#592 「なんか難しい話ぃ……?」
「文句を言うようなことじゃないというか、言うべきではないというのはわかっているけど、それはそれとしてイラッとするわよね」
「そこはどうか広い心を持って……あーっ! いけません! いけませんお客様! あーっ!」
ブラックロータスに戻るなり足つぼ健康マットのようなものの上に正座させられた。どうして。
いや、どうしてもこうしても明らかにミロとそういうことをしてきた雰囲気が感じ取れるからなんだろうけれども。それはそれとして、イラッとしたからってそこらをお掃除していたル◯バめいた清掃ロボットを正座している俺の膝の上に置くのは非人道的行為では? 結構重いんだが、こいつ。
「しかし毎回毎回この程度のことで目くじらを立てるのもどうかとは思います。これから何度もこういう事はあるでしょうし、その度にこんなことをしていては薄っすらと嫌われて避けられるようになってしまうのでは?」
「それで夫婦内の不和が発生。旦那様は愛人の元に通い詰め……うぅ、動悸が……はっ、はっ、はっ……か、過呼吸になりそうです」
セレナの指摘にクリスが本当に顔色を悪くして過呼吸気味になっている。おい、誰か助けてやれ。ドクターを呼べ、ドクターを。
「それもそうね……うーん、方向性をしっかり考えないとね」
そう言って溜め息を吐きながらエルマが俺の膝の上からお掃除ロボットを撤去し、腕を引いて立ち上がらせてくれる。良かった、許された。
「不可抗力とはいえ、今回のことは俺も悪かったと思ってる。新婚旅行中に愛人を増やすとか刺されても仕方ない蛮行だよな」
「いや本当にそうよね? 普通そうよね?」
「結果的に愛人は増えてますけど、それで極めて友好的な機械知性の身内が増えてるのは総合的に見るとだいぶお得ですよ」
「ここは妻としての度量、度量を発揮すべき時です……!」
感情担当のエルマ、冷静さ担当のセレナ、愛情担当……? のクリスという貴族子女妻三人衆が俺を囲んで今回の件についての話し合いを続ける。囲まれている俺は足つぼ健康マットらしき物体の上から動けない。当然素足である。あー、ちょっと痛いけど気持ち良いなぁ。
視線を別の場所に向けるとミロを中心にミミ達が何か小声で話している。ミミを含めて何人かの顔が微妙に赤いし、チラチラとこちらに視線を送ってきている。多分アレだな、ちょっとエッチな話題だな、あれは。何となくそういう雰囲気が漂ってきている。こう、テレパシー的な感覚でそういうの少し伝わってくるんだよね。
「とりあえず今回は無罪放免とするけど……私達にもちゃんと構いなさいよね」
「はいっ!」
エルマがちょっと拗ねた顔をして俺の胸の辺りを指先でちょんと突いてきたので、元気に返事をしておく。こういう感じに焼き餅を妬かれるのは大歓迎です。とてもかわいい。
俺の反応が何か琴線に触れたのか、セレナも少し拗ねた表情で抱きついてきた。クリスもだ。うーん、この嫉妬した美女、美少女に抱きつかれタイム。これは寿命が伸びる。
「そうやってすぐデレデレするから次々に女を引っ掛けてくるのよ。バカ」
最後はエルマも抱きついてきた。やったぜ。
☆★☆
俺は一切関与できなかったが、お土産も買い終わったようだし俺がエルマ達に説教されている間にミロが発注していた各設備も搬入、設置が完了したということで俺達はシエラプライムコロニーから出発することにした。
まぁ、土産と言っても俺達が消費する嗜好品とか贅沢品が主で、これから向かうホールズ侯爵家への土産物とかは特に無いのだが。
何故かと言うと、いくらリゾート星系とはいえシエラプライムコロニーで生産、及び販売されているような土産物の中にホールズ侯爵家にわざわざ持ち込むようなものが存在しなかったからだ。
ホールズ候爵領は広大で、産品も大変に多い。わざわざ土産物など持ち込まなくとも向こうに無いものはないし、欲しいと思えばいつでもすぐに手に入る。そうすると土産物などというものは送る側だけでなく貰う側も色々と面倒事が多く、場所も取る上、飲食物であった場合は『事故』も怖いというわけで、ホールズ侯爵家だけでなく大身の貴族の間では土産物をやり取りするという文化が廃れているところも多いのだという。
「外国の文物などは別ですけどね」
「それでこうしてヴェルザルス神聖帝国の博覧会めいた状況になっているわけか」
いくら俺達がゲートウェイを自由に通行できる権利を持っていたとしても、ホールズ侯爵領に到着するまでには一週間以上かかる。そもそも恒星系外縁部に存在するハイパスペース突入口間を超光速ドライブで翔け抜けるのにもそこそこ時間がかかるし、ハイパスペース内の航行もそこそこ時間がかかる。
それで、その時間を利用して土産物を選定しているというわけだ。結婚式の時には土産物を渡す暇もなかったんでな。
「まず、このヴェルザルス神聖帝国産の刀剣は確定ですね」
「ああ、刀な。俺も何振りか確保してる」
セレナが視線を向けた先にはヴェルザルス神聖帝国から贈られた精神感応合金――精神感応金属の強化版素材のようなもの――で作られた見事な刀が何振りか鎮座していた。俺から見ると日本刀にしか見えない品で、ヴェルザルス神聖帝国の名工が鍛えたという逸品である。
なんと俺が手に持っても過剰なサイオニックエネルギーが供給されて砕け散るようなことのない驚きの逸品だ。流石はヴェルザルス神聖帝国の法力鍛造技術だぜ。
ちなみに俺が持っても砕け散らない刀剣が出来上がるまでに五本くらい砕け散った。その中には文化的価値のある名刀もあったらしく、何人かが白目を剥いて気絶していた。すまん。
「この豪華な天然樹脂製の入れ物も良いものですね」
「漆器っぽいやつな。綺麗だよな」
クリスが言うように美しい蒔絵や螺鈿細工が施された漆器っぽいものは目の肥えたグラッカン帝国の貴族から見ても素晴らしい出来の芸術品らしい。実際に漆器かどうかはわからないが、綺麗なので良いと思う。
え? 感想が小学生並み? 俺にこんなものを評する教養や審美眼があるわけないだろ!
「あとはお酒ね。惜しいけど、美味しいからね……なんだかんだでお酒はウケるのよね」
「呑兵衛はどこにでもいるからなぁ」
俺は下戸みたいなもんであまり呑まないからわからんが、ヴェルザルス神聖帝国の酒は美味しいらしい。勿論グラッカン帝国にも美味しい酒は沢山ある。なんなら絞るだけで酒になる実をつける遺伝子改造作物まで存在する。割と酒造りに全力投球の帝国である。だが、そんなグラッカン帝国の酒飲みをして「美味い」と言わせるだけの魅力がヴェルザルス神聖帝国の酒にはあるらしい。
エルマだけでなくティーナやウィスカ、それにセレナも口を揃えて美味いと言うんだから間違いないだろう。知らんけど! こいつら一本1エネルくらいのクソ安い酒を風呂上がりにかっ食らって『この一杯のために生きている!』とか宣うけど! まぁ美味しい料理もジャンクフードも方向性が違う美味しさがあるんだよ、と言われたら俺も納得するからそういうものなのかもしれんが。
「あとの問題は……ミロね」
「まぁ……機械知性だからノーカンじゃないですかね?」
「見なかったことにすると思いますよ」
新婚旅行に行って愛人を一人増やしてきました! とか普通に考えればとんでもないことなのだが、何せ相手は機械知性。それも恋愛至上主義、ハッピー至上主義のイカれた連中である。更に言えばミロはその中でもナンバーズと呼ばれる機械知性の重鎮であるらしい。
そんな相手にホールズ侯爵閣下は喧嘩を売るだろうか? いや、無理でしょ。というのがうちの貴族子女勢の結論である。多分、というかほぼ確実に見なかったことにするだろうと。どれだけグラッカン帝国の貴族に恐れられてるんだよ、機械知性は。
「人の恋路を邪魔する奴は爆発して死んでしまえと言いますので」
「そっかぁ……お前が言うと洒落にならんな」
いつの間にか傍まで来ていたミロが口元に微笑を浮かべて俺を見上げてきていた。星のように煌めく四芒星の様な形をした瞳につい吸い込まれそうになってしまう。こいつのこの不思議な瞳には何かしらの特殊効果があるのではないだろうか?
「そんなに見られると照れてしまいます」
「お前の瞳はなんだかしらんがじっと見てしまうんだよな。不思議なことに」
顔を赤くして目を逸らすミロに俺も頭を掻いて明後日の方向を見る。すると、じっとりとした視線をこちらに向けるセレナと目が合った。エルマとクリスもジト目を向けてきている。
あ、ミロのやつ逃げやがった! 逃げるな! 逃げるな卑怯者ォ!
☆★☆
皆に理解らされたり、理解らせられたりしている間にもホールズ侯爵領への旅は続く。
え? わからされたり、わからせられたりって結局理解らせられてしかいないじゃねーかって? そうだよ! 俺がどういう立場か寄って集って理解させられたんだよ! ありがとうございます!(錯乱)
まぁ、結婚した以上は節度を持って無闇に女性を増やすのはましょうね、というお話だ。なお、意図的かどうかは問わないらしい。どうして。
「お疲れじゃなぁ」
「お疲れじゃよ……」
タマモと化したクギに膝枕をされた上に頭を撫でられ、尻尾でもふもふまでされながら弱った声を出す。ここ数日で大量の経験値を獲得したような気がするぞ。何の経験値とは言わんが。有り体に言うと爛れていたよね。まぁそういうことがあっても良いとは思うけれども。
「お前様の場合はこういうのも必要じゃろうて。縁を深めることによって、結果的に女達の身も安全になるでの」
「なんか難しい話ぃ……?」
「単純な話じゃ。仲良くなればなるだけ、お前様と女達は一種の運命共同体となる。あれじゃ、ひろいんほせい? とか言うのがつくようなもんじゃ」
「いきなりメタな話になるじゃん……いや、第三法力ってのは考えてみればメタな部分を操る能力なのか?」
時間と空間、そして運命を操るという第三法力は言い換えればご都合主義を手繰り寄せる究極の能力と言える。問題は、俺がその能力を未だに制御できていないことだがな! 無意識に使っているらしいんだが、トラブルも多く引き寄せているからな、こいつ。
時間操作能力、空間操作能力、運命操作能力の三つに分けて考えると、ある程度自分で制御出来ているのは空間操作能力だけだ。時間操作能力は息を止めた時に時間の流れを鈍化させるという無意識下での行使しかできないし、運命操作能力に至っては制御不能である。前にタマモと修行した時、少しはその仕組みというか端緒を掴みかけたんだが、あれから一向に進歩はない。
そもそも複雑過ぎるんだよ、運命を操作するなんて。運命というのは点でもなければ過去から未来へと続く線、あるいは糸のようなものでもなく、無数の人間のそれが互いに折り重なり、絡み合った織布のようなものだ。しかもそれが何枚も何枚も多層に積み上がっている。
そんなものを自分に都合の良いように織り目を整える、なんてことは到底できそうにない。一応ある程度認識はできるが、正確には読み取れそうにないし、読み取ったところでどうにかできるとも思えん。無意識にやってるらしいが。
「そうじゃな。お前様は無意識に第三法力を使う。その時、身内となった者にも無意識に配慮するわけじゃ。当然、その度合いはお前様が身内とどれだけ強く思っておるかに左右されるわけじゃな」
「まぁ、なんとなくその理屈はわかる。じゃあ、ああいうのも無駄ではないわけだ」
「そうじゃ。なのでな、女達とは仲良くしておけ。それが回り回ってお前様のためにもなる」
そう言ってタマモが微笑み、俺の頭を撫でてくる。その『女達』の中にはお前もいるんだがな。なんとなく自分を除外してそうな雰囲気だが。
などと考えていると、俺とタマモがのんびりしている休憩スペースに警報音が鳴り響いた。なんだ? インターディクトされている感じじゃなさそうだが。
『近隣の採掘精錬コロニーより救難信号。コード004、宙賊の襲撃を受けていると思われます』
「ありゃ、珍しい。採掘精錬コロニーとはいえ、それなりに防御設備はある筈だが」
星系の中心となる交易コロニーに比べれば防備は薄いが、それでもそんじょそこらの宙賊相手に苦戦を強いられるようなヤワな設備ではない筈だ。それなのに救難信号を発するってことは、結構な規模の宙賊に襲われていそうだな。
確か今はおよそ一週間の行程も後半に差し掛かっていて、ゲートウェイも通過済み。確かホールズ侯爵領にほど近いアニ星系というゲートウェイ星系から移動すること三つ目の星系、クラース星系を通過中だった筈だ。確かここはホールズ侯爵やその部下ではなく、別の貴族が治めている星系だったと思うが。
「どうするのじゃ?」
「ホールズ侯爵とは関係のない領地とはいえ、見捨てるわけにもいかないな。これでも傭兵ギルドのプラチナランカーだし」
コロニーからの救難信号、それも宙賊に襲われているといった内容の救難信号の場合は応えなかればならないという義務はない。救難信号を受信した船舶に宙賊を何とかするだけの戦力がないとミイラ取りがミイラになるというか、二重遭難するようなものだからな。
それは傭兵とて同じことだ。星系軍とかだとそうはいかないだろうが。とはいえ、傭兵ギルドの最高戦力であるプラチナランカーが顔も出さなかった、となるとそれは問題である。プラチナランカーという看板はそれほどに重い、らしい。
「メイ、航路を救難信号を発してる採掘精錬コロニーに。クリシュナ、アントリオン、モリガンはスクランブルに備えるように通達」
『はい、ご主人様』
さて、俺達が到着するまで持ちこたえていられると良いが。




