↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/12

【ネバーエンディングさるかに合戦】

【ネバーエンディングさるかに合戦】


「さるさん、これもしぶいよ。

 ほんとうに、あまい実をなげておくれよ。」


かにが、おこっていうと、

さるはもっとかたい青い実をとって、


「これでどうだ。」


と、かにめがけて、なげつけました。


「あっ。」


とさけんで、かには地面にたおれました。


さるはにやりとわらうと、

あまい実を枝ごとぜんぶもぎとって、

さっさとにげていってしまいました。


画・井川洗厓、文/構成・千葉幹夫「新・講談社の絵本⑤ 猿蟹合戦」講談社 2023年



近畿地方以外で暮らしていると

京都府の北の端が

日本海に面していることを忘れがちだが

京都も美しい砂浜を誇っており

美味なる海産物も

また多様にして豊富である。


次の舞台となる

琴引浜周辺も

天然記念物に指定されるような景勝地であり

丹後半島の反対側には天橋立もあるので、

ついでに観光するもよいし

カニの季節に合わせてツアーに参加するのもよいだろう。


この某海水浴場も

鳴砂(なきすな)の浜で有名な琴引浜の一角であって

砂浜を歩けば

摩擦でキュッ、キュッ、と愛らしい音がする

美しい浜辺である。


海水の透明度の高さは

太平洋岸でしか海水浴をしたことがない人間を驚かせ

感動させるに違いない。


竜眼の実家は

代々続く超高級な老舗旅館である。


カニ懐石が有名で

お値段も相応であり

一般的な庶民なら

まず利用しようとは思わないような格式であった。


少し離れた場所に

リーズナブルな別館があり

竜眼の親戚が営んでいる。


幼少期から馴染みの従兄弟に

こっそり頼み

急遽キャンセルになった団体客の一室を

優先的に押さえてもらえることになった。


二名だと言う

と男と泊まると思われたらしく


「竜ちゃんも大人になりはったんやね」


としみじみと言われてしまったが

面倒なので訂正しなかった。


もちろん通常料金を払うのだが

ハイシーズンのリゾートホテルであるから

インバウンドや人手不足で

高騰しているのは仕方がない。


ココはイヌ(ぬいぐるみ)形態のままでいてもらい

荷物に紛れて入室し、

一寸法師も人数にカウントされないので

二名分の宿泊料で泊まれるのが幸いであった。


歩いて数分で

目的の海水浴場へ行ける場所にあったことも

また幸運である。



「イヤッホー!

 夏の日本海サイコー!」


叫んだ桃が

砂浜を目指して駆け出し、

ココが嬉しそうに後を付いていく。


眼前の絵に描いたような見事な真夏の海水浴場に

竜眼も目を細めた。


実家が海沿いの旅館であったため

子供の頃は

それこそ毎日のように通ったものである。


(そんなに変わっていないようで安心した)


ビーチのスピーカーからは

ちゃんとサザンやチューブの曲も流れているし、

利用客の大多数は

家族連れや恋人同士で賑わっている。


最近はもっと無頼漢たちが幅をきかせ

ナンパしまくりされまくりで

風紀が乱れていると思っていたが

杞憂に終わった。


海水浴場へ着いたら

まず海の家を選ぶ。


堤防沿いに立ち並んだ数件を見て回り、

いちばんシンプルな造りの建物を竜眼は推薦し

桃からも異論は無かった。


最安値ではないが

シャワーなどの設備がしっかりしていそうな

海の家である。


ここで値段をケチって半端なところを選んでしまうと

色々ガッカリすることもあるだろうから

慎重さは重要だと竜眼は熟知している。


その海の家の名は「ブルー・パーシモン」、

直訳すると「青い柿」だが

看板に書かれているのは英語表記だけなので

誰も違和感を持たなかった。


受付で使用料を払い

ロッカーを借り

更衣室で水着に着替えると、

次は店舗の外にある

レンタル品の受付へ向かう。


事前に竜眼がピックアップしていたのは

パラソルとサマーベッド、

桃が使う用の浮き輪と、

ココ用にと桃が意見を出したビーチボールである。


そのレンタル受付にいた

海の家スタッフを見た瞬間、

竜も桃もココも一斉に固まった。


「ブルー・パーシモン」と書かれた

海の家オリジナルの黄色いTシャツを腕まくりして

紺色のハーフパンツから日焼けした健康的な足を晒し、

ベリーショートで

顔に絆創膏とそばかす、

ツンと上を向いた可愛らしい鼻をした

活発系の女子である。


「今年の夏は一回っきりなんだ。

 目一杯、海を楽しんでってくれよなっ」


心から楽しそうに言われ、

レンタル料金を払いながら

竜眼は

チャラい感じはあるが場所に適応しているのだろうと想像し


「元気なスタッフさんだね」


と愛想笑いを返した。


「おいら、サリューってんだ」


海の家の

手書きネームプレートを見せてくる。


見た目からして

この娘がお供のサルではないかと思っていた竜眼は

(サルっぽいな)

と心の中で言った。


桃も

その娘を見た瞬間には

(サルっぽい)

と一目でピンと来ていたが、

どうやらメスなので認めたくなく

目を伏せてレンタル品の手続きは

竜眼に任せてしまった。


お供イヌであるココがメンヘラ系の女子だったのだから

次のサルはやんちゃ系のイケメンに違いない、

サルまで女子だと

流れでキジも女子である確率が跳ね上がってしまう、

と危惧しているのである。


サリューは

桃から漂う桃太郎の気配に気づいたのか


「ん?」


と桃の顔を覗き込もうとするが

桃は目を逸らしながら


「元気のいい店員さんじゃけん」


と小声で言って背を向けた。


「あれ、一寸法師の旦那っすよね?」


桃の頭の上に座っていたのを

サリューに目ざとく見つけられた小次郎であるが

イライラしていたので


「ああ? 見りゃ分かんだろがい」


と腕を組んで

プンプンしながら怒鳴り返す。


寝ていたら

バッグごとロッカーに入れられそうになり

慌てて飛び出したばかりで

近ごろの自分の扱われかたの軽さに

大変おむずかりのご様子であった。


だが元来の意気地の小ささから


「あ、すみません、

 なんか朝からイライラが収まらなくて」


とすぐに反省すれば


「相変わらずエキセントリックっすね」


とサリューもカラッとした笑顔で答えた。


「一寸法師と知り合いなんて、

 これは絶対にお供サル……」


との竜眼の言葉を遮るように


「早く海に行きたいんじゃのう」


と桃は

サリューとは目を合わさず

大きめのエセ岡山弁で言う。


ココは桃に隠れるようにして小さくなっている。

先代イヌの頃からサルが大の苦手であった。


そんな桃であったが

予言ではサルが復活するのは明日だからと

気を取り直し

自慢のハト胸を上下にプルンプルンさせながら

ウキウキでビーチを歩く。


枚方アミューズメントパークのプールでも着た

お気に入りの白ビキニ姿である。


対照的に竜眼は

せっかく高身長でスタイル抜群なのに

背中を丸め肩幅を狭くして

ビクビクしながら桃について行くことになる。


京都のデパートで桃に急遽買わされた

保守的なデザインの

水色のワンピースを着ている。

桃は渋ったがパレオも何とか買った。


もっと派手な色とデザインで男の目を引き付けなきゃと

桃は面白半分に訴えたが

同性愛の気質をまだ告白できてない竜眼は

強く反論できず


「恥ずかしいから堪忍え」


と京都弁で反論するのが精一杯であった。


ココは

黒のワンピースを着ているが

スクール水着に見えなくもないデザインであり

華奢な体型が強調されてしまっているので

背徳感が更に増しているが

本人は気にする様子もなく

文字通りイヌのようにはしゃいで

桃にじゃれながら歩いている。


この後はビーチにサマーベッドを置いてサンオイルを塗る予定である。


我らが一寸法師はといえば、

お椀に乗って飛ぶと他の海水浴客に見つかるので

桃が肩から下げたトートバッグから顔だけ出し

特等席から縦方向に揺れる桃のオッパイを注視していた。


オナニーを抑制すると一時的に性欲が減退することがあるが

それでも桃の水着と乳房には反応している。


「触らせてください」

なんて言えるわけもないのに

ただ見ているだけの自分にもイライラしている。


朝に目覚めたらメンタルの調子がおかしいと感じていた。

妙にイライラして怒りっぽくなっているようである。

本人は気づいていないが

自慰を停止することのデメリットの一つとして挙げられるだろう。


小次郎はさりげなく自分の股間を触るが

何もないので

却ってフラストレーションは増え続ける一方であった。


ビーチパラソルの下でサマーベッドに寝転びながら、

サングラスをかけた竜眼は海を眺め


(広いなあ、やっぱり良いよなあ)


と、しんみりしている。


子供の頃は家の近くの浜に毎日のように出掛けていたが

思春期に入って日に焼けるのが嫌になって

頻度は減ってしまい、

進学で京都市の市街地で一人暮らしを始めてからは

一度も海を見ていなかった。


それでも嫌なことがあると

スマホで故郷の海の写真を見ている。

民俗学ゼミの後輩に

遠回しにフラれたときもそうした。


ふと、ビーチに

注意を呼び掛けるようなトーンのアナウンスが流れてきた。


「女性の二人連れ、

 白と黒の水着の二人、

 遊泳禁止のゾーンまで出てますよー。

 危ないですから戻ってきてくださーい」


と言っているのを聞き取った竜眼は

ガバッと身を起こし、

桃(白水着)とココ(黒水着)がいないし

浮き輪もないのを確認して

「あちゃー」

と顔をしかめた。


立ち上がって目を凝らすと

白水着の方は浮き輪に尻をすっぽり嵌め込み

波に揺られてドンブリコッコしていて、

一方の黒水着は

浮き輪に掴まって何も考えずに犬かきをしているらしく

ずんずん沖まで行き過ぎてしまっている。


竜眼は

二人が桃とココであると確信した。


再三にわたり監視員さんが放送で注意しているが

二人は自分の事を言われていると気づかないようであり、

いよいよライフセーバーさんも準備し始める様子も見えたので

竜眼は

(仕方ない)

と覚悟を決め

パレオを外し

泳いで二人を連れ戻しに向かうことにする。


波打ち際は膝下までの深さまで走っていって

走れない深さまで来たら

両手を頭上に揃えて伸ばし

海へと飛び込むと

竜眼(水色水着)は

トライアスロンなどで見られるような

顔を海水につけないタイプのクロールを開始した。


「あのお姉さん、連れの方かな?

 すごい綺麗なヘッドアップクロール。

 無理しないでいいからねー」


と監視員さんに褒められるほどであった。


竜眼は体中に感じる海流や音響に

子供の頃を思い出して少し癒されつつも

何やら違和感を覚え


(誰かに見られている気がする、

 いや、さすがに気のせいか)


と久しぶりの水泳に集中しなおした。


のんきにドンブラコしていた桃であったが

すごいスピードで向かってくる何者かにビビりつつも

竜眼だと分かると面白がり


「泳ぎが達者ね、魚雷かと思った」


と笑った。


「この辺りは、

 遊泳禁止なんだ、

 沖まで出過ぎると、

 流されて、

 危険だから」


竜眼は息が上がったまま

ココと同じように浮き輪に捕まり立ち泳ぎし


「放送でも、言ってるだろ?」


と念のため聞いてみると

桃からは


「ああ、何を言ってるんだろうと思ったら、

 あたしたちのことだったのか」


と想像した通りの答えが帰ってきた。


一方そのころ

我らが一寸法師こと小次郎であるが、

水着ギャルが彼氏にオイルを塗ってもらうプレイ

を物陰から注視して腰をカクカクさせていたら

竜眼ただならぬ表情で泳ぎだしたるは如何にと

お椀に乗って追いかけてきて

ちょうど今、

桃らに合流したのである。


初めは


(俺だけ除け者にしやがって)


とイライラして追いかけてきた小次郎だが、

見つけた桃が笑顔で手を振ってくるのを見ると

嫌われているわけではないと思い直し


(水着ギャルに見とれて目を離した俺が悪いんだよな)


と反省し

ふくふくしたほっぺを下からペシペシと叩いた。


一同が一緒に引き返す途中のこと、

離れ小島の回りに

浮きに繋いだロープが張ってあって

遊泳者は上陸できないようにしてある横を通る際、

島の上でせわしなく動き回る人影を

一行は見ることになった。


竜眼がまた目を凝らすと、

海の家スタッフのサリューが

木製の箱の回りで

何かから避けるように素早くサイドステップを踏みながら

箱を開けようとしている。


竜眼が


「さっきのサリューって子じゃないか?」


と言うも桃は


「見て見ぬふり」


と口に出して言って通り過ぎようとする。


「どうやら蜂と戦ってるな。

 ってことは

 巣箱からハチミツを取り出そうとしているようだ」


竜眼の指摘の通りサリューは全く防護具も付けずに蜜蜂と戦っている。


桃が


「サルかに合戦かな?

 ハチも出てきたよね」


とおどけて言うが

それではサリューがサルであることを認めることになるよと

竜眼は言わなかった。


竜眼は続けて小次郎に


「ひとっ飛び見てきてくれないか。

 ピンチそうなら助けてやって」


と軽く依頼すると


「何で俺が……」


と言いかけて


(桃太郎のお供が揃わないと

 俺も元の体に戻れないもんね)


と小次郎ぐっと堪え


「お安いご用だい」


と言って飛び立った。


我らが一寸法師、

お椀に乗って近づくと

竜眼の推察の通り

海の家スタッフのサリューが

蜂をかわしながら

巣箱から蜂蜜を抜き取ろうとしているところであった。


蜜蜂にしてはデカくないかと

小次郎が飛び回る蜂に近づいてよく見ると

頭部が大きくて目などはデフォルメされていて、

必死で自分達の巣を守ろうと奮戦しているのが伝わってきて


(やはり昔ばなし関係なのかな)


と小次郎は思った。


サリューはスピードを上げて蜂の攻撃を避けようとするが

編隊に囲まれているので

すぐ追い付かれて

たまに刺されている。


小次郎は


(俺ほどのスピードはないが

 人間離れしているなあ)


と感心しつつ


「助けが必要かい」


と形だけでも心配してみると


「いやいや、大丈夫っす。

 旦那の方こそメンタルは回復したんすか」


などと不敵に言ってのけるので

ムカッときた小次郎は


「若僧が舐めた口を利きおってからに、

 好きでおなきんしとんと違うでしかし!」


と大阪弁でキレて

また飛び去っていった。


久しぶりにひと泳ぎしてさすがに

疲れたので竜眼はサマーベッドに腰掛けて

ペットボトルから水分を補給していた。


桃らとココは

先程の遠泳を反省したらしく

今度は波打ち際で波に揉まれる度に大笑いしている。


ふと、

また何者かの視線を感じて顔を上げると

ウミガメらしき頭部が波に揺られて

海の中から竜眼をじっと見ていた。


アニメのキャラのように

デフォルメされた大きな目で見られ

太い眉が悲しそうに垂れている。


さっき泳いでいたときに感じた視線はこいつだと思うと

なぜか急に腹が立ってきて

竜眼は思わずペットボトルを投げつけ


「こっち見るな!」


と怒鳴った。


投げる直前で思い直し、

ペットボトルが直接カメに当たらないよう

海辺の手前に狙いを変えると

目の前に物体を叩きつけられた

カメは驚いて

すぐに海中へと逃げていった。


「亀さんをいじめちゃかわいそうでしょ。

 浦島太郎が亀をいじめるんじゃ、

 あべこべだよ」


ちょうど戻ってきたタイミングの桃に

バッチリ見られてしまい


「すまない、

 カッとなってしまった、

 なぜだろう」


と竜眼は頭を掻いた。


その後ろでココが勢いよく海に飛び込み、

ペットボトルを拾ってきて

竜眼に

「はい」

と両手で差し出す。


「ああ、ごめんね。

 ポイ捨てしたように見えたろうし、

 実際そうだよね」


と受けとるも

ココを見るとまたダッシュする体勢で待っていて


(早く投げてください)


という目で見ているようなので

竜眼は


「ごめんな」


とまた言ってサマーベッドへと戻った。



海水浴の楽しみといえば

海の家グルメであろう。


桃が

海の家特製のハチミツレモンかき氷を迷いなく注文すれば

サリューが


「おいらが取ってきたハチミツなんだぜ」


と自慢しながら配膳してくれた。


ココは


「ストゼロ、ストローで」


と恐る恐るサリューに注文すると


「ないね」


と素っ気なく応えられ


「じゃあ生ビールで」


と妥協するも


「どう見ても未成年だろあんた。

 年齢を証明できるものある?」


と腕を組んで凄んでくるので

ココは身を固くし


「あたいが何歳くらいか知ってるっしょ、

 タメじゃん」


と観念して地を出してしまうと


「おめえみてえなイヌ女に食わせるメニューは無えっつってんだよ。

 残飯でも食っとけ」


と客に向かって突然すごいことを言ってきたので

ココは歯をむき出して唸り出し

サリューも睨み返すのを見て

竜眼は


「犬猿の仲だ。

 やはりサルで決まりか」


と首を振ると

見かねた桃が


「ココちゃん、かき氷、食ーべよ」


と呼んで

ココはにっこりと笑い

桃へと駆け寄っていった。


一寸法師の体の小次郎は

食べたいものが見つからないので

かき氷に乗っていたサクランボを噛りながら

海の家の食事スペースを見回していると

『餅つきパーティー大会』

と書かれたポスターに目が留まった。

海の家で夕刻に行われるイベントのようである。


「今日の夕方だね。

 せっかくだし、

 楽しそうだから、つきたい餅」


と桃も

ポスターの前に来て気持ちを表明すると


「炭水化物だから食べ過ぎないようにしないとな」


などと言う竜眼の一方で


「餅!

 食べたい食べたい!

 こんなん絶対に行かなあきませんやん」


とテンションを急上昇させているので


「うんうん、

 お餅が似合うよ、ビジュアル的に」


と桃も前向きな考えを述べた。




片や同時刻、

美月と斧熊の二人も

同じ海水浴場に来ていた。


美月の黒ビキニは

枚方で一寸法師に紐をほどかれ紛失したため

新しい水着を装着している。


真っ赤なワンピースだが

カットが大胆で

背中や尻には布がほぼない。


男性からの視線を浴びて

美月は興奮することを覚え、

女性からは嫌悪の視線が飛んでくるも

それすら快感に変わる。


「そこの性欲丸出しお姉さん、

 海の家でビックフランクフルトでも頬張らない?」


と、いかにもなナンパ男数人に声を掛けられ


「あら、どうしようかしら」


などと舌なめずりする

美月の後ろから


「何をしているんだい」


とマッチョな中年男性が威嚇してきて

男らはすごすごと退散する。


斧熊は先日の動体視力オーバートレーニングで

一時的に目が不自由となり

サングラスをかけているが

ぼんやり見える程度には回復していた。


「あなた短期間でマッチョりすぎなのよ。

 ナンパ師が逃げていくんだから」


と美月が不満を言うと


「マッチョりすぎてごめんよ」


と斧熊は笑いながら

ボディビルダーのようなポーズをとってみせた。


「それより、

 まだ今夜の宿が予約できていないからね」


とむくれた美月がブスッとして言う。


とりあえず

日本海を見たかったのでビーチに来たが

その後は完全にノープランであった。


「せっかく日本海側に来たんだから

 カニが食べたい」


と美月がリクエストするものの

当の美月は一般職であり

斧熊は妻子ありローンありであるから

カニ会席つき旅館などに泊まれるほど潤沢な資金はなく

斧熊は


「海の家で何か食べようね、

 カニ鍋とかあったらいいなー」


と精一杯の愛嬌で言うしかなかった。


二人が入った海の家は

偶然、桃らが利用しているのと同じ

「ブルー・パーシモン」

でロッカーは借りず

食事のみの利用もできる。


当然カニ料理はメニューにないので

斧熊は缶ビール、

美月は焼き栗を注文すると

ネームプレートに「サリューだよ」と書かれた活発ガールが


「焼き栗は

 焼きたてを用意しますんで、

 ちょっと待ってくださいっす」


と元気よく応えた。


すぐに海の家の外へと駆けていったサリューを

何とはなしに目で追った美月には

野外バーベキュー中の設備を利用して栗が焼かれ始めたのが

窓から見えた。


栗の下処理をしていないのか

炭火の上の鉄板で直に焼くと

パンと爆発する栗もあり

飛んでくる栗を

サリューは素早いサイドステップで避けている。

バーベキュー中の客らも

ザワザワしながら見物している。


栗は焼く前に切り込みを入れなておかないと、

内部の水蒸気が膨張して

破裂する危険性がある。


美月が好奇心を抑えられず

近づいて


「ここで焼くの?」


と見れば分かることを問うと


「危ないっすよ、ってホラ」


とサリューが鋭い声で注意したのは

丁度また焼き栗がパンっと爆ぜて

デフォルメされ目玉のついたような栗が

美月に向かって飛んでくるからであった。


ギャっと叫んで

身を固くした美月てあったが

栗は女体に当たる直前で

横から伸びてきた指先で摘まれる。


斧熊が右手でサングラスを上げ

左手の指で飛んで来た栗を

空中でキャッチしたのである。


「やるねえ」


とサリューは口笛と共に称賛すれば


「伊達に鍛えてないからね」


と斧熊はサングラスを戻しながら

ニヤっと笑って

そのまま指で栗を潰して

中身を自分の口へと放り込むと

思ったよりかなり熱すぎて

焦った変な顔でハフハフしてしまい

それを見た美月は腹を抱えて笑った。


「さすが金太郎の旦那だぜ」


とサリューが言ったが

二人には聞こえていなかった。



夕方まで存分に美しい日本海の砂浜や鳴砂を堪能した桃たちは

海の家「ブルー・パーシモン」にて開催される

餅つきパーティー大会に勇んで参加している。


もっとギラギラして騒がしいパーティーを想像し

警戒していた竜眼であったが

店の外のスピーカーからは

ユーロビートではなく

民謡や音頭がゆったり流れていて

意外に落ち着く「日本の夏」といった風情を感じていた。


豊富な海の家グルメと併せて

酒を飲みながら参加する若者や家族連れも多く見られ、

手持ち花火の使用はこのビーチでは禁止されているようだが

皆思い思いに夏の夕暮れを記憶へと刻んでいる時間を

竜眼も共有している。


Tシャツとジャージに着替えた竜眼は

民俗学フィールドワークでたまに参加させてもらった餅つき経験を活かし

臼の傍らに膝をついて餅を返す役を買って出ると

次々に知らない人が見まねで杵を振るうのに

流れで付き合わされることになったが

それほど嫌ではなく


「はい、もういっちょう」


など適当に相の手を入れ

海の家スタッフに感謝されつつ

ボウルに入った手水をつけながら

臼の中の餅をひっくり返したりして

均一に餅がつかれるようにアシストし続ける。


臼のデフォルメされた目が

ニッコリ笑っているような気がするが

触れないでおいた。


桃はさっきから

大量のあんこを乗せて

餅を食べている。


まだ白水着のままであるが

不思議とナンパの声が掛からないのは

隣のココがベッタリと付き従って

ただならぬ病んだオーラを放ち続けているからかもしれない。


サリューの方は

もち米をふかしたり

トッピングの納豆をかき混ぜたりと

忙しそうに働き回っていて

竜眼とすれば

餅でも食べながら

彼女の出自や海の家で働いている事情を聴きたかったが

桃に意見を求めると


「邪魔しちゃ悪いよ」


などとネガティブな反応なので


「今回はずいぶんと後ろ向きだね」


と真意を引き出そうとすると


「だって、イケメンがよかったんだもん。

 またメスかよ、って」


とションボリしながら桃が白状したので


(やはり男の方がいいよな……)


と竜眼は胸をグサリと痛め


(やっぱりあたいは無価値なんだ……)


とココも同様の様子であり

二人して真顔で俯くので


(あ、やべ、

 ガチレズとメンヘラを同時に傷つけちったか)


と桃は慌ててフォローしようとしたが

ある理由により果たせなかった。


何故かといえば

餅つきパーティー会場に

美月・斧熊ペアが

際どい水着のままで現れたからである。


とぼとぼ歩いて

しれっとパーティーに参加する二人に

竜眼もすぐ気が付いて身構え

一寸法師を目で探すが見当たらない。


その内に

無料の餅をむさぼり食い始めた美月らを見るに

どうやら桃らが会場にいることに

気づいていないようであった。


桃が臆せずにつかつかと歩み寄っていくのを見て

竜眼は引き留めようかためらうが、

やはり堂々と相対するのが正道だと思い直して

桃の決断力を胸の中で称えた。


「オニが退治された後に出てくる人たちだよね」


単刀直入に言われ

餅をにゅるーんと口から伸ばしたまま

ギョッとして二人は振り返り


「吉備野桃!

 どうしてここに?」


と声を揃えて驚くが

斧熊の目も万全ではないし

一寸対策も間に合っておらず、

そもそも次のオニがまだ到着していないでは勝ち目なしと

素早く判断した美月は


「今日のところは一時、

 お餅休戦にしてあげるわ」


と立ち上がって餅を飲み込み

胸を反らせて偉そうに言うと


「お餅休戦って何?」


と桃は普通の反応を返した。


竜眼は大人の節度と落ち着きを保とうと努め


「桃がお供を揃えるのを

 オニを使って邪魔したいように思えるのですが

 理由を教えてくれませんか」


と圧力をかけた質問をぶつけると

美月はたじろぎながらも


「ふん、

 理想の世界を作るため、

 とだけ言っておくわ」


とこちらも年上としての矜持を保とうとするが


「桃太郎が

 その目的の障害になるのですか?」


と重ねて竜眼に詰められ


「部外者は引っ込んでなさいよ」


とムッとしながら

美月は問答を拒否して


「予言によるとサル復活は明日、

 そこで勝負といこうじゃない」


と桃に向き直って言う。


オニに勝ち続けているから

自信満々の桃は


「あたしは誰の挑戦でも受けるよ」


と勝者の余裕を見せると


「あんたじゃなくて、

 一寸法師が、でしょ」


と嫌な笑みをした美月に言われて

桃はハッとして固まった。


「次はどんなオニが出てくるか興味はある」


と竜眼が民俗学的な見地から意見すると


「じゃあ、そういうことで。

 明日で決着をつけるからね」


と美月はまたテーブルにつき

斧熊も無言で後ろで頷いているのを切り上げて

また餅を食べだした。


ようやくココが

一寸法師こと小次郎を手の平に乗せて走って来たが

腹をパンパンに膨らまして

苦しそうに寝転がっていて

すぐには立ち上がれそうにない。

小次郎は納豆餅を食べ過ぎたのである。


「こっちも今は戦闘不能だ。

 戦力は一寸法師しかいないからな。

 ココちゃんを戦わせるのは忍びない」


との竜眼の冷静な言葉に


「あたしは戦力じゃないのか。

 オッパイだけの存在なのか」


と桃はシュンとして

また餅を食べ始めた。



小声で


「あぶねー。

 ボコられるかと思った」


と席を移動し歩きつつ

美月が独り言ちると


「さすがの機転だったね」


と斧熊が横から労う。


女性同士の言い合いに言葉を挟めなかった斧熊を

なじるように見返しながら


「明日のことより、どうしよう今夜。また車中泊?」


と意地悪く聞くと


「セダンのレンタカーで寝るのはツラいな。

 スマホで空いてるホテルを探せないか」


とのことで


「あんたがやってよ、

 そういうの」


といつものように

面倒なことを斧熊に押し付けようとするが


「僕は一時的に目が不自由だから

 小さい字がまだ見えにくいんだよ」


と珍しく抵抗してきたので


「それは老眼っていうのよ」


と美月はつまらなそうに言った。


そんな楽しいやりとりをしながら

二人が砂浜を歩いていると


「この海の家のオーナーをやっております、

 藻楠(もくす)と申します」


と声を掛けられた。


二人が振り返ると

白髪で白髭、

かくしゃくとした老騎士を思わせるような姿勢の良さと

眼光の、

和服を粋に着流した初老の男性が

夕闇の中でスッと立っていた。


「お困りの様子でしたので

 つい老婆心を起こしてしまいましてな」


とやや高音の掠れた渋い声で言われ


「いやあ、お恥ずかしい。

 実は今晩の宿が決まっておりませんで」


と斧熊もテンションを合わせて

大人な声で答えると


「でしたら私の住み処にいらっしゃいませんか。

 おいしい柿もありますよ」


と闇の中からニヤリ笑いかけてこられ


「住み処ってどこ?」


と猜疑心タップリの目で美月が聞くと


「その先の洞窟です」


との回答である。


(やばいな。

 犯されるのか、

 食われるのか)


と髪型がどことなくカニっぽいのにも

美月が困惑しているところ

老人は急に咳き込みだして

寿命が長くはない兆候を感じた斧熊は


「何かしてきても返り討ちにしよう。

 目が一時的に不自由でも

 あんな老人には負けるまいさ」


と耳打ちし


「それではお言葉に甘えて

 御厄介になります」


と嘘くさい笑顔で答えた。



一方、

海の家の食堂スペースでは

ココが


「ご主人さまの隣で食べる磯辺焼きはおいしいですぅー」


などと言って

桃の肩に頬ずりせんばかりの距離感で

プライドを捨て

完全に服従する様子を見せていた。


先ほど

「お供はオスの方がよかった」

との桃の本音による心痛を取り返すように

イヌの本能を全開にしだしたのであろう。


桃にしても

甘えてくれる子分は

それなりに可愛いもので

無下にはできず


(竜眼は大人だし

 フォローは後でもいいだろう。

 イチャイチャを見せつけたら嫉妬して

 告白してくるかも)


などと考え

油断してしまっていて


「本物のワンちゃんには

 餅をあげたらダメなんだからね」


と笑い合っている。


(桃は男の方が好きだと言っているのに

 メス犬がヒト形態でベタベタしやがって)


と心の中で呪詛を吐きながら

竜眼は向かいの席から睨んでいるが

ココは知らぬ顔であるので


(私はフラれたんだぞ!

 ハッキリとは言われていないが、

 レズビアンに向かって

 「オスの方が良かった」

 と言われた気持ちになってみろ)


とヒートアップしていくと

桃が

ココの口についた磯辺焼きの海苔を取ってやったりするのを見せられれば

嫉妬によるイライラが最高潮となり


(これ以上、見ていられない)


と堪忍袋の緒が切れ


「先に旅館に帰ってるから」


と不機嫌な声で言い放って

席を立ってしまった。


桃は顔を引きつらせ


(イチャイチャを見せつけようとしたが

 やりすぎてしまった。

 ヤバいかも)


と慌てて後ろから竜眼を


「待って!

 一緒に帰ろうよ」


と呼び止めるも

無視されて行ってしまうので

すぐにでも追いかけたいが

小次郎とは離れていて

黙って放って帰れないし

奴は携帯も持っていないので


「ココちゃん、

 急いで小次郎さん探してきて!

 匂いで分かる?」


とコマンドすると


「ご主人様のお役に立てるなら喜んで」


と小型犬のように飛び跳ねて行く。


お腹がパンパンのまま

水着ギャルが餅をつくのをガン見していた一寸法師を

ココが引っ掴んできたのを

桃は雑に巾着に放り込み

海の家ロッカーに走ると

竜眼はすでに水着を着替えていたので

ロッカーには寄らず

旅館へダイレクトに帰ったようで


(ヤバい、相当怒ってるよ)


と青ざめながら

竜眼の荷物も持って旅館へ急いだ。


部屋に


「ごめーん」


と言いながら駆け込んだ

桃が見たものは、

竜眼が

熱燗を一人で飲んでいる姿であった。


ゆらゆら体を揺らしながら

目が座ったままの竜眼が

手酌でグイグイいっている。


数本の徳利が

既にテーブルの上に転がっていた。


頭を両手で抱え


「やっちまった!」


と桃は叫んだ。


桃は機先を制して

先に謝ろうとするが


「他の女とのイチャイチャを見せつけてごめんね」


とは言えないので

どう謝ったものか考えておらず

モゴモゴしていると


「おう、もう来たか。

 早かったな」


と言い方が普段と違って

高圧的かつ低音で

ボソッと言ってきたので


(怖ええ)


と震えあがり

目がヤバい感じのままの竜眼に


「ちょうどよかった。

 話がある。そこに座れ」


と淡々と命令され

桃とココは

二人並んで竜眼の前に正座する。


泥酔者を相手に下手に反論すると

却って興奮するだろうから

何を言われても

「はい、はい」と受け入れ受け

流して

酔いつぶれるのを待つしかないのではと判断し

黙って竜眼の次の言葉を待った。


前後にフラフラと揺れ出した竜眼にしてみれば、

自分の側からは告白するタイミングが無いまま

桃とココとの仲を見せつけられ

吉野のペンションで言っておけばよかったという

後悔と

苛立ちから自棄になって

苦手にしていた日本酒を注文してしまい

お銚子の一本目で既に記憶が飛んでいる。


「野宿したくないだろ?」


竜眼の次の言葉を聞いた桃は

正座したまま体を硬直させた。


(そんなこと言うんだ……)


というのが正直な感想であった。


続いて


「徒歩で移動したくないだろ?

 ハリアーの乗り心地は良かっただろ?」


と顔が真っ赤な竜眼が

何度も頷きながら聞いてくる。


(質問形で追い込んでくるタイプだ。

 モラハラの典型だな)


とペコペコしながら心の中で断じた。


(酔っぱらって本性が出たんだな。

 宿泊料や移動手段を提供してくれているのは

 心から感謝しているけども、

 こんな本性は見たくなかった)


と念じながら竜眼の説教を聞き流す体勢にシフトしようとした。


「なら、もう少し、

 私にも、

 いい思いさせてくれたって、

 いいよな?」


と喘ぐように

言葉を振り絞って来る竜眼に

また別の種類の驚きを桃は覚え


「えっと、いい思い?」


と聞き返すのに被せて


「私はレズビアンなんだから!」


と竜眼が大声を出したので

二人とも体をビクッとさせて

また固まった。


「君の体が目当てで今まで手伝ってきたんだから!

 少しくらい私にもサービスタイムをくれよ!」


と全てを吐き出すように叫び終わると

竜眼は下を向き

嗚咽し始めた。


桃は小さくため息をつくと

竜眼の隣に移動し

そっと肩に手を乗せ


「そんなこと

 言いたくなかったよね」


と優しい声で語りかけると


「ごめん、

 私は何てことを言ってしまったんだ……。

 こんな展開にするはずじゃなかったのに」


と呟き、

すすり泣きはやがて号泣に変わる。


竜眼は顔を手で覆って

体を折り

大きな声で泣き始めた。


「いきなり告白、略してイキ告からの

 思い余って暴発。

 よくあることだよ」


と優しいトーンで声を掛け続け

背中をさすりながら

桃は高校時代に体育館の裏に先輩男子から呼び出されて

告白されるのかと思ったら

何故かすごいキレられたことを思い出していた。


竜眼は聞こえているのか

泣きながら


「ごめんなさい、ごめんなさい」


と繰り返すばかりである。


「よく頑張りました。

 酔った勢いとはいえ、

 ちゃんとカミングアウトできたね。

 私はレズビアンだって」


そしてそっと


「おめでとう」


と言うと桃の言葉は

竜眼の胸にも届いたらしく

ビクッとして震えながら顔を上げた。


桃は少し微笑んで

バッグからバスタオルを引き抜いて

竜眼の涙と鼻水を拭いてやる。


「そうなんだ。

 私は同性愛者で、

 君のことを愛してしまったんだ」


少し理性を取りもどした目つきに戻った竜眼は

真っすぐに桃の瞳を見て

改めて自分の言葉で告白をし直した。


桃も警戒心をオフにして


「めっちゃ胸とか見てくるとは気づいていたのに

 無視しちゃっててごめんね」


と竜眼と見つめ合いながら詫びる。


そっと耳元に唇を寄せて


「あたしも竜眼のこと、好きだよ」


と桃が囁くと

竜眼は目を見開き


「ほんとに?」


とやっと明るい声を出した。


「ガチ恋愛はすぐには無理だけど、

 軽めのバイならアリかもって最近は思うんだ」


と桃が打ち明けると

竜眼は天にも昇る気持ちとなり


「バ、バイ、ってバイセクシャルのことだよね」


と確認を求めると


「ちょっとキスとか、

 軽くエッチなことするくらいの関係の友達って感じで」


と照れながら答えられ


「ああっ、菩薩さまっ!」


と竜眼は思わず叫んでしまった。


勢い込んで


「じゃあ揉んでいいんだね?」


と真っ先に乳房へと伸ばした竜眼の手を

桃は掴んで

ダメーと舌を出し


「今日はキスまでにしよ?」


と小首を傾げるので


「え、そんな」


と竜眼は顔を曇らせるが

また耳元で


「おサルが終わったら

 次はキジをお供にしなきゃだから、

 それまで手伝ってくれたら

 好きなだけ揉ませてあげる」


と桃から計算高く条件をチラつかせてきた。


耳にかかる桃の吐息をうっとりと感じ


「何でもするよ。

 車の運転もするしホテル代も出すから」


とすぐに竜眼が籠絡されると


「うふふ、

 ありがとう。

 ほんとに感謝してる。

 お金は特に」


と桃は満足げに笑う。


キレられて先に帰られたときは

どうなることかと焦ったが

上手く挽回できたので

桃はホッと胸を撫でおろした。


改めて竜眼は桃へと向き直ると

酔っていてまだ顔は赤いままだが

真顔になって


「キスしてもいいんだね?」


とイケてる声で問うが桃は


「違うわよ」


と余裕でかわし


「え」


と固まった竜眼は


(まだ何か要求されるの?)


と身構えるが


「あたしがするのよ。

 きびだんごディープキス、を」


と桃に

目の前で壮絶なほど妖艶な笑みを浮かべられ、

この時ようやく自分が

攻める側ではなく

受ける側なのだということを

竜眼は自覚させられる。


プルっとした桃の唇が

ムニュっと竜眼の唇に押し当てられたかと思うと

感動を味わう暇もなく

桃の舌が

ズリュン

と口内に侵入してきた。


竜眼にとっては

(あ、終わった)

と半笑いで降参したくなるような、

一撃で仕留められたという感覚であった。


桃の舌に自分の舌を舐め上げられた瞬間に

「ドン」という衝撃が竜眼の脳髄を駆けめぐり

目の前が光に包まれ何も見えなくなったかと思えば

魂だけが竜眼の肉体を抜け出して

宇宙に投げ出されるイメージでもある。


半透明になった裸の竜眼が宇宙空間を漂って

はるか下には青い地球、

上に意識を向けると黄金に輝く光の海が広がっていて

光に包まれたたくさんの魚たちが泳いでいる。


やがて自分の体も光り出し溶けて

大きな光の一部へと帰っていくという感覚になり


(やっと思い出した。

 自分が宇宙の一部だったことを)


と歓喜に包まれ

滂沱の涙を流しながら

竜眼の意識は薄れていった。



竜眼の絶叫に起こされた

一寸法師こと小次郎が

巾着から這い出してくる。


お餅をドカ食いし血糖値スパイクで気絶していたのである。

お腹の膨れは半分くらい消化していた。


(叫び声みたいなのが聞こえた気がしたけど)


と辺りを見回すと

気絶して横になっている竜眼が目に入った。

安らかな寝顔のように見える。


(はて、夢でも見たのかしらん)


と首をかしげていると


「あ、起きちゃった?

 あたしらもう寝るけど」


と桃に見つかり声を掛けられた。

ココが頬を赤くしながら


「あたいにもまたきびだんごをください。

 あんなの見せられたら我慢できません」


と桃に訴えているが


「だめ、今日は無理。

 疲れたから寝る」


と

にべもなく断られ、

ただでさえ海水浴ではしゃぎすぎ

太陽光も浴びてクタクタだろうから

仕方なかろうと小次郎は見ていた。


しょぼんとしているココが

残った日本酒の徳利を物欲しげに見ているのに

気づいた桃は


「勘弁してね。

 もう酔っぱらいはこりごりだよー」


と言いながら布団に入って行くので小次郎は


(なんだい、今日もエロい展開は無しか)


と落胆し


(エロに参加できないのは分かっているが、

 無ければ無いでイライラするわー)


と眉をひそめた。



美月と斧熊が

老翁藻楠に案内された洞窟内の住居は

二人にとって意外に快適であった。

洞窟の奥にプレハブで部屋を建て込み

上下水道や電気も引いてある。


リビングでブランデーと干し柿を振る舞われながら

藻楠から愚痴を聞かされている最中である。


「先代サルを

 先代子ガニとそのフォロワーが惨殺したのは

 カニ一族の末裔として反省しておる。

 あそこまでやらなくてもよかった」


高めの渋い声で

時おり咳き込みながら

紡がれる藻楠の言葉を二人は

「また同じこと言ってるよ」

みたいな顔で聞き流しながら

ブランデーを頂いていた。


さらに


「桃太郎復活までこの地を守りながら

 子サルを鍛えようとしたものの

 中々ものにならん。

 むしろ海の家バイトに馴染みすぎておる」


と藻楠の表情が険しくなってきたので


「実は、あのしごきは

 サルを鍛えるためだった、

 ってこと?」


とブランデーに酔い

色っぽく赤くなった美月が話を継ぐと


「わしはもう長くないが、

 栗も蜂も臼も、

 それぞれの長老が死んだ後は半端なデフォルメキャラばかりになって

 とても後を任せられん。

 最後までわしが面倒を見る覚悟ですじゃ」


と牛糞または昆布には触れずに遠くを見る。


藻楠もけっこう酔っており


「おそらく明日あたりに桃太郎がやってくるらしく、

 その前に最後の修行とするつもりであったが

 今のサリューめの成長具合にはまるで納得いっておらん。

 桃太郎のお供の資格がないし

 品格がない」


と管を巻きはじめた。


終には


「わしもこのように体力が限界でしてな。

 不躾なお願いになってしまうが、

 貴方たちからも稽古をつけてやってはくださらぬか」


と二人に声を掛けた真意を吐露する。


美月が小声で


「この流れに付け込んで

 行き過ぎた指導で

 サルの心を折ってしまえば

 桃太郎復活を防げるんじゃない?」


と斧熊に耳打ちすると


「パワハラなら任せておけ。

 オニのように指導するぞ」


などと同じく泥酔しかけている斧熊は

剣呑なことを口走った。


続いて藻楠は言いにくそうにした後で


「それから、よろしければ、

 死ぬ前に一度でいいから

 人間の性行為を

 生で見てみたいのじゃが……」


と恥ずかしそうにリクエストしてきたので

二人は快諾し

その場で服を脱ぎだす。


見られて興奮するのが

最近では当たり前になっていたからである。


「それくらいの欲望と目論みがないと、

 わざわざカップルに宿を提供なんてしないよね」


と美月は服を脱ぎ始め

昨日のラブホから借りてきたコスプレ服を藻楠に選ばせようとしたら

即座にセーラー服を指定されたので


「ほんと男はいくつになっても

 女子高生が好きよね」


と斧熊と顔を見合わせた。



翌朝、

旅館の朝食を手早くすませた

桃と竜眼とココは

件の海岸を散歩していた。


朝七時台の人のまばらな砂浜には

海からの爽やかな風で夏の暑さも和らぎ

まるで別天地のようなリゾート感に包まれている。


気分転換の極致といった風光明媚の中で

桃と竜眼は

俗に言う恋人繋ぎという指同士の絡ませ方で

手を握り合い

良い雰囲気で笑い合っている。


ココは

昨夜のイチャイチャすぎの反省から自重し

二人の後ろを静かに歩き

その登頂部には

我らが一寸法師こと小次郎があぐらをかいて

頬杖を突きながら

ラブラブな後ろ姿を眺めていた。


「ゆうべ何かあったのかい?

 二人の様子の変わりようはどうした。

 もっとギスギスしていたよな」


と不審がる小次郎に聞かれ


「浦島の姐さんが、相当、きこしめされて」


とココがポツポツと言葉を手繰ると


「お酒を飲んでたってことね、

 それは知ってるよ」


と先を促すと


「かなりメートルを上げてらして」


とまたポツリ言うので


「酔っ払ったってことかな。

 どういう語彙だよ」


と呆れた次に


「告白して、

 いろいろあって、

 最終的にはキスしてました」


と大分かいつまんだ説明を強引に切り上げると


「ナヌー!」


と小次郎は立ち上がって

驚愕に打ち震えた。


「浦島の姐さん」の違和感が飛んでしまうほどである。


小次郎はココの登頂部で地団駄を踏み


「カップル成立ってこと?

 体が元に戻ったら

 俺から告ろうとしてたのに」


と

待ってくれなかった桃の方に怒りが向かう心理を

おかしいと思う余裕を失っている。


ココに


「告るだけなら

 小さいままでもできるんじゃないの」


と茶化すように言われると

痛いところを突かれた小次郎は


「うるさいやい」


と言い捨てて

ココ頭頂部で寝転び


「あーあ、やる気なくなった。

 もう知らへん。

 勝手にオニでも何でも

 戦こうてればええやないの」


とぼやき


「相変わらず器の小さいことで」


とココは辟易とした顔をした。


運命だろうか偶然か、

丁度その時

サリューがビーチを通りかかった。


何かを入れた桶を

天秤棒で前後に二つ担いでいるが

いかにも重そうで

すぐにふらついている。


桃から肘で脇腹をつつかれ

まだ桃から積極的に話しかける気はないらしいと

察した竜眼は


「君、サリューさん、

 だよね。

 何をしているんだい?」


と

夕べのきびだんごディープキスの効果であろう

憑き物が落ちたようなさっぱりしたイケメン口調で問いかけた。


一行に気がつき顔を上げたサリューが


「ああ、みなさんお揃いで。

 へへっ、見ます?

 おいらの自信作」


と見せてきた桶の中身は

京都お土産の定番、

千枚漬であった。


昆布の産地としては北海道が圧倒的シェアだが

サリューの説明によると

不思議なことに近くには昆布が枯れない一角があり

手作業で加工して

海の家オリジナルお土産にしているという。


カブは青果市場で普通に仕入れているらしい。


桶いっぱいの千枚漬を見せつけながら


「よかったら食ってみてくれ」


と元気いっぱいに言われ

桃と竜眼は

手のひらに薄くスライスされ

糸を引く白いカブを乗せられたのを

同時に口に運ぶと

目を見合わせ


「うま!」


と桃は大袈裟に叫び

竜眼は


「京都生まれの私からしても

 かなりの出来だ。

 採算は度外視ってやつだな」


と賞味した。


一寸法師の旦那こと小次郎も

差し出された欠片を

シャクシャクと噛り


「認めるのは悔しいが

 良いお味ですやん」


と思わず頬を緩めると

サリューは


「へへん」


と鼻を指でコスコスして

照れ笑いする。


「あたいにはちょっとしょっぱいかな」


とココが水を差すと


「イヌのエサじゃねえぞ、

 カリカリでも食ってろ」


とサリューに粗っぽく言われ

また歯を剥き出して唸るのを

桃がバックハグで制して


「昆布の部分には

 またデフォルメの目玉が付いてるのかな」


と探そうとするが

竜眼が


(地方によっては

 サルの足を滑らせる役は

 牛糞だし)


と追加で出てくるのを危惧して

やんわりと割って入り


「どうするんだい、これ。

 海の家で売る用?」


と話を変えると

サリューは


「これを持っていけば最終試験が終了なんだ」


と答えた。


桃が


「なんの試験?」


と当然の質問をすると


「サルかに合戦でサルが負けたから

 ずっと住み込みでただ働きさせられてんだけど、

 試験に合格したら解放されて、

 今度はそのうち来るはずの

 桃太郎さんに仕えるんだ」


と合戦に負けるということの意味を

嫌と言うほど思い知らされているサリューは

重みのある言葉を返した。


「へえそうなんだ。

 来るといいね、桃太郎さん」


と桃が

明後日の方向を見ながら言うのを


「すっとぼけた顔も最高にかわいいよ、

 ああ、キスしたい」


と竜眼が

じっとりとした目付きで称賛する。


竜眼の遠回しなプレッシャーに観念して


「あたしらも一緒に行っていい?」


と桃が問うと

サリューは


「そうだな、

 試験に合格したらそのまま合流……、

 いや、何でもない。

 へへっ、来たかったら勝手にしなよ」


と笑って答えた。



洞窟の入り口では

藻楠がゆうべ興奮しすぎて

すでにぐったりして椅子に腰掛けていた。


サリューが桶を差し出すも


「千枚漬けが美味いのは知っておる。

 わしが考えたレシピだろうが」


と言って取り合わない。


「美味しくできたんだからいいじゃんかよ。

 早くサリューを強制労働から解放してあげて」


と桃が援軍に入るのを

サリューは


「ご主人様……」


と感動しながら見ていた。


老翁の後ろから


「そうは問屋が卸さないよ!」


と美月が出てきたが

蜂の怪人のようなコスプレというか着ぐるみであり

更に横には臼の着ぐるみの斧熊が控えていて

竜眼は


「またこの連中かよ」


とうんざり顔で呟いた。


藻楠は椅子から立ち上がり


「最終試験は変更!

 わしらのオニを退治できたら

 桃太郎のお供と認めてやろう。

 行くぞ!」


と気合いを入れると

カニっぽく変身した。


胴体が赤い甲羅に覆われ

両手がハサミになって

髪型がよりカニっぽくなっている。


どこからともなくオニのお面が飛んできて

藻楠、美月、斧熊の三人は

吸い込まれていった。


面は

赤い顔のオニのようだが

ツノはなく、

頭に結わえた毛が逆立った茶髪のように

かっこいいものである。


すぐに上空から

前方宙返りをしながら

三メートルほどのオニが降り立った。


肩まで捲った赤い袖から

鎖かたびらが見え、

黒い手甲を巻き、

前で結んだ白い帯が垂れ、

足は黒い脚絆に足袋を履いているような

身軽に動ける和装といった装束である。


左右の手にそれぞれ

扇と日本刀を持ち、

独特なステップを踏みながら

独特な刀の構え方を決めるのを見た桃は


「やば! オニかっこいい」


と素直な感想をのべた。


「鬼剣舞(おにけんばい)、なのか……」


桃の

「解説よろしく」

という要請に

竜眼はやれやれと言って


「鬼剣舞は、

 岩手県の北上市などに伝わる伝統芸能で、

 地元の夏祭りなどで盛んに披露されるし、

 小中学校の運動会で演じられたり

 部活動にもなっていたりして

 地元に根付いている。

 いわゆる念仏躍りの一種で

 悪霊退散や

 五穀豊穣を祈願しているという。

 

 あのオニの顔で威嚇して

 悪霊を追い払おう

 ということだな。


 仏さまが変化してオニの顔になっているから

 ツノは生えていないらしい。

 ナマハゲなんかと同様に

 オニというよりは神様だな。

 「風流躍」のカテゴリでユネスコ無形文化遺産にも登録されているよ」


とつらつらと語った。


サリューは神妙な顔で

オニへと相対し


「オーナーには幼い頃に拾ってもらって

 住み込みで働かせてもらった恩がある。

 夏以外のシーズンにも

 釣りガイドとか

 釣りエサの販売とか

 カニ漁とかで食わせてもらった。

 だけど……」


とここで言葉を区切ると

負けずにかっこよく天秤棒を構え

中国拳法みたいに回転させたり

片足で立ってもう片方の足は膝をあげ

棒を後手に持って

もう片方の手は前に伸ばして

謎の印を結んだりして

ポーズを決め


「おいら、絶対に負けないっす!」


と見栄を切った。


桃は


「こっちもかっこいい!

 孫悟空みたい」


と声を上げた。


しかしいざ打ち合いが始まると

かっこよく決めたはずのサリューの方が

圧倒的に分が悪い。


鬼剣舞の日本刀は

刃が落としてあり

切り傷にはならないようだが

棒をいなしながら

サリューの肩から脇腹から

ボコボコと殴りつけている。


打たれる度にサリューの口からは

「ああっ」とか

「うんっ」とか

「はうっ」といった

悩ましげな声が漏れ

それはだんだんエスカレートしていく。


「まるでサリューちゃんが

 勝てる気がしないや」


と客観的な評価を桃が下すと


「さすがにやりすぎじゃないかな」


と見ている竜眼も胸が痛んだ。


「行こう。ももっこサーブだよ」


と桃が呼び掛けられた小次郎は

ココの頭上でイライラしながら予想しており


「はいはい。

 どうせ戦うのは俺なんでしょ」


と重い腰を上げた。


「試験に合格しなくても

 どうせサルはお供に連れて行くから

 オニを退治してしまおうというんだろう。

 強引な桃も素敵だよ」


と竜眼は腕を組んで頷いた。


だがしかし、

これまで大活躍してきたももっこサーブが

ここで敗れることになる。


打ち出された小次郎の体を

日本刀の腹で

野球のバッターのごとくに

打ち返れたのであった。


打ち返された際に

小次郎は

「アウチ!」

と叫んでしまった。


桃、竜眼、そしてココも

驚愕して目を見開き

冷や汗を垂らす。


打たれた小次郎は

桃らの頭上を遥かに越えて

松林の茂みへと消えていった。


鬼剣舞オニのインナースペース内に目を移すと

大盛り上がりで

「ナイスバッティング!」

などの喝さいが上がっていた。


斧熊の目が

スマホアプリによる眼筋のオーバートレーニングから

ギリギリ間に合って完全に回復したのである。


斧熊本人も


「動体視力が大幅に改善したのが分かる。

 超回復ってやつだ」


と語るように

一寸法師が飛んでくる軌道が

止まっているように見えるので

刀で打ち返すのも容易となった。


今回の組体操は「飛行機」という三人技で

前に藻楠、後ろに斧熊が並び、

二人が持ち上げる形で

上に美月が乗っている。


藻楠が美月の肩を、

斧熊が腰の横を

それぞれ掴んで持ち上げ

美月本人は

両腕を横に広げポーズをとっていた。


服装は先ほどと同様に

美月が蜂女、

斧熊が臼、

長老がカニのコスプレ(着ぐるみ)で、

昨日のラブホで交渉したところ

人気がないからとのことで

無料で貸してくれたものである。


蜂女はセクシーなイメージで

乳を強調しており

悲しいが美月の胸肉と着ぐるみには

隙間があった。


鬼剣舞の刀による

ホームラン性の角度と打球速度で飛んで行った

一寸法師を

ココは命令されずとも

自発的にあるいは本能的に

外野手がフライを追いかけるかのごとく走って

茂みに入って行く。


中腰になって

目をつぶり

鼻をくんくん鳴らすと

すぐに見つけたらしく

まっすぐスピッツのように駆けて行って

松の枝に引っ掛かっていた一寸法師を

人間離れしたジャンプ力でかっさらい

桃へ持ってきて

ぐったりした小次郎を

両手で差し出した。


「よーし、よしよし!」


桃は満足そうな笑顔で

ココの頭をワシャワシャと撫でて

一寸法師を受け取ると

間髪入れずももっこサーブを繰り出すが

すでに鬼剣舞が待ち構えているコースに

まんまと投げ込むことになり

当然のように良い当たりで打ち返され

またココが拾いに走り

だんだん桃もむきになって

サーブを打ち続けては鬼剣舞に打ち返され、

小次郎の

「アーウチ!」

が海辺に響くのを繰り返す。


美しいスイングと

洒脱な衣装の鬼剣舞は

ココが一寸法師を拾って戻って来るまでの間は

勇ましい踊りを披露してくれており


「もはや鬼の方がカッコいいまである。

 負けてるよ一寸法師」


と桃がももっこサーブ発射までの僅かな時間に

小次郎に告げると


「どうしても

 可愛らしさの方が勝ってしまうんですね」


と自嘲気味に笑い


「ていうか、もう勘弁してえな!」


と顔中たんこぶだらけで訴えた。



「一寸法師、敗れたり! ね」


鬼剣舞のインナースペース内で

美月が組体操「飛行機」の体勢のまま

勝ち誇る。


「いやいや。油断しちゃダメだよ。

 ここでいい気になって

 後で逆転されるパターンを繰り返しているからね」


と斧熊がおじさん声で諌めると


「もう直接、

 桃っこの方を狙えばいいんじゃない?」


と舌打ち混じりに美月が提案する。


ももっこサーブの合間に

お供サル「サリュー」を狙って刀を振るものの

異様にすばしっこいので

避けられており

「動体視力だけでは追いつけない」という現実を

斧熊は突きつけられて

正直あまり気が進まないが

桃太郎の本体であるところの桃を

ダイレクトに痛めつけようと方針を変えた。


「みねうちでも痛そうだなあ」


と斧熊が顔をしかめると


「泣いて謝って反省するなら

 許してあげなくもないわよ」


と美月が笑い、

聞いている藻楠は微妙な顔をしていた。


渾身の「ももっこサーブ」を

場外ホームラン級の大飛球で打ち返されかと思うと

鬼剣舞はその勢いのまま

刀の峰で桃をしばこうとしてきて

桃は


「あっ」


という顔をした。


まさかオニが

自分を攻撃してくるとは考えていなかったのである。


危うし。

桃の運命や、いかに。


ある程度、

桃自身の危険も考慮していた竜眼も

さすがに驚き必死に考える。


自分には何もできないのか。


浦島太郎の末裔ならば

何かあるのではないか。


ふと、

別の方向からの視線を感じて

目を向けると

一匹のウミガメが

何かを咥えて

こっちを見ているのが目に入った。


昨日の日中にビーチで見て

なぜかイラっとさせられたカメに間違いないだろう。


なにを咥えているのかと思えば、

絵本で見たような

玉手箱である。


玉手箱を咥えたカメが

悲しそうな眼差しで

浦島太郎の末裔である竜眼を見ていた。


藁にでもすがりたい心境の

竜眼にしてみれば

玉手箱が何の役に立つのか不明であっても

アイテムとして現れたからには

使ってみるより仕方なく


「貸せっ」


と怒鳴るように命令すると

カメは嬉しそうな目付きになり

玉手箱を放ってきて

竜眼の前でポトリと落ちた拍子に

ポンと蓋が上に飛んで

中からボワっと白煙が立ち上った。


白煙を浴びれば

一寸法師みたいに

自分も変身して浦島太郎の能力が得られるかも、

と直感的に閃く。


だが、

もちろん、

昔ばなしのように

自分が老人になるかもしれない。


しかも老人になるだけで

何の能力も得られない可能性すらある。


(それでも桃を救いたいか)


とジレンマを突きつけられた竜眼は

眉根を寄せ冷や汗をかく。


しかし結論は早かった。


「もう逃げるのは嫌だ!

 もう逃げたくないんだ!」


できることがあったのに

やらずに桃を見捨てるなんて

未来の自分が許すはずがないし、

自分のために

バイセクシャルを受け入れてくれた桃のためなら

何だってやってやる、

という

ふっ切れ方の勢いで


「ええい!

 南無三!」


と地面の玉手箱を飛び越える格好で

白煙の中に飛び込む。


通り抜けた瞬間、

ちょんまげを結って

シンプルな和服に

腰蓑と魚籠、

背中に釣り竿を背負った姿に

竜眼は変身を完了していた。


煙の向こう側から見た人は

百二十センチくらいで

三頭身の

デフォルメ浦島太郎が

煙を割って飛び出てきたと思うだろう。


これには竜眼もさすがに驚いて立ち止まる。


デフォルメされた自分の体を見て

呆然としそうになるが

ゆっくり確認している時間はないし

老人にならなかったのに安心している場合でもない。


桃は、

と慌てて竜眼が見るも

その場に硬直したように

動きが止まっている。


桃だけでなく

鬼剣舞も

刀を振り上げジャンプした状態で

空中で止まっている。


(時間操作!

 これが浦島太郎の能力なのか?)


感覚的に

時間の流れを操作できる気がした。


周りの時間がゆっくりなったというより

自分だけ時間の経過が早くなっている。


竜眼の明晰な分析力は

即座に


(このままだと

 私だけ老けるスピードが早いということになる。

 それはまずい)


と推論した。


玉手箱の煙を浴びたら老人になるという

絶対的レギュレーションは

いかんともし難いように思われた。


無意識の動作で

背中の釣り竿を振るうと

針と釣り糸が飛んで行って

鬼剣舞の刀を引っ掻けて

引き寄せ

奪い取ることができた。


スナップを効かせると

刀は竜眼の後方へと消えていく。


釣竿にはリールなどなく

糸と針だけなのに自在に伸び縮みするようで

子供の頃に少しだけしか釣りの経験がない竜眼でも

手足のように動かせた。


竜眼が玉手箱に向かって


「時よ、動き出せ!」


とコマンドすると

桃へと振り下ろしたが刀が無くなって

鬼剣舞は空振り

前につんのめった。


慌てて白煙をくぐりながら

飛び込み前転をすると

すぐに元の竜眼の身体に戻れたので

急いで蓋を閉めて

煙を止めた。


唐突に刀が消えたことになる

鬼剣舞の中では


「何が起こった?」


と大騒ぎとなり、

一方の桃は


「さすがあたし、

 格別の逸材!

 ピンチになっても何かが起きて助けてくれる」


と喜んだ。


竜眼の前髪が

目にかかり

一センチくらい伸びたのが分かる。


髪は一か月で一センチ伸びると言われているので


(あの一瞬でこんなに伸びたのか)


と驚愕し


(なんてリスキーな能力なんだ、

 桃以外のためには絶対に使いたくないな)


と震えた。


我らが一寸法師こと小次郎はどうしたかと言えば

ココが

場外ホームラン級の大飛球で飛んでいった先を探しに行って

高い木の枝に引っかかっている一寸法師を

ようやく見つけたものの

木に登れないココには取れず

人間離れジャンプでも届かないため

サリューへと


「こっち来て!」


とマルチーズのように呼び掛け


「どうか、

 あの一寸法師を取っておくれよ」


とご主人さま桃太郎を思う一心で

下手に出ると


「犬猿の仲も一時休戦ってやつか。

 ゆうべは餅休戦で、

 今日は柿休戦だな」


とサリューはニヤリ笑い


「木登りなら任せとけ」


とするすると木に登って

難なく

半泣きの一寸法師を取り上げた。


桃は

鬼剣舞が刀を失ってオロオロしているのを

チャンスと見て


「トス上げて!」


とバレー部のエースみたいな指示を出し

サリューは青い柿の実のように


「これでどうだ」


と一寸法師を投げるのが

ココに直接投げ渡すのではなく

山なりの軌道で

桃の方向へ向けて投げたので

ココはサリューの意図するところの

ホームランを打たれ

桃まで距離があるので

投げるのでは届かないし

走っていく時間が惜しいとの判断を

以心伝心感じとり、

ぐったりした一寸法師を

トラップせず

ジャンピングボレーで強かに

桃が待つ方向へ蹴り飛ばした。


サリューは


「やるじゃねえか」


と樹上で鼻をこすり

小次郎は


「アウチ!」


と叫んで飛んで行く。


「新必殺技! ももっこバックアタック!」


桃はそう吠えながら

ダイレクトにスパイクする体勢に入る。


もちろんバレー部時代に

バックアタック(後衛の選手が助走を付けてスパイクしてくる攻撃手段)

なんかさせてもらったことはない。


精一杯ジャンプして

小次郎をスパイクするものの

軌道はあきらかにネットに当たる高さではある。


今はバレーではないので

ネットも存在せず

桃の身長とジャンプ力でも

鬼剣舞に叩きつけることが可能なのであった。


小次郎は


(この憤懣は

 オニの中の人たちにぶつけるしかないな)


などと思いを募らせながら

鬼剣舞のインナースペースへとダイブしていった。



一寸法師に侵入された事実は

鬼剣舞内の三人にも感知され

斧熊は絶望的な気持ちになるが

美月は気丈に


「次はわたしの対策の番ね」


と言うと蜂女コスプレで

組体操「飛行機」の体勢のまま

腰につけたポーチから

謎アイテムを取り出した。


それは半球の石をくり抜いたような、

お坊さんが托鉢で使うような

鉢であった。


「さあ、仏のお鉢!

 出番だよ!」


美月が両手で持った

お鉢を

空中で手放すと

自ら猛スピードで回転し

浮き上がり

ちょうど入ってきた一寸法師を目掛けて

すっ飛んでいく。


ぶつかられそうなのを


「うわっ」


と叫び

ギリギリで避けると

小次郎は慌てて

お椀を魔方陣から呼び出し

飛び乗った。


お椀ちゃんのライバル出現、

スピード勝負のドッグファイト、

石器(大陸風)バーサス漆器(和風)との様相を呈するが

追い回され始めると

一寸法師側があっという間に劣勢になる。


『旦那、

 ありゃあ、

 仏の御石の鉢、

 いわゆる「仏のお鉢」ですぜ。

 あっしとは格が違いやす』


お椀さんから

渋い声のテレパシーが届き


「竹取物語にそういうのが出てきたような」


とうろ覚えの知識で答えると


『よくご存じで』


とお世辞を言われた。


一寸法師に出てくる

お椀は

老夫婦の私物であろうから

格の違いも頷けようというものである。


後ろからお鉢にガツガツと当たられ

狼狽し


「スピードで負けているから

 追い付かれてしまうな、

 どうするか」


と小次郎は思案しながら

逃げている最中に

美月の胸元をかすめて飛んでいたとき、


(オッパイは二つ、

 お椀も二つ、

 ……閃いた!)


と浮かんだアイデアを

自慢のおなきん決断力で

即座に実行に移すことにした。


あえてお椀にスピードを落とさせ

激しくお鉢に追突された瞬間を見計らって

一寸法師はバック宙返りで

お椀を飛び出して

お鉢へと飛び移ることに成功すると

鉢の縁を両手で掴み念を

送ってみると

思惑の通り

通話できるようである。


『お久しぶりですね、

 一寸法師さん』


との上品な声のテレパシーを受け


「やあ、どうもどうも、

 はは。

 どうなの最近?」


と小次郎は

先代の一寸法師の記憶が無いので

適当に調子を合わせると


『かぐや姫さまは変わってしまいました。

 ぶっちゃけ、

 あの恰好はどうかとは思っていますし、

 オニの中にいるとか、

 すごい嫌です』


と話を聞いてもらえて嬉しいのか

次々と愚痴を言い出した。


(オニじゃなくて神さまらしいけど

 勝手にモチーフに使っているだけみたいだから

 オニと言っていいのか)


などと小次郎には曖昧だったので


「鉢さんもいろいろあるんですね」


とまずは聞き役に徹していれば


『一寸法師さんと戦うのは

 本意ではないのですが

 命令されて仕方なく』


と思わせぶりなことを言ってくるのに

乗る形で


「ここは一旦、

 手を組んで、

 かぐや姫さまに

 自分を取り戻してもらいませんか」


と当初のアイデアへと誘導すると


『地獄に仏とはこのことですね』


と合意してくれるので


(上手いことを言ったのか?)


と小次郎は戸惑いながらも

次の計画を手早く説明する。


お椀とお鉢の二つで美月の両乳を責める、

必殺技

「双丘椀鉢吸引増量撃(バストアップ・フライングカップ)」

誕生の瞬間であった。


それぞれの半球が

美月の左右の乳房に

蜂女コスプレの上から

スポンとハマったかと思うと


「へ?」


と状況を飲み込めない美月をよそに

お椀と

お鉢は

不思議なパワーを浴びせつつ

回転しだして

両乳房がみるみる巨乳になっていき

桃を上回る大きさになっても止まらず

蜂女コスプレの内側で

ブラが弾ける音がするほどで


「なんなのこれー!」


と叫ぶ巨乳美月を

下で支えている藻楠の頭を挟む格好にまで垂れ下がり


「生きててよかった」


と言わしめ

斧熊も後ろを支えながら


「次、僕にも」


とウキウキで言って

組体操の維持を放棄する空気となる。


組体操「飛行機」であるためには

上になった人間は

両腕を翼のように広げている必要があるのに

美月は胸を隠すのに必死で

飛行機を保持できない状況となり

結果

オニ崩壊となったのである。


斧熊は我に返り


「くそう、また負けた、

 なぜだ?

 どうやったら勝てるんだ?」


と悔しがれば

達観している藻楠が


「負けるが勝ちとも申す。

 目先の勝ち負けにとらわれず

 大局的な視点も忘れるでないぞ」


などと頼んでいないアドバイスをしてきたので


「うるせえ」


と思わず口にしてしまった。


オニが崩壊すれば

いつものように

インナースペース内にいた美月らも

ガラガラと放り出される。


桃らの前に落ちてきた美月は

突如として巨乳となった胸を隠す素振りだが

わざと見えるように揺らし


「覚えてなさいよ」


と桃に横目で一瞥をくれ、

斧熊は


「早くラブホに行こう。

 早く揉みたい」


と待ちきれない心情を露にして

二人は去っていった。


尻餅をついている藻楠のもとに

孫らしきカニっぽい男児が

どこからか駆けてきて


「いつか復讐してやる!

 仇は必ず討ってやるぞ!」


と憎しみの籠った目を桃に向けてくるので

桃は


「憎しみの連鎖は続くのか」


とため息をつくと

竜眼も


「報復の連鎖ってやつ?

 お互いに自分が被害者だと思っているから

 戦争は無くならない」


と肩をすくめた。


藻楠はそんな孫を制して


「桃太郎どの、

 サリューをよろしく頼みます」


と桃に一礼すると

立派なお供へ成長することを願っての

しごきであったと真意を知って


「おいら、

 オーナーのこと一生忘れないっす」


とサリューは泣いた。


桃が


「これにて一件落着だね」


と竜眼とココに笑いかけた。


「はて、何か、忘れているような?」


桃が悪気なく小首をかしげると


「ほらね!」


と激怒しているのは、

我らが一寸法師こと小次郎である。


「もう俺なんかどうでもいいんだね。

 だったらこっちにも考えがあるからな!」


とカンカンになっているので


「ちょっとちょっと、

 そんなに怒るとこ?」


と桃に、

次いで


「いくらなんでも

 器がちっちゃすぎないか?」


と竜眼に自制を促されるも


「こっちは一寸法師なんすよ!

 ちっちゃくてナンボなんすわ!」


と地団駄を踏むような

癇癪っぷりであった。


『いかん、

 おなきんオーバーヒートじゃ!』


大黒天が現れ

泡をくって言う。


「何それ」


と桃がうんざり顔で聞くと


『オニのインナースペース内で

 やりすぎてしまったようじゃな。

 異様な攻撃性が

 退治後もまだ収まっておらぬ』


と続け、

おなきんのデメリットについて説明を始めた。


『個人差があるが

 二週間に一回くらいは放出しないと

 デメリットがメリットを上回ってしまう。

 デメリットとしては、

 イライラ、

 暴力的な言動、

 反社会的な態度、

 犯罪的な思考

 などが挙げられるであろう。

 もちろんこれも個人差があり

 必ずそうなるという訳ではない』


と語る大黒天に


「ただでさえ

 もともと人間の器がちっちゃい人なのに」


と桃も心配そうになる。


「治療する方法は?

 その、おなきんをやめればいいのか?」


と竜眼が言いにくそうに聞くと


『一寸法師の体のままで自慰はできぬ。

 できるならとっくにしているじゃろう』


と水筒に入った氷水をカラカラいわせながら

カップに注ぎ

小次郎にぶっかける。


頭から冷水をかぶった小次郎は


「ひぃぃー」


と震えあがると

桃らの視線に気づき

ハッと我に返り


「すみません。

 取り乱しました」


と皆に向かって頭を下げると

桃も


「よかったー」


と手を叩き


「まだ我慢できる、と思うから、

 お供の三体目が揃うまでは頑張るよ」


と健気に言うと

竜眼も


「偉いぞ!

 それでこそ男だ」


と称賛した。


その日の夕食に桃が希望したのは、まさかのカニ料理であった。


サリューの歓迎会として

できるだけ豪勢に、

と言うので


「オッケー、

 カニ会席だな」


と竜眼の両親が営んでいる

料亭の個室を貸してもらって


「こんな高いとこ大丈夫なの?」


とさすがの桃も不安になるほどの料理だったが


「君の笑顔のためなら安いものさ」


と竜眼は涼しい顔である。


実際には

竜眼は裏で

苦手だった実家に電話で泣きつき

何年振りかの里帰りも兼ねて

両親も喜ぶという

ウィンウィンな流れであった。


うまくカニを剥けない桃に

竜眼は


「貸してみな」


とばかりに手伝ってやり

イチャイチャしながら

美味しくカニを頂いていくのを

サリューはドン引きで見ている。


お供は

カニピラフや

カニクリームコロッケで

我慢させられているので

ココも憮然としていた。


サリューが我慢できずに


「いくらなんでもカニ料理ってさあ」


と文句を言うので


「何か忘れてると思ったのを思い出した。

 きびだんごをあげてないよね」


と桃は食事中にも関わらず

サリューの頭を両手で掴むと、

自分の乳房の間に挟み込めば


「すすす、すみませんすみません!

 何でもするから!

 助けて!」


と快楽物質の奔流に耐えられず

音を上げるのを

竜眼もココも

羨ましそうに見ている。


カニみそを口の周りべっとりつけて

おなきんの辛さも忘れるほど

カニを堪能する我らが一寸法師こと小次郎は

テーブルのカニ爪フライが目に入ると


「泣き砂に、

 仇討ち虚しい京丹後、

 波間に消えゆく、

 赤い爪かな」


と和歌を詠んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。