【浦島太郎2 絵にも描けない桃らしさ】
【浦島太郎2 絵にも描けない桃らしさ】
次の日も浦島太郎は釣に出ようと思い、海辺に立った。
するとはるか沖合に一艘の小舟が浮かんでいる。
怪しい影、と見つめていると、
舟は波に揺られつつするすると太郎のそばに近寄ってきた。
舟の中には、上品な美女がたった一人乗っているではないか。
浦島太郎はあきれてたずねた。
「どなたさまですか、あなたは。
このような広い恐ろしい海を、
たった一人でどうやって綿っておいでになられたのです」
大岡信「おとぎ草紙」より「浦島太郎」 岩波少年文庫 2006年
総合人類学部、応用民俗学科は
人類研究センターの一角に専用のゼミ室があり、
その奥には教授の個室がある。
桃が待っていたカフェのある時計台記念館からは
キャンパス内を歩いて五分という距離である。
ゼミ室にこの時間は誰もいないと
竜眼は知っていた。
仮に誰かいても別に構わないし、
もし教授が在席なら
例の貴重本の写しを一緒に見てもらおうとも考えていた。
やはり誰もおらず静まり返った部屋の中、
桃には打合せテーブルに座ってもらい
「何か飲み物でも? さっきコーヒー飲んだばかりかな」
とだいぶ打ち解けてきた感じを出しながら問いかけると
「暑いからもう喉乾いたかも。冷たいお茶とかがいいな」
と遠慮なく応えてくれる。
「親指ボーイくんは何かもらう?」
不意に桃が目だけを天井へと向けてそんな発言をしたので竜眼はぎょっとし、
「ああ、良かった。忘れられてるかと思った」
と桃の頭頂部に寝転んでいた親指兄さんこと小次郎が不機嫌そうに言うと
「嫌味のレベルは京都人には及ばないね」
と桃が笑った。
小次郎は先ほどより
(竜眼とかいう人は意図的に俺のことを無視しているな)
とその小さい人間性で
僻んでいたのである。
竜眼は涼しい顔で聞き流しながら
一寸法師のことは忘れてはいなかったが
今ここに同席していることを忘れかけていたことを反省し、
コップを三つ、
教授部屋の流しで洗って薄めるタイプの麦茶をいれ
教授の個人所有の冷蔵庫から氷を勝手に拝借した。
ゼミに新入りだった頃に
さんざんやらされた工程を
懐かしく思い出しながら。
底辺浪人生の小次郎にとって
K大とR命館との会話などは
予備校で志望大学に書いたら
模試を受ける前からF判定を食らいそうな世界の話であり
寝転がって肘をついて
不貞腐れて聞かされていて
「将来的に桃と付き合えたら主夫になって養ってもらおうか」
などと夢想してしたところに
差し出された旨そうな麦茶であったので、
我慢できず
コップの中に着衣のままダイブし
ズゴゴゴゴと音を立て飲み出した。
そのダイナミックさに
桃は手を叩いて笑い、
みるみる内に下がっていく水位に竜眼は
「飲んだ麦茶の質量はどこに消えていくのだろう? これが神通力か」
と妙に感心した。
桃も麦茶をごくごく喉を鳴らして飲み下し
「うまい! さっきカフェでアイスカフェラテ飲んだけど」
などと言って竜眼の方に笑いかけた。
コップの底から結露の水滴が
むっちりとした胸の谷間に垂れ、
その嫌らしい湿りを
桃が無造作に手で拭い、
女の汗と一緒になった水分を
手の平の中で弄ぶ様子を
竜眼はテーブルの向かいの席から
すごい目で見ている。
「……」
自分の胸元を舐め回してくるような視線を感じた桃は
しかしそ知らぬ顔のまま、
無言でチューブトップの上端を指で引っ掛け
服の内部に空気を入れる仕草をしてみた。
予期した通り竜眼は
ハッとした顔になり
更に身を乗り出すようにして
谷間を覗き込もうとしてくる。
その視線の向きを確認するように
今度はブラの上から
指を突っ込み
無意味に下に引っ張って
肉質の柔らかい部位を見せつけてやると
無意識なのか
竜眼の強張った顔が
どんどんグイグイと近づいてくるようであった。
(見た目からしてボーイッシュすぎると思ったけど、やはりアッチ系か)
アッチ系とは
桃の中では
性的マイノリティ(ここではLGBTのL、レズビアン)のことであり
差別的な意図は無いことは明白である。
(悪い気はしないんだけど。
高校生時代でもそういう子はいたし。
部活の更衣室ですごい見てくる子も
触ってくる後輩も
揉んでくる先輩もいたけど、
問題はあたしがヘテロセクシャルだから
アッチ系の欲求に応えられないのが
申し訳ないんよなあ)
もちろん
そうした性質を持った女子たちと深い仲になるようなことはなく、
さりとて男子と付き合う機会も不思議となく、
桃の女子高生時代は軽そうな見た目に反して
やたらと清らかに過ぎていったのであった。
自分の呆けた顔を見られていることに
竜眼は不意に気づき、
慌てて胸肉から目を逸らし
ごまかすように自分も麦茶を飲もうとするが
手が震えるので
コップの中の氷がカラカラと鳴る音が
静かなゼミ室に響く。
一寸法師も既に麦茶を飲み終えていて
先程までのバキューム音も止んでいた。
彼はコップの中で逆さまになったまま
氷に埋もれ動かなくなっている。
(いけない、いけない。
理想的な肉体と精神にやっと出会えた喜びのあまり
自制心を欠いてしまった)
同性愛に理解を持たれていると思って
好みのぽっちゃりさんに
拙速に接近してみたら
「あ、彼氏います」
みたいな痛い目を
竜眼は過去に何回も見ている。
つい数時間前にもゼミの後輩から
鬱陶しがられているメッセージを
誤爆されたばかりではないか。
ガッついて警戒されたり
引かれたりして
逃げられないように、
まずはあくまでも
「親切なお姉さん」
として距離を縮めていかなければならない。
人生最高にストライクな娘を前にして
竜眼は最大限の
慎重さと
配慮をもって
取り掛かるべしと
気持ちを引き締めようとした。
「コホン、ええっと、さっき撮影してきた貴重本の内容が気になっているだろうから、
自己紹介は簡単に済ませておこうかな」
桃の胸の谷間から立ち上る
淫らなフェロモンを振り払うような
シャキッとした声で
竜眼が提案すると
桃はコップから一寸法師を引きずり出しながら
「それありかも」
と笑った。
「名前は亀割竜眼、
年齢は二十五才だ。
ここの大学院で応用民俗学科のゼミに所属している」
低めのイケボで爽やかに決めた竜眼に
「かっこいー、王子さまみたーい」
と割りとそのままの感想を桃が言うものだから
舞い上がってしまう。
「ま、まあ、日本の民話とか伝承とかが専門だから、
桃太郎について調べているなら
何か力になれるかもしれないよ」
またすぐに竜眼は冷静さを取り戻し、
あくまでも「役に立つ親切なお姉さん」の仮面を付けて
余裕のある大人を演じようとした。
唐突に桃が「はい」と手を挙げて
「質問いいですか?」
と笑顔で発言したので
脇の下の剃り残しを見ながら
「なんでも聞いて」
と竜眼が涼しい顔で返せば
「応用民俗学?
って、どんなことを研究する学問ですか?」
とたまらないことを聞いてきて
「なんて良い質問だろう、一晩中でも説明していたいな」
などとセクハラめいた回答を口走ってしまった。
「あ、そういう意味じゃないよ」
と竜眼が慌てて否定すると
「……どういう意味?」
と桃にキョトン顔をされ
ますます困ったことになっていく。
「ゲホンゲホン。
ええと、時間がないから簡潔に言うと、
これから少子化とか国際化とかが進んでいく中で、
伝承なんかから日本らしさってものを再定義することで、
お互いの原点を理解しあって、
分断や排外主義を少しでも防ぐため、
まあ研究している、かな」
目の前にけしからんオッパイさえ無ければ
元は超ハイスペック女子大学院生であるのだから
竜眼にとっては自分の専攻分野を説明するくらいは
造作もないことである。
「すごい!
いいなあ、私も民俗学にすればよかった」
掛け値のない桃からの賛辞に
竜眼は震えるほど喜びを感じたし、
先ほど来の肉欲にまみれた不埒な視線を気にしていないのか、
少なくとも嫌がられてはいないのでは、という希望に
(やっぱりこの娘は特別だ!
絶対に逃がしたくない!)
と決意を新たにするのであった。
「はははっ、
私でよければいくらでも教えてあげるよ。
なんならゼミの学生よりも気合いを入れて
手取り足取りマンツーマン指導しちゃうかもな」
と、懲りずにセクハラめいたことをつい言ってしまうも
「やったー」
などと桃は無警戒に受け入れてくれるので
逆に竜眼も少しずつ緊張レベルが下がっていくのを感じた。
「あ、じゃあ、あたしも自己紹介しちゃおうかな。
あたしの名前は吉備野桃、
十八才、
花の女子大生、一年生でっす。
ちなみに、R命館の、フランス文学科でーす」
さらっと桃が軽い調子で言った内容に驚いた竜眼は
「フランスと来たか。意外だったな。どんなのを読むの?」
と問うと
「サルトルとか」
と事も無げに答えた。
「え、哲学? いや、文学なのか……
名前くらいしか知らないな、すごいね」
「意味はぜんぜん分かんないんですけど、
フランス語の原文を読んでる自分が好き、みたいな」
「母国語以外の言語を学ぶことは
人生に途方もないほどの実りをもたらすと聞くから、
素晴らしいと思うよ。
素直に尊敬する」
じっと桃の目を見つめて語る竜眼の声に
この辺りで小次郎も意識を取り戻し
(こちとら英語もろくに読めませんがね)
と心で卑屈に呟いた。
「何か質問とかあります?」
と、上目使いに桃が募集をかけると、
竜眼はレズビアンについてどう思ってるか聞きたかったが
そんな度胸はなく、
小次郎は彼氏がいるが聞きたかったが
こちらは更にそんな度胸などなかった。
一瞬の謎の沈黙が訪れ、
「あ、ちなみに彼氏はいないでーす」
と桃があっけらかんに宣うと
小次郎は無言でガッツポーズを繰り出し、
竜眼もそれはそれで嬉しく感じた。
(こちらから一々聞かなくても自分から過不足なく話してくれるし、
内容も興味深く、
話し方も人の気をそらさない。
K大の同僚なんかよりもずっと魅力的で人間力が高い。
ほれぼれするようだ)
竜眼が腕を組んで心で称賛しているところに
桃は
「だからぁ、K大生の合コンとかあったら呼んでくださーい。
なんちゃってー」
と甘く蕩けるような声で言ってきて、
聞いた小次郎はシュンとして
(そうだよね、ましてや浪人生なんかに用はないよね)
と落胆し、
竜眼は
「おいおい、目が本気だぞ」
などと笑いながらも
ゼミの男子学生どもが一斉に色気付く姿が容易に想像できるので
もちろん男なんか紹介するつもりは全くなかった。
話題を変えようとして
竜眼は一寸法師に自己紹介を振ることにした。
「えっと、一寸法師さん、実在するんですね。
少しお話を聞かせてもらってもよろしいか?」
(色々と聞きたいことはあるけれど、
存在が証明されただけで生物学とか人類学が根底から覆されそうだから、
正直、深入りしたくないのだが)
テレビなどで一寸法師が話題になれば
そのバディのような存在の桃にも影響が及んで
結果的には竜眼との距離も開いてしまうだろうから
今は世間には秘密にしておこうと考えた。
(桃さんの用事が落ち着きさえすれば、
そうだな、
霊長類研究所の関係者にでも持ちかけよう。
大学総長がゴリラ研究で有名だから
一寸法師のような現象にも興味を示すに違いない)
そんな竜眼の邪な打算など知らぬ顔で
小次郎は
「いやあ、ども……」
と曖昧な笑みで目を合わせない。
「さっきはトシドンを撃退してくれてありがとう。
私をピンポイントで狙っていたようだったから、
助けられたね」
ずっと竜眼の方から気を遣って話しかけているのに、
当の一寸法師はオドオドしキョロキョロしている。
超エリートの竜眼が住む世界から見れば
「取るに足らない」を通り越して「歯牙にもかけない」
のカテゴリに無慈悲に放り込まれるような者だが、
恩人でもあるので無下にもできず
困り顔で肩をすくめた。
「自己紹介、親指ボーイの番だし」
困った竜眼を助けてくれるのは
やはり桃であった。
そのコミュニケーション能力の高さと
物怖じしない豪胆さに
竜眼は心の内で称賛した。
しかし当の一寸法師が
「あ、俺ですか?」
と無意味な質問を返して来たので
竜眼は
(他に誰がいるんだよ)
と心の内でイラっとしたが
桃は
「うん」
とだけ発し
そのメンタルはビクともしないようなので
重ねて称賛した。
「本名は打出小次郎っていいます。
十八才です。
ええと、言いづらいけど、浪人生です。
堂島予備校に通っています。
ええっと、昨日かな?
このサイズにされました」
この発言には桃も竜眼も一斉に驚く。
竜眼にしてみれば、てっきり
「異世界から来ました」
とか
「天から降りてきました」
くらいのファンタジー感を覚悟していたところだったので
「普通の人間が、縮んで一寸法師に?」
と口をあんぐりと開けて固まり、
桃は
「タメじゃん!」
と驚きながらも
どこか笑うような顔で手を叩いた。
二人の反応を見て小次郎は
自分に若い女性が興味関心を寄せていることに気を良くし、
「ま、今は、
よっ、
オニ退治ならお手のもの、
まかり出たるは、
一寸法師でござるーー」
と、歌舞伎のようなポーズを取りながら
雑な口上を述べる。
妙にテンションが高いのが自分でも不思議だが、
オニ退治した直後だからか、
おなきん三日目の効果で不安が軽減しているのか、
いまいち判然としなかった。
桃からは拍手を、
竜眼からは唖然とした表情を頂いて、
小次郎の内心ドキドキしながらも
自己開示が上手く行ったという達成感も味わっていた。
もっと開示できるなら
オニ退治とエロいたずらのモチベーションがかみ合い
夢中でエロに猛進したけど
やっぱり自慰行為できないのがツラいと訴えたかったが、
さすがに女子にオナニー事情について話すのは自重しておこうと
判断する余裕も生まれている。
「あたしも、ちゃんと話すのは初めてでぇ、
もともと一寸法師な人がぁ、
大黒天さんから護衛ってことで派遣された
妖精的なやつだと思ってたんだぁ」
桃もあえて舌足らずな言い方で
間延びさせながら考えを纏めつつある。
「元は普通の浪人生だったボクが、
あの大黒天に強制的に
一寸法師にさせられたってワケさ」
あえて軽めに被害者めいた所感を前面に出した小次郎に
「知らなかったなー。
夕べも一晩中、結局
ずっと寝たままだったもんね」
と桃が言うので
「せっかく一夜を共にしたのに意識を失っていましたか、
面目ない」
と調子に乗って返したのを
竜眼はちょっとだけ嫉妬心を覚えながら聞いていた。
「いびきがうるさいから鍋に入れて蓋して玄関に置いてて。
あやうく、みそ汁の具にするところだった、朝ごはんの」
と桃が際どいことをサラッと笑って言うと
「そういえば海の底に沈められる夢を見たな。
あれは僕が入ったままの鍋に水を張ったタイミングだろうね」
と小次郎が
デフォルメされたアニメキャラのような大きな目をニッコリさせ
笑って答えるので
竜眼は
(笑っていていいのか?
っていうか、ポジション的には私がツッコミ役をしないといけないか?)
と心配になった。
「それで、元の大きさに戻れんの?」
この発言には逆に小次郎が大いに驚かされ
「桃さんが桃太郎として覚醒して、
さらに大オニを封印したら
元の姿に戻れると大黒天が言っていたんで、
僕は桃さんの護衛として
仕方なくオニと戦っているんでしょう?
もう忘れちゃった?」
との小次郎の必死の剣幕にも
桃はまるで動じることなく
「じゃあ、しっかり護衛しないとね。
そんなイヤイヤ姿勢じゃなしに」
など余裕で言いのけるので
小次郎も下を向いて
「そうですね。すみません」
くらいしか答えられない。
「すまない、急に話が見えなくなった。
覚醒?
大オニ?」
二人しか知らない情報を元に
二人だけで話が進んでいくので
イラっとした竜眼が
眉間にしわを寄せて割って入った。
桃もハッとなって
「ごめんなさーい。
えっと、どこから話そうかな」
と愛想笑いを浮かべる。
「そんな元は人間の一寸法師さんと
桃さんの出会いから、
昨日だっけ?
簡単でいいから教えてくれないか?
今後のこともあるし」
竜眼さんは今後も当然のように関わり続けるつもりなのかと
小次郎が鼻白んだ。
「ひ〇パーのプールでナマハゲが出たんですよ」
構わずに桃が単刀直入に言って、
竜眼は
「急展開だな」
と応える。
「サークルのお試し歓迎イベみたいのでプールに行ったら、
急にナマハゲがあたしを名指しで襲ってきたんで、
「ももっこサーブ」で一寸法師を打ち込んで、
あたしが撃退したんです」
えへん、
くらいの勢いで胸を張る桃に
(ナチュラルに手柄を独占された?)
と小次郎は異を唱えかけたが
(まあ、
一寸法師が一人で突撃してもインナースペースには入れないかもしれないし、
合体必殺技のカテゴリかな)
と無理矢理に自分を納得させた。
「ああ、
さっきトシドンもどきにも打ち込んでいたな。
あれ、「ももっこサーブ」っていう技なのか」
竜眼が桃の張った胸を
舐めまわすように見つめながら感心すると
「ま、元バレー部ですから」
と更に得意になり、
竜眼は
「それでそんなに健康的で美味しそうな身体なんだね」
と舌なめずりしそうなエロい顔に
一瞬なりかけ
「いや何でもない」
とすぐにいつものシュッとしたハンサムに戻った。
「ガツンとやってやったのよ、
オニの内側からね」
二人の短いやり取りを聞いていなかった小次郎は
まだ得意になったまま
こちらも小さな胸を張っている。
(桃さんの説明はアッサリしすぎだが、
彼女からの視点ではオニの内部で何が起きていたか見えないだろうから
仕方ないよね。
しかも、
細かく説明するとセクハラ行為(黒ビキニの紐やノーブラノーパンの儀)がバレる。
ここは桃さんに花を持たせるとしよう)
おためごかした自己保身を図りながら
小次郎は一人小さく頷いた。
「ナマハゲもトシドンも、
本来はオニではなくて
来訪神っていって地元では神聖なものなんだけど、
まあ、説明すると長くなるな。
きっとビジュアルの恐ろしさだけを借用しているのだろう、
とだけ言わせてくれないか」
竜眼が急に見せた良識派の一面に
桃も小次郎も
「あっはい」
みたいな声を出して拝承した。
「で、倒したあとに、
なんかちびっこの神様から、
あたしは桃太郎の末裔だからって言われて、
覚醒するまで一寸法師を護衛に付けてやるから
ガンバレ、
みたいなことになって」
桃の回想に小次郎も
「言ってたね」
と同意した。
「大黒天か。
急に仏教だが、
元はシヴァ神?
ヒンドゥーだっけ。
七福神なんてもはや日本の神さまってくらい馴染んで暮らしに溶け込んでいるからね。
そういや打出の小槌も大黒さんが持ってるな。
信憑性が出てきた」
桃が
「信じてもらえる?」
と上目遣いに聞けば
「オニも一寸法師も実物を見せられちゃあね」
と竜眼は目を細めて苦笑した。
「桃さんは桃太郎の、
小次郎さんは一寸法師の、
それぞれの末裔ってことだね。
ありがとう、理解した」
竜眼は内心で
自分がオニから浦島太郎と呼ばれていたことを思い出して
慌てて打ち消した。
「それで、
あたしが桃太郎として覚醒するためのヒントが、
あの本に書かれていると
大黒天に言われたもんだから」
桃が図書館の方向を指さした。
実際の方向とはだいぶずれているが
竜眼には大学図書館のことを言っていると伝わった。
「ようやく繋がったな。
わざわざ京都に来てまで読みたかった理由も分かった。
なんとなくの理解でフワッと手伝うより、
お互い認識を共有して動く方がずっと効率がいいからね」
カッコよく竜眼は
外付メモリをポケットから取り出して
ウインクする。
「そうすれば僕も元の体に戻れます。
そうすれば……
あ、何でもないです」
早くオナニー三昧の日々に戻りたい、
とは言えず
小次郎は言葉を濁す。
何やら辛そうな様子の小次郎を見た桃であるが、
勇気を出してナマハゲから救ってくれた小次郎に
仄かな好意を抱いていたところ
実は浪人生と聞いて
正直微妙な感じになっていたので
(もちろん、男の価値は学歴ではないが……)
などの考えがチラつきながらも
反省して、
「閃いた!
あたしと竜眼とで、
小次郎の受験勉強を見てあげよう」
と、若干無理めなテンションで
アイデアをぶち上げた。
聞いた瞬間の竜眼は
(そんなの嫌に決まってんやん)
と即座に拒否しようとしたが、
(いや待てよ。
さすがに助けてもらった礼はしないとまずいか。
それに、
この桃太郎イベントが終了しても
受験シーズン前後までは
桃との関係を続けられる口実になる。
口約束だけしておいて
面倒になったらフェードアウトすればいい。
あるいは過剰にスパルタにして向こうから断るように仕向けるとか)
と何パターンかの選択肢を素早くシミュレーションし、
「いいな、それ!
お安い御用だよ」
とサムアップして笑った。
急な展開に
小次郎は
「へ?」
という顔のままで止まった。
「どの辺の大学を志望しているんだい?」
そうと決まれば有無を言わさぬ竜眼からのプレッシャーに
「明石海峡大学とか……」
と小次郎が情けない声で答えると、
二人は顔を見合わせ
「知ってる?」
「いや、聞いたことないな。
土木や建築に強そうな名前ではあるが……」
と唸った。
桃が
「偏差値は?」
と聞くと小次郎は
「三十くらい」
と答え、
また二人で頭を抱え
「そのレベルだと、中学の内容からやり直さないといけないかもな」
と竜眼の呆れた声に
桃は
「まだ夏だし、目標は高く持とうよ」
と勇気づけようとするのに
「いいんです、俺なんか、どうせ……」
と小次郎は項垂れてしまい
「やば、
サイズだけでなく、
人間の器もミニマムや」
と桃がだんだんと焦ってきた。
(こんなネガティブな手合いは放っておきたいが、
現時点でオニに対抗できるのは一寸法師だけだし、
ここはおだてて、
うまく利用しなければ)
竜眼は気持ちを奮い起こし
「桃さんの言う通りまだまだ時間はあるから、
まあ、摂神追桃レベルを狙えるくらいには……」
と希望を繋ごうとしたところ、
「いやいや、もっと上!
K大!
最低でも関関同立!」
と、そのK大は偏差値六十から七十オーバー、
共通テスト得点率は九割近く必要なのを知っているのか、
桃が威勢のいいことを叫ぶ。
聞かされた小次郎は
「国立大学なんて無理に決まってますやん」
と至極当たり前のことを言うことになった。
「もう一年くらい追加があって、
私や後輩らがみっちり付きっ切りなら……」
「だめだめ、
今年で決めなきゃ。
勉強なら元の大きさじゃなくてもできるっしょ。
桃活と平行して進めるよ」
桃活とは
桃太郎として覚醒するための活動の略称であろう。
二人のやり取りで勝手に進んでいく自分の進路に
小次郎は
「うへえ〜」
という顔をするしかない。
「確かに、
まずは気合とモチベーションだな。
もう一年なんて言ってはいけなかった。
何が何でも今年で合格するという覚悟がないと
何年たっても結果は出ないだろう。
受験に限らず」
そして竜眼は小次郎の
「うへえ〜」の顔を見て、
「もちろん本人しだいだけど」
と付け加えた。
「あ、モチベなら、あたしに任せて」
と桃は
自分の胸の谷間を指でなぞりながら
コケティッシュな笑みを浮かべた。
小次郎からは見えない角度で
竜眼は血走った目でガン見している。
「やる気を引き出すのは得意かもしれない。
いきなり謎に自信が出てきた。
なぜか」
ぞっとするような桃の笑顔が一瞬だけ見えたが、
本当の桃太郎の、
そして、
本当の「きびだんご」の恐ろしさを、
まだこの時の竜眼は知らなかった。




