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【寝取られ花咲か爺さん】

【寝取られ花咲か爺さん】


「やい! ぽち はやく たからものが うまっている ばしょを おしえろっ!」


ぽちは かなしそうに クンクン なきます。


「よおし おもいしらせてやるっ!」


 木のぼうで おもいきり “ボカ”っと なぐられた ぽちは あまりの いたさに


「キャン! キャン!」と なきます。


ブティック社刊 よい子とママのアニメ絵本32「花さかじいさん」

平田昭吾2008年8月31日 (30刷) 参照


吉野にまつわる事柄を書き出そうとすれば

枚挙に暇がない。


吉野葛や

柿の葉寿司の食もあれば

金剛峯寺や

吉野神宮のような歴史的なランドマークが数えきれないほど点在し、

ソメイヨシノといった文化的象徴まで含めると

その幅は広すぎる。


古事記、日本書紀には

神武天皇や応神天皇にちなんだ記述がみられ、

大海人皇子(天武天皇)が壬申の乱で挙兵したかと思えば、

源義経が静御前との別離の舞台にもなっている。


現在でも

山伏姿や白装束の信徒が行きかう「修験道」の地であり

正しい意味での「聖地」という尊称は

吉野こそ相応しいであろう。


吉野川沿いに国道370号を車で20分ほど行ったところに、

とある集落がある。


まさに日本の原風景、

片側には険しくそびえる紀伊山地の山々を仰ぎ、

道路の反対側にはがけ下に豊かな吉野川を見下ろすような、

車二台がやっとすれ違えるほどの細い国道の先に、

桃らが目指すスポット

「犬打塚」

があるという。


「わわわ、

 また来ちゃった」


ハリアー(ハイブリッド)の助手席で

桃が困り顔で声をあげた。


車は

一車線の細い道に入り込んで

容易にはすれ違えない。


焦った竜眼が

バックミラーを何度も見ているが

観光客とおぼしき別の車が

後ろからもピッタリ来ているので

バックでも下がれない。


ハリアーの高性能なカーナビを信じて

言われるままに進んだら

どうしたことか

細い道に入り込んでしまった。


パニックを桃に悟られないよう

眉間にシワを寄せて

振り返ったり道の横を覗き込んだりしている竜眼だが

状況を打開する方策は何も浮かんでいない。


「絶対この道じゃないよ。

 一回、戻って落ち着こ?」


桃の至極まっとうなアイデアに

竜眼は

「そ、そうだね」

とまずは肯定から入ったが

(でも、どうやって?)

と重ねて質問するのも

自分に考えがないまま

助け船をくれる桃に対しては憚られた。


桃は頷くと

豊かな乳房の間に食い込んでいたシートベルトを素早く外し、

助手席のドアを開け

真夏の吉野の陽光へと身を踊らせ、

後ろから来ていた車の運転席の窓越しに

無垢な笑顔と揺れる乳肉を見せつけながら

両手を合わせて

何事かを運転手の男性にお願いしている。


程なくして

その車がバックで細い道を戻り始めると、

桃はハリアーの竜眼に向かって

バックミラー越しに手招きを始めた。


後に続いてバックで下がろうという意図をやっと理解し、

竜眼は慎重にギアを操作しながら

口の中で

(めっちゃ頼りになるなあ)

と呟いた。


ようやく車がすれ違える幅の道まで戻り

竜眼はハリアーを路肩に停め

迷惑をかけた二台の車を見送って

一息つく。


かっこいいとこ見せようとして

気が焦ってしまった。


車内に乗り込んできた桃が


「うちの実家もこんな道ばっかで、

 男が運転してたら

 おっぱい揺らすとだいたい譲ってくれた」


と明るく言うので

竜眼は


「ナイスおっぱい」


と言いそうになるのを堪えて


「ありがとう。助かったよ」


とハンサム声で感謝した。


「ていうか、

 現代日本でナビ通りに進んだのに目的地に着かないなんて

 予想できなかった。

 下調べが不十分だったことは反省点だけれど」


ナビは相変わらず

この道をまっすぐだと示しているが、

落ち着いて見渡せば

明らかに車では進めなくなっていく道である。


「そこまで有名な観光スポットでもないし、

 登録の地点がずれてることは考えられるか」


と竜眼は悔しそうに付け足した。


「スマホで検索したけど、

 この犬石神社の敷地にあるらしい。

 けっこう離れてるよね」


桃がそう言って

竜眼にスマホの画面を見せてくる。


走行中も何度か

「ほんとにこの道?」や

「神社ってこっちじゃない?」

などサジェストしてくれていたのだが

竜眼には受け入れるだけの余裕がなく

カーナビの方を盲信してしまった。


ここで、

昨日の撮影で明らかになった『桃太郎大予言』の内容について

簡単に振り返っておきたい。


タイトルに「予言」とあるように

桃太郎が覚醒するのに必要な

お共イヌ、サル、キジについて、

それぞれ復活し出現する場所と日付が記載されていた。


「令和〇年」とまで詳細に記してあったので

竜眼も桃も

「最近になって書かれたものでは?」

と訝しんだが、

本格的な崩し字で書かれてもいて、

他に手がかりもなく、

イヌについては「犬打塚」が奈良県の吉野にあり

近くには良さげなペンションもあり

予約もできたので、

空振りであっても観光にはもってこいだとばかりに

二人して

竜眼のハリアー(ハイブリッド)でお出かけとなったのである。


「俺、偵察してきますわ。

 犬石神社ね」


それまで黙って後部座席で寝ていた

一寸法師こと小次郎が

急に発言したので二人は驚いた。


小次郎にしてみれば

昨日の晩もすぐに寝てしまい

桃とも全然コミュニケーションを取れずに

今まで流されるがままに

ハリアーに揺られていたのであるが、

おなきんが更新され

テストステロンが回復しているからか

男らしい自主性や責任感が顔を覗かせたようである。


お椀に乗って自由に飛べる一寸法師だけ先に行って

道を確認しようという提案であり

チームに所属し

貢献し承認されたいという欲求の現れであろう。


今までのシコりすぎ小次郎であったなら

(こんなことを言ったら笑われるのでは)とか

(自分が役に立てるはずがない)とか

(うるさいのでは)とか

(邪魔なのでは)などと

事前に不安になり

過剰にリスクを恐れ

何も言えなかっただろうが

おなきん充分の今は

余計なことを考えず

問題解決に集中することができている。


不要だと言われたら行かなければいいだけのこと

と割りきった考え方もできていた。


「いいね、行っておいで」


と桃が少し開けたハリアーのパワーウインドウの隙間から

パルクールみたいに横回転しながら飛び出し、

途中で指笛をピュイと鳴らして、

超スピードで到着したお椀がナイスキャッチしながら

一瞬で消えていった。


桃は一寸法師が消えた方向を見ながら

「あいつ、変わったね」

と呟いた。


竜眼は

「自発性が出てきたようだ、よいことだね」

と答えつつ

(私も見習わなくては)

と口許を引き締め、

深呼吸をして、


「しかし、

 道が狭いってだけでこんなにストレスがかかるとは」


と苦笑しながら

桃のスマホを受け取ったが

性的嗜好が女性好きというだけで

脳みそは女性的な機能であるので

地図をすぐに読み解くことができない。


「どうやって行けばいいのか……」


とスマホを意味なく触っていたら


「神社の住所をカーナビに登録すればいいんじゃ?」


と桃に優しく言われハッと気がついて

「ありがとおっぱ……」

と言いかけ、

やはりおかしい、

いつもの自分じゃない、

と咳払いをした。


桃は

「今、なんて?」

と笑って竜眼を観た。


今では森に囲まれた敷地で

自然に触れられ

キャンプもできる広場として市民に解放されているが

廃校(小学校)の跡地だったらしく、

元は犬打石神社小学校といい

校庭の片隅では

神社の社(やしろ)と

件の「犬打塚」が

現在に至ってもその姿を留めている。


上空から見渡して

神社らしい建物を見つけた小次郎は

その犬打塚にもすぐに気がついた。


大人が一抱えするような

直径五十センチくらいの

丸くて白い石が

囲いもなく

台座状の岩に置かれている。


この地には「花咲か爺さん」の伝説が残っており、

欲張り爺さんが正直爺さんから強引に借りてきたイヌを

打って殺した石であると、

横の犬打塚と大きく書かれた石碑に

説明書きが添えられていた。


(確か、

 ここ掘れワンワンって言われたところを掘ったら

 ろくなものが出なくて、

 カッとなって犬を殴り殺したんだっけか。

 冷静に考えると相当やべー奴だな)


そんなことを考えながら

小次郎が周囲を見回すが

桃太郎のお共になりそうな犬は見当たらない。


近所の人が散歩させてすらいない。

県外からキャンプに来た家族連れのような人々が

チラホラ見えるくらいである。


(まあ、予言書の日付は明日だし)

と小次郎は肩をすくめ、

取り敢えず塚が存在すると

確認だけはできたことに満足しようとした。


それよりも

小次郎には

さっきからとても気になることがある。


塚の台座には

明らかに場違いな、

トー横とかに居そうな

地雷ガールが

一人で座っているのだ。


その外見といえば

白いパーカーのフードには三角のケモ耳が付き、

鼻の頭は黒く塗られ、

タレ目を強調するような赤いアイメイクが

地雷ガールらしさを際立たせている。


耳と唇にピアスが光り、

おまけに銀髪で、

服装は全身ダメージのレザーファッションである。


なのに

物静かな雰囲気なのが

小次郎には逆に怖い。


見ようによっては十代半ばにも思えるが、

ここでは年齢不詳ということにしておこう。


(気になる女子だが、

 関わらないでおこう。

 いや、絶対に関わってはいけない)


小次郎は

地雷ガールの退廃的なオーラに気圧され

身震いしながら上空で旋回し、

桃らの乗るハリアーへと引き換えそうとした。

お椀に乗って高速で動けば常人には見つかるまいと、

ある意味、油断していたのであるが、

不意にパシッと

手でそのお椀を掴まれたのである。


「な、なにぃ!?」


何が起こったのかも分からず

小次郎は大いに混乱し

驚愕した。


三メートルはある高さを

高速で飛んでいる一寸法師のお椀を

後ろからジャンプして

パシッと掴んだのである。


これにはお椀ちゃんも堪らず

渋い声で

『なんとぉ!』

と声を出した。


人間のスピードとジャンプ力ではない。


さながらボーダーコリーがフリスビー(フライングディスク)を

空中でキャッチする瞬間のような光景であった。


そして言うまでもなく

キャッチしたのは

先ほどまで座っていた体勢の

地雷ガールである。


「何者だ?

 只の家出娘ではないな?」


がっちり両手でホールドされたお椀の中で

小次郎はガールを見上げて言った。


「こんにちは、

 あたい、

 ココっていうの」


トロンとした目と声で名乗ると、

次いでパーカーのフードについた耳を持ち上げるポーズをしてくれた。

一寸法師を生で見ても

驚く様子がない。


「小次郎といいます。

 離してもらっていい?」


少し迷惑そうに言うと

ココは

「ごめんね、

 懐かしい匂いがした。

 ほんの少しだけど」

と小声で言って

お椀から手を離した。


お椀ちゃんは再び自律飛行を開始したが、

すぐに逃げるのも申し訳なく、

ココが何者なのかもう少し探ろうとして

「犬打石って、これですよね」

などと世間話で繋ごうとしたが

「わかんない、あたい、字が読めないから」

などと平然と答えるので

(ますますヤバい境遇の子だ)

と戦慄した。


「えっと、ココさんは、ここで何してるの?」


深入りしたくない気持ちが強まり

お椀の重心がますます後ろに下がりながら

小次郎は苦し紛れに質問すると

「待っているの、ご主人さまを」

とココは屈託のない笑顔で言った。


(ホストのことかな?

 近所にホストクラブは無さそうな集落だけど)


小次郎は

「暗くなる前に帰りなさいね」

とわざと冷たく言って去ろうとしたら

「帰る場所は、ご主人さまのところよ」

とココは少し俯いて答えた。


遠くから

「ココちゃーん」

と呼ぶ男の声が聞こえてきた。


ホスト風ではないが

元はイケメンだったであろう、

痩せ型で細面の三十代前半くらいの

男性が駆けてくる。

青色のジャージを着ている。


ココの目がそちらを向いた隙に

小次郎は石碑の影に隠れ

(あれがご主人か?)

と少し観察したが

どうも普通の人間のようにしか見えない。


青ジャージが

「だれと話してたの?」

とキツめな言い方をすると

ココは

「一寸法師の旦那と、……あれ? もういない」

と回りをキョロキョロして

「相変わらず素早いなー」

と独り言のように呟く。


「黙って居なくならないでよ。

 あいつのところに帰っちゃったかと心配したよ」


ココは答えず

青ジャージに肩を抱かれ

歩きだしながら

「もうすぐ、もうすぐなの」

と虚ろな目で呟いた。


桃らの本日のお宿は

白を基調にした外観で

見た目はおしゃれなペンションである。


竜眼が検索したタイミングで偶然キャンセルが出ており

運良く泊まることができたが、

普段は八月のハイシーズンでは

それなりに予約が埋まっていないとやっていけないものだろう。


ペンションの名前はイタリア語で「プルーニャ・ビアンカ」、

日本語にすると

白い梅

という意味である。


元は民宿で

「白梅荘」

といったのだが、

数年前にハイカラにリノベーションしたという。


家族経営で小規模なペンションではあるが

心尽くしの食事の方は

評判は悪くない。


室内風呂は大きめだが

温泉ではない。


なにより吉野を観光するのが主目的であるのだから

多くの宿泊客は文句はないだろう。


敷地にはなぜか枯れ木がそのままになっているが

触れてはいけない気配があった。


桃らお楽しみ食事の内容はというと、

山菜の天ぷら、

鯉の煮つけ、

キノコの炊き込みご飯、

といったシンプルだが味わい深い

山の幸がメインである。


竜眼にとってはやや塩分過多で

炭水化物も多く

揚げ物のカロリーも高いが、

運転で疲れた身体には

やけに美味しいと感じられた。


小次郎も


「実になじむぞ!

 和食が!」


と事前に取り分けておいた小皿から

三センチの身体の半分くらいの量を食らい

腹をパンパンにして

部屋の隅でひっくり返っている。


桃に至っては、

わざわざペンションの料理担当である

やや高齢の女将を部屋まで呼び出し、

大げさに


「うまいうまい!

 おばあちゃん最高!」


と褒め称える。


女将は頬を赤らめ

「すごいグイグイくるじゃん」

とうろたえながらも

すぐに打ち解け、

食後もおしゃべりしましょうと

アイスなど持ってくるほどの気に入られようであった。


竜眼は本当なら

桃と二人きりでしっとりできると期待していたので

女将闖入は計算外であったが

すぐに桃の狙いを感じとり、

犬打神社や集落に残る言い伝えなどの

取材をさりげなく始めた。


要約すると、

桃太郎のお共であった

イヌが、

鬼退治後にお役御免となり、

後年この地に移り住んだという伝説である。


移住の際に

イヌが世話になった老夫婦に

桃太郎からの神通力で


「ここ掘れワンワン」


と鳴くので

爺さんが掘ると

大判小判がザックザク、

から「花咲か爺さん」に繋がるという流れであった。


その後

イヌは

欲張りじいさんに

石で殴り殺されたという。


そのころにはもう老犬だったので

桃太郎の元お共といえど

抵抗できなかったらしい。


桃はアイスをパクつきながら


「とんでもねえな、オイ」


と素直な感想を述べた。


それ以来、

イヌの祟りを恐れて

付近の集落では

犬を飼うのが禁忌となったという終わり方である。


「じゃあネコ?」


と桃が聞くと

女将は


「そうそう。

うちも昔、飼ってた」


と笑った。


女将とのおしゃべりは

息子の愚痴へと続く。


息子が家族の反対を押し切り

独断で民宿をペンションに改装したが

成果につながらず

雰囲気が悪いという。


桃らも部屋に入る前に、

レトロなアーケードゲームや、

うどんの自動販売機などの置かれている

謎の暗いスペースがあるのには気づいていた。


吉野に観光に来た客に

なぜそれらの需要があると思ったのか

不思議であったが、

どうやら息子の趣味の延長であるらしい。

そして当然ながら不評である。


そして今では、

その息子が引きこもりがちだという。


「三十後半でやっと恋人ができたらしいんだけど、

 ホラ、

 NTRっていうの?

 幼馴染みだった男の友達がいるんだけど、

 そっちに寝取られちゃって」


あまり性的なジャンルの情報を知らない二人は

「NTR?」

と首をかしげた。


「夜中にゴソゴソやってるみたいで、

 そのうち、何かやらかさないか心配なの」


と女将もアイスをパクつきながら

ため息をついた。



一方その頃、

斧熊と美月ペアも

別の宿に

遅めのチェックインを済ませたところであった。


名を青バラ館といい

こちらは青色を基調とした外観であるが、

至って普通の民宿である。


ペンションと呼ぶには

いささか歴史を感じさせる。


荷物を部屋に運び込もうと

二人がウロウロしていた玄関フロアで

男が話しかけてきた。


青いジャージで

痩せ型の

元は元イケメン風の

三十代に見える民宿スタッフ(家族)であろう。


「不倫旅行でしょ?」


とニヤニヤと嫌らしい笑顔で

美月の身体を舐め回すように見てくる。


美月は大変に不快な思いと同時に

(そんなにすぐ分かる?)

という戸惑いを込めて

斧熊を振り返った。


「もしそうだとしても、

 そうです、

 我々は不倫カップルです、

 なんて答えないよ」


筋トレしたてでパンパンにパンプアップした

大胸筋と

腕回りを見せながら

美月の前に立ち塞がる。


だいぶ過酷すぎる筋トレであったが

確実に効果はあり

男としての自信に繋がっていた。


青ジャージは迫力に気圧されながらも


「へへ、

 いいんですいいんです。

 ウチはそういう使い方をしてもらう宿なんで」


とヘラヘラと言った。


美月は

「部屋に隠しカメラとか無いでしょうね」

と言ってみたが

行為を見られるのではと想像し

興奮もした。


「客間の隣の部屋を俺らが使わせてもらうんで、

 夜中、

 ちょっとうるさいかもしれないけど、

 ごめんなさいね」


いけしゃしゃあと言う青ジャージの

「うるさい」という響きに

隠微なものを感じた斧熊は

(我々も我々でうるさくすると思うけど)

と内心で反応し

肩をすくめ、

美月は


「俺ら、って、

 お相手がいるワケ?

 あんたみたいなのに」


と呆れた顔で

しかし興味が沸いたのを隠せずに聞いたが


「素性不明の地雷系ガールを保護してるんすよ。

 奴より俺に懐いちゃって」


と言われ

美月が

「奴、とは?」

と継ぐと、

青ジャージの同級生で幼馴染みの男性が

向かいのペンションで働いていて、

そいつが神社の裏に突然現れた

地雷ガールを連れて帰り

世話していると紹介され、

一目で気に入った青ジャージが強引に借りて

一晩で寝取ったと

武勇伝のごとく滔々と語られた。


「特にバックから激しく追ってやると

 犬みたいにキャンキャン鳴くんですわ。

 お姉さんも好きでしょ?」


そこまで聞いて

美月はようやく

このトークは

不倫カップルのプレイを盛り上げるための

サービスの一環なのだと気づき、


「あんたとは鍛え方が違うのよ。

 下半身も腰もスゴいんだから」


と赤い顔で

嫌らしく言った。


遅めの夕食を終えた二人が

部屋へ戻り

浴衣を着て

良さげなムードになってきたところに、

タイミングを測っていたかのように

隣の部屋から

想像外の騒音が聞こえてくる。


酔った男女の笑い声であり

内容を聞こうと耳をすますと

どうやらレースゲームに熱中しているようで

「やったー」だの

「ずるいよ今のは」などといった

しょうもなくて

ボリューム調整がバカになっている声量で

大騒ぎしている。


斧熊と美月は顔を見合わせ

苦笑いをし、

同時にイライラしてくるのを感じた。


「ていうか、声からして、

 ずいぶん若い女子じゃない?

 未成年かも。

 酔ってるわよね」


美月が眉をひそめる。


犬のように鳴くと聞いていたが

甲高く

獣じみた鳴き声のようでもあった。


斧熊も


「確かに、

 無理してロリ声を出している感じではないな。

 関わらない方が良さそうだ」


と言ってはみたが、

男の本音としては

若い女子とのゲームを羨ましくも思っていた。


「この声量だと、

 向かいのペンションまで聞こえてるんじゃないか」


さて、

二人の計画は

単に一泊して

不倫エッチをするだけではない。


乙姫が深海から

各宿の宿泊名簿をハッキングしていており

桃らが泊まっているペンション

「プルーニャ・ビアンカ」

を事前に特定していた。


二人はペンション向かいの民宿を

わざわざ押さえ、

今は桃らの部屋を双眼鏡で監視しながら

次の作戦を考えるフェーズなのである。


「どうせイヌの復活は明日なんだし、

 今晩はもう寝ましょうよン」


美月が甘い声と

エロいパフュームを振り撒きながら

腕を絡ませてくる。


もちろん本当に寝るつもりは

少しもないだろう。


美月の提案の通り、

明日に復活の現場を強襲すればいいようにも思える。


隣の部屋からキャンキャンが続く中、

斧熊も双眼鏡から目を離して


「桃ちゃんの部屋もカーテン閉めてて何も見えないし、

 明日に備えて早めに寝ちゃおうか」


と言いかけた。


不審な軽トラが

ペンション「プルーニャ・ビアンカ」の

離れ小屋に横付けされ、

不審な男の影が

何か資材のようなものを搬入しようとしている。


何の気なしに

斧熊が再び双眼鏡で見れば

荷台にはポリタンクに入った有機溶剤や肥料、

市販の花火などが大量に積まれていた。

ホームセンターなどで買ってきたのだろう。


「おいおい、

 爆弾でも作る気か?」


一般教養として

それらの資材が危険で不穏当なものであると

斧熊も知っている。


双眼鏡を替わって覗く美月も


「あの量はヤバくない?

 ペンションごと吹っ飛ばすの?」


と血相を変えた。


「どうしよう。

 まずは警察に通報すべきだろうか」


と思案する斧熊だが


「肥料なんかは普通に市販されてるし、

 ただ買ってきただけでは逮捕されないんじゃない?

 それだけでは警察も動かないかもしれない」


と美月に冷静に諭され


「だが、もし爆弾だったら、

 桃ちゃんたちごと吹っ飛ばされてしまう」


と最悪の事態を想定すると


「確かにそれは洒落にならない」


と美月も同調した。


「じゃあ、何に使うのかだけ聞いてきましょうよ。

 悪い奴だったら、

 その時はやっつければいいし、

 そのために鍛えてるんでしょ?」


と軽く言う美月に対し、

数日間の筋トレだけで悪人を倒せるという思想は

危険だと感じたが

流石にいきなり刺されたりはしないだろう

などと見くびる気持ちも少しあったのは否めない。


すでに美月は

浴衣のままで外に出ようとしている。


ちなみに

またノーノー(ノーブラかつノーパン)である。


美月が

勢い良く

小屋のドアを開けると、

小豆色ジャージを着た

三十代くらいの男性が

鉄パイプに黒色火薬を詰めているところであった。


二人は

一目でパイプ爆弾の作成現場だと察知し

「あ」

と同時に声を出した。


「み、見られたからには、

 生かしちゃおけねえ」



いかにもな台詞と共に

小豆色ジャージは

破れかぶれな表情で

転がっていた鉄パイプを両手で掴み

美月の頭部へ目がけて

全力で振り下ろした。


思わず美月はきゃっと悲鳴を上げ

両腕で頭をガードしようとするが

所詮は女の細腕であり

防御にはなっていない。


それでも無傷でいられたのは

もちろん斧熊がいたからである。


振り下ろされた鉄パイプを

美月の後ろから片手で受け止め、

両手で握っている小豆ジャージごと振り回して奪い取り、

小屋の壁まで転がっていった男が驚いて見上げる前で

単管の鉄パイプの両端をそれぞれ握って

フンハの気合いで

メキメキと折り曲げ、

唖然としている男の前に放り投げた。


「なかなか思いきったことするねえ、

 お兄さん」


不敵に笑う斧熊の顔には


「お前の首なら

 片手で簡単に

 へし折れるぞ」


という脅しも込められ、

小豆ジャージは腰を抜かして戦意喪失した。


斧熊は

金太郎の遺伝子を受け継いでおり、

ちょっと鍛えただけで

異様に強いのである。


当の美月は目をハートマークにして

「ステキ」

と呟いた。


丸顔で

やや小太りの小豆ジャージは

泣いて反省し

泣きながら事情を話し始める。


恋人を寝取られてしまい、

その恨みからパイプ爆弾の準備をしていたという。


「標的は俺らが泊まってる民宿の方だったのか。

 早めに確認しておいて正解だったな」


寝ている間に

二人とも巻き添えで爆破されていたかもしれなかったと

斧熊はヒヤリとした。


バカなことは止めて

新しい恋でも探しなさいと説教し

二人は小屋を去ろうとしたが、

ちょうど午前零時を回ったらしく、

乙姫から美月のスマホにメッセージが入る。


もうすぐ復活するお共イヌが

現在に転生した際の

外見のシミュレーション画像を送ってきたのだ。


送られてきたイヌ想像図の画像を見た美月はすぐに

「これか、地雷ガール」

とピンときて

小豆ジャージ男に


「あなたが寝取られた女子って、

 こんな見た目?」


とスマホを見せると

男も「そっくりです」と驚いて頷く。


斧熊も

隣の部屋から聞こえる犬っぽい笑い声と

イメージがピッタリ重なり


「こんな子だったのか」


と納得した。


美月は


「爆発物でのリベンジなんか止めて、

 もっと平和的に解決しましょうよ。

 私たちも手伝うから」


とニヤリ笑いながら提案した。



その頃、

竜眼はペンションの客室にて

自分の運転の不甲斐なさに凹んでいた。


「落ち着いて対処すれば

 もっと上手く立ち回れたはずだし、

 やはり準備が足りなかった。

 住所くらいは出る前に確認しておくべきだった」


既にそれぞれ一人ずつ風呂に入り、

桃は薄いピンクの浴衣、

竜眼は女物だと身長が合わなかったので

黒い男物の浴衣を借りて着ている。


「まあまあ、

 そんな深刻に考えることじゃないでしょう?

 リラックスしましょうよ」


風呂上がりの桃は

髪をほどき

メイクも落とし、

ピンク浴衣の胸元をたっぷり開いて

胸の谷間を惜しげもなく晒している。


「今日は車の運転でも君に助けられたし

 気遣ってもらった。

 君の人間性は素晴らしいよ」 


桃の目を見ながら言った竜眼は

(身体もいいけど)

と心の中で付け足した。


「いやいや、あたしこそ、

 とっても助かってますし、

 ほんとに感謝してるんですよ。

 あたし一人では来れないし、

 そもそも場所も分からなかったから」


と桃も

竜眼の目を見返して労う。

そこで言葉が止まる。


見つめ合う二人を見て

小次郎は

(お? 始める?)

と身を乗り出した。


竜眼が桃を見るときの

熱っぽさには

とっくに気づいている。


自分はおなきんで大変なので

(百合も良いものですね)

などと言ってる余裕はないのだが、

エロい展開になれば

続きを見たいのがオスの本能である。


一寸法師の小ささを活かして

二人の視界に入らないよう

音もなく回り込み

様子を伺っている。


竜眼は


「まさか桃太郎のお共のイヌが

 花咲か爺さんの話に続くとはね」


などと軽口を叩きながらも

谷間をジロジロと見る。


不躾な視線がバレてるのではと

不安も感じるのだが

見ることを止められないでいた。


その桃といえば、

本人はさりげないつもりなのかもしれないが

前屈みなって

乳をテーブルの上にどすんと乗せ、

舌を出して

挑発的に唇を舐め回している。


竜眼は

咳払いなどで自我を取り戻す行為を

必死で繰り返していた。

それは竜眼が性的に興奮してることの

証明にもなっている。


桃も当然、

竜眼の熱い視線や

想いには感づいていた。


正直に告白してくるなら

ガチ恋愛は無理だけど

触らせるくらいはオーケーしてやろう、

たまに会ってエッチなことにつきあってやるのも

やぶさかではない、

くらいに思っていたのだが、

気づけばモジモジしている超エリートの

体たらくを見るのが楽しくなってきて

今もノーノー(ノーブラかつノーパン)の浴衣で

チラチラと挑発している。


ちょうどその時、

向かいの民宿

「青バラ館」

から騒音が聞こえ始める。


青ジャージと

地雷ガールのカップリングである。


キャンキャンとけたたましく甲高い笑い声と

ゲームのリアクションが

道路を挟んで

向かいのペンション「プルーニャ・ビアンカ」にまで届いてきた。


二人は別の意味で顔を見合わせ

苦笑いするが

気まずい雰囲気にもなる。

桃が窓を閉めても

うっすら聞こえている。


「獣の鳴き声みたいだな」


と竜眼は呆れ、

桃に


「ああいう楽しそうな男女の声を聞いてると

 こっちまでエロい気持ちになったりしません?」


と水を向けられた竜眼は


「ええと、いや、別に……」


とごまかそうとするが


「あたしって彼氏いないじゃないですか」


と重ねてこられ


「そうらしいね、私もいないよ」


と言うと


「ムラムラしたとき困りません?」


と目を覗き込んでくる。


竜眼は


(誰のせいでムラムラしっぱないだと思っているんだい)


と桃に問い詰めたかった。


「今もノーノーですけど、

 こいつ発情してるって匂いでバレバレ、

 みたいなー」


桃はピンク浴衣の裾をパタパタと扇いで

竜眼の顔に直接フェロモンを浴びせてくる。


「ノーノーって?」


と竜眼は鼻をピクピクさせながら聞くと


「あ、ノーブラに、ノーパン」


と軽く答えられ


「ノーパンなの?

 今?

 なんで?」


と大きめな声で驚いてしまった。


聞かれた桃は


「和服ってノーパンが基本でしょ?」


とあっさりと言い、

竜眼は


(腰巻とか襦袢とか褌……)


と反論しそうになったが

桃にその認識を改めてほしくなかったので


「ナイスノーパン」


と小さく呟いた。


ここまでエロく淫靡に

しっとりな空気になって、

これ以上のチャンスはもう巡ってこないかもしれないと

竜眼はまなじりを決した。


何のチャンスかといえば

もちろん

性的指向カミングアウトの告白である。


竜眼ほどのエリートが

柄にもなく

カーナビの準備や

スポットの下調べが不十分だったのは、

桃への告白のリハーサルに

時間を使いすぎたからであった。


リハーサルの内容として

竜眼は二種類を準備していた。


まずは一般論として

遠回しに聞いてみる方法である。


「女同士の恋愛って、どう思う?」


くらいに軽い感じで質問してみて、

興味ないと言われれば

それ以上は踏み込まなければいいだけのこと、

さりげなく話題を変えて

友人関係を続けながらフェードアウトする

という消極的なものであった。


この方向性には

フラれてもダメージが少ない

というメリットは魅力であるが、

もし桃が同性愛に興味があっても

恥ずかしさから曖昧にされるリスクもあり、

そうなると次の段階へ踏み込むまで

別のチャンスを待たなければならないだろう。

曖昧なままズルズルと

時間を浪費する状況に陥るのは避けたい。


もうひとつの方法は、

ストレートに告白するという

シンプルなプランである。


「もう気づいてるかもしれないけど、

 私は思春期のころから同性愛者で、

 君のことが好きになってしまったんだ。

 これほど人を愛しいと思ったことはない。

 よかったら友達としてでもいいから

 定期的に会ってくれないか」


のような告白のフレーズを

夜通しシミュレーションしていたために

イヌ関連の下調べが

おろそかになった次第である。


他にも複数の選択肢を用意はしたが、

度重なる比較検討の結果、

やはりストレートに言うのが

もっとも自分らしいと覚悟を決めた、

はずだった。


だが、

いざ、というタイミングで、

身体がこわばり、

足がすくんで、

舌が張り付き、

告白できない。


「え、女子同士でガチ恋愛なんて、

 変だ、

 気持ち悪い」


などと

いつもの桃の調子で

ばっさりフラれるシーンを直前で想像してしまい、

竜眼の全てが固まってしまう。


桃も


「やっこさん、

 思い詰めた様子で、

 何かを言いたそうにしているな」


とは伝わってくるので

言葉を止めて

竜眼の出方をうかがうものの、

遠くを見つめてモジモジしたまま

静止しているだけなので、

しばらくの間、

気まずい沈黙が続いた。


竜眼の内面では

自己評価がものすごい勢いで

急降下している。


悔しくて悔しくて下を向いた。


どうしても無理だ。

無理なものは無理なのだ。


性的アイデンティティを否定される怖さに

直面するや否や、

自分という人間は

尻尾を巻いて逃げ出すことを選択したのだ。


ゆっくりと顔を上げた竜眼は


「そろそろ、寝ようか」


と、泣きそうな笑顔で言った。

桃はムッとして

唇を尖らせ、

少し不機嫌になる。


自分の魅力が十分じゃないので

竜眼の蛮勇を引き出せなかったと理解し

不満に感じた。


(いいだろう。

 これからはもっと

 過激に

 からかってやろうじゃないか)


すぐに

小悪魔的な微笑みに戻った

桃は早速


「慣れない道の運転で疲れたでしょう。

 マッサージでもしましょうか?」


と両手を

モミモミする仕草を見せると、

竜眼は顔を赤くし


「あ、いや、大丈夫、です……」


と小さい声で答えた。


エロい展開を期待して

息を潜めていた

一寸法師こと小次郎であったが


(なんだい、結局、何もしないのかい)


と落胆し、

桃のお手製のハンドタオル布団に戻り

ふて寝てしまうことにした。


このサイズになってからというもの

何故かずっと異様に眠いし

明日はイヌ復活予定日とのことで

またオニが出てきて

一悶着あるかもしれないから

早めに寝てパワーを溜めておこうと

合理的に判断したのである。


大黒天に言わせれば

この判断力も

おなきんによるものとなるだろう。


寝ると決めて横になった次の瞬間には

大きく口を開け

「くわわわああぁぁーー」

と大いびきをかき始めていた。


竜眼は

窓の外からの騒ぎ声と

一寸法師のいびきと

桃の寝息を聞きながら


(こんなはずでは……)


と何度も寝返りを打つ。


ずっと強者の側を歩いてきた竜眼の人生で

ここまではっきりと

敗北を突きつけられたのは

初めてと言ってよかった。


ゼミのグループチャットで揶揄されたエピソードなど

今となっては可愛いものである。

それほど桃への想いが強かったとも言える。


何度目かの寝返りを打った際、

気配を感じて

ふと桃の方を見ると、

目が慣れてきた暗闇のなか、

尻が

竜眼の方を向いているのが見えた。


寝相が悪く

布団はすでに蹴飛ばしたらしい。


浴衣の裾は

尻たぶのギリギリまでめくり上がり、

ブルブルの太ももが露になって、

手を伸ばせば触れる距離に

むちむちの尻肉が

デデンと鎮座している。


(ノーパンなんだよなあ)


じっと尻を見る。


わざと見せつけているとも思えるが、

もし触ったのがバレて

「そんな趣味ないんですけど」

と拒絶されたら、

もう生きていけない。


罠かもしれないので

触りたいのをぐっと我慢した。

その代わりに

ひたすら熱心に

尻を

ガン見し続けた。


(乳も良いが、尻も良いなあ)


脳内メモリの九割を

乳と

尻に割き

残りの一割で竜眼は考える。


今日は自分の弱さに負けたことは認めるが、

これで終わりではないはずである。


桃太郎のお供なのだから、

イヌの次には

サルもキジもいる。


まずはなんとしても

イヌをお供にすることを成功させて

次に繋げなければならない。


遠征になれば

無理矢理にでも同部屋を手配しよう、

と決意を固くした。


それは竜眼自身が、

桃の魅力から、

そして

「きびだんご」

の魔力から、

もはや抜けられないと

はっきり示す証左となる。



翌日は

予言書によれば

桃太郎お供「イヌ」が

現在に復活するという当日である。


元気に起き出して

朝食を取り終わった

桃と小次郎とは対照的に

竜眼だけ寝不足であった。


聞かれてもないのに


「枕が変わると寝られなくてね」


など言ってみるも

桃には色々と見透かされてるような気がしている。


予言書には

イヌの復活時刻までは書いてない。


動きやすい服に着替えて

早めに犬打石に行っておこうということになり、

竜眼はランニングする用の

ボディラインが出ないよう少しオーバーサイズに調整した

黒のトレーニングウェアを、

桃はハーフパンツに

ピンク地のジャージで、

ジッパー全開で

胸の谷間を強調したコーデを纏った。


出掛けにペンション女将に


「お昼に一旦、戻るかも。

 お昼ご飯は何?」


と桃が一声かけると

自家製の「柿の葉寿司」との回答だったので


「やった!

 ぜったい食べに帰るからね」


と敬礼して別れた。


散歩もかねて

塚のある公園へと歩いていくと

青いジャージを着た

元イケメン風の中年男性に声をかけられた。


桃の胸の谷間に吸い寄せられ

ナンパしてきたと思われる。


なお小次郎は


(昨日見かけた地雷ガールのご主人だな、

 その彼女は一緒ではないようだ)


と桃の登頂部に隠れながら

観察していた。


「お昼にバーベキューするんだけど、

 来るでしょ?」


嫌われるのを厭わないような

気軽な青ジャージのナンパに


「もう口が柿の葉寿司だから、

 肉は夜にして」


と同じくナンパ慣れしている桃は

余裕でかわせる一方、

竜眼は肩に力が入り

尻ポケットのスタンガンをそっと触るという

好対象ぶりである。

やはり恋愛は経験が物を言う。


「友達が

 ギャルの集団とバーベキューすることになったらしくて

 準備を手伝いに来たんだが、

 君らそのギャル集団の構成員かと思ったよ」


ここで青ジャージが言った友達とは

小豆ジャージのことであり

ギャル集団などとはもちろん存在せず、

嘘で呼び出されて

桃もろとも

美月らと一緒に襲撃される計画に乗せられていた。


「あたしは用事があったから来たけど、

 本来、

 ギャルが集団で来るようなロケーションじゃないよね」


桃の指摘に

青ジャージは顔をしかめておどける。


そんな三人(+一寸法師)に

近づく影があった。


まず小豆ジャージがゆっくりと歩いてくる。


その後から

セーラー服を来た美月と

学ラン姿の斧熊が

不適な笑みを浮かべて続く。


昨夜、

小豆ジャージを説得し

別れた後、

興が乗ってコスプレに着替えての営みに臨み、

コスプレした恰好のまま

寝起きで来たのである。


道中じろじろと人に見られるのを

むしろ喜ぶくらいの域に二人は達している。


「おい、正直(まさなお)、

 誰だい、その変態さんズは」


民宿スタッフたる青ジャージが

自分のところの客だと気づかないほどの

変態性であった。


「ギャルの集団は?

 バーベキューの道具は?」


両手を広げ

混乱した様子の青ジャージに対し、

正直と呼ばれた

ぽっちゃり中年は、

強ばった表情で問いには答えない。


「さあ、暴れましょう!」


美月はセーラー服の袂から、

のっぺりとした、

お面のような郷土玩具を取り出して

正直に被せ、

自分は彼の向かって左に、

斧熊は右に回り込み、

公園の芝生に腰を下ろしたかと思うと

横向きに体を起こして

真ん中の正直とそれぞれ手をつなぐ。


組体操の三人技、

いわゆる「扇」であった。


竜眼はつい一昨日に同じような光景を見ているので

「まずい、オニが来るぞ!」

と警告を発した。


桃と小次郎は

「また一寸法師でやっつければいいっしょ」

くらいの余裕である。


程なくして桃らの眼前に

また三メートルほどはあるような

オニが現れた。


顔の造形はそれほど凝ったものではなく

両目と口がシンプルにクサビ状の穴が開けられ

すっとした鼻筋が通っている程度であるが、

その口の穴に指を入れて掴むようにして

大きなお面を顔に当てており

常に片手が塞がっている形になっている。


体は

蔦の葉をグルグルに巻きつけていて

木の葉でできたマントを着ているようにも見えた。


その上で、

お面も蔦の葉も、

むき出しの両手足に至るまで

全身が深緑色の泥だらけである。


特筆すべきは、

強烈で独特な臭気を発していることであろう。


全身をコーティングしている泥から

発せられる臭いが公園内に漂いだすと、

ほんのひと嗅ぎした散歩者や家族連れは

鼻を摘まんで我先にと散り散りに逃げ出した。


オニからの

「ホーイ、ホーイ」

という掛け声と混じって

「俺の恋人を返せ〜」

という先程の正直氏と思わしき声も聞こえてくる。


青ジャージも臭いに耐えられず

ダッシュで逃げようとするが、

明らかに狙って泥を投げられ、

足をとられ

泥は急に固まってしまい

その場から動けなくなった。


「さっきのおっさんが女将の息子だね、

 寝取られたって側。

 寝取ったのが青い方だ」


恋人を取り返すために悪魔と取引し

オニと化したとすれば

憐れこの上ない顛末であった。


「パーントゥ、なのか……」


竜眼が冷や汗を拭いながら声を絞り出すと


「さすが民俗学博士、

 なんでも知ってるんだね」


と桃は称賛し


「まだ博士じゃないよ」


と竜眼は謙遜した。


「パーントゥとは、

 宮古島や沖縄本島の島尻地方で伝えられている伝統行事で、

 カテゴリとしてはナマハゲなどと同じく

 来訪神になる。

 もちろん無形文化遺産にも登録されている。

 あの臭いの元は

 聖なる井戸の底に溜まった聖なる泥で、

 儀式をして取り出して使うらしい。

 井戸の底で発酵させているのかな。

 その泥を人の顔やら家やら車にも塗って回って、

 独特な臭いで厄を払うわけだ。

 ナマハゲもトシドンも神様であって

 本来はオニとは違うのだが、

 どうやらビジュアルだけ似せて使っているのだろう」


桃も地域ニュースなどで

泣きわめく赤子や居合わせた観光客の顔にも

容赦なく異形の神が泥を塗りつける映像を

見たことがあると思い出した。


「見た目のオニ感は少なめだが、

 いつものようにやっておしまい」


沖縄的な異国情緒に戸惑いつつも

桃はバレーのサーブ、通称ももっこサーブの体勢に入るが、

肝心の一寸法師から返事がない。


頭の上で寝転んでいる彼を摘まみ上げてみると

自分の鼻あたりを小さな手で押さえるようにして

ピクピクと震えている。


それでも桃が構わずにサーブを打つが

オニには届かず

ポトリと途中の地面に落ちた。


「やば、臭いにやられてんだ」


桃の直感の通り、

一寸法師は臭いダメージで立ち上がれずに

落ちた地点で身もだえするばかりであった。


「くっくっく、どうやら効果あったみたいね」


一方の美月らは

パーントゥのインナースペース内で

ご満悦である。


乙姫が用意していた対策とは

一寸法師が嫌がる臭いの研究であった。


インナースペースへ入られたら負けという前提から、

ももっこサーブを打ち込まれる前に

一寸法師を無力化する方策である。


乙姫が過去の文献を調査した結果、

一寸法師は動物ものの感動系に弱いことを突き止め、

初代桃太郎お供イヌの灰を

沖縄の神秘の泥と混ぜて発酵させておいたのである。


さらに正直氏の恨みパワーが乗っているので

効果てきめんであった。


ちなみに初代イヌの灰は

この犬打石神社にご神体として祭られていたというのだから

なんとも罰当たりな行為である。


また、オニを操る側にもダメージが来ないよう

アーティスティックスイミングで使うような

鼻栓を渡されていた。


乙姫がこの一寸法師対策を直前になって発表したのは、

前日に言っていたら

嫌がられて職場放棄されると危惧したからであろう。


「これなら、

 イヌ復活まで待つまでもなかったんじゃない?」


とニンマリ顔で余裕をかます美月に

斧熊は


「あまり調子に載ると後で痛い目をみるかも。

 油断せず一気に桃ちゃんを骨抜きにしよう」


と年の功ゆえの慎重さと

リスクヘッジでたしなめる。


「それもそうね。

 では……。

 吉備野桃!

 相変わらず個人的な恨みは無いけど、

 臭い泥を食らって悶絶して

 泣きながらお家に帰るがいいわ」


扇の組体操をしたままで

美月が首を振ると

パーントゥの腕も連動して動く。


その手には異臭を放つ泥の塊がある。


当初は

一寸法師との対決を避けて

イヌが復活する間際を狙う計画であったが

泥の臭いにより一寸法師を無力化できたことに気を良くした二人は

直接に桃を狙うことにしたのである。

まさに絶体絶命のピンチと言っていいだろう。


危うし、桃。


そのころ一寸法師こと小次郎はといえば、

聖なる泥の臭いにやられ

芝生に紛れながら

仰向けに転がり

鼻を塞いでジタバタしていたが、

こうしていては反撃のしようもないことは分かっており、

形勢逆転の知略を大黒天に求めるため

不本意ながらも


「助けて~!

 大黒さまぁ~!」


と情けなく泣き喚いた。


芝生の一部がめくり上がったかと思うと

その下の土からモゾモゾと

顔半分、目から上だけを出す。


普段は頭巾のような被り物をしているが

今は芝生の下で隠れていて

しかも顔の半分しか見えていないので

ぱっと見の特徴が捉えられない。


手に持った

打出の小槌や

大袋や

米俵に載っている様子もないので

多くの人は大黒天だと分からないのではないか。

よく知らないキャラクターのデフォルメと話しているように

見えるかもしれない。


『殺虫剤が人間に効かない理論じゃ。

 お主は身体が小さいによって

 影響は一段と大なり』


小次郎は


「そんなことを聞いてるんじゃなくて、

 あの臭いのせいで桃ちゃんサーブでも真っすぐ飛べないから

 オニの中に入れないの」


と自分の鼻をつまみながら訴えるが


『ただ臭いのではない。

 あれは厄除けじゃ』


とか言って

また論点をずらそうとするので


「こっちが正義の側では?

 俺は厄なの?」


と少し寄り添って打開策を捻りださせたい小次郎であったが

大黒天は


『正しさとは人によっても時代によっても変わるものだなあ』


などと意味深なことを言って

また土に潜っていこうとするので

小次郎は慌てて引き留めた。


『そう急くな。

 今入った情報によると、

 あの泥には

 桃太郎お供の初代イヌを焼いた灰が入っておるらしい。

 びっくりだよね』


と言う大黒天に


「灰?

 初代イヌの?

 なんでそんなものが?」


と小次郎は聞き返すと


『一寸法師に代々伝わる弱点の一つじゃ。

 動物ものの感動ものに弱い』


と意外なことを言い出し


「知らんかったが致命的やないかい。

 これからは動物関係ばっかりですやん」


と小次郎は思わず

お国訛りでツッコミを入れた。


イヌを解決できても

次にはサルとキジが控えていると

日本に生まれ育った人なら大半が察するところである。


『差し当たっては当代イヌに何とかしてもらわにゃ。

 子孫なんだから何とかできるっしょ』


と大黒天は軽く言うが


「先に桃ちゃんにイヌを復活させてもらってから、

 ってことっすね」


と小次郎は返す。


具体的な手法は明言しない大黒天に対し、

具体的な手順が予言書には書いていないのを放置して

ぶっつけ本番で望んだチームの一員として

小次郎は責められなかった。


おなきん効果により当事者意識は芽生えているものの

肝心なところは丸投げである。


桃の運命や、いかに。


果たして、

格別な逸材たる桃へ救いの手は差し伸べられん。


公園の向こう端から

一人の地雷ガールが結構な

速度で向かってくるのが

パーントゥ内のメインモニターに写るのを

美月らは見た。


ケモノ耳が着いたフードをはためかせ、

ピチピチのダメージジーンズに包まれた太ももで

跳ねるように一直線に駆けてくる。


当代イヌことココである。


「ねえ正直氏、

 あの娘は誰?

 用は無いんだけど」


組体操をしながら

怪訝な顔で尋ねる美月には答えず


「あいつを助けに来たっていうのか?

 くそっ」


と青ジャージへの嫉妬を丸出し

一人で毒づく正直を見た斧熊は


(きっと寝取られた娘とのラブラブを見せられて

 嫉妬に狂っているのだろう。

 NTRの醍醐味ですな)


と組体操をしながら鑑賞した。


組体操をしながら

正直が顔を赤くし身もだえすると

組体操全体がぐらつき、

パーントゥ自体もグラグラし出す。


「落ち着いてくれないとオニが暴れるでしょ。

 あんなズべ公なんか放っておきなさいよ」


と美月が注意しても

正直は鼻息を荒くしたまま取り合わない。

その血走った目は

地雷ガールをじっと睨み続けていた。


公園の向こう端から

当代イヌことココが

高スピードで走ってくるのは

桃からも見えた。


桃にとっては初見であったが

見た瞬間に


「あいつは舎弟ポジ」


とピンときた。


そのココは

向かってきた途中で

捲り上がった芝生につまずいて

「あっ」

と倒れる。


意表を突かれた桃も

「あれっ」

と声を出して驚いた。


そして助けるために駆け寄ろうとして

ぎょっとする。


ココの目が赤く光っていて、

不健康な顔や

青白い腕には

無数の赤黒い血管のような筋が

バキバキと走っているではないか。


機械的な質感と

無機質の化け物な感じを受け

桃は手を伸ばすのを躊躇した。


ココこそが

桃太郎のお供イヌであり、

覚醒(リカバリ)が不十分なために

中途半端な変身となって本人は苦しんでいるのである。


「桃太郎さん……、桃太郎さん……、

 きびだんご、

 わたしに、くださいな……」


倒れたままで起き上がれないココであるが

必死の形相で桃へと這いよろうとしながら

苦しそうな細くざらざらした声で訴えるのが

桃にも届く。


慌てて桃は

ジャージのポケットなどを探るが

もちろんきびだんごなど入っているはずはない。


「実家ではよく食べてたけど、

 きびだんご。

 岡山出身だから」


と桃は戸惑うが、

もちろん実家に帰って

きびだんごを取ってくる時間もない。


桃は困り顔で

眉尻を下げ

目の前でうめいているココを見ながら

弱り果てた。


鼻を塞ぎながら推移を見ていた小次郎に

大黒天が解説する。


『そも、お供とは生物兵器じゃ。

 桃が桃太郎として覚醒するのをサポートするため

 タイミングを合わせて機能が解放されるプログラムなれど、

 初回出荷時には何かと不具合も起こるわい』


小次郎は少し考えて


「イヌ覚醒のためには

 きびだんごくれって言ってるようだけど、

 桃ちゃんが桃太郎に覚醒しないと

 きびだんごも無いんじゃない?

 詰んでない?」


と、おなきん効果で

ようやく人並みに回りだした脳みそで推論すると、

大黒天は


『それくらいは想定内じゃ。

 バカにすんな。

 まあ見ておれ』


とまだ余裕がありそうな顔で答えた。


倒れたココの様子は

パーントゥ内の三人にも見えていて


「きびだんごくれとか言ってないか?」


と斧熊が気付きを共有すれば


「あのメンヘラ系が

 お供イヌそのものってこと?」


と美月も自身の解釈を述べる。


正直氏は

ついに怒りが頂点に達したらしく


「ふざけるな!」


と怒鳴りながら

パーントゥを操作し

泥を投げつけようとした。


斧熊は


(NTRにありがちな、

 寝取った男よりも

 浮気した女の方に憎しみが向かう展開だ。

 盛り上がって参りましたな)


と鑑賞を続けた。


やおら怒りモードに入ったパーントゥを

遠目から見ながら

竜眼は


(どうしよう、

 桃を泥から守りたいのは山々だが、

 家族連れからテントやパラソルなどを借りてくるような

 時間の余裕はないぞ)


と途方に暮れた。


うかつに近づいて

ランニングウェアが泥で汚れるのも嫌だった。


解決策は意外な方向から舞い降りる。


青ジャージが腕を広げて

桃とココの前に立ちふさがり、

その身体で泥を受け止めたのだ。


顔も身体も泥だらけになりながらも

青ジャージは

「早く安全なところへ!」

とか言ってヒーロー気取りである。


その場に突っ立ったっままの竜眼は

桃を助ける行動を起こせなかったのを後悔し、

また勇気がない自分に嫌気がさしながら、

青ジャージの尊い自己犠牲に感謝はしつつも


(冷静に考えれば

 泥んこになるだけで大したダメージは無さそうだし、

 そもそも聖なる泥だもんな)


と自分を慰めた。


「あーげましょう、あげましょう」


修羅場にそぐわぬ

桃の優しい歌声が静かに流れた。


ココを抱き起しながら

慈愛に満ちた声で

桃が彼女の訴えに応えようとしているのだ。


ちなみに童謡の正しい歌詞は

「やりましょう、やりましょう」

である。


桃は飛び交う泥など

どこ吹く風といった穏やかな表情と共に


「一生あたしの言うことを聞くなら、

 きびだんご、

 あげちゃう。んふふ」


と今度は仇っぽい声で聞くと


「ご主人さまぁ、

 一生、ついていきます、

 誓いますぅ」


と半ば機械と化した顔と

表情で

ココは忠誠を誓う。


「何となく思い出しかけた。

 きびだんご、

 ってこれのことだよね?」


と桃は

ぎゅっと

ココをハグしたかと思うと、

次の瞬間、

乳房を無造作に

ココの顔面に押し付けた。


さらに両方の乳肉の間で

頭部を挟み込むようにしながら

二の腕でぎゅうぎゅうと圧迫する。


「なにこれ!

 ヤバい! ヤバい!

 マジで! おかしくなる!

 マジで! 助けて!」


脳の許容範囲を大きく越えた

快楽物質が一気に流れ込んだらしく、

おっぱいサンド「きびだんご」されたココは

目を見開き

瞳孔を拡大させ

一瞬で知性が消えた顔になり、

悲鳴のような、

嬌声のようなものを上げた。


登場時のダウナー感とは打って変わって

ハイテンションな声で助けを求めながら

手足をバタつかせ

乳房から逃げようとするが

桃は離さない。


やがてココの口から

意味のある言葉は発せられなくなり、

その全身がガクガクと痙攣し始めた。


「これが、きびだんご、なのか」


竜眼は額に汗を浮かべ、

嫉妬と恐怖の混じった声で唸った。


そして気づく。


自分が

桃の色香に狂わされたのも、

きびだんごの効果ではないか。


桃太郎として覚醒しないうちから

無意識に漏れ出たもので

あの威力とは、

と恐ろしさを感じ

戦慄した。


だが

一番強く思った感想は


(私も「きびだんご」されたい……)


であろう。


竜眼は自分の唇を舐め、

生唾を飲み込んだ。


きびだんご効果で

ココの機械化が治まるのかと思いきや

その逆で、

ココの身体は機械の質感が増してゆき

快感が頂点に達した瞬間、

身体の各パーツが

一瞬バラバラになったかと見えると、

カッと光に包まれた。


光が消えると、

桃の胸に抱かれていたのは

一匹の白いイヌであった。


体長三十センチほど、

大きめのぬいぐるみくらいの大きさである。


マルチーズがモチーフらしく

白くて毛が長い。


桃は


「あらら?」


と驚きながら

イヌを抱き上げてしげしげと見る。


デフォルメされたように頭が大きく、

目がニッコリ笑い、

全身フワフワであった。


舌を出してへっへっへっと息をする。


「あん」


とかわいい声で鳴いたので

桃はまたびっくりする。


竜眼が


「なんや、かいらしなあ」


と、思わず京都の言葉で「かわいらしい」の意を

表現してしまうほどであった。


鼻を押さえた小次郎も立ち上がり


「あれがお供?

 あれで戦えるんですか?

 俺よりバリバリマスコット感やん」


と論ずると

大黒天も驚いているようで


『我のデザインにあらず』


と渋い顔で答えた。


「ともかく、

 当代イヌなのは間違いなさそうではあるね」


と気を取り直してお椀に乗り、

鼻を摘まんだまま飛んで近づき

ココへ


「あの、すみません、

 お取込み中、失礼しますけど」


と話しかけた。


桃に抱かれたままの

イヌ形態ココが振り向いて


「おや、一寸法師の旦那」


と返事をすると


「しゃべった、

 ビジュアルインパクト」


と桃がまた驚き


「知り合いなの?」


と重ねて聞くと


「初代イヌの記憶を引き継いでるんで」


とさらっと言う。


「あの泥の臭いって、

 なんとかならないものですかね。

 おイヌさまのご先祖さまの

 遺灰が混ざっているみたいなんすけど」


桃が


「突然なにを言い出すの?

 そんな奇想天外かつ

 罰当たりな行為」


と眉をひそめ、


「大黒天さん情報だけど、

 やってるのはオニ側の人たちだよね」


と小次郎も同調し、


「そもそも誰なんだろうね」


と付け加え、

二人で顔を見合わせた。


ココはパーントゥを横目で見て

クンクンと臭いを嗅ぎ


「ああ、確かに」


と頷き


「あたいから呼びかけてみますわ。

 ご主人様、

 ちょっと下に置いてもらっていいですか」


とナチュラルに桃を使おうとし、

言われた桃も

抱えていたイヌ形態ココを

黙って地面に下ろすと

「アオーン」

とすぐに可愛らしい声の遠吠えを始めた。


パーントゥがハッとして、

その動きを止める。


「効いてる?」


と桃が表情を明るくした。


遠吠えに呼応するように

泥から白い粉状の遺灰が舞い上がる。

すでに泥の塊の様相になっている

青ジャージからも舞い上がる。


やがて上空の数メートルの高さで

イヌの顔を表してゆく。


「見た目がココちゃんと一緒だ。

 初代のお供イヌなんだね」


と桃が両者を見比べた。


『むむ、どうなっておる?

 儂は、死んだのか?』


ココが


「死んだよ。だいぶ前。

 だから次が、あたい」


とあっさり答えると


『なんと……、

 しかも、そこにおわすは

 桃太郎殿のご子孫でおられるな。

 なんとも恩知らずなことをしました』


などと殊勝なことを言い


『どうやら灰状になった儂の臭いが

 一寸法師の旦那さんにはご不快の様子』


と続け

小次郎は


「話が早いな」


と初代イヌの聡明さに感心していると


『オニの泥から抜けると同時に、

 本来なら当代に乗り移ってパワーアップさせたいのですが』


との話になり

ココが露骨に嫌な顔をするが


『この地で世話になった方々への恩返しも済んでおらず、

 もしお許しいただけるなら、

 この地で眠らせていただないでしょうか』


との申し出に

桃は


「おっけ」


と、まるで悩む様子もなく即答し

指でオーケーサインを出した。


竜眼は


(パワーアップさせておいた方が

 後々楽になるのでは?)


と気を揉んだが

桃の決断を尊重することにした。


「まま、その辺の話はオニをぶっ倒してから、

 ゆっくりね。

 じゃあね」


桃の唐突な話の切り上げ方に

初代イヌは戸惑いつつ


『あっ、はい』


とだけ答えた。


初代イヌの遺灰が

泥から抜けて

上空へ去っていくと、

まだ十分に聖なる泥は臭いものの

小次郎にとっては

耐えられないレベルではなくなっていた。


以心伝心、

桃は飛んでるお椀から

一寸法師こと小次郎を掴み上げる。


「さー、しっかり狙っていきましょー!」


と気合を入れ

襟首をつまみ上げられた体勢のままの小次郎は

自分のお尻をぺしぺしと叩く。


「ないっさー!」


と桃もやる気みなぎる目付きとなり

一寸法師を左の手のひらに乗せ、

右手を肩の上へと構えると


「ももっこサーブの体勢、

 決まりだ」


と竜眼もつられてサムアップした。


それと


(ココは戦わないんだ)


と意外に受け止め、


(桃は最初からそのつもりでパワーアップを断ったのか)


とようやく思い至った。



「終わりだ」


斧熊も呟いた。


パーントゥのメインカメラは

サーブの体勢に入った桃を

アップで捉えている。


悪臭による防御策を破られたとなっては

一寸法師に対抗する術がない。


どうしても一寸法師に勝てないのだろうかと

斧熊は首を振った。


三人組の組体操「扇」について改めて説明すると、

真ん中に正直氏、

向かって右に金太郎、

左に美月のフォーメーションである。


左の美月が不敵に笑うのは

個人でも一寸法師対策を練ってきたからである。


それはエロいコスプレであり、

ミニスカセーラー服であった。

しかもスケスケ素材である。


前回ホテルで

斧熊からリクエストされたものでもあった。


奈良市街地の

アダルトグッズも扱っているディスカウントストアで購入したものである。

なお金太郎と正直氏は

流れで学ランを着せられているが

エロくはない。


「あらかじめ恥ずかしい格好をしておけば

 一寸法師なんか怖くないんだから」


最初は黒ビキニの紐を解かれ、

次はスーツでのノーノー(ノーブラかつノーパン)にさせられ

美月は恥ずかしさから

組体操を崩壊させてしまったのであるが、

むしろ

エロいこと歓迎

という積極姿勢になることで

一寸法師のエロいたずらに対抗する策である。


難なく侵入を成功させた一寸法師こと小次郎は

臭いにより取らされた遅れに立腹していたこともあり、

挽回しようと少々手荒な手法を採用した。


まずは

三人の鼻先をかすめていくような軌道で

飛び上がって

ジャンプキックで彼らの鼻栓を

次々に弾き飛ばしていく。


斧熊は

自分が着けていた鼻栓が

突然に独りでどこかへ弾かれ飛んでいったような感覚に


(動きが速すぎて見えない、

 これでは勝負にならない)


と絶望を味わった。


そして今回は諦め


(やはり動体視力か)


などと次の対策を考えて始めていた。


「お椀ちゃん!

 お箸ちゃんズも!

 カモーン!」


小次郎がそう叫んで

指笛をピュイと鳴らすと

「一寸」と描かれたハンコのような魔方陣が

淡い蛍光ピンクで空中に現れ、

その向こうから

空飛ぶ椀と箸のセットが突っ込んできた。


おなきんにより溜まったパワーを

小次郎は使いこなしていたのである。


事前に指示を受けていた

お椀は

公園に残っていた聖なる臭い泥を

タップリと掬っていた。


『臭いは感じねえんですが、

 後でよっくと洗ってつかあさい』


と相変わらずの渋い声が

お椀から小次郎の脳内に響く。


「もちろんさ。

 これきりだから辛抱しておくれ」


と小次郎は労いながら

次に取り出したのは櫂にしている

お箸である。


お箸を

左右の手に一本ずつ持って

泥を持ち上げ、

「よっ」とか「はっ」とかの掛け声と共に

空中でくるくると

団子の形に整える。


神ともおぼしき速度の

一寸法師ゆえに可能な芸当であった。


『泥んこ遊びたァ』

『童心に帰りますねェ』


と、お椀とは違う系統の渋い声が

お箸さんズからしてくる。


おじさん声の装備に囲まれているのを

小次郎は可笑しく思った。


「浪漫技、激臭泥団子練込弾(ボールマッド・スメルバッド)!」


即興で捻り出した必殺技の名前を叫びながら、

まずは美月の顔や

胸の間、

脇の下、

足の付け根や足の指などに

ねっとりとした嫌らしい手付きで

臭い泥を塗りつけていく。


「ちょっと、なにすんのよ!

 ……って臭い!

 信じらんない!

 くっさいってマジで!」


初代イヌの遺灰が抜けたとはいえ

泥はまだ十分に臭い。


美月は

組体操「扇」の最中であり

両手が動かせないため

顔の泥を拭うことも

鼻を摘まむこともできない。

ひたすら首だけ

前後左右に振るしかなかった。


小次郎は止まらずに

泥団子攻撃を続ける。

後の男二人は

顔にだけ雑に塗りたくった。


組体操「扇」真ん中の正直は

「うわっ、臭い、こりゃ無理だ」

と速攻で諦め、

手を離して

自分だけ逃げようとする。


組体操が崩れると

パーントゥも物体化を維持できなくなってしまうので

慌てて引き留めようとした斧熊だったが


(まあ、どうせ勝てないし)


とすぐに考えを改め、

自らも手を離して

仰向けにひっくり返り、

顔を泥を煩わしげに拭いながら


(また負けるのか。

 俺の人生も負け続きなのか)


と遠い目をした。


パーントゥオニ

崩壊す。


ももっこサーブの

フォロースルーが終わるか否かくらいのスピーディーさで

パーントゥがガタガタ震えだしたと思えば

その勢いのまま

全身にヒビが入り

ガラガラと崩れていく。


竜眼は


「前のトシドンよりも

 ずいぶん早く効くなあ。

 一寸法師も進化しているのか」


と感心した。


前回は

ノーノー(ノーブラかつノーパン)の

羞恥に耐える美月を

嫌らしい目で見ている時間も加算されているのだが

竜眼は預かり知らないことである。


正直、美月、斧熊の三人が

崩れていくパーントゥの内部から放り出され

公園の芝生に倒れ込む。


続いて一寸法師こと小次郎が

クルクル前方宙返りをしながら

お椀とお箸を引き連れて飛び出してきて

桃の眼前にかっこよく着地した。


お澄まし顔である。


「また勝った、

 やっぱりあたしってすごい!」


無邪気にガッツポーズを決める桃に

ちょっと驚いた小次郎だったが


「もういいよ、それで」


と肩をすくめた。


美月と斧熊は

桃らに見られないよう

顔を背けながら立ち上がり


「もう乙姫の作戦を

 当てにしていてもダメなんじゃない?」


と美月が忌々しげに吐き捨てると


「いよいよ俺らも

 本気で取り組まないといけないようだ。

 今日のところは引き上げよう」


と斧熊も同調し、

身体を寄せ合って

そそくさと公園を後にした。


残された正直氏へ

顔だけ泥を除去した青ジャージが駆け寄り


「大丈夫か?」


と声をかけながら助け起こして

ギュッと抱き締める。


抱いたまま


「すまなかった。そんなに怒っていたとは知らなくて」


と続けると


「俺の方こそどうかしていた。

 あんな怪しい連中に騙されて

 オニになっちまった」


と正直氏が被害者ズラで言った。


「てっきりお前に寝取られ性癖があると思って、

 喜ばせようとしたんだ」


と青ジャージが正直の目を見つめながら言うと


「確かに、興奮したさ。

 でも、本当に好きなのは、

 お前だけだ!」


と叫びながら正直は強く抱き締め返した。


「そっちの寝取られかーい」


桃がのけ反って

陽気な声で

切れのよいツッコミを入れ、

小次郎は笑った。


竜眼も笑っていたが

内心では


(同性愛を笑いにしないでほしい)


という当事者ならではの

複雑な思いもあった。


青ジャージが


「あの女は

 地雷にして

 サークルクラッシャーでもあった。

 いない方がいい」


と言うと

「そうだな。あいつのせいでおかしくなった」

と正直氏が答え

「と、いうことで」

と二人で振り向いて

「桃太郎なんですね、ちょうどよかった」

「そんなイヌ女、連れていってください」

と桃へと言ってきた。


人間形態に戻っているココは

桃の腕を掴んで

二人からは目を反らし

どちらにも何の未練もないようである。


桃は


「あっ、はい、そのつもりでした」


と素っ気なく答え


「じゃあ、ごゆっくり」


と愛し合う二人を残し、


「一旦ペンションに戻ろうか」


と竜眼に言った。


竜眼は


「絶対に柿の葉寿司を食べて帰るつもりなんだな」


と言って笑った。



その後、

公園から逃げた家族連れが警察に通報したが

駐在が駆け付けたころには

臭い泥が散乱しているのみで

オニなど影も形もなかった。


勇気を出して

スマホで動画を撮影した者もいたが

比較物がなかったのでサイズ感が伝わらず

只のパーントゥのコスプレにしか見えず

バズらないまま忘れられていった。


ひと風呂浴びてさっぱりした後で

ペンションの女将特製の

柿の葉寿司を食べながら

桃たちはようやく一息ついていた。


独特の風味と

旨味の柿の葉寿司は

もちろん美味であったが

竜眼の心は曇っている。


ココが桃のそばから離れないのである。


さすがに風呂は一人ずつ入ったようだが、

十代半ばにも見える若さと

肌艶の女体が

ベタベタと

桃のプリプリした肉体に纏わりついているのを

間近に見せられていると、

イライラとは違うがドキドキでもない、

なんともムズムズするような感情に悩まされていた。


「桃ちゃんとの用事が済んだら、

 いつでも帰ってきなさいね」


女将が当然のように一緒に柿の葉寿司をパクつきながら

ココに言うも

「はあ」

くらいしかココは反応しない。

年長者を敬おうという考えは

基本的に持っていない世代なのだろう。


竜眼は横目で見ながら考える。


桃太郎覚醒まで行動を共にするのは

百歩譲っていいとして、

その後はどこに住むつもりなのか。


(桃と同居はやめてほしいが、

 うちでは飼えないし)


などと考えていると

桃が


「ずっとイヌ形態でいられるなら

 アパートでこっそり飼えるかも。

 ペット禁止だけど」


とか言い出したので

竜眼の胸がズキリと痛む。


「ずっとイヌでいます。

 静かにお留守番もしますから、

 捨てないでください」


と泣きそうな声で言うと

ココは桃の肩にしなだれかかり

頬ずりをする。


そんな様子を見せつけられると

また竜眼にはほの暗い感情も芽生えそうになるが、

密かに首を降って

ネガティブな思考を振り払おうとした。


(嫉妬なんてみっともない。

 仲がいいのは良いことじゃないか。

 小型犬に変化できるならハリアーでの移動は助かる。

 本物の犬のような粗相も心配ないし)


との竜眼の苦々しい視線に気づいていないのか、

桃は


「ネコの方がよかったな、

 なんて冗談よ、冗談」


などと言って笑っている。


小次郎はタンスの上から見渡しながら


「人の世は、寝取り寝取られ、泥々と、一途な想い、匂いかぐわし」


と和歌にしたためた。


先代イヌの遺灰であるが

ペンション裏の枯れ木の元に埋葬されると

たちまち枯れ木に花が咲いた。


一年中、

品種などお構い無しに

色とりどり極彩色に咲き乱れ続けている。


噂を聞きつけた人が押しかけ

ペンションには客があふれ、

正直と青ジャージの二人と女将は

力を合わせて一所懸命に働き

繁盛した。


後に「令和のはなさかじいさん現象」と呼ばれ、

今でも気味悪がられているという。

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