともかく、半ば説教だぞこんなもの。


「わかりました。勝手に動かない。大人しく、いい子にしてます。でも、私にしかできないことがもしあったら、その時は私に任せてください。それくらいは良いですよね?」

「ルシアにしかできないことがあったらな。その時は頼らせてもらう」

「言いましたね? 約束ですよ?」

「オーケー、男に二言はない」


 俺がそう言うと、ルシアはにっこりと笑みを浮かべてみせた。何だ? 何か致命的な間違いを犯したような……いや、気のせいだろう。ルシアにしかできないことなんてそうそうあるものじゃないし。これから訪れるホールズ侯爵領で皇女殿下の地位と権威が必要な場面は無い筈だ。

 もし何かあっても俺の名誉子爵位と暴力、クリスの次期女伯爵という立場、それに何よりラウレンツ・ホールズ侯爵の娘であるセレナの立場で切り拓ける筈だ。ルシアの出る幕は無い。無いったら無い。


 ☆★☆


 ホールズ侯爵領の中枢星系、アウェス星系。この星系は居住可能惑星が二つ、それと鉱物資源の他に氷を採掘できる小惑星帯が存在し、恒星が放射するエネルギー量も多く、宇宙空間に建設された恒星エネルギー収集施設によるエネルギー資源の生産なども多い。

 つまり、鉱物、水、エネルギーの三つが揃っていて発展しやすい恒星系の条件を満たしているということだな。鉱物とエネルギーによって鉱業及び工業が発展し、氷、つまり水とエネルギーによって食料も豊富に生産できるというわけだ。

 その他ガス資源やレアメタルなどもアウェス星系周辺の自領内で賄うことができており、ホールズ侯爵領内の資源自給率は大変に高い水準を保っているそうな。つまり、グラッカン帝国そのものが何らかの要因で倒れたとしても、ホールズ侯爵領は単独でその勢力、文明を維持できるだけの力を持っているということである。


「俺は政治とかそういうのよくわからんのだけど、そういうのって帝国的には危ないんじゃないのか? こう、所謂反乱とかが起きるとさ」

「だからこそホールズ侯爵家には帝室に対する忠誠が常に求められてきましたし、帝室もまたホールズ侯爵家に相応の配慮をしてきました。持ちつ持たれつ、という関係を維持してきたわけです」

「そんな簡単な話かぁ……?」


 ブラックロータス入港しつつあるアウェスプライムコロニーの港湾施設の様子をホロディスプレイで眺めながら、隣りに座るセレナが肩を竦める。


「いくらホールズ侯爵領が広大でも、内需だけでは経済は回せません。帝国全土という巨大な商圏や、帝国の名の下に行われる他国という商圏が必要なのですよ」

「金、金、金……世の中金かぁ」

「人類が文明的な生活を送ることと経済という概念は切っても切れない関係ですからね。無論、帝国と侯爵家の関係はそれだけで保たれているわけではないですけど」

「帝国と大物貴族の関係ってのも色々複雑なんだな」

「貴方の女性関係ほどではないかもしれませんけどね?」

「それは俺にもなんかよくわかってないから……後悔はしてないけど」


 どうしてこんなに増えたんでしょうね? 概ね不可抗力だと思うんだけど、俺にもよくわからんのだ。それはそれとして責任はできる範囲で取るつもりだけどさ。

 で、話は変わってアウェスプライムコロニーだが、このコロニーは例によって例のごとく交易コロニーである。このコロニーは正八面体に正四面体のモジュールを組み合わせて作られたコロニーで、かなり巨大だ。見た目にはかなりトゲトゲしているように見える。

 あれだ、星型八面体ってやつだな。アレインテルティウスコロニーが正八面体だったから、もしかしたらアレインテルティウスコロニーも将来的にはこのアウェスプライムコロニーのように星型八面体になるのかもしれない。


「トゲトゲしたコロニーだよな」

「突起部が防衛施設になってるんですよ。射界が広くてどの方向から接近しても強烈な火力に晒されます。交易コロニーでもありますが、一種の星系要塞でもありますね」

「なるほど。そういやホールズ侯爵家は武門の名門なんだっけ?」

「はい。古くはホールズ侯爵領が帝国の辺境であった時代もあったそうです。今でこそ帝国の中心部に近い場所になってますけどね。その頃から貴族家としての役割を変えず、変わらず。今でもホールズ侯爵家は帝国の剣として、盾としての役割を果たし続けています。ゲートウェイを使えば前線まで一瞬の時代ですから、軍務に服する一門の負担も随分と軽くなったそうですよ」


 ゲートウェイ技術がなかったら広大な帝国領土の端、つまり国境や前線まで片道数週間とか下手すりゃ数ヶ月ってことになりそうだものなぁ。そうすれば地元には数年から下手すりゃ十年以上帰れない、なんてことにもなるだろう。ホールズ侯爵家にとっては重い負担になっていたに違いない。


「そんな家の娘さんを嫁にもらって、これからハネムーン称した広大な領内のトラブルシューティングをさせられるわけだ。一筋縄で行きそうにねぇなぁ」

「頑張りましょうね、私の旦那様」

「へいへい。全力で頑張りますよ」


 俺の返事にセレナが微笑む。まぁ、ここでイモ引いてお義父さんに失望されるわけにもいかないものな。退路は確保しつつだが、やれるだけやってみるとしましょうかね。

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皇女だからこそ…じゃないですかネェ?? これはアレだな。お祖母様と比較的近い親公認の駆け落ち√だな()
なにを言ってもフラグになる男、キャプテン・ヒロ!
問題をおこす公爵でもおるんかいな?
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