【浦島太郎 助けた桃に連れられて】
【浦島太郎 助けた桃に連れられて】
むかし丹後の国(今の京都府北部)に
浦島という一家が住んでいた。
そこには浦島太郎という二十四、五歳になる息子がいて、
毎日浜辺で網を打って漁をし、
両親を養っていた。
大岡信「おとぎ草紙」より「浦島太郎」 岩波少年文庫 2006年
京都駅から市営地下鉄の烏丸線に乗り換え、
四条駅、五条駅などを通過し
烏丸丸太町で市営バスに乗り換えるころには
すっかり京都趣味が身体に染みわたり、
湯豆腐でも食べて帰ろうか
と考えながら熊野神社前、K大病院前などの停留所を通過し
K大正門前でバスを降りれば、
すぐにそびえ立つ時計台が目に入る。
K大学百周年時計台記念館である。
古都京都ならではの静謐な空気が
キャンパスの敷地に足を踏み入れると
豊かな木々の並木道と相まって
一層の余情と風格を帯びる。
時計台記念館を左に抜け
並木に沿って進めば
レンガ模様でいかめしく角ばった
大学附属図書館の堂々たる建築に
思わず心が引き締まるだろう。
附属図書館の蔵書数は
九十万冊以上
(うち開架図書は十七万冊以上)、
大学内の他の図書館などを合わせると
日本では三位となる
約六百八十万冊の蔵書とのことである。
今昔物語(国宝)や
万葉集(重要文化財)なども
収められているという。
附属図書館の玄関をくぐると
吹き抜けのホールになっており
二階は外周に沿って閲覧席が並んでいるのが
一階から見上げることができる。
左手にある受付カウンターで
学外からの利用であることを職員に告げて
必要書類に記入すれば一安心、
心行くまで最高学府の
蔵書と知恵の蓄積を堪能しよう。
気になった本を小脇に抱え
閲覧室に向かってほしい。
読書に疲れたなら
飲食可能スペースの「なごみエリア」で
休憩することを勧める。
運がよければ
勉強の合間に雑談に興じる
K大の女子大生を見られるかもしれない。
決して声をかけようなどと考えないように。
まさに今、
女子大生ではなく
大学院生であるが、
「なごみエリア」に一人、
マイナスからのリスタートを強いられている女性が
カウンター席にいる。
名を亀割竜眼という。
彼女もここには
ゼミ合宿(正しくはフィールドワーク)の準備と下調べの
休憩でやってきていた。
右手にペットボトルの緑茶を、
左手にスマホを持ち、
その表情は引きつって固まっている。
服装は至ってシンプルで
一言で表すなら
ジェンダーレスか
ボーイッシュであろう。
白いTシャツの上に
夏でも黒のジャケットを重ね、
腕まくりではなくロールアップしている。
モノトーンにこだわりがあるのか
七分丈のパンツスタイルも黒であった。
ショートカットも黒髪で
前髪は十分に長く
ノーメイクでも
すっきり引き締まった顔つきは
某歌劇団の男役のような
凛々しさである。
服装は性的指向の現れでもある。
竜眼は
男性にも
女性にも
恋愛的に興味が沸かない性質である。
恋愛感情はほぼないが、
その反動として
余りあるほどの性的感情が強力に湧いてくる。
特に、
肉付きの良い
可愛い系の女子に
堪えようもなく性欲が沸いてしまい
自分でコントロールがほぼ効かない。
そんな彼女が
スマホを見て
なぜ引きつった表情で固まっているのか。
簡単に記すなら
好みのタイプの後輩女子に送った誘いのメールを
グループチャットで
ゼミ員全員に晒され
吊るし上げられ
笑いものにされたのである。
竜眼が所属するゼミは
応用民俗学という学問を標榜している。
これは各地に残る
民話や伝説を調査し
現代への影響や
効率的な利用方法を模索するもので、
活動は主に
少人数でのフィールドワークと
文献の渉猟と
ディスカッションとなる。
修士課程の二年目となった竜眼が
数人の新人を迎えた中に
眼鏡でおとなしそうで低身長で
肉付きのよい女子がいた。
竜眼のセクシャリティから
それほど激しくはないものの
欲情し
他のゼミ員は皆男性であることから
普段は過剰にクールな彼女にしては
別段の親切心をもって待遇した。
はっきり意思表示しない女子ではあったものの
目に見えて邪険にするのでもなく
嫌われてはいないと思って
竜眼は
「性的嗜好に問題のある自分にもそろそろ春が来ても良いころでは」
などとのぼせた情欲に思考が甘くなり
次のフィールドワークを新人らが計画していると知り
「来週の山梨だけど、良かったら車を出そうか?
私のハリアーの助手席はいつでも君のために空けてあるよ」
などと少しおどけたつもりで打ったメールが
「ドラせん(ドラゴン先輩の略であろう)のロックオンが外れないんだけど(泣)」
とのキャプチャーと共に
画面ショットをアップロードされていた。
人数が限られたグループチャットと
ゼミ全体のチャットとを
錯誤したのだろう。
竜眼が見ていることに気づかず
三人くらいでやり取りを続けている。
彼女は仲間内のチャットではハイテンションなのだと
竜眼はこの時初めて知ることになった。
冗談のつもりで送ったメールがウケずに
悪意をもって拡散される。
これほど哀しくて空しい事態が他にあるだろうか。
竜眼は目まいと共に
スマホをテーブルに置いた。
(そんな風に思っていたのか。しかも嫌がられていたらしい)
チャットのやり取りを軽く見ただけだが
どうやら彼女には彼氏もいるらしい。
それが同性の先輩から言い寄られたらどんな気持ちになったか。
内心でせせら笑っていたのだろうか。
虚勢ではなく
竜眼としてはさほど惹かれていたわけではないのだが、
向こうは熱烈なアプローチをされているということが既成事実になっていて、
さらに憤りが増し
同時に
強烈な脱力感にも襲われている。
(次からどんな顔で接したらいいのか……)
ゼミでは頻繁に顔を合わせることになるし
プレゼンの指導や添削も
引き続き行っていかなくてはならない。
心の中で笑われ馬鹿にされているとの
被害妄想を抱いたままでは
まともなコミュニケーションなど不可能だろう。
真面目にアドバイスしようという気も
湧かないかもしれない。
「いいんと違う?」とか
「よう言わんわあ」とか
「君プレゼン上手いねえ」とか、
京都生まれを舐めるなという
意気地を見せたくなるかもしれない。
竜眼の実家は教育方針が厳しく
同性愛には完全に無理解であったため
必然的に旺盛だった性欲は
無理矢理に抑圧し抑制されて育った。
高校までのストイックさは何だったのか。
報いはないのか。
何の見返りもないと事前に知っていたら
努力してK大なんかに合格しなくてもよかったのではないか。
京都で一人暮らしさえ始めればと期待していたのに
何年経っても何も起きない。
挙句の果てに
今日この仕打ちであるのだから
もうやっていられない。
(なにかキッカケがあれば、などと思っていたのに……)
少なくとも今回との出会いは
その「キッカケ」ではなかったのだと
逆説的に証明された。
やはり一人で
特殊なセクシャリティは隠したままで
生きていくしかないのかという
絶望と諦めを突き付けられ、
こんなに傷つくくらいなら
誰にも理解されない方がずっとマシだとさえ思った。
スマホのチャットアプリを強制終了させ
地図アプリのストリートビューで
故郷の海を表示させ
虚ろな目でぼんやりと見る。
一人暮らしでホームシックのときなどに
現実逃避するためのルーチンであった。
今はただ堪らなく海が恋しい。
先ほどまで引きつっていた竜眼の顔は
やがて完全に無表情なり
虚ろな瞳でスマホを見つめていた。
これからはより徹底して
同性愛的な性欲を抑圧しなければならないと思うと
椅子から立ち上がる気力さえも沸いてこなかった。
そんな竜眼の荒涼とした心中などは
顧みられることもなく
学生たちは楽しそうに「なごみエリア」を
カジュアルに利用しており
気が付けば人が増え
空席が減っていた。
カウンターの隣席に座ったカップルが楽しそうに談笑し始めたのに
竜眼の意識が向き、
確率的にはほとんどあり得ないだろうが
もしかしてゼミ生たちが入ってきたら
などと想像してしまって
ぞっと総毛立ち
身の毛がよだった。
竜眼は惨めさが夜の霧のように
全身に満ちてくるのを感じ
のろのろと席を立って
「なごみエリア」の出口へと歩き出す。
出る間際に後ろ方から
「あの女の人ちょうかっこいい」
「男装コスプレイヤーかな」
「歌劇団の男役かも」
などと興奮気味な女子の声が聞こえてきたが、
もう何も信じられない。
少しの間の休憩のつもりで「なごみエリア」に来ていた竜眼であったが
もはや文献調査を続ける気力はなく
閲覧席に戻り
素早く荷物をまとめると
借りていた書籍を返却して
黒のワンショルダーリュックを右肩に引っ掛け
ズボンのポケットに左手を突っ込み
足早に図書館から去ろうとした。
果たして、その「キッカケとなる何か」は来たれり。
吹き抜けとなっているホールを抜け
図書館の玄関をくぐり
早く外に出ようと
竜眼は俯きながらも速足で歩いていると、
ホール脇に据え付けられている受付カウンターの方から
二人の女性同士で
揉めているような声が聞こえてきた。
片方は落ち着いた大人の女性のようで
受付であることからも
竜眼には馴染みの司書であろうと予想した。
もう片方は若い女性らしく
キンキンする声で
何かを必死で訴えているようであった。
(……! 誰だ? この声……)
竜眼の足が止まる。
甲高い声ではあるが
嫌な感じはしない。
一瞬で全身の細胞が活性化するような、
愛嬌を含んだ
遺伝子レベルで好きな声であると
無意識に感じたからである。
(どんな女性なのかだけでも見てから帰ろう)
早く帰ろうとしているのだから
厄介ごとに巻き込まれるのは御免なはずなのに
心がへこんだままの竜眼の体は
勝手に重力で
その声に吸い寄せられるように
歩みを変えた。
もしかしたらこれが
待ち望んでいたキッカケとなり得るかもしれないと
無意識で期待し
これを無視して通り過ぎるのは
惜しいとも感じたのかもしれない。
心持ち足音を忍ばせて
玄関から受付カウンターの方へ引き返すと、
二人の女性が対話している現場が見える。
カウンターの中で立って応対しているのは
いつもの見慣れた女性司書なのはすぐに分かった。
小柄な人であったが
図書館を代表する立場として精一杯気張って
クレーム処理に挑んでいるような印象である。
対峙している若い女性の方は
竜眼の位置からは
まず後ろ姿が見え、
ここのキャンパスではまず見かけないような
ギャルな風体に
視線が釘付けとなった。
このムチムチ女子が
さっきからの気になる声の出所に違いない。
後ろから見て
尻や骨盤が
豊かに張り出した存在感と
ショートパンツでむき出しの太ももの
艶めかしい白さ、
竜眼からキスするのに丁度いいくらい好みの
身長は百五十センチくらいであろう。
狙っていた後輩なんかより
ずっとストライクの体つきに
竜眼はビクッとして
立ち止まるほどであった。
(軽そうな女だな)
そんな第一印象であった。
「軽い」という言葉に竜眼は
ポジティブとネガティブの
両側面を見ており
その桃尻ギャルは
悪く言えば
性に奔放でやり手の遊び人にも映ったが
ここでは頭が緩く
簡単にゲットできそうで
竜眼のプライドを傷つけられる心配が少ない
都合がよくて
世間知らずで
チョロくて
安心してアプローチできる
という意味での軽さであり
むしろ他の誰かに取られたり
どこかへ飛んで行ってしまうよりも前に
可能な限り急いで
一も二もなく確保してから
逃がさないように
縛って引きつけておかなくてはと
焦らされるほどであった。
竜眼本人は自覚していないが
桃を見たときに
全身が反応を示して
全体重をかける形で
前のめりになったのである。
これが異性であれば
恋と勘違いしていたであろうが
竜眼の場合は
単なる百合やレズビアンよりも
込み入って複雑な性癖であるから
当人ですら
正確に分析し認識するには
至っていない。
無言のまま竜眼は
桃に気づかれないように
彼女の真横まで来て
司書には仲裁に入りそうな振りを見せながら
素早く視線を走らせ
桃を、
なかんずくその肉体を
観察し始めた。
百八十センチ近くある竜眼からは
見下ろす位置関係になり
目に飛び込んでくるのは
胸の谷間という事になる。
たわわに実った瑞々しい白桃を
二つ並べてギュッとしたような
艶やかさと柔らかさが
目から伝わり
竜眼の脳髄を心地よく揺すった。
見せブラの白い肩紐が
チューブトップの中に吸い込まれていって
ハーフカップのブラの上端さえも
チラチラと顔を出す。
竜眼が指で引っ掛けて下に引っ張れば
まろび出るであろう
仄かなピンク色さえ見えるほど
鮮明に想像できた。
さらに視線を下げると
へそが出る丈の申し訳程度の服に
ホットパンツのボタンは外し
見せパンの紐は薄いピンクである。
乳を愛でるべきか
尻を愛すべきか、
それが問題であった。
――触りたい――
――撫でたい――
――揉みたい――
――舐めたい――
ギャルの横に立って
一秒も経たない間に
無表情のままで
竜眼はいろいろと妄想し始めれば
ジェンダーの悩みなども吹き飛ぶほどの
獣欲という暴風に襲われた。
とにかく
揉んだり
吸ったり
したくなったのである。
十分に近づいたので
ギャルが発する
「えー?」とか
「マジンガー?」とか
喚く言葉の意味も聞き取れるようになってきた竜眼は
話の内容や流れを聞いて
入り込むチャンスを探ろうとした。
「でもぉ、ここにしかないって聞いたんですぅ」
とギャルは甘えるように言うが
「だから、学外の方には……、貴重な図書ですので……」
と司書に
ギャルの要求が先ほどからずっと拒絶され続けているようで、
受付が男だったら色仕掛けで籠絡できたろうが
当たった司書が女性なので
逆に厳しい対応をされているらしい。
(本なんか読まなそうな外見の娘が
わざわざK大の図書館にまで来て
読みたい本とはどんなものだろう?)
無言で横に立ったまま
竜眼は二人の会話が進行するのを
腕を組んで待った。
「なくさないよ?」
とギャルは更に食い下がるものの
「貸出はそもそもできないんです」
と冷たい声で司書が応えるのを聞いた竜眼は
(確かに貴重図書は館外に持ち出せないルールだな)
と頷いた。
「ここで見るのもダメって?」
とギャルが念を押すと
「学外の方は一般開架の図書しか閲覧できないんです」
と言う女性司書に、
K大の図書館に一般人が入れるだけでも感謝しろよ
という感覚はないと竜眼は思いたかった。
「どうしてもォ?」
とギャルの子はグイとカウンターに詰め寄るが
女性司書は突き出された乳の谷間を
忌々し気に睨み返して
「国会図書館ならあるんじゃないですか?」
と司書が目を逸らしながら
冷たい声で言うのを聞いた竜眼は
(その施設名を出すのは議論はもう終わりという意思表示と同じだ)
と苦笑した。
「東京なんて行ってらんないし。
他の場所とか聞いてるんじゃなくて、
その本、ここにもあるんでしょ?
いいじゃん、ちょっと見るくらいー」
とギャルはムキ―っとばかりに
左右の足をパタパタとして
地団太を踏んで不満を表明している。
上下にプルンプルンと揺れる白桃ちゃんを
竜眼が横でさり気なく凝視している。
そんな竜眼の邪な視線には気づかず
女性司書はカウンターのPC端末を操作しながら
「絵本の桃太郎なら児童書コーナーにあるんですが……」
と違う提案をしてきたが
流石にそれは馬鹿にしすぎではと
竜眼でさえも心配になる。
「絵本とかどこでも売ってるし、そういうことじゃないよ」
と意外に冷めたツッコミをギャルが入れたので
竜眼も少し冷静さを取り戻し
「え、桃太郎?」
と聞き返しそうなるのを
声に出さずに済んだ。
(桃太郎の本を求めてわざわざ大学の図書館にまで来たのか?)
民俗学を専攻している竜眼にとっては
好都合なジャンルではあるが
桃太郎という題材が
あまりにも通俗的かつ低年齢向けすぎるために
心から喜べず
(せめて源氏物語くらいであれば……)
と内心で嘆いた。
「桃太郎の歴史とか、研究した本なら他に何冊かありますが……」
おそらく「桃太郎」というワードで検索しているらしい
司書の提案をギャルは
「別に桃太郎マニアではないし、何でもいいわけじゃないの」
とさも当然といった風で受け流した。
「その『桃太郎大予言』ってのにヒントが書いてあるって聞いて、
それじゃなきゃダメなの」
このタイミングで初めて書名を聞き
そのインパクトに触れた竜眼は
(そんなのがあるの?
しかも貴重図書に?)
とやにわに興味がわいた。
単なるトンデモ本の類いであれば
K大の図書館が貴重だと判断するはずがない。
どのような内容なのだろうか。
「ハア……。
他の利用者の迷惑になりますから、
そろそろご遠慮ください」
女性司書も堪忍がきかなくなってきたのか、
ため息をつきながら
京都在勤にしてはストレートな表現で言い切った。
もう少し会話を聞いていたかった竜眼は残念に感じた。
ギャルの方は投げられた言葉の意味を素早く察知したらしく
ハッとして顔を強張らせ、
すぐにワナワナと表情筋を震わせ始めた。
「もうダメだ。
諦めよう。
早くもつまずき、
あたしの冒険は終わった」
下がる眉尻、
への字の口から悲し気な声で呟き、
がっくり肩を落とし
表情豊かに
ギャルはその場で踵を返そうとしている。
(まずい)
と心が動くよりも早く
竜眼の右手が行動を起こしていた。
ギャルの右肩をポンと
叩き去ろうとする彼女を引き留めた。
「諦めるのはまだ早いだろ」
ギャルが驚いて
パッと振り返り
竜眼の顔を見上げる光景に
逆に竜眼が驚かされる。
その言葉は
全てを諦めて
俯いて図書館を去ろうとしていた
先ほどまでの自分にも向けられていたのだろうか。
「あなたも、
こんなに本を読みたがっている人がいるのに
力になれないなら、
図書館の役割とは何だと考えているのか」
照れ隠しのように竜眼は目を逸らすと
腕を腰に当て
司書へと目を細めて低い声で言った。
「竜さん……、
私も辛いけど、
ルールはルールなんですぅ」
女性司書は身をくねらせ
泣きそうな声で答えた。
司書とは竜眼が大学生の頃から
頻繁に図書館に通っていて顔馴染みである。
「ピンチになるや否やどこからともなく颯爽と助けが現れた!
やっぱあたしって格別な逸材!」
ギャルは顔を輝かせ
真っすぐに見つめるので
その眩しさに竜眼は頭を掻いて
「ていうか、桃太郎の関係で貴重図書なんてあるの?」
と司書に水を向けると
「私も初めて知りました」
と信じられない様子である。
貴重な資料が図書館に適切に保管されていることは
司書にとっては誇りのはずであるから
やはり不思議である。
「桃太郎の起源なんてせいぜい江戸時代だろう。
似たような民話は昔から各地にあるだろうが
御伽草子には載っていないはずだし」
との竜眼の問いかけにギャルは
「さあ」
と首を傾げ
作成年代に興味がないことを示した。
「書誌データベースの詳細はほとんどの項目が「不明」になっていて、
何なのこれ」
と司書は苛立たし気にキーボードを叩いている。
「これで何で貴重図書認定なの」
と独り言も聞こえた。
ギャルからの期待の込められた視線を浴びながら
竜眼はカッコつけるための行動を開始しようと
まずは
「民俗学専攻として、そんな本の存在すら知らなかったなんて恥ずかしいからな」
のようなセリフから入り
「これから私が閲覧室に行ってデジカメで撮影してくるよ。
画像だけで良ければ後で見せてあげよう。
本のことを教えてくれたお礼だ」
と自分でも驚くほど
気さくな笑顔で
ウインクができた竜眼に対して
ギャルは
「やった! 内容さえ読めれば写真でも何でもいいです!」
とまたその場で飛び跳ね
胸肉を揺らした。
「構わないよね?」
と竜眼は図書館の会員カードを取り出しながら
女性司書に圧をかけると
貴重図書は持ち出しも貸し出しも不可であるが
係員の立ち合いの元でなら
私物のデジカメを持ち込んで撮影することは可能なルールだったはずで
言われた司書は
「まあ、竜さんが言うなら……」
と顔を赤らめ、
本当は事前の申し込みが必要なのだけれど
今は閲覧室は誰も使ってないし、
などと言いながら
そそくさと手続きに入った。
「すまないがそういうことだから、
私がその本を撮影している間は
カフェにでも行って時間をつぶしていてくれないか。
後で合流しよう。
時計台会館の地下にカフェがあるから」
と言いながら
竜眼は流れるような手つきで
ギャルにコーヒーチケットを差し出した。
「え、かっこよすぎ……」
とギャルがうっとり見てくるのに合わせ
「撮影し終わったら連絡するから、ライン教えてくれる?」
と自分でも不自然なくらいの
スムーズさと
強引さで
竜眼が迫るとギャルは
「あわあわ、こんな聞き方されたら喜んで教えちゃうね」
と慌てた手つきでスマホを取り出した。
ギャルこと桃からしてみれば、
急に現れた高身長の超ハイスぺ超イケメン女子が
なぜここまで親身に助けてくれるのか
警戒心が湧かないわけではないが、
ほぼノーメイクであることや、
ショートだが前髪の長めな髪型、
マニッシュでメンズライクな服装、
そして何より
桃の胸元にねっとり絡みつき舐めるような視線から
(カラダ目当てじゃね?)
と直感的に思い至り、
試しに乳房を前腕で挟み
その場ジャンプで上下に揺らして感謝を表現したところ
先方は分かりやすいくらいにドキッとして
生唾を飲み込み食い入るように見つめてきた。
桃は確信した。
あたし狙われてる、と。
たとえそれが同性からの欲情だとしても
自分の肉体や若さに価値があるのは
嬉しかった。
連絡先を交換するという体裁で
桃は竜眼の横に周り
彼女のスマホを覗き込むのを装って
その胸肉を
二の腕に
さり気なく押し付けてみれば
竜眼の固まったままの表情に
(……行ける!)
と確信めいた
淫らで不埒な期待感が浮き上がってくるのが
手に取るように分かった。
「じゃ、じゃあ、急いで撮影してくるから、
きっと待っていてくれよ。
黙って居なくなったりしないでよ」
いつもクールで自信家の竜眼にしては
いささか情けない物言いになったが
つい先ほどまでのつまらない後輩による
傷心とトラウマの影響を考えれば
過分に慎重になるのも無理はないであろう。
それは桃にはあずかり知らぬ心の傷であるが
持ち前の
優しさと
共感能力と
甘やかしから
竜眼の手をそっと握って
「あたし、吉備野桃っていいます。えっと……」
とスマホの画面で
今しがた交換した連絡先で名前を見たが
読み方が分からないことを遠回りに示した。
「亀割竜眼だ。変な名前だろ?」
やや自嘲めいて読み方を告げると
桃は「そのまま読むんだ」
と妙なところで感心し
「絶対待ってます!」
と小首を傾げてコケティッシュに笑いかけた。
予言書の全ページ撮影が終わった竜眼が
速足で図書館前の並木道を移動している途中、
その事件は起こった。
速足なのはもちろん
桃が時計台記念館のカフェで待っているからで
図書館を出る前に
LINEで今から向かうと送ったら
すぐに「よろしくおネギ」という返事と
カモがネギを背負っているスタンプが送られてきて
竜眼の胸は高鳴っている。
竜眼の長くしなやかな脚なら
三分もかからない距離である。
ふと、
竜眼の前途に
二つの人影がジッと立ち止まって、
こちらを伺っているような気配があるのに気づいた。
男女それぞれ一人ずつで
二人ともスーツ姿であり
学生ではありえないし
大学職員っぽくもない。
一般企業のサラリーマンと
OLのペアという感じを受けた。
二人は何も言わず
道を塞ぐように
左右から竜眼の前に入って来て
立ちふさがる。
まず女性の方は
年齢こそ竜眼に近いくらいの二十代半ばに見えたが
既に社会人としてそれなりの期間を働いているような
乾いたオーラと
竜眼はとうてい持ち合わせていない色気というか
やさぐれたあだっぽさを
パサついた髪で醸し出しており
タイトスカートの腰に手を当て
体幹をくねらせたまま
不敵に微笑んでいる。
もう一方の男性の方を見れば
女性に比べてだいぶ年上のようで、
ぽっちゃりというか
だらしないメタボ腹と
浮腫んだ顔面とが
一目カッコ悪いおじさんという印象を
否応なしに与えて来るので
竜眼は無意識で目を逸らしてしまった。
ダサいネズミ色のジャケットの裾をめくって
ズボンのポケットに手を突っ込み
カッコつけているようなのが
キモさを助長させている。
二人ともポーズを取ったまま動かず
ニヤニヤと明らかに
竜眼個人を見ているので
何か用ですかと一瞬だけ竜眼は
思わず立ち止まりそうになったが、
すぐに二人を無視して
無言で横を通り過ぎようと心を決めた。
どうにもペア間の年齢差がありすぎるので
訳ありで不道徳な
不倫カップルであり
関わっても碌なことがないだろうという
竜眼のその予想である。
上司の斧熊(金太郎の末裔)と
部下の美月(かぐや姫の末裔)が
超エリート大学院生の竜眼(浦島太郎の末裔)を
待ち伏せしていた構図である。
更に付け加えるなら
斧熊は家族には出張と偽っての
不倫相手と堂々の外泊であった。
(困っている様子でもないし、桃さんが待っているから、ここはスルーで)
二人とは逆方向の
植え込みに咲いている花々を
目を細めて眺めながら
気づかないフリで通り過ぎようとした竜眼の耳に、
唐突に何事か言葉を発し始めたのが聞こえた。
それは竜眼に向けられているのかも分からないような
歌舞伎の口上のごとく
誇張したような抑揚と不自然にゆったりとしたテンポと
あまりに場違いなボリュームの発声であった。
予めセリフも順番も打ち合わせてあったようで、
まずは女性から吟じ始める。
「恨みはあらねど浦島の、涙もしとど、京丹後」
竜眼は歩き続けながら
(京丹後と言ったか? 私の出身地だ)
と驚き眉根を寄せた。
次は中年男性である。
低音でイケてるボイスを出している風なのが気持ち悪い。
「亀には乗らず烏丸の、花ぞ匂へる九重に」
竜眼は
(大学の校歌をオマージュしている。単なる異常者ペアではないのか?)
と訝しんだ。
何とか反応せずに
ペアの横をすり抜けた後で
一気に距離を広げようと逃げるように
走り出そうとした竜眼の後ろから
二人の声が追いかけてくる。
「ここに骨抜き、心折り」
「楠の葉と散れ……」
最後に二人そろって、
「亀割竜眼!」
とバシッと決められて、
たまらず竜眼は
(なぜ私の名前を知っている?)
と驚いて振り返ると、
中年男性の方が歩道に這いつくばり
地面にヨガマットを敷きはじめているところであった。
「写真データと照合、間違いないわ」
女性社員の方は
スマホを片手にそう呟いた。
上司にヨガマットを敷かせるのを気にしないどころか、
さも当然のような振る舞いである。
(何の目的で?
名前や所属どころか顔写真までも流出している?
ものすごく気持ち悪いんですけど)
竜眼は心の底から不快さがこみ上げてくるのを感じ
顔をしかめた。
男性の方が小声で
「いいよ」
と女性に告げる。
単に這いつくばってヨガマットを敷いただけではなく
そのマットの上で四つん這いになっているのである。
女性は心得た様子で
無言のままよろよろと男性の背中の上に乗り、
同じく四つん這いのポーズで縦に重なる。
もちろんスーツ姿のままである。
(前衛パフォーマーかな? 初心者の)
と竜眼が辛口のレビューをするほど
未完成でお粗末な
二人ピラミッドであった。
「個人的に恨みは無いが、骨抜きにさせてもらうぞ、亀割竜眼」
何が始まるんだろう、
と見ている竜眼の前で、
二人はタイミングを合わせて縦に並んだ首を
右に左に、
そして上にとピッピッと振り、
最後に前を向いてキメ顔で叫んだ。
「来たれ!下甑のオニ神!」
十秒ほど間があった後、
竜眼は
紙製のオニのお面が
彼方の上空から飛んでくるのを見た。
もちろん目を疑った。
大きさは新聞紙を広げた程度だが、
つり上がった目、
大きく避けた口、
中でも目立つのが
長くて尖った鼻、
といった独特の風体で
いわゆるナマハゲ型のオニとは一風変わって
異彩というか
異国情緒を放っている。
お面は
竜眼らの真上の空中で止まって
UFOがアメリカの牧場で牛を攫うがごとくに
光で組体操二人ピラミッドを吸い込み始めた。
浮き上がって縮小しながら
オニ面の口に吸い込まれていくのに
二人とも慌てる様子もなく
身じろぎもせず、
むしろゆっくり身をまかせるような涼しい顔であった。
竜眼は茫然と見上げたままである。
二人が取り込まれた直後、
乾燥したソテツの葉が伸びて
黒い体が茶色く覆われるような変形が上空で始まり、
同時に全体的に巨大化していって
最終的に三メートルくらいの
立派で禍々しく
オニと呼ぶのに相応しい首から下も出現した。
竜眼はアブダクションされた二人の心配をすべきか迷ったが
自分が助かったという感覚はなかった。
この後、あの化け物が
自分の前に降りてくることは確実だからである。
果たしてオニは竜眼の予想通り
彼女の目の前に地響きを立てて着地し、
吠えた。
「おるか、おるか! 亀割竜眼は、おるか!」
重低音の大音声を全身に浴びた竜眼は
物理的に腰を抜かして
尻もちをついた。
青ざめて
表情を無くした顔のまま
地面に着いた両手をバタつかせて
後ずさりを始める。
純粋な体の大きさと
顔面の迫力、
更に牙などのパーツの前では、
いくら竜眼が
ハイスペックなクールビューティー
かつボーイッシュといえども
普通に一般的な二十代女子であるのだから
一時的なパニックに陥るのも無理はないと言えよう。
同時に、
意外に冷静に観察を始めた自分のことも
他人事のように見ていた。
(あの鼻の形……。
特徴的な、
尖っていながら異様に長く突き出ていて、
どこかで見覚えがあるような……)
脳の大半を
恐怖で塗り尽くされている竜眼であったが
若く鋭敏な頭脳は
活動することを諦めず、
すぐに膨大なデータの中から
ある情報をピックアップし
彼女の意識の上へ
ハッと思い出させた。
「トシドン、なのか?」
震える声で
竜眼はそう呟くと、
脳内から
トシドン関係の情報が
スルスルと流れ出す。
(鹿児島県の甑島列島に伝わる
年神であり
天上界からやってくるという
来訪神である。
大みそかに子供のいる家を回って
その子の成長を祈願する
神事かつ年中行事で
形式的には秋田県男鹿半島のナマハゲにも似ている。
国連教育科学文化機関の
無形文化遺産に登録されたはずだが
カテゴリは「来訪神」であって
決してオニではない。
トシドンは無形文化遺産ではあるが
地元の方々にっては神聖なもので
原則非公開で
撮影も禁じられていると聞いた。
ちなみに年神とは
地方によっては正月様などと呼ばれ
訪れた家は良い年を迎えられるとして、
門松を飾るのは年神が入って来る目印に、
鏡餅は年神へのお供え物であるというのが一般的である)
その情報を元に
竜眼は
目の前の化け物は
トシドンのビジュアルと雰囲気を借用しただけであり
何らかの悪意を持って自分を攻撃しようとしているが
実際のトシドンとは
一切関係のないものだという結論に達した。
(先ほど図書館で見た本や
桃さんと
目の前のトシドン風化け物が関係しているならば、
やっぱり足を踏み入れるのは止めておこうかな)
尻もちをついたまま
足に力が入らず
立ち上がれもしない竜眼に
そんな情けない考えがよぎってしまうのも
また無理のないことであろう。
三メートル以上はあるオニが
恐ろしい形相で
竜眼に向かい
地響きのような怒鳴り声をあげる。
「亀割竜眼! おるか!」
面と向かって
超大音量で言われると
尻もちをついたまま飛び上がりそうになり
「そうです」とも
「人違いです」とも言えず
驚愕に口を大きく開けたまま
固まっている竜眼である。
「竜眼!
お前!
女のくせに、
女の体が好きなんだそうだな!」
別の意味で竜眼は
口を大きく開け
「そんな大声で言う?」と
なぜ公表していない個人的なセクシャリティを知っているのか、
同性に性的な興味を持つのの何がいけないのか、
もうそんな時代ではないだろう、
などよりも先に、
そんなに大きな声で言わないで欲しい、
という感想が先に来てしまった。
「女の中でも、
ちょっと小柄で、
かつ肉付きが良くてムチムチした、
年下の娘がお好みなんだそうだな!」
そこまでハッキリと
言語化したことはなかったので
竜眼は重ねて驚いて
目を見開いた。
(下甑島の本物のトシドンなら
事前にご両親などから
子どもの良いところや悪いところをヒアリングしておいて
来訪時に子どもをビビらせながら
褒めたり説教したりすると聞くが、
こいつはおそらく偽トシドンのはずなのに
なぜ極々の個人情報を握っているんだ?)
パニックを起こしながらも
必死で考える竜眼だが、
実際には
乙姫が竜宮城から
ゼミ員のグループチャットに不正アクセスして得た情報を
美月らに流したものであった。
いきなり殺されたり食べられたりは
しないような空気なことに気づき
少しだが竜眼の恐怖が和らぐようでもある。
竜眼の背後から
誰かが駆けてくる足音が
ペタペタと聞こえてきた。
勇気ある学生などが助けに来てくれたかと
竜眼が期待を込めて
首を後ろに向けると、
走って来るのは
桃その人である。
竜眼の視界の中で
桃の顔面にフォーカスが当たり
急にアップになる。
オニの吠え声を聞きつけた桃が
女の子走りで
胸を上下にプルンプルンさせながら
カフェから飛び出してきたのであった。
キリっとした表情をしているが
肉体のフォルムが全体的に柔らかく
ぽわぽわとしている。
「何してるんだ、来ちゃだめだ、逃げなきゃ」
竜眼の気は動転していて
桃が左の手のひらに何か乗せて
掲げるような体勢なのに気づかない。
それは三センチほどの
一寸法師である。
なんとまだ寝ている。
昨日の
巨大アミューズメントパークのプールサイドで
ナマハゲを退治した後に力尽きて
眠りに落ちてから
今までずっと寝っぱなしであった。
そんな状態の一寸法師を
桃はオニ(トシドン)へと
ぶち込む気が満々である。
一寸法師なのだから
オニを退治するのは
当たり前と決めつけている。
(……やるしかない!)
桃の目論見などは
あずかり知らぬ竜眼は
ヨロヨロと立ち上がり
ベルトをズボンから引き抜いた。
いざというときのため
重めのバックルを振り回して
武器にしようと普段から身につけているもので
振り回して遠心力で思い切り顔面に叩きつければ
人間ならば大けがを免れない。
身の丈三メートルの大オニに
どこまで通用するかは知らないが
やれるだけのことをやるだけである。
ここで竜眼の体力や運動能力について触れると
物心ついたころから剣道に打ち込み
高校では全国レベルの剣道部で主将まで務めていた。
大学に進学してからは研究に没頭し
最近は体もあまり動かしていなかったが、
子どもの頃から男まさりで
ヒーローに憧れ
ヒロインを守って戦いたい
という願望が常にあった記憶がある。
そのような背景を持つ竜眼であるから、
桃が直面するピンチに際して
せめて囮になろうと立ち上がり
勇気をもってオニに向き直ったのは道理であった。
「げえ? 桃太郎に、一寸法師?!」
予想外の反応がトシドンに見られたので
竜眼は
ビュンビュン振り回していたベルトのバックルの速度を
少し緩めた。
(おびえる様子?
私のベルト殺法にではなさそうだ。
となれば……)
残るは当然、
駆けつけてきた桃に
おびえているということになる。
竜眼が期待と共に振り向くと
桃はオニを前にしても
恐れる様子もなく
むしろ慣れた表情に
余裕さえ感じられる。
(なんと!
やはり只者ではなかったのだ。
桃はオニと何か因縁があるのだろう。
そうでなくては頭の軽そうな贅肉ムチムチ嬢が
オニを目掛けて走ってくることがあるだろうか。
いやない)
揺れる胸肉に
目を奪われながら
竜眼、頭の中に強調の反語表現が
自然に出てくるくらいには
余裕を取り戻していた。
(ならば、この状況も好転させてくれるのかもしれない。
打ち寄せるオニや怪異どもを
異能バトルでばったばったとなぎ倒す
スーパーヒロインなのだとしたら?)
何か重大な事実に気が付いたように
ハッとした竜眼だが
実際にはまだパニックの最中である。
「なんで桃太郎と一寸法師が浦島太郎と一緒にいる?
勘づいて先回りしていたのか?」
トシドンの大きく裂けたような口からは
心の声が更にだだ漏れであって
竜眼にも当然のように聞こえてきた。
そろそろ竜眼も
桃の手に
小さな人影があるのに気が付き、
(あの小さいのが一寸法師?
桃が桃太郎だとすると、
消去法で、
私が浦島太郎ってこと?)
と、
消去法で浦島太郎
というフレーズの
妙な響きに引っかかりながらも、
(ヒーローになってヒロインを守りたいと思ってはいたけど
浦島太郎には戦うイメージがない。
やはりオニ退治といえば、
桃太郎か一寸法師だよな。
すると私は非戦闘員、
せいぜいサポート役だろうか。
日本むかし話の超メジャーの一角を担当しているなら
単なる一般人ではなくネームドだろうし、
堂々と桃に接近できるのは嬉しいが)
などと良からぬ期待も膨らませていた。
竜眼が首を振って
桃とオニとを交互に見るが、
桃の方が堂々としていて優勢のように感じられ、
トシドンはアワアワと両腕を振り回し
腰が引けて
何とか桃から距離を取ろうと後ずさっていき
一目でビビっている様子が伝わってくる。
桃は
プールサイドでのナマハゲ攻略時と同様に
バレーボールのサーブの要領で
一寸法師をオニにぶつけようとしているのである。
(とりあえず今は一寸法師がどのような仕事をするのか、
間近で見て参考にしよう)
竜眼は
桃から見えない角度で
こっそりベルトを締めなおした。
「ナイッサー!」
甲高い女性の声がキャンパスの遊歩道に響き、
ぼんやりと目を覚ましたのは
我らが主人公、
一寸法師こと打出小次郎である。
直後、
やわらかい肉の壁が
激突してきた衝撃で
今度は完全に目覚める。
その衝撃を
小次郎の顔面と体の左側で受け止め、
運動エネルギーの出口として
右側だった方向へ吹っ飛ばされて行くのである。
思わず
「オハヨーゴザイマース!」
と叫ぶほど
意外にもさわやかな目覚めであった。
サーブは二回目であるが
まるで躊躇というものが感じられない。
やれやれ、
面白れー女だとは思っていたけど
ここまではっちゃけているとは、
と小次郎は吹っ飛びながら
肩をすくめた。
と同時に、
オニの邪悪な気配も
一寸法師の鋭敏なセンサーは察知していた。
具体的に言えば
センサーとは鼻であり
感知したのはオニ独特の臭気、
何とも言えない嫌な空気である。
それまでずっと寝ていたのが
オニの気配ですぐにシャキッと目が覚める、
正にオニ退治第一人者の風格
と言って差し支えあるまい。
(たっぷり寝たせいか頭がすっきりするな。
うっすらとかかっていた靄が晴れたように爽やかな目覚めだ。
桃ちゃんサーブもぜんぜん痛くなかったし)
そんな晴々とした表情と
瞳で
小次郎がオニの気配の方に目をやれば
初回のナマハゲとは
デザインがマイナーチェンジしている。
特に鼻が尖って長いので
小次郎は
そこはかとなく異国情緒を感じた。
もちろん
小次郎のような底辺浪人生が
下甑のトシドンについて
知識を持っているはずもなく
単に(変わったオニだなぁ)くらいしか
感想が言語化されることはなかった。
(何やらまたも修羅場のようだが何が起きたか分からない。
だが、つべこべ言わずにあのオニを退治してこい、
という桃ちゃんからのメッセージはサーブの強さから何となく分かる。
以心伝心ってやつかな)
ナマハゲ後の
桃との顛末について
もう少し思い出そうと
小次郎は頭を巡らせるが
夢も見ずに
ただ寝ていた感覚しかない。
最後にプールサイドで
意識が無くなったのは覚えている。
空中で首をひねって桃の方も振り返る。
そのくらいの余裕が
今の小次郎にはある。
(あれ、服装が違う。水着じゃなくなっている! なんてこった!)
場所が変わって
プールサイドではなくなっているのだから
桃が着替えているのも道理なのであるが
小次郎のわがままな性欲と
スケベ根性は
その事実を受け入れることを拒んだ。
そして輝くような白いビキニから
溢れでそうな
ババロアのような
桃のバストを
脳裏に蘇らせてうっとりとした。
『ようやく目覚めたようじゃな』
今の桃の服装も
だいぶエロいので
もっとじっくり見ようとした
小次郎の脳みそに
直接テレパシーで語りかけるものがある。
(邪魔をするのは誰だ?
チューブトップからこぼれそうな
桃おっぱいをガンミするのを邪魔するヤツは)
煩わしげに
心で語った小次郎に対し
その声は
『玩味? ガン見?』
と一瞬
戸惑ったような声を返してきたが、すぐに
『このあたりの大黒天でござる〜』
と開き直ったように
大きな声で名乗った。
また淀川の水面を爆走してきたときのように
派手に現れるのかと
警戒した小次郎が辺りを見回しても
大黒天らしき姿は見えない。
ふと視線を感じて見上げると
京都の青空に
大きく半透明の大黒天が
少年マンガの死んだキャラみたいな
穏やかな笑顔で浮かんでいた。
『丸一日、寝ていたことになるぞ』
見下ろされている小次郎は
なんだか居心地が悪かった。
『体が小さい分、一日の長さの感覚が人間よりも長いのは必定。
ハムスターの一日が人間で換算すると五十日になるようなものじゃ。
あんなに可愛くはないがな』
ハムスターの寿命が二年とし
人間が百歳まで生きられるとすれば
単純に時間の早さは
五十倍といえるだろう。
小次郎は
自分の拙い算数脳が
それなりに回転していることに
我ながら驚いた。
『お主が人間の大きさの頃より三倍は早く進んでいると感じるはずじゃ。
つまり丸三日、グウスカ寝ていたことになるのう』
呑気な大黒天の言い振りだったが
小次郎はやおら怖くなり焦って
「それだけ早く寿命が尽きるってこと?」
と小さく短い両手をバタつかせて聞くと
『寿命とかは気にしないでいい』
などと冷たく返され、
(かえって怖いな。でも詳しく聞く気にもならない。今日のところは忘れよう)
と持ち前の器の小ささで
事なかれ主義を貫いた。
『それより、おなきんじゃ。
普通の男子が三日ほどおなきんしたのと同じ効果が得られているはずなのじゃ。
体とメンタルの調子はいかほどか?』
言われた小次郎はハッとする。
小学校高学年でオナニー覚えてから
このかた
丸一日しなかったなんて日は経験がない。
欠かしたことは一日もありはしない。
それも、三日もなんて!
『若い盛りが三日も溜めるとだいぶ違うじゃろう』
と笑う大黒天を尻目に
小次郎は
自身のメンタルコンディションに着目する。
まず、いつものダルさが無い。
やたら集中力が沸くようにも感じる。
「どうしよう、どうしよう」とか
「落ち着け、俺、落ち着けったら」などの
心の声を発する必要に迫られず、
心象風景はとても静かである。
この静けさはかなり久しぶりで、
それこそオナニーを知る前の
子供の頃以来ではないだろうか。
小次郎は思わず
「これが、おなきん効果か」
と声に出してしまった。
『ふふん。調子良さそうじゃな。
亜鉛などのミネラルを無駄に射出しないので
体が楽になり
メンタルも改善が見られるのは道理』
確かに
ティッシュにくるんでゴミ袋に放り込むだけの
無駄な精力には
心当たりがとてもある。
『だがお主くらいになると三日では回復しきらぬ。
今までがいくらなんでもやりすぎているからな、一日で十回とか』
前も言われたような気がするが
何故に知られているのか見当が付かず
小次郎は不安になった。
これまでの自家発電シーンを
ずっと見られていたのだろうか。
『人間時間で更にもう四日はかかるだろう。
今まで精を出しすぎていた反動が出ているからであって、
一旦完全に回復しきったら
インターバルはもう少し短くしても好調を維持できるはずじゃ』
人間で四日ということは
一寸法師である小次郎に換算すると
十二日。
それにこれまでの三日を含めると十五日。
何と二週間超のおなきんという。
『そう悲壮な顔をするものではない。
桃っこサーブを受けてからオニに届くまでのほんの瞬間に、
これだけ悠長にカンファレンスできるほどお主はエンパワメントされておるのじゃから、
おなきんのポジティブな面にも目を向けてもよいじゃろう』
確かに、
先ほどからの違和感の通り、
小次郎は桃にぶっ飛ばされながら
大黒天と会話していることになる。
世界の時間がゆっくりと流れているということだろう。
『そのアジリティとクイックネスとがあれば今度のオニ退治なども造作もないこと。
なにせ向こうの攻撃が一切当たらないのだからな』
確かに、
当たる気がしないし
恐怖も感じないので
(俺が、あのウダツの上がらないしょぼくれた浪人生の俺が、
あんな大オニを楽勝で退治できるって?)
と判断力が上がったのか
バトル自体を拒絶するのは
最初から早々に諦めていた。
その決断も早い。
小次郎のマインドは
やがて段々と
前向きな思考を結び始める。
昨日までずっと付き纏われていた
「ムカつく」とか
「イライラする」とかいった
呟きが侵入してこない、
クリアな思考は
やがて前向きな気分が入り込む
余地となる。
(またオニ退治して桃ちゃんに感謝されよう。
どうせならカッコよくやっつけて、ビシッと決めてやろう)
オニを退治すれば周りから褒めてもらえると
一寸法師の遺伝子に刻まれているのか
約束された報酬について疑いをもつことは
今の小次郎には微塵もなかった。
迷わず、
やるべきことに集中できるのも
おなきん効果なのかもしれない。
(やるしかない。前回のナマハゲは楽勝だった。
オニを退治すればまた桃ちゃんに褒めてもらえる)
承認欲求や
貢献欲求が満たされる予想、
そして何より性欲である。
『おなきん効果でドーパミンの分泌と受容体が正常に戻りつつあり、
やる気が出てきたようじゃな。
期待される報酬に応じてドーパミンの量は変わる。
お主の最大のモチベーターはズバリ女子じゃ。
単なる女体だけではなく丸ごとの女子、
その好意と応援がお主のやる気スイッチを
バネぶっ壊れるまで連打してくれよう』
半透明でしたり顔の大黒天を
小次郎は右ななめ上目遣いで見上げ
(やる気スイッチなんて非科学的なものが実在するもんか)
と鼻を鳴らしたが
小次郎がその存在を認めなくとも
彼のドーパミンは
十八歳男性の平均的な用量へと
戻りつつあるのは確かであった。
さて、
これも一寸法師の遺伝であろうか、
オニを退治して周りの役に立てば
皆から感謝され
自分も存在を認められ
受け入れてもらえるだろう、
という打算的な目論見でさえ
普段の小次郎の後ろ向きな姿勢とは大違いだが、
いくら頭がクリアでも
結局は
桃ただ一人に認められたいという
自分のことしか考えない器の小ささは
相変わらずなのである。
おなきん効果は確かに認めるところだが、
その引き換えとして
重大ライフワークであるところの
オナニーを我慢するかと問われれば
小次郎は一も二もなく即座に断るだろう。
オナニーできない一寸法師の体にされ
不条理におなきんを強いられて
大変に不満だが
メリットも少しはあったようだ、くらいの感覚であった。
メリットとデメリットが全く釣り合っておらず、
あの「気持ちよさ」と引き換えにするには
あまりに魅力が薄かった。
オニ退治すれば
桃から感謝されるだろうと予測はしても、
あんな良い具合の女子と自分が
対等に付き合えるなどという妄想は
より非リアルに感じられる。
『やつらはインナースペースなどと呼んでいたか。
オニ内部の結界、
その中に入り込めば、勝ったも同然。
一対一の戦いなら無敵の強さの一寸法師じゃ』
未だに続く大黒天のご高説を
背中に受けながら
小次郎は広げた両腕を戦闘機の翼のようにして
キリリと引き締まった顔付きで
トシドンの過大な顔面を正面に捉え
狙いを定める。
『向こうの攻撃はまるで当たらず、
知らぬ間に体内に潜り込んで
内側からジワジワと破壊する
非人道殺傷生体兵器じゃ。
いまだに一対一で一寸法師に勝ったオニはおらん。
……数に物を言わす奴らは倒し切れないこともあったが……、
まあ、とにかく自信をもって当たれ』
小次郎はトシドンを睨んだままの顔で
「センキュー」と
二本指を立ててこめかみに当てようとしたが
腕が短く顔が大きすぎて
頬の下あたりまでしか届かなかった。
普段の小次郎ならば
こんなジェスチャーをしようとすること自体が考えられなかった。
トシドンの大きく開いたままの口から
いよいよ飛び込むと食道の壁を
左右交互にステップを踏みながら
軽快に降っていく。
外の光は届かず
直ぐに真っ暗となるも
腰に刺した針の剣の柄頭が
小憎らしいタイミングで
青白く発光し小次郎の行く手を照らした。
体が軽いとテンションも上がる。
やがて底に華麗に着地し
歌舞伎の見栄のようなポーズを決めた。
一回目とは大違いに体を操れると
小次郎は嬉しく思いニヤリと笑う。
一方の美月・斧熊ペアは慌てていた。
「一寸法師が来ている」
とトシドンが言っているのは二人にも聞こえている。
「やばい。
一寸法師だったらどこからでも入ってくるぞ。
腹を空かせたネズミみたいに」
緊張した声で斧熊が言う。
前回ナマハゲのときには
訳も分からず組体操サボテンが崩れたので
彼にとっては警戒のしようもなかった。
「大きさで言ったらネズミよりだいぶ小さいじゃない。
あの黒くて素早い例の虫みたいなもんでしょ。
名前を呼ぶのも嫌なあんな虫だと思って
踏んづけちまいなさいよ。
男なんでしょ」
美月は高飛車に言うが
その声は明らかにビビっていた。
彼女にとっては
前回ナマハゲのときに
黒ビキニの水着を好き放題に脱がされた記憶が
実際に昨日のことなのである。
「浦島だけだとと思ってたから油断してまだ一寸法師対策が何もない。
きっとすごい速さのはずだから僕の動体視力じゃ無理だよ」
首だけを上下左右にキョロキョロと振って
斧熊はそれでも
一寸法師の小さな体を視界に捉えようと試みている。
「アンタって、いっつもそうなのよ!」と
唐突に感情を爆発させた美月が
甲高くヒステリックな声で怒鳴る。
斧熊は(まさかこのタイミングで?)と
目をつぶって項垂れた。
「どうせあの黒くて素早い例の虫も怖くてやっつけられないでしょ」
という美月の怒りは
普段の斧熊の頼りない態度と臆病さにまで及び
「殺虫剤を探しに行ってる間に逃げられて隠れられちゃうんだから」
と続ける
と良いアイデアをもらったとばかりに
「そうか、殺虫剤か」
と斧熊の顔が明るくなった。
(失礼な。人をコックローチみたいに言いやがって)
小次郎は壁がひだになっている部分に隠れて
様子を見ながら二人のやり取りを聞いていた。
虫扱いは心外であったが
二人が自分の存在を大いに脅威と認定しているのは
愉快に思った。
(あの組体操を崩せばいいのだろう? ナマハゲの時と一緒だ)
小次郎から見る限りには
縦一例で二段の
人間ピラミッドと言ったところである。
四つん這いになった中年男性の背中の上に、
妙齢の女性が同じく四つん這いで乗っかっている。
どんな原理や仕組みなのかは
小次郎にはサッパリだが
どうやら二人の首の動きだけでオニを操作しているらしい。
下の中年男性であるが
決して良い体格ではない。
いわゆるメタボ体型であり、
背中は広めだが
さっきからグラグラと安定しない。
上の女性の方で
苦心してバランスを取る必要があるようだ。
女性の体を
嫌らしい目でジロジロと見れば
桃ほどじゃないが
程よく熟れて全体的にムッチリいい肉付きである。
スーツ姿の見た目にはスレンダーにも映るだろうが
小次郎の飢えたセクハラ視線は
スーツを脱いだ後のビジョンまで
はっきりとイメージできており
一言で言えば着痩せするタイプと瞬時に見抜いている。
もちろん昨日の黒ビキニ姿が
ハッキリと目に焼き付いているのもある。
(恨みはないが、おなきんの憂さを晴らさせてもらおう)
一寸法師が行動を開始する。
足をそっと踏み出してみれば
足音を全く立てずに走れるようである。
難なく一気にトップスピードまで到達した。
我ながらすごいスピードと
息が全然乱れないことに驚きが溢れ出す。
小次郎は造作もなく
二人からは見えない角度で大回りして
後ろに回り込むことに成功した。
立ち止まり、
中年男性の尻の上の
女尻を目を細めて見上げる。
(やはり女体の方を弄り回すのが良いだろう。
中年男の体なんぞには一銭の価値もない)
などと悠長に思案している間に
一寸法師の体は勝手に動き出している。
いつの間にか草履を脱いで床に放っていた。
ぴょんとばかりに
美月の右尻の下あたりに
スカートの上から
素手の両手と素足の両足でピタリ吸い付く。
原理は分からないが
某クモ男のように自由自在である。
試しに這ってみれば凄いスピードで
速度は小次郎の望むままいくらでも加速できそうであった。
「……ん?」
と右の尻を両手のソフトタッチで
サワサワと触れられたとき
美月は流石に異変を感じ
「ちょっと、まさか?」
と左の尻を両手と両足で
揉み込むように撫でられると、
むず痒いような感覚が差し込んでくる。
「何かいる!」
尻の谷間で頬ずりしながら
挟んだままの顔を
上から下に合わせ目をなぞるように移動され始めた時に
その疑問が確信に変わった。
スカートの布地越しに
モゾモゾと這い回られる感覚に
先ほど自分で言った例の虫のビジュアルを乗せて想像してしまい
悲鳴が勝手に喉からほとばしる。
しかも自然界の昆虫なら
基本的には人間を恐れて逃げていきそうなものだが
一寸法師の場合は
人間のメスに自ら向かってくるのだから
虫よりもずっと怖くてたちが悪い。
(けっこう可愛い声で鳴くじゃないか)
美月にしてみれば
身も世もなく斧熊の背中の上で
四つん這いのまま
片手で自分の尻をペシペシと叩いて
虫を払おうとする仕草を繰り返すより他はない。
その土台となっている斧熊といえば
昨日のスクワット等の筋トレ効果は
まだ始めたばかりなので望むべくもなく
むしろ筋肉痛もまだ来ないくらいの
スカスカ筋肉っぷりである。
正しいスクワットの姿勢を
動画で美月と勉強し膝が
痛くなくて感動したのも束の間、
調子に乗ってやりすぎた結果、
太ももの大腿四頭筋が断裂しそうな痛みが走ったりして
納得がいくほど回数をこなせなかったのである。
「だ、大丈夫だから、落ち着いて!」
そう言いながらも
斧熊は動転しながら
意味は無いと分かっていながら
ハイハイで前進したり
その場でクルクルと回転したりしてみる。
激しく動けば却って美月が落ちそうになり
更なる悲鳴が響くばかり、
ここに至って斧熊はおのれの無力さに直面し
歯軋りしながら
(俺は何をやっているんだ)
とうめくように呟いた。
斧熊らの組体操動作をキャプチャーしているのだから
偽トシドンこと大オニの動きも混乱し
右往左往することになるのは
外側から見ている桃と竜眼も
目の当たりにするところである。
一寸法師が投入されてから程なくして
急に苦しみだしたようなトシドンに際し
ポジティブに驚いた竜眼は
腰に手を当て胸を張って得意げでいる桃に
「君がやったのか?」
と聞かざるを得なかった。
「ま、格別の逸材ですから」
と桃にしてみれば
放り込んだ一寸法師が想定通りに働いてくれるか確証はなかったものの
前回のナマハゲのように簡単に退治できるだろうという期待もあったし、
自分が本当に桃太郎の末裔ならば
何度でも上手くいくはずだとして
その運命を試してみようという
幾分甘い見積りがあったことも事実であった。
「すごいじゃないか。やはり君は只者じゃなかった」
感心した竜眼は賞賛の言葉を言いながらも
桃が突き出した胸の膨らみを見る。
しっとりと柔らかそうながらパンとした張りもあり、
どれくらいの低反発の具合なのか、
揉んだらどんな強さで押し返してくれるのか、
触感はこの夏の暑さで湿っているのか、
なんならトシドン中だけど
ちょっといいですかと言って軽く揉ませてもらおうか、
などの普段のクールな竜眼からは考えられないような
不埒なアイデアが次々と侵入してきて
本人でも不審に思うくらいである。
もちろん
竜眼本来の百合志向と
強力に抑圧されているが
強烈かつ苛烈な女体への肉欲と
獣欲が主原因であるのだが、
なぜ桃の肉体に対してのみこれほど発情するのかについては
その時は分からなかった。
トシドンのインナースペースに目を戻せば
斧熊いよいよ追い詰められ
先ほどからの
「やい一寸法師よ卑怯であるぞ。
隠れて女のお尻ばかり揉みまくりおってからに、
正々堂々勝負勝負!」
など古風にアレンジした口三味線も
いくら繰り返しても効く様子はない。
美月の悲鳴も徐々にであるが艶を帯びてきて
時折両足をぎゅっと閉じ
モジモジっと尻を震わせ始めている。
自分の愛人の尻肉や尻溝をいいように蹂躙され続ける屈辱に
「こうしてはいられない」
と斧熊は決意を新たにして考えを巡らせる。
(もう一度、最初から作戦を整理しよう。
ここには浦島太郎をやっつけるために来たのであり
一寸法師の討伐が目標ではない。
まずは浦島太郎だ)
目標を思い出した斧熊は
「一寸法師はちょっとケツを触るくらいで
非力で無力なんだから
少しの間、耐えてくれないか。
先に浦島太郎にかまそう」
と美月に告げれば
「さっきからずっと耐えさせられてるわよ。
あふん。
急いでやっつけてよ。
ああん」
と鼻にかかった声の返答であった。
思った以上に
愛人の湿度を上げられていたことに驚きながら
斧熊は四つん這いの体勢で
竜眼に向けて突進を開始した。
手っ取り早く体当たりで
竜眼にはしばらく戦闘不能になってもらおうという魂胆であり
女性に暴力を働くのは忍びないが
こちらも愛人の尻が緊急事態なので
仕方ないという判断でもある。
竜眼の目線に戻すと
急にトシドンが
自分へと向かってきたことになり
得意げだった桃は
「あれ?」
目を点にして、
竜眼は
「効いてないのか?」
と先ほどまでの桃エロ妄想を中断して
トシドンへと正対した。
(私を狙っているらしいが、
どうやら敏捷性なら負けていないらしい。
標的が桃でなくてよかった)
無理のない立ち姿の竜眼は
左右にステップを踏んで
軽やかにトシドン体当たりを避ける。
(桃の豊満な肉体では危なかったかもしれない。
その時は私が間に入って攻撃することになっただろう。
女の腕力で直接的な打撃をしたとて果たしてどこまで通用したか)
そう思いながら竜眼は改めて
「一寸法師による体内からの攻撃」という手段の
有効性と非人道性を痛感させられた。
トシドンの巨体と一定の距離を保ちながら
交通量の多い道路までおびき出してやろうかなどと様子を伺っている内に
落ち着いて観察すれば
そのトシドンの表情がだいぶ苦しそうだと看破した。
(一寸法師の侵攻が進んでいる? ならこれは最後の足掻きかもしれない)
心配げな顔つきになってしまった桃に
(大丈夫)と目配せして
竜眼はトシドンとの距離を縮めたり広げたりしながら
時間を稼ぐ作戦へと切り替えると
大オニを挑発するように
その周囲を軽い足取りで駆けだした。
(ハッ、いかんいかん)
なにやら状況が変化したようなのに気づいた
一寸法師こと小次郎は
正気に戻ってスカートの裾から顔を出し状況を見ようとすると
前面モニターに映ったクール系の女性を目掛けて
突進を繰り返している様子が飛び込んできた。
傍らには
心配しながらもできることがない桃が
ぼうっと突っ立っているのも見える。
組体操二人ピラミッドの下役の中年男性が
息も絶え絶えに這い回って
当たりそうにない体当たりを繰り返しているようだが、
どうやら状況は絶望的なようであった。
(ほう、そう来ましたか)
とトシドン側の作戦が
自分のイタズラを無視される方向に変更されたのを知った小次郎は
ならばこちらも好き放題やらせてもらおうと
ニヤリと笑う。
(とはいえ何をしようかな。
もっと激しく動いてもらわないと組体操が崩れないな)
そろそろカッコよく決めたいと願うも
いくらおなきん三日目でクリアな思考の小次郎とはいえ
元々のインプットがあまりに貧弱のため
何らのアイデアも浮かばなかった。
何かないかなと
ほぼ二頭身の自身を見返せば
針の剣を左の腰に差していたものの柄が青白く点滅し
小次郎の脳にだけ聞こえる形式で喋りかけてきた。
『旦那、何か手伝えるこたぁありますかい?』
お椀の舟が喋っていたのが四十台前半くらいの声なら、
針の剣は五十台後半くらいのしわがれた声のハリである。
『ナイスタイミングです。
えっと、今までって代々の一寸法師に仕えてたりします?』
思わず敬語でテレパシーを飛ばした小次郎に
針の剣は『へい、左様でごぜえやす』
と律儀に回答する。
『歴代の一寸法師ってどんな能力があって、
こんな時はどうしてた?』
『足でも目玉でも基本的には
あっし、針の剣でもって
散々にブッ刺していらしやした』
『うーん、却下です。
そういうのじゃなくて
もっと心踊るアイデアをお願いします』
小次郎がダメ出しをするように不満を言えば
針の剣は『へえ……どうにも……へえ……』
と悩み出してしまったので
『簡単に言えばエロいイタズラのアイデア』
と助け舟を出せ
渋々とばかりに
『どんな繊維も裁断したり縫合したりできる技が、
あることにはあるんですがね』
と絞り出した。
裁断はともかく縫合するには別の糸が必要では、
と聞けば
神通力によって針の穴から無限に補修用の糸は出せるという。
『針の糸目から次元の穴を通して糸を出せますんで、お使いなすって』
お椀ちゃん以外のサポーターも声がシブいのには面食らったが
小次郎は二人ピラミッド上の女尻の手触りと
どんな服も裁断し放題という情報とで
おなきん三日目でドロドロと澱んだ性欲が
更に猛ってくるのを心強く感じた。
美月の側に目を戻そう。
さっきから左右交互の手で持って
自らの尻にたかる不埒な悪虫一寸法師を追い払うのに必死で
そろそろ支える方の腕も反り返った腰も
しんどくなってきた頃である。
疲れのせいか
少し落ち着いて尻肉の表面に意識を向けるも
先ほど強烈に感じさせられた
こそばゆさや不快さが
今は目立って感じられない。
ようやく振り解けたかと安堵しつつ
下になっている斧熊の様子を見れば
文字通り這々の体であり
ギョッとして前面モニターに目を向けると
とっくに骨抜きになっていなければならないターゲットであるところの亀割竜眼は
涼しい顔でトシドンから安全な距離を保つように
軽やかにステップを踏んでいるではないか。
「ちょっと! 何してんのよ。浦島太郎も倒せてないじゃん……ん?」
その時美月を襲った痛烈な違和感は
自らの白いブラウスのボタンが
「パン」と音を立てて弾け飛び
その胸元の合わせ目が
既に上からボタン三個分までくつろげられているがためであった。
「ウソ、こんなに速いの?」
目にも止まらぬ、とはこのことか。
美月が目を見開いて自分の胸元を凝視しているというのに
その視線の上を通り抜け
ボタンを弾き飛ばしていく一寸法師の姿を捉えることができない。
勿体つけるように、
或いは見せつけるように、
わざと間隔を置いて
ブラウスのボタンを一つずつむしり取っていく。
たまらず美月が残るボタンを守ろうと上から右手で押さえたとき、
また別の違和感が彼女の思考を塗りつぶした。
「……ブラが、無い……」
信じられない、という様子の美月の声は
二人ピラミッドの土台たる斧熊の耳にも届き
「そんなばかな」という言葉だけようやく紡ぎ出した。
それほどまでに
一寸法師との差が開いているとは考えたくなかった。
四つん這いの縦ピラミッドの下部分なのだから
ノーブラ美月の姿は見えず想像するのみである。
「どこかに落とした? それとも、もしかして朝から付けてない?」
そんなはずはないことは美月本人が一番よく知っている。
今日は浦島太郎に遅れを取るまいと
お気に入りの高級な勝負下着をチョイスした記憶がありありと蘇っていて
白いシルクで上下セット二万円越えのブランドものであった。
パニックできょろきょろしながら
美月がもう一度確認しようと胸元を見ると
今度はブラウスのボタンが閉められている。
弾け飛んだはずのボタンが
何事もなかったかのように
縫糸まで完全に復元されていた。
乳房の突先が嫌でも味わうノーブラの感覚。
「遊ばれている!」
その事実に気づいた瞬間に美月の全身は総毛だった。
昨日の水着を解かれたときを思い出す。
最初から美月の肉体と貞節を辱める目的だったのだ。
美月と斧熊、二人で
「一寸法師だ!」
と声を揃えた。
エロいの大好き小次郎が
ブラの次に狙うは
下半身なのは火を見るより明らかであろう。
予見した美月は必死に足を閉じるが
効果は全く無く
更に言えば既に遅すぎた。
ベージュのストッキングが膝まで降ろされ
夏の京都の暑さに蒸れた女体の湿度を蒸散させている、
「自由自在にスカート内に侵入されている、何の感覚もないのに」
美月が耳を澄ませば下半身の方から微かに
「イヤッホーー」
とか子供のような甲高い声が聞こえる気がするが、
もぞもぞと虫のように行動するような気配は
恐ろしいほどに無い。
スカートの上からバシバシ叩くが
もちろん手ごたえは無かった。
スルリ、
と何かが引き抜かれる感覚があり
腰回りのゴムの締め付け圧が
急に無くなった。
「下も取られた!」
美月の悲鳴に斧熊は
「……下って、これ?」
と質問で応えた。
いつの間にか、
某変態の仮面ヒーローのごとく
顔に白いシルクのパンティをかぶらされている。
マフラーのようにブラジャーもご丁寧に巻かれていた。
斧熊にとってみれば
突然に視界が真白に塞がれたかと思えば
嗅いだことのある美月の急所の香りに
鼻も口も押さえつけられたのである。
しかも脱ぎたてなどというよりも
もっと刺激的な
瞬間移動してきた
生パンツであった。
半狂乱の美月が
「何してんのよ! 返して!」
と身を乗り出せば、
いよいよ組体操の崩れる時を迎えることになる。
意識しているのか
背中に
胸や股間をぐいぐい押し付けてくる感覚に
斧熊はいつもとは違った興奮を覚え、
普段は受身な姿勢の美月が
別の一面を見せてくれた感動、
それを引き出してくれた一寸法師に密かに感謝した。
「名付けて、浪漫技、下着抜取一人羞恥地獄!」
小次郎は
空飛ぶお椀の上で
二人の痴態を見下ろしながら
満足そうに呟いた。
もし常人が傍にいたならば
一寸法師が一瞬で服を断ち切って
また一瞬で縫合し直したようにも見えただろうが、
実際には
繊維の一本ずつを
針で断ち切り
その断面を
また針の糸目から出る補修糸で繋ぎ直すという
気の遠くなるような作業だったのである。
それは一寸法師お得意の
異次元なスピードと正確性、
それに小次郎のおなきん性欲パワーが
乗ればこそ可能な技なのであった。
(女子のノーブラノーパンは男の浪漫。
単に服を切り裂いて裸にするだけでは面白くない。
恥ずかしさに耐える表情と同時に
内面に生じる興奮との葛藤こそが
エロスを生み出す源泉なのだから)
小次郎独特のエロス論を
その心中にて表明し
小さな腕を前で組んで
何度か頷く。
脱ぎたてのパンティを
記念にもらって帰ろうかとの誘惑にもかられたが
裁断する際の感触から
相当な高価な下着であると推察され
辞退したものである。
更に申せば
彼一流の狭量さゆえに
下着ドロボウのごとき犯罪には
いかなるエロスをも見いだし得なかったのも
事実であった。
オタオタするばかりの斧熊にぶちギレたのか
美月はついに無言で
彼の背中から降りて、
被っているパンティを取り返そうとすれば
やおら急行列車のようにインナースペースが揺れたかと思えば、
床も壁も構わず一面に亀裂が走り
ガララっと空間が崩れ出す。
斧熊は
「ダメじゃないか降りちゃあ。
自分から負けを認めるようなもんだよ」
といつもの上司の口調で注意するも
崩壊の轟音に包まれる美月には
聞こえなかったのか返事はなく、
さりとて奪い返そうと
手を伸ばしたパンティにも届かず、
ひび割れ崩れ落ちていく床の瓦礫と共に
漆黒の中へと
スカートの裾を押さえ
俯きながら落ちていった。
(何ということだ。
一度ならず二度までも一寸法師にしてやられた。
これはいよいよ本気で対策を練らないといけないようだ)
斧熊もまた同様に
なす術もなく
漆黒の谷間へと落下していく。
手足をバタつかせながら
見上げた遥か高みに
フワフワとお椀状のものが浮かんでいて
悠然と見下ろされているような
嫌な気配を感じた。
竜眼と桃の目の前では
外から見たトシドンが
みるみる弱っていく。
桃はここで早速、
勝ち誇って腰に手を当て
竜眼に向かって
「ざっとこんなもんっすよ」
と胸をそらせた。
(中で何が起きているのだろう。
バレーボールのサーブみたいな要領で
ぶちこまれた一寸法師が
何か作用していることは確かなようだが
効果が出るのがずいぶん早かったようだ。
お伽草子のようなことが現実になっているとでもいうのか)
反らされた桃の
たわわな乳房に目を奪われながらも
竜眼はトシドンの様子に気を配っている。
見ている間に
そのトシドン面にヒビが入り始めたかと思えば
一気にガララっと音を立て崩れ始め、
口から先程の男女二人組を
ボトボト吐き出し
次の瞬間にはお面だけになり
飛んで逃げていく。
二人とも大きな外傷は無さそうだが
竜眼から見ても
明らかにメンタルがやられており
男の方は地面に正座して呆然自失、
女はブラウスの胸元とスカートの裾を
それぞれの手で押さえながら
妙に艶っぽくしなを作り
へたり込んでいる。
竜眼は声をかけるべきか躊躇するが
相応しいワードが何も浮かんでこないので
二人の次のアクションを
無言で待つしかなかった。
二人組の内では
斧熊が先に
トシドンの外に出ていることに気づき
「あっ」
とだけ呟いて辺りを見回し
美月がすぐ横で無事でいるのを認めて
まずは安堵した。
夏の日差しが照りつける中に
セミの声だけが聞こえている。
その美月はといえば
着衣の下はノーブラかつノーパンであり
ストッキングもないというシチュエーションに
興奮と
発情とに
晒され脱力して立てず、
斧熊から
「大丈夫かい?」
との声かけにも、
あふん、とか、
うふん、しか言わずにいた。
「どうした? 女の顔になってるよ、
人が見てるよ。
俺以外のやつにそんな顔見せないでよ」
斧熊に残されたのは
男としての矜持と独占欲だけであるので
素早くジャケットで美月を隠し
ヨタヨタと助け起こして
この場から逃げようとするも
「歩けないーん」と
いうような美月からの情けない返答に
斧熊は痺れを切らし
強引に肩を貸すように彼女の腕を扱おうとすれば
今度は
「そこはお姫様抱っこじゃないの?
こんなときくらい男らしいとこ見せたいとは思わない?」
などと煽りを入れられる。
「腕の筋トレは未だやってないよ。昨日のスクワットだけしか」
正直に言った斧熊の言葉に対して
「トシドンが崩れたのはあなたの腕がもたなかったからなのね」
と美月に自分の醜態を棚に上げ
全責任を斧熊のせいにされそうになるが
そこは年長者の優しさからか
今は言い争う気にはならず
「できるさ、お姫様だっこくらい」
と逆に発奮し
美月の太もも下と
背中とに
腕を差し入れ
鍛えた足腰で軽く立ち上がろうとしたが
次の瞬間に
両ひざに同時に激痛が走り
斧熊は
「うぎゃあ」
と短く叫んで
美月の身体ごと後ろにひっくり返った。
昨日のスクワットとやらが
オーバートレーニングであり、
かつ正しいフォームでなかったことは言うまでもない。
「救急車、呼びましょうか?」
あろうことか
救いの声をかけてきたのは
攻撃対象であるはずの亀割竜眼であった。
斧熊は
プルプル震え
脂汗を流しながら
「あ、アプリでタクシー呼ぶので大丈夫です」
と目を合わさずに答えた。
その間、
桃は美月をぼんやり見ながら、
どこかで見たようなー、
と、うんうんと唸っていたが、
ようやく
「そうだ、昨日のプールでも見た!」
と思い出した。
「あん時のナマハゲだかもあんたらの仕業じゃんね? 何が狙い?」
と、精一杯の怖い顔で問い詰めるも
二人ともヘロへロで何も答えず、
またそのタイミングで
お椀に乗った一寸法師が
鼻の下を指でコスコスしながら
どこからともなく降りてきたので
「まあいいか。何回来ても同じこと」
と思考を打ち切って
一寸法師へのケアに集中しようと切り替えた。
朱塗り椀に入った一寸法師を手にした桃から
「そろそろ行きませんか」
とフランクに言われた竜眼は
「そうだね、ここは暑いし。ああ、それがさっきの一寸法師さん、かな?」
とお椀の中で得意満面な
指人形くらいの生命体らしきものに
挨拶をした。
(あの二人、
なぜ私の個人情報を知っているのか問いただしかったが
聞ける雰囲気でなかった。
どうせまた会うような気がしているからその時でいいだろう。
そんなことより大切なのは桃さんのオッパイ……、
いや、桃さんの抱えている課題に協力することだ)
笑顔で一寸法師を労う桃を
ゼミ棟へと先導しながら
竜眼は自分の胸がかつてないほど高鳴るのを感じ
その歩みは自然と早足になっていった。




