#593 「そこに無ければ無いですね」
『ブラックロータス、ワープアウトまで百八十秒』
「オーケー。ワープアウト後の動きは打ち合わせ通り。アントリオンとモリガンは中型艦を優先撃破、特にシーカー、魚雷持ちを優先。豆鉄砲は一旦無視。逃走しそうな艦がいたらグラビティ・ジャマーを展開。クリシュナは大型艦を中心にやる。あと、戦闘ボット入りのドロップポッドを準備しておけ」
『アントリオン、了解』
『モリガン、了解です』
恒星の瞬きが線のように後方に流れていくブラックロータスの外部光学センサーからの映像がメインスクリーンに映し出される中、いつも通りの表情のエルマと、少し緊張した表情のセレナがそれぞれ返事をする。
「セレナはモリガンでの初戦闘だ。上手くやろうとするな、一つずつ確実にやれ。複数目標を狙うようなやり方は最初からやらなくていい」
『ええ、無理はしません』
『キャプテン、私も見てるから大丈夫だよ』
メインスクリーンに追加でネーヴェのウィンドウがポップアップしてくる。彼女は今回セレナのモリガンに同乗し、オペレーターとして働くことになっていた。オペレーターとは言っても、彼女の場合は通常のオペレーター業務に加えて攻撃ドローンのオペレーターも務めるわけだが。
モリガンには三基のプラズマキャノンドローンと六基のパルスレーザードローンが搭載されている。そのうち三基のプラズマキャノンドローンをセレナが、六基のパルスレーザードローンをネーヴェが操作し、操作の負担を軽減しようというわけだ。ネーヴェの戦術指揮、統制能力は元々はベレベレム連邦の戦艦をほぼ一人で動かしていた規模のものなので、下手するとオーバースペックなくらいだろうな。
しかも彼女は機体と自分を有機的に接続するための電脳インターフェースを備えているから、ブラックロータスを集中制御している時のメイと同じように直接モリガンのシステムを繋がることができる。セレナの補佐をするにはうってつけの存在だ。
『私達は何もしなくて良いんですか!? 必要とあらば宙賊の大型艦とか、乗り込まれているかも知れない採掘ステーションにドロップポッドで乗り込んで悪者を成敗しますけど!』
「やめろ。座ってろ。何もするな。もし勝手に動いたら本気で脱出用ポッドに詰め込んで宇宙空間に放逐してやるからな。俺はやると言ったらやるぞ。お前が皇族だろうが関係ない。本当にやる。絶対に許さん。わかったな? そうしたくないなら近衛連中は絶対に止めろ。止められなかったら俺はやる。結果的にお前たちは実行しようとする俺を止めようとするだろう。そうなったらお前ら全員をぶっ殺してルシアを放逐する。ルシアもやるなら近衛全員の命を道連れにすると思え」
『……はい』
通信の向こうからしょんぼりした声が聞こえてくる。この火急の時に下らんことで時間を使わせるんじゃねぇ、と口から出かけたが流石にやめておいた。これだけ言っておけば暫く大人しくなるだろう。まったく、我儘姫にも困ったもんだ。いや、戦闘時にだけ出しゃばろうとしてくるだけならまだ可愛いものか? 普段から尊大でも我儘でもないだけマシか。お姫様なのに妙に武功を欲しがるのはなんなんだろうな、本当に。
「ヒロ様、間もなく超光速航行停止、ワープアウトします」
「了解。クギ、サブシステムチェック」
「はい、我が君。シールドセル、ヒートシンク、チャフ、フレア、各種動力配分も問題有りません」
「オーケー。しかし、今のクリシュナにシールドセルってどの程度効果があるのかね……?」
「あはは……そもそもレーザーは曲がって当たらないですもんね」
今のクリシュナはシールドも通常のものとは明らかに違う特性を備えている。光学兵器の類を偏向して逸らす特性があるため、航宙戦における標準武装であるレーザー砲の類がそもそも命中しないのだ。よって、シールド容量が殆ど減衰しない。
「実弾兵器や爆発兵器、プラズマ兵器に関しては偏向シールドの対象外なので、そちらでは今まで通りシールドが減衰すると思いますが……」
「シールド容量もそもそも異常に上がってるからな……クリシュナをバンバン撃って確かめるようなこともできてないし。どこかでブラックロータスに一回撃ってもらって確かめたほうが良いかもな」
などと言っている間にブラックロータスが目的の座標に到達した。救難信号を発信していた採掘コロニー付近だ。
『目標に到達、ワープアウトします』
ズドォォォン! と音が鳴らないはずの宇宙空間に轟音が鳴り響く。前に調べたら機体ではなく空間そのものの振動で発生しているとかわけのわからんことが書いてあって理解を諦めた。専門用語が多過ぎて読むこともままならんのだよ、この世界の先進テックの解説書は。
『宙賊と思われる所属不明艦の反応多数。大型三、中型十二、小型三十四。採掘ステーションは未だ抵抗中、防御火器による発砲を確認』
「よし間に合った。緊急発進だ。ステーションと連絡を取って敵味方識別信号の付与も頼む」
『お任せ下さい、ご主人様』
「行くぞ!」
電磁カタパルトが起動し、ブラックロータスの小型艦ハンガーからクリシュナが放り出される。ああ、この暗く広く冷たい宇宙に放り出されるこの瞬間。この開放感にこそ生きているという実感を感じるな。
☆★☆
操縦桿を通してクリシュナにサイオニックパワーを供給しながら目標を視認する。メイの言った通り、まだ採掘ステーションからレーザー砲やマルチキャノンの砲火が伸びているな。砲台周辺でチカチカとシールドも光っているから、宙賊は防衛火器を潰すことを優先しているらしい。あれは防衛火器を潰した後に接舷して内部の資源や施設、人員を略奪しようって動きだな。
「スダルシャナ・チャクラ起動。機動光翼発現、各種兵装オンラインです」
クリシュナの後方に巨大な光輪が出現し、後部から文字通り光の翼のようなものが三対、つまり六枚生えてくる。相変わらずSFなんだかファンタジーなんだかわかんねぇ見た目だな。
「安定して各種兵装が起動するのは安心点だよな、本当に」
「クリシュナは必ず我が君の期待に応えてくださいますよ」
「そうだな、俺がクリシュナを信頼しないとだな。よし、やるぞ」
ブラックロータスから分離し、動き始めたアントリオンとモリガンに先んじて加速を開始する。慣性を無視し、急加速するようになったクリシュナは以前にも増してじゃじゃ馬になった。
『なんだあの派手な小型艦!?』
『動きがすっげぇキメェ!? 派手なだけじゃねぇぞ!?』
『何が飛び出てくるかわからんぞ! 迎撃だ! 迎撃しろ!』
宙賊どもがオープンチャンネルで騒ぎ始める。あいつらは高度な暗号化通信を全艦に配備する余裕なんて無いから、オープンチャンネルで通信を垂れ流す習性があるんだよな。五月蝿いからカットしたいんだが、オープンチャンネルをカットすると逆に不便な点もあるから、聞くしか無いのがある意味厄介だ。
「ロックオン反応! シーカー来ます!」
こちらに艦首を向けた中型艦や小型艦から多数の熱源が発射された。シーカーミサイルだな。こっちを鹵獲したりするつもりは毛頭ないようだ。
「チャフ、フレアいけます」
「いや、跳ぶ」
俺がそう言った次の瞬間、メインスクリーンの映像がまるで魚眼レンズか何かを通して見たかのように歪んだ。そして歪みが収まった時には大型艦が殆ど目の前だ。視界の隅に映るレーダー反応を見るに、クリシュナは俺が意図した通りに宙賊の中型、小型艦群を飛び越えて後ろに控えていた宙賊大型艦の眼の前に出現したことがわかる。三隻いる大型宙賊艦のすぐ近くだ。
このポジションなら他の二隻からクリシュナを攻撃しようとしても、眼の前の大型宙賊艦が邪魔でこちらを攻撃できない。狙い通りだな。
「よし」
『はぁっ!? 派手な小型艦が目の前にいるぞ!?』
『馬鹿な!? 前衛より向こうにいたはずだろうが!?』
『シーカーが目標を見失って……なんで後ろにいんだよ!?』
宙賊どもは大混乱である。そりゃ前衛の前にいたはずの船が一瞬で前衛どころか中衛も飛び越えて後衛の眼の前に出現したらビビる。俺だって逆の立場ならビビる。
「敵大型艦の迎撃兵装にエネルギー反応!」
「そらそうくるわな。だが間に合わん」
既に展開済みの念動衝撃砲で大型宙賊艦のバイタルパートと思われる部分を攻撃する。この念動衝撃砲、砲撃モードを切り替えて通常モードから散弾モードにすることも可能である。こうするといつもの大型散弾砲と同じ感覚で使えるんだな。射程も威力も貫通力も大型散弾砲より上になってるけど。
『うわぁっ!? 何だ今の攻撃!?』
『バイタルパートに被弾! 破孔多数! 気密が保てないぞ!』
『メインジェネレーター破損! サブジェネレーターも故障! エネルギーが足りん!』
『生命維持とドロップポッドの維持を優先しろ! 総員ドロップ! ドロップ!』
一撃で爆発四散とは行かなかったが、この距離で爆発四散させると飛散したデブリが採掘ステーションに被害を与える可能性が高いから痛し痒しだな。爆発四散しなかったせいで宙賊どもはドロップポッドで脱出して採掘ステーションへの降下襲撃を強行するつもりらしい。
「えー、クラース採掘精錬コロニー三号、こちら傭兵ギルド所属のクリシュナ。ドロップポッドを迎撃するのと至近距離で爆散した大型艦から吹っ飛んでいくデブリを浴びるの、どっちが良い?」
『シールドで防げるデブリのがマシだ! 突入されたら白兵戦になるだろうが!』
「オーケー、後から文句言うなよ」
『おい馬鹿やめろ! 人の心とか無ぇのかよ!?』
「そこに無ければ無いですね」
宙賊の鳴き声に適当に返事をしながら追加で念動衝撃砲をバシバシと撃ち込み、一隻目の大型宙賊艦を爆発四散させる。既に少しドロップポッドが飛んでいたが、爆発の衝撃と撒き散らされるデブリにミキサーされて殆ど生き残りはいないだろう。
「あと二隻」
飛んでくるスペースデブリをクリシュナのシールドで受けながら二隻目へと向かう。基本的にシールドというものはそもそも宇宙空間で飛来するスペースデブリや超光速航行中に衝突するスペースデブリに対処するための装置なので、こういった物理的な衝突にとても強い。代わりにレーザー砲やプラズマ兵器、爆発兵器などの高エネルギーを直接叩きつけてくるような攻撃には比較的弱い。
なので、航宙戦で使われるような実弾兵器の類はこういったただのデブリとは違ってシールドを突破したり、減衰させたりするために特殊な弾頭や仕組みを備えている。それでも当てづらいからあまり使う奴はいないけどな。ちなみに、宙賊が使うようなドロップポッドはシールドを突破するための仕組みを備えているので、シールドでは防げない。対艦魚雷の類についているのと同じような仕組みだな。
『撃て! 撃てぇ! あの小型艦を近づけさせるな!』
『小型艦の火力じゃねぇだろ!? 一瞬で二番艦が沈んだぞ!?』
『おい前衛! 早く戻ってこいや! こいつを叩き落とせ!』
『こっちも手一杯だっつうの! うわぁ!? くそ、どこから撃たれた!?』
『焼かれるッ! 助けっ、助け――ェンッ!?』
オープンチャンネルの通信を聞く限り、エルマとセレナも順調に宙賊どもを駆逐しているようだ。あっちは任せて良さそうだから、こっちはこっちで仕事を進めるとしようかね。




