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【桃太郎 白桃どんぶらこ】

【桃太郎 白桃どんぶらこ】


やがて川上の方から、

一抱へもあらうと思はれる、

素敵に大きな桃が、

ドンブリコツコ、スツコツコ、

ドンブリコツコ、スツコツコ、

と流れてきました。


巌谷小波「日本昔噺」より「桃太郎」 英学新報社 明治三十六年(1903年)



小次郎が虚ろな目で

土佐堀川の川面を見つめていたのと

丁度同じころ、

絶望と諦念と共に

真夏の青空を

死んだ目で見上げる女がいた。


名を吉備野桃(きびのもも)という。

マイナスからのスタートを強いられる女である。


枚方公園駅からほど近い、

淀川の広大な河川敷に広がる

日本有数の規模を誇るアミューズメントパーク。


その名物たる屋外プールは

見渡す限りの人、人、人で埋め尽くされ

ごった返し、

それでも盛夏の焦げるような陽光を受け

あるいは跳ね返し

人間本来の美しさと力強さを

めいめいで表現しているのが、

そのただ中で桃

たった一人だけが

取り残されている気分を感じていた。


家族連れであれ恋人同士であれ、

今の桃のように

一人で流れるプールの水流に身をまかせ

揺られているだけの人間は

探せば意外に見つかるかもしれないが、

自分だけのように思われた。


雑踏にまみれながら孤独を感じていた。

ピンク色の浮き輪を借り、

穴にお尻をすっぽりと入れ、

仰向けになって、

白いビキニの女子大生が一人、

無表情で紺碧の夏空を見上げている。


視界の下端には

自分の乳房が

こんもりとした白い双丘が

白いビキニトップに包まれ、

たわわに実った果実のように

はちきれんばかりの

若さと輝きを放ちながら

太陽光を浴びている。


桃は両手でその両乳房を挟み

谷間を流れるプールの水がキラキラと

肌の上を弾くように流れていく様を見ながら

ため息をついた。


「我ながらナイスバディ……、あいつらにゃもったいないよ……」


桃について小次郎と同列に語るのはフェアではないだろう。


桃は関西の難関大学にストレートで合格し

顔面はやや丸いが

柔和な性格がよくわかるほど

笑顔を絶やさず

白くきめ細かい肌と

肉感的でもちもちで、

ぷるんぷるんな肉体を誇り

相対的に見れば

小次郎など比較にならぬほど

人生の勝ち組である。


髪だって明るい茶色のウェーブヘアだし、

表情も豊かに困り顔の眉に

もっちりした唇は

落胆を表すかのように

への字に曲がり

愛嬌たっぷりであった。


「狙い通りの大学デビュー、だったはずが……」


実家のある岡山県から

進学のため京都市内に一人暮らしを始め、

髪型も真っ黒ストレートから

明るい色のウェービーなセミロングに、

服装もお堅かった高校時代とは打って変わって

胸も脚もアピールできるものに変えたれば

面白いようにキャンパスの男どもが寄って来るに

気をよくしていたが、

いよいよ爽やかイケメン三年生から誘われた

「炊き込みごはん研究会」

なる実態は単なる飲み会サークルの歓迎会とて、

この日、巨大遊園地に来てみれば

目当てのイケメンは当然のように数人のビッチ女どもにがっちりとガードされ、

彼のおこぼれにあずかろうと

鼻の下を伸ばした平凡な男子どもに

ずっとエロい目でチラチラ見られ続け、

たまらず隙を見て

浮き輪を借りたれば、

ありのままに言えば

イケメンにつられて色気づいて

ホイホイされて

しくじったお上りさんという体たらくで

水にどんぶらことしているのである。


「かといって、帰る、ってのも……」


炊き込みごはん研究会の名誉のために言えば

彼らは決して悪辣なヤリサーなどではなく、

むしろ健全で紳士的で軟弱なお友達集団であって

桃に対しても下にもおかぬお姫様扱い、

数名に分かれての車での送迎、

お昼はお寿司までご馳走になっている。

基本的に実家が金持ちで車も持っていて

性格も優しい男子ばかりであり、

そのあたりは桃の男を見る目も

それなりに機能していたのであった。


桃はまた自分の双乳を見る。

はちきれんばかりの性欲で漲っている。

このままビキニ姿で男子大学生数名と絡んでいたら

したくなっちゃうに決まっている。

難なくお持ち帰りされてしまうだろう。


お金持ちの中から

なるべく真面目で勤勉そうな男子をゲットしておいて

無難な人生を確保するという選択肢は

どちらかと言えば保守的な家庭に育った

桃においても当然に有力である。


今が食べごろ十八歳となり

高校も卒業し

青少年健全育成条例も怖くない。


親の目も届かぬ一人暮らし、

思う存分きもちいことしまくるはずが

もじもじしていたらもう八月である。


若いのは今のうち、

早めに無難な彼ピをキープしとかないとと

焦る気持ちがある。


もう一つの選択肢もある事にはあるが

桃にとっても無意識レベルであり

うっすらとしか見えないものである。


自分は実はどこかの国の本当のお姫さまで

いつの日か運命の王子様が迎えに来て

一生私だけを愛してくれる、

そうとしか思えないほど

自分は可愛くて魅力的で良い乳をしている、

だからいい加減なレベルの男で妥協すべきではない、


などと言うとよくある夢みる女子の願望のようだが、

自分には何らかの使命を負って生まれてきたのではないか、

その使命を果たさせるために

王子様なり騎士様なりが迎えに来るのではないか、

ということでもある。


使命なり運命なりによって導かれるならば

不慮の事故や病気にも遭遇しないし、

適当な妥協で純潔を安売りしようとすれば

何かが起こってストップがかかるはず、

と根拠もなく無意識でぼんやり思っていた。


「何か、キッカケがあれば……」


事件、とまでいかなくても、

何かしらの問題とか、

不快な言動とか、

急な用事を思い出すとか、

些細なことでも起きるようなら

全力で乗っかって今日はこの場を去ろう。

電車で帰ってしまおう。


もし、キッカケになりそうな事件が何も起きないようなら、

それも運命と諦め受け入れるしかない。

その時は全力で気持ちいいことを楽しもう。


流れるプールで浮き輪にお尻をまかせながら、

桃は照り付ける太陽の元でそんなことを繰り返し考えていた。


果たして、その「課せられた使命へと導く何か」は来たれり。


のんびり屋の桃はしばらく異変に気付かなかったが

周りの家族連れなどが身を固くし様子を伺うのは

まず聞こえてきたのは別のプールあたりからの叫び声である。


テンションが上がり切った子供らがふざけているような

楽し気な嬌声や歓声とは

まるで異質の

ただならぬ様子と切迫感に

それまでの浮かれた夏休み気分は一変してしまった。


「ほへ?」と弛緩した顔を起こした

桃の耳に届いてきたのは、

慌てないでください、

プールサイドを走らないでください、

係員の指示に従って避難してください、

と繰り返す固い声のアナウンスであった。


地震があったようには思えず

落雷や竜巻などの心配も無さそうで

どうやら自然災害ではなさそうである。


周りの人らの

「不審者? テロ? 通り魔?」

など不安そうな声の中で、

さらには泣き出す子供らの悲壮の中で、

桃はまさか本当に事件が起こるとは、

これはやはり自分は格別な逸材なのかと、

浮き輪の上で呑気に小さくガッツポーズをした。


同時に

きっと不審者とかだろうから刃物で暴れているとか

誰も怪我しないといいなとか

自分も避難者たちに紛れて逃げてしまえば安全だろう

などとも考えていた。


ところが

いざ浮き輪から尻を抜こうとしても

つっかえてなかなか抜けない。


周りはどんどん桃を置いて逃げていってしまう。

もし不審者だったら

一人だけ逃げ遅れたか弱い乙女などは

格好の標的となってしまうだろう。


焦れば焦るほど自慢の桃尻は我儘ぶりを発揮し

クルクル回る浮き輪の上で

膝から先だけの脚をバタバタさせ

「ちょっと待って~」

と情けなく呼ぶうちに

浮き輪がひっくり返り、

ざぶんと顔面から水中へ沈められた。


一瞬ではあるが

逆さまになった浮き輪の穴から

白ビキニに包まれた

見事な白桃が

どんぶらこ状態となったが

すぐに尻は自重で浮き輪からプールの底へと落ち

ようやく自由の身となった。


「ぷわっ、ぷわっ」

と顔を濡らす水を耐水性メイクに気をつけながら手で拭い

マスカラとアイメイクが無いとだいぶ素朴な目鼻立ちになるも

プールサイドに手をかけ

豊かに揺れる乳房とともに

うんしょ、うんしょと身体を引き上げ

右足もまたプールサイドにかけ

必死でよじ登ろうとしている最中に

誰か助けて引き上げてくれないかと目を上げれば


隣のプールの横を歩いている赤オニの姿が飛び込んできたのである。


赤オニと一言で片づけるのは不適当であろうから

少しだけ説明するなら

いわゆる「ナマハゲ」である。


知名度は全国区であり秋田県男鹿が誇る来訪神である。

大晦日の夜に家々を巡り災厄を払う神であってオニではないのだが、

その有名な見た目だけを借用したものが

桃が茫然と見上げるプールサイドのオニである。

以下、便宜上「ナマハゲ」と呼称する。


実際のナマハゲよりも等身が低く四頭身ほどで、

且つ身長は四メートル以上はあるものであるから

赤オニ様の顔面だけで一メートル近くある。


暑い盛りだというのに

藁を編んだ蓑(みの)、手袋、かんじきを履き黒い長髪を振り乱す。

ガニ股の脚をおどける様に左右交互に大げさに上げて跳ねるように走っているが

そのスピードは見た目よりも機敏で

逃げ遅れた中年男性などを片手で捕まえては

軽々とプールの中へと放り投げたりしている。


右手には大きな包丁のようなものを握っているが

刃は落とされているというか

そもそも張りぼてのようで

胴を横殴りに殴られてプールの中へ吹っ飛ばされる人もいた。

刃物で切られるより何倍もマシであろうが

四メートルの怪物を目の前にしては

そのような生ぬるい感想など持ち得る余裕は

プールサイドを走って転ぶ人にも

震えている桃にもなかった。


ナマハゲの名調子と言えば

「泣く子はいねーがー」や

「怠け者はいねーがー」であるが

目の前のニセナマハゲも何かがなり立てているのを

桃は聞いたのは

「ももっこは、いねーがー」

であるように聞こえ、

まさか自分の名を呼ばれているとは思いたくもなく

「まさか、ね」

くらいでそれ以上は考えないようにし目を逸らした。


逆方向から「吉備野さん!」と呼ぶ複数の声があり

桃が目を向けると

炊き込みごはんの会の面々が物陰から手招きをしていた。


やや離れた建物のスペースからではあるが

一人はぐれていた桃を心配して逃げずに待っていてくれたものと分かると

「なんだ、いいとこあるジャン」

と頬を緩め

この苦難を共に乗り越えた先にある友情というような運命だったのかもと

プールサイドを足を滑らせないようペタペタと走り出したが、

その走り方はいわゆる女の子走りで

胸に重心があるため

左右の腕は脇を締めたまま

前腕だけを横に振り

股も閉じたまま

ひざ下だけを左右にパタパタしつつ

尻も乳房もプルンプルンと揺らすものである。


「きびのもも、は、いねーがー」


 まさかフルネームで呼ばれるとは思わないジャン、と桃は思った。


サークルの面々の顔が一斉に強張り桃は立ち止まる。

桃のフルネームは吉備野桃で

それは彼らももちろん知っている。


「知り合い?」とリーダー格のイケメンが遠くから聞いてくるが

桃は「ああ?」としか返せなかった。


言うまでもなく桃にナマハゲの心当たりはない。


彼らの居場所は建物の陰の奥まった安全地帯のようになっていたので

露骨に「こっちに来ないで欲しいな」と

はっきりは言わないが全員の顔に書いてある。

他国の戦争のニュースをエンタメとして見ているような

都合のいい同情と無関心と断定してよいだろう。


一瞬の逡巡の後、

桃は炊き込みごはんの連中とは逆の方向に走り出した。

助ける気のない奴らに助けを求めても仕方ないし、

あんなのに頼るのはももっこプライドが許さない。


「見つけたー、ももっこだー」


とナマハゲは踊るように駆け寄ってくると

ハッキリと自分がロックオンされていることに直面し

「ぎゃー」と叫びながら

また女の子走りを試みるも

あっさりと壁際まで追いつめられてしまった。


壁に背中を付け振り返る桃へ

ゆっくり踊るように

迫りくる四メートルくらいあるナマハゲ。

これはヒロイン絶体絶命のピンチと言ってよいだろう。


ナマハゲはカッカッカと笑い

「捕まえたー」

と野太く重低音の声を響かせ

その現実離れした音量に

桃は心胆を寒からしめた。


炊き込みごはんサークルの居場所とは反対に逃げれば

別の正義漢やライフセーバー的な人が助けてくれるだろうという甘い予測があったのだが

やはり現実は厳しかったのだ。


「なんでこんなことすんの?」


震える両乳房をビキニの上から両腕で押さえつつ

ナマハゲを怯えた瞳で見上げながら

追い詰められた桃は懇願するような声で聞いた。

もちろん

この質問だけで襲撃をナマハゲが思い留まったり

真相や目的を明かしてもらえるとは期待しておらず

単なる時間稼ぎであり

万に一つの確率でも何処からかヒーローが助けに来てくれるのでは

という最後の足掻きであった。


「桃太郎に覚醒しないようにビビらせて骨抜きにすんだわ」


重低音でモゴモゴ言っているが

桃にはなぜかよく聞き取れた。

そして普通に回答があったので驚いた。


「あたし、桃太郎じゃないよ。

 桃ちがいじゃない?」


と名前に桃とは付いているが

そもそも性別が違うのではとばかりに

桃は自慢のバストを寄せて上げて見せるも

「家系図も実家の住所も卒業アルバムもチェック済み」

とナマハゲは笑う。


聞いた桃は思わず鼻の孔をふくらませ、

なんと

どうやら本物の桃太郎の末裔なんだ、

無意識的に思っていたけど

やっぱり

あたしは格別な逸材だったのだ、

となどと目の前の窮状を一旦おいて

呑気に嬉しがった。


「同意が取れたところで、

 これから桃っこには二度と歯向かう気を起こさないよう

 たっぷり時間をかけて

 女に生まれてきたことを後悔するような

 酷い目に合わせてやるとすっぺ」


 ナマハゲは右手の張りぼて包丁を振り上げ

左手は嫌らしく何かを揉むような手つきをしながら

にじり寄って来る。


「同意してないよ!

 どこをどうしたらそうなるの!」


 包丁が張りぼてであることからも

先ほどからの間抜けな会話からも

ナマハゲからはケガなどを負わせるほどの暴力性は感じられなかったので

つい油断してしまったが、

助平の方向には極端な行為をしかねないと

桃は急に怖くなって

胸の谷間を手で隠し、身を固くした。


遠くから心配そうに見守っている炊き込みごはんの会員らも

ナマハゲの言葉は不明瞭で聞き取れないながら

そのジェスチャーにエロスの期待を敏感に察知し

桃を助けに駆けつける気などまるで無いようであった。


「誰でもいいから助けてー!」


 金切り声を上げる桃とにじり寄っていくナマハゲ、

ヒロインの貞操と純潔ももはやこれまでかと思われた次の瞬間、

両者の後方に位置するプールの方から

何か小石でも投げ込まれるような、

ぽちゃん、

という水音が聞こえた。


それはヒーローがヒロインピンチに駆けつけたにしては

存外に頼りない水音であった。


野次馬の誰かが援護のつもりで石でも投げてくれたのかと

桃は藁にもすがる思いで水音がした方に目をやり、

それに釣られてナマハゲも振り返る。


三センチくらいの物体が

プールに浮いてぱちゃぱちゃと藻掻いている。

静まり返った周囲に

そのぱちゃぱちゃという音だけが流れた。


その物体とは

プールの水面にうつ伏せに浮かび

息ができずに両手足をバタつかせる

一寸法師こと小次郎である。


お椀の舟に乗せられ淀川を遡上して

このアミューズメントパークまで一直線に運ばれたと思えば

『旦那、あのオニ、退治なすって下さい』

とお椀から渋い声のテレパシーで言われ

「その呼び方さあ」

と意見しようとした途中で大きくジャンプしたお椀から件のプールへと

投げつけるように叩きつけるように

強制的に下船させられたのである。


運悪く顔を下向きにしたまま浮き上がったので

一寸法師の手足では

どんなに水をかいても自力で回転することすらできずに

ぱちゃぱちゃという水音を立てているしかなかった。


「うわあ、一寸法師でねえかー」


 先に反応を示したのはナマハゲであった。

水音の方を「んん?」と覗き込み、

プールに浮かぶカブトムシくらいの大きさの小次郎を見て

それはオニの天敵たる一寸法師であると認め

赤かった顔を青くして大げさに飛びすさった。

一メートルある顔面で赤と青の境は紫のグラデーションになっている。


桃にしてみれば九死に一生、

このまま炎天下で

衆人環視のなか

手籠めにされて泣き寝入りなど

絶対にありえないし

桃太郎の末裔と言う特別な出自が本当なのだとすれば

自分は格別な逸材ではないかと幼いころから感じていたのも真実であり

少し遅かったが

ヒーローが助けに駆けつけてくれるのは

その証拠であると喜んだ。


飛び退いたナマハゲの視線をたどり

そのヒーローの浮かぶプールサイドまで歩み寄り

もはやぱちゃとも音もさせず

プカリとうつ伏せに浮かんでいるだけの

指人形ほどの一寸法師を見て

「え? これ?」

と内心は拍子抜けして鼻白んだものの

ナマハゲが恐れおののいている事実はあると気を立て直し、

こっちの水は甘いぞとばかりに

プールサイドから両手を伸ばして掬い上げた。


片手に乗るほどの一寸法師を手のひらで転がして

仰向かせ白目をむいている彼の腹を

人差し指で優しく撫でれば

コントのように口から水をぴゅーと出す。


はっと意識を取り戻した一寸法師こと小次郎の目に飛び込んできたのは

桃のたわわなバストであった。


まさに食べごろの完熟白桃

とでも形容すべき

獲れたて

もぎたて

むきたてで

ピチピチの陶磁器のような白さであり

谷間で接する右乳と左乳から伝わる柔らかそうな質感と

プールの水滴を弾きながら

太陽光と戯れている。


かつて小次郎はここまで美しい谷間を見たことはなかったし

ここまで至近距離で女子の肌を見たこともなかった。


一寸法師の縮尺からであると

かなり巨大な

水着ギャルということになる。


いつまでも

乳だけを見つめていたかったが

怒られるような気がして

小次郎はゆっくりと視線を持ち上げると

水をかぶってメイクは崩れているものの

ふっくらとした顎の下の肉やアーモンド形の釣り目など

いかにも男好きのする

震いつきたくなるような官能的な顔面であった。


これくらいの体脂肪率なら

揉み心地も

揉み甲斐も

申し分なかろうと

その手触り

手ごたえを

想像して

小次郎は陶然とした。


初めて目が合ったときの桃の表情を

小次郎はありありと思い出せる。


謎の未確認生命体を目にした驚きで

口をポカンと開けていたが

小次郎が意識を取り戻したことを素早く察知し

「気が付いた?」

と一瞬で自然に切り替わった

その「桃の笑顔」は以後、

小次郎の行動原理であり

宝物となった。


桃の

顔と

胸を

交互にチラチラと見て

ソフトフォーカスの中で

それぞれがキラキラと輝く。


「マジ一寸法師? ほんもの初めて見た」


桃は小次郎を乗せた手を

顔の高さまで持ち上げ

目線を合わせた。


愛嬌溢れる笑顔で興味津々に

覗き込む桃と目が合うも

小次郎は反射的に目を逸らした。

自分に自信が持てず

ありのままの今を見られたら失望されるに違いないという

歪んだ認知のまま

この歳まで生きてきたのである。


目を合わせないまま

モジモジと


「一寸法師になりたくてなったんじゃないんですけど……」


と小さな声で言うばかりだった。


「いろいろ聞きたい事あるけど、今はそれどころじゃないんでぇ」


万年夢見心地の小次郎に比べ

桃は若い女性にありがちな現実主義者で

しっかり者であった。


ちょこんと手のひらで座ったままの一寸法師、

上から見て直径三センチくらいの頭を

人差し指と親指でつまんで、

ダイヤルやツマミを回すみたいに

くりくりと手のひらの上で反転させていった。


横方向にくりくり回されるに従い

小次郎の視界には

ナマハゲが入って来ることになる。


それまで

桃のビキニ乳房や

エロい顔面を

ウットリと見ていた小次郎にとって

強制的に背中を向かされ

四メートル級のナマハゲという現実と対峙させられた

ギャップと衝撃はいかほどであったろうか。


桃が

「はい、よろしく!」

と先ほどと変わらぬ笑顔で言ったのと、

小次郎が両拳を口元に当てて

「キャー!」

と叫んだのは同時であった。


「あれ? やっつけないの?」


と当てが外れたような桃の一言に

小次郎はようやく自分が置かれた状況を理解できた。


自分は一寸法師であり

先ほど大黒天に言われた通り

オニを退治することを求められているのだ。


彼女にしてみれば

目の前のオニを退治してくれるという前提があっての

英顔と乳谷間見せであり

報酬の先払いだったのだろう。


こんな子が自分に輝くような笑顔を見せてくれるはずがない、

おかしいと思ったんだ。


女子が俺なんかに優しくしてくれるはずがないという歪んだ認知は、

女子と話したことがないので

優しくされる機会も経験もない故に

強化され補強されていく一方なのであった。


「無理です、ムリムリ。

 ついさっきこんな体にされちゃったけど、

 オニ退治のやり方も知らないし、

 ていうか意味わかんないんで」


強制的に身長を三センチくらいにされた上に

身長四メートルくらいありそうなオニを倒せと言われた

小次郎のストレスと焦燥を

彼は全身で表現すべく

涙目になり

汗を飛ばし

両手を横にパタパタとさせたのである。


小次郎は現在に至るまで

ごく普通の高校生から浪人生という経歴でしかないのであるから

突然いきなり

オニと戦えと言われても

酷であることは否めない。


「そうなの? 助けに来てくれたんじゃないんだ」


小次郎の狼狽は

桃へと即座に伝染し

先ほどの神々しい笑顔から

可愛らしい困り顔へと

一瞬で切り替わった。


表情が目まぐるしくコロコロと変化する様を

好ましく鑑賞する余裕は

今の小次郎には

もちろんない。


「でもでも、見るからに一寸法師だよ?

 向こうもビビってるよ?」


と桃が指さすように

オニたるナマハゲは

いまだに一寸法師を見かけて

恐れおののいている最中である。


オニの霊魂のDNEには

天敵たる一寸法師への本能的な恐怖が深く刻み込まれているようであったが、

桃の表情の変化とは逆のベクトルで

青ざめて慄いていた顔に次第に赤みが戻り

境目の紫の面積が

下から上へと一メートルくらいの顔面に広がり


「まだ復活しきってないんだべか?

 がっはっは、

 大きさだけ一寸になっただけの腰抜けでねえか」


と笑った。


まだ、

おなきんが始まってもいない現時点では

小次郎の内面にも何の効果現れておらす、

ナマハゲの指摘の通り

サイズが縮小しただけで

霞のかかったような頭脳はそのままに

考えがまとまらない。


且つ、自信、

すなわち目前オニの相手ができるなどという

勇気はない。


僕なんかじゃ無理です、

どうしようどうしよう、

誰か何とかしてもらえませんか、

などという

情けなくも勇気や責任感が一般市民レベル以下の小次郎にとっては

無理もない思考が渦巻いてループを繰り返すだけであった。


『旦那、しっかりなすって下さい』


と空飛ぶ黒光りのお椀が

上空を旋回しながら

小次郎に五十代くらいの渋い声のテレパシーを送ってくれた。


『まだオニ退治のやり方を知らんのだから

 不安なるも無理ないことじゃ』


続いて大黒天の声も聞こえ、

どこからかと見回すと

なんとお椀の中からである。


お椀に半分ほどの水が張られ

その水面に

幼児のようなまん丸の顔面が映っていて、

テレビ電話のように発言していた。


「高そうなお椀だ。

 輪島塗?」


宙をフワリ浮かぶお椀に

桃も好奇心いっぱいの視線を寄せ

その深い黒地と金の蒔絵の技巧に感嘆すると、

絵柄の男性のロゴは少し照れ臭そうにし頬を赤らめた。


『さてもさても、

 桃太郎のご子孫であらせられるな。

 いやしかし自己紹介をしている暇はあらず、

 眼前のオニを一寸法師が退治してくりょうとも、

 その道筋を

 事細かに説明している暇もこれなし』


大黒天がお椀の中から言っている意味は

小次郎にはよく分からなかったが、

どうにか自分は今回は戦わなくていい、大黒天さんが見本を見せてくださる、

みたいな展開を期待して黙って聞いていた。


『まずは取っ付きの第一歩を踏み出すが肝要なり。

 本当なら自分で考え自発的に行動して欲しいところであるが、

 いきなりは気の毒だから

 助けをやろう』


援助はするが戦うのはあくまでも小次郎にやらせる

というような気配を大黒天の言いぶりに感じ

小次郎は憮然とした。


『改めて、桃太郎の末裔、

 そなたにお頼み申す。

 ちいと一寸法師に活を入れてやってもらいたいのであるが、

 時にお嬢さん、

 何か運動をやっておいでかな』


と大黒天に聞かれた桃が

即座に元気よく


「高校でバレー部!」


と答えたので小次郎はもう嫌な予感がしている。

桃の身長は普通の高さのようだが、

確かに肩周りとかが

むっちりしていたからである。


「胸が揺れすぎで

 高二の春でクビになったけど

 好きだったよバレー」


と言うと


『それは一段とよろしゅうござる。

 では、ガツンと、

 一寸法師を打って、

 オニへ叩きつけてくだされ』


と大黒天はなんと

直接、一寸法師と化した小次郎を

即物的にナマハゲへとぶつけろというヒントであるらしく、

その短絡さに小次郎と桃は顔を見合わせた。


「そんなんで倒せそ?」


と鉄砲玉としてもいささか心もとない軽さの小次郎を

手に乗せて軽く上下に揺らしながら

桃は訝しんだ。


とはいえ

いかにも一寸法師の格好であるのだから

別段、可哀そうとも思わなかった。


大黒天は


『案ずることなかれ。

 打ち込んだ後はわしがガイドしたやるでな』


と余裕だが


「嫌がってるような。

 ぷるぷる震えてるよ」


と桃の言う通り

ほとんど白目を剥いて

ガタガタと震え出した小次郎は

オニに直面させられる恐怖のあまり

声を裏返しながら


「嫌じゃないんですけど、

 オニに打ち込まれるのは別に嫌じゃないんですけど、

 仮にそれで退治できたとして、

 なし崩し的に今後も俺がやらされるのでは、

 っていう心配っていうか、

 ここは一旦、

 警察とか、

 軍隊に振った方がよいのではないでしょうか?」


と早口で言うと


『警察とかじゃないから』


と大黒天は遠くを見て答え


『時間が無い。いいから打っちゃって、

 後でケアするじゃによって』


と誤魔化すように大黒天に促され、


桃は左手に乗せた一寸法師を

斜め上へ掲げるようにして

右手を肩の高さで

引き絞るように振りかぶり

バレーのサーブの構えをとった。


桃の意識の中ではサーブは得意

ということになっていたが、

実際には「恐怖のももっこサーブ」と呼ばれ

その瞬間だけ幼稚園のボール遊びの空気になり

対戦相手の戦意を喪失させたという逸話がある。

ただし味方チームの戦意も下がるのが欠点であった。


「ほんとにいいの?」


手の平の上で正座して

自分の方を呆然と見ている

一寸法師に対し

桃は持ち前の博愛精神が急に頭をもたげてくるのを感じ

問いかけると、


小次郎も返す刀で


「逆に聞くけど、いいと思う?」


と思わず口走った。


桃は


「嫌なら、はっきり言って。

 質問に質問で返さないで」


と小首を傾げ

子供をあやすように、

実際には割とドライに対応されたので

小次郎もまた持ち前の「僕なんか精神」を発揮し


「いいですよ、もう、僕なんか、どうなっても。

 何の役にも立てないでしょうけど」


と目を逸らした。


その後、


「ふざけてる場合じゃないからね」


「どうせ僕なんていてもいなくても一緒ですから」


「超ピンチなんだからね」


「僕のことなんか忘れちゃってください」


などネガティブなラリーが数ターン繰り返され、

ついに温厚な桃も大黒天に向かって


「なんなのこいつ、コミュニケーションが成立しないんだけど」


とイラっとした声を出した。


小次郎と桃、

二人それぞれ

マイナスからこの物語をスタートしたわけだが、

二人の関係性もまたマイナスから始まったのである。


『まだおなきん効果が出ておらぬによって

 自尊心も自己評価も回復しておらん』


との大黒天の言葉に

小次郎は


「言っちゃうんだ」


と驚き、

桃は


「おなきんとは?」


と眉根を寄せ

唇を尖らせた。


『詳しい説明は後じゃ、後じゃ。

 本人の自覚は未だなれども

 実態はしっかり一寸法師であるのだから、

 遠慮なく打ち込もうぞよ』


桃の中の

「本人の同意が無いのにオニに打ち込んでもよいのか」

という迷いに対して

大黒天からの

「何かゴニョゴニョ言っているが今だけの状態なのでさっさと打ち込んで」

という回答であり

桃も笑顔を取り戻して

「そうだよね。一寸法師だもんね」

と再びバレーのサーブ体勢に入ると

小次郎も観念して

「もうダメだ」と俯いた。


「ないっサー!」


キッとナマハゲを睨み

桃は女子バレー的な

独特の発声で気合を入れた。

「ないさー」とは

「ナイスサーブ(をこれから自分が打つ予定である)」との意味であろう。

バレー部の伝統である。


ナマハゲも気圧されビクッとした。

割とノリの良い娘さんだなと小次郎は感心もしたし

自分かこれからバレーのボールに代わってサーブされるのだという絶望もした。


一寸法師と化した身体がフワリと浮かぶ感覚、

いわゆるトスアップをされ

正座した体勢のまま空中で桃と目が合った。


ソフトフォーカスのかかったスローモーションで

見えた桃の凛々しくも幼さを残して

可愛げのある顔つきは深い印象を小次郎に残し、

次の瞬間には容赦なく振り下ろされたサーブの桃の右手の平によって

身体の左側面全体に

万遍なく

ぱちんと衝撃を受けた。


「行ってらっしゃーい!」


痛いだけでなく、

柔らかさ、

優しく押し出すような感じも受けながら

桃の言葉に見送られ

後方に飛んでいく感覚である。


「恐怖の桃っこサーブ」とは

レシーブしやすいよう相手にも気を使えたもので

スピードまろやかなれど

意外に正確であり

一寸法師の体の芯を見事に撃ち抜いていた。


傍から見れば

「ペンッ」

くらいの打撃力であったろうが

小次郎にとってみれば

今後の人生に関わる一大事であり

一撃だったのである。


ヒットされた瞬間から目をつぶってしまったので

小次郎にはどうなったか分からないが、

おそらく

牙をむき出し大きく開かれっぱなしのナマハゲの口から

その体内へと侵入することに成功しているらしく、

食道か気道の中を転がっている。


急に湿度が上がったのを肌で感じ、

ナマハゲの「なんだべー」という恐ろしい吠え声も

リバーブがかかったような

腹の底から響くような振動として感知させられた。


慣性と重力に導かれるままに

小次郎は体を壁にあちこちとぶつけながら

竪穴を落下していって、

やがて底まで落ちたらしく

地面にポテっと激突して止まったときには

「きゃん」

という可愛らしい声が出てしまった。


途中の壁も到着した底面もぬめりなどなく

乾いた土壁の感覚で、

どうやら普通に生き物の体内に入り込んだというよりは

人工の洞窟とか

地下道の中のような

暗さと狭苦しさであり

オニの内側とはこういうものだということなら

体液や血液や内臓の隙間を泳がされるのだろうかと

恐れていた小次郎はありがたいと思った。


小次郎の左腰の帯に差し込まれていた

針の剣が

青白い光を点滅させているのに気が付く。


真っ暗闇の中で灯りになると

スッと引き抜き右手に構えると

何か囁くような声がした。


ふくふくのほっぺに刺さらないよう気をつけながら

剣先を右耳の近くまで持っていくと

聞こえてきたのは大黒天の偉そうな声であった。

どうやら通信手段としての機能もあるらしい。


『もしもーし? もしもーし?』


とふざけるような大黒天の声に


「あ、聞こえてますけど」


と小次郎も針の剣の握りの部分を口元に寄せて囁いた。

敵の内部なので

大声を出すのははばかられたのである。


『おお、潜入成功したようじゃの。

 なかなかナイスサーブであった』


小次郎が


「ここはどこですか?」


と周りを見回しながら心細げに聞いた。

針の剣を通じて周囲の空間を分析するような素振りが数秒あった後、

大黒天は偉そうな口調で

小次郎に説明を始めた。


『もう分かっておろう、

 其の辺は物質的なオニの体内ではない。

 いわばインナースペース、

 他者が共同で認識しうるオニの精神世界じゃ。

 一寸法師とは

 その精神に外から強制介入する能力のことじゃ』


急にオカルトめいたことを言い出されて

小次郎は身構えてしまったが

自身の身体を一寸法師に化せられていれば

この程度のファンタジー具合も受け入れざるを得ず

ため息を漏らしながら続きを聞くと


『ふむ、大オニの手下は二人おるようじゃ。

 二人でそのナマハゲを操っておる。

 いわばオニというロボットのコクピットのような空間と理解せよ』


と言う。


ロボットバトルにおいて

自律行動するナノマシンを

コクピットに潜入させて

直接パイロットだけを狙う計画だとすれば

極悪非道なりと小次郎は戦慄した。


『ではいよいよ行動を開始せよ。

 まずはオニを操っている人間を認識できるはずであるからによって、

 あちこち探してみようぞ。

 当代一寸法師大得意のスニークスキル、

 神に入りたる隠密行動じゃ』


そりゃあ何たって

三センチくらいしかない小ささですからね、

見つかりにくいでしょうな、

と褒められた気がしない小次郎であった。


何となく感覚で

目の奥に力を入れて見れば

一寸法師のつぶらでかつ大きな両眼が

ほんのりと光り

真っ暗であったオニのインナースペースも

壁や奥行きが青白く表示され

どうやら暗視能力も基本スキルで持っているようである。


試しに軽く駆け出すと、

グンという加速力を全身に感じたと思えば

信じられないくらいのスピードにまで一瞬で到達し

仰天した小次郎は怖くなってしまって

止まろうとすれば

逆に造作もなく急停止できる。


一センチに満たない足の長さでの

不自然なまでの

急加速と

急制動は

危険なものに思えたが

またダッシュを三本ほど繰り返してみれば

早くも自分の感覚として取り入れられ、

おどけて

反復横跳びをしてみたりすれば

一秒間に軽く五往復くらいして

残像で訳なく三体に分身の術ができそうなほどである。


雪駄のような履物を与えられているようだが、

顔が大きすぎて見えないが、

よく足裏に馴染に足音もしない。


圧倒的な速さと

ステルス性を手に入れ、

小次郎はほれぼれとした。


前へと駆けながら

試しにジャンプしてみて

驚いたことには

人間状態で十センチも飛び上がるくらいの勢いが

自分の身長の何十倍と飛び上がり

フワリと着地できる。

仮に一メートルほど飛べると仮定して

身長が三センチだから

約三十三倍であり

元の百六十センチで換算すれば

五十メートルくらい飛び上がれる計算になろう。


さらに前方宙返りをしてみれば

十回転など余裕で

なんならずっとクルクルと回転しながら

ジャンプ移動できそうですらある。


運動会の徒競走とか体操とか大嫌いだった運動音痴な

今までの自分が嘘のように思われ

小次郎は一寸法師の身体に

満足を覚え始めた。


いくら駆けて飛び跳ねても

少しも疲れないのをよいことに

遮二無二に走り回っていたが

これでは埒が明かないとようよう気づき

今度は耳を澄ませてみれば

やはり聴覚にもブーストがかけられるようで

エコーのようなサウンドエフェクトと共に

わずかな空気の流れすら

音波として察知できるようである。


その雑音の向こう側に

ボソボソと

二人の人間が

ひそひそ声で話しているのが聞こえたのを

小次郎は敏感に察知し、

なるほど大黒天が言っていた通り

このナマハゲの操縦者は

二人であるとのことを合点すると

自慢の韋駄天を飛ばしに飛ばし

声の発生元へと向かった。


入り組んだ通路を抜け

広めで天井の高いホールのような場所に出た小次郎が見上げると

壁には目や鼻のような大穴が開いており

節分のオニの面を

まさに内側から見ているような光景であった。


ひそひそ声の様子や内容も

次第にはっきりしてきて

「どこへ行った?」だの

「小さすぎて見えない」だのと

男女二人それぞれの声があるのが分かった。


どうやら彼ら側では「ももっこサーブ」により

一寸法師が叩き込まれたその行く末や

ナマハゲへの影響を推し量っているらしいと

小次郎は判じた。


携帯ランタンによる薄い明かりが灯されたホールの中心は

緩やかに床が盛り上がっていて

さながらピッチャーマウンドのようで、

一組の男女が

組体操のサボテンのようなポーズで静止している様は

小次郎の目にはなかなかにシュールに映った。


下でサボテンポーズの土台となっているのは

やや中年太りな男性で、

その開いた両足の膝の上に立って

両腕を水平に広げているのは

妙齢かつ微乳の女性である。


二人共に

水着姿で

下の男性は無難で面白味のない紺色のトランクスのみを身にまとい

だらしない体型からして

四十代には差し掛かっているだろう。


上の女性は

乳の大きさは

慎ましやかながら

セパレートの黒ビキニであり

全体的に色白で

むっちりとした肉付きの

日本人体型で

脚はお世辞にも長いとはいえないが

良く言えば安心感を与えてくれて

むしろそそられるプロポーションであり

おそらく二十代後半であろう。


そのむっちりとした尻を

目の前にしている男性の目は

確実に凝視し続けているはずで、

一目で訳アリ年齢差カップルであると見て取れる。


『おお、

 あれは鬼操体位の基本中の基本、

 「さぼてん」じゃな』


青白く光る針の剣の柄先には

糸を通す穴がそのままであるが

その針孔から

大黒天の幼げな眼が覗いていて

遠隔での視力も備わっているらしい。


『細かく説明しゆる時間はないが

 要は彼奴らがとっているポーズは

 ナマハゲを駆り立てる馬車の御者のようなものなのじゃ』


と言う大黒天の言葉通り

確かに二人の組体操から

ビリビリと電気のようなものが発せられ

ピッチャーマウンド状の地面を伝って

ナマハゲ全体に送られているようである。


『ポーズを妨害すればオニも退治できるぞ、

 一寸法師。

 どうするかはお主に任せよう』


と言って針孔から覗いていた大黒天の目がふっと消え

針の剣全体のほんのり青白かった光も

スイッチを切ったように暗くなり

いつもの銀色に戻った。


一方的に言いまくられた直後に

勝手に通信を打ち切られた格好であり

小次郎はため息をついて

剣を左腰に納めた。


両腕を広げ

抜き足差し足、

小次郎が後ろから足音を立てずに忍び寄れば

二人の会話の内容も鮮明に聞こえてきた。


男の方が


「落ち着いてきたかな。

 一寸法師だーってビビってたけど」


と言えば


「よく分かんないけど、

 今のうちにもっとパワーを送って

 あの娘を早く骨抜きにしようよ」


と女が応え、

あの娘とは桃のことであろうし

ビビっていたというのはナマハゲのことらしく

大黒天の言った通り

二人はナマハゲを事細かに操縦するというよりは

半自律のようであり

馬の手綱を引き絞るような操縦の関与の仕方らしい。


組体操がナマハゲを応援するパワーの源であり

二人が組体操サボテンに気合を入れ胸を張るなどすれば

先ほどからの電気のような

ビリビリしたものの出力も上がったように大きくなった。


空間全体に響くナマハゲの

「ももっこいねーがー」

の唸り声も更にワントーン上昇したものとなったと見えて

小次郎は早く二人の組体操を止めさせなければ

桃に危険が迫ると推察して

焦燥の感に駆られた。


「やっぱり気になるわ、一寸法師はどこに行ったのかしら?」


また少し組体操への集中を弱めて

女性の方が

いぶかし気に辺りを見回した。


ナマハゲの目を通して鬼の面で外界が見えているらしい。

「ここからじゃ見えないね。なにしろ小さすぎて」

と中年男性も顔をキョロキョロさせていて、

小次郎が口調から察するに

二人の関係性はだいぶ男性が年齢は上のようである。


続けて女は


「さっきのは何だったんだろう?

 バレーのサーブみたいなの」


と思い返すと


「何か投げつけられたような。

 あれが一寸法師だったのかな?」


と首をひねれば


「何のダメージもないようだけど、

 放っておいて大丈夫なのかしら」


と女の心配は止まず


「一寸で三センチくらいでしょ?

 最悪、僕が出ていって踏みつぶしてやるよ」


と中年男性の方は

女性にいい恰好を見せたいのを隠そうとしない。


「ナマハゲが本能的にビビっていた感じからして油断ならないわ。

 桃太郎がターゲットだったのに

 一寸法師まで出てきたんだから」


妙齢女性の方の生真面目な声質と発言内容からして

ミッションに忠実に集中しているようである。


「あ、もしかして、桃ちゃんのおっぱいに挟んでるのかも、一寸法師」



嫌らしい声で中年男が言い出して

小次郎も


「いいねそれ」


と心で呟いたが


「はあ? なにそれ。嫌味?」


と女は明らかに不機嫌な声を出して中年男の方を振り返った。


「いやいや、

 三センチくらいのが隠れる場所っていったら

 おっぱいの谷間くらいしかないかなってだけで」


と慌てて補足するも


「あたしのは単三電池も挟めませんけど、

 どんなに乳肉を寄せても谷間にならないからね」


と女はむくれる。


前に回り込んで女性の言を確認したい小次郎であったが

見つかるリスクを考えて横から見ることにして、

なるほどかなり控えめな起伏のお胸であると再確認した。


黒いビキニなので

桃の白水着と並べてみたいものであるが

どうしても桃の巨乳に目が行くであろうし

可哀そうでもあり

コンプレックスを感じてしまうのも分かるような気がした。


「大きいから偉いということじゃないでしょう。

 僕は好きだよ、美月ちゃんの微乳」


中年男は取り繕うように

格好つけた低音ボイスで言い、

小次郎は


「美月さんっていうのかー」


と女性についての情報が増えることを

オスの本能的に喜んだ。


「そっ、ちょっ、なっ、なに言ってんの、馬鹿!」


 暗がりでも分かるほど美月は顔を赤くして照れているようである。


「なんだよツンデレかよ」


と小次郎は二人のラブラブぶりに鼻白んだ。


「またそうやって、奥さんにも同じこと言ってるんでしょ」


と照れ隠しなのか

急にキツい口調で

美月が糾弾を始め、

小次郎は


「本当に不倫カップルだった!

 すごい!

 妻子持ちの上司と

 微妙な年齢に差し掛かった女子社員かも!」


と興奮した。

おなきん効果はまだ現れないが

生まれて初めて不倫カップルを目の当たりにして

脳内に快楽物質(ドーパミン)が非常事態として分泌されたのである。


「子ども生まれてからずっとセックスレスだって言ってるじゃないか」


と男が言うのを


「このおっさん子どももいるのか!」


と小次郎は更に興奮した。


小次郎は中年男がガン見しているのは

組体操サボテンで目の前にある妙齢女性の尻であるとも思え、

男とは別々の女性の

尻を乳とを

同時にガン見できる生き物であるのだと気づかされた。

きっと自分が彼の立場でも同じことをしただろう、とも考えた。


二人が言い合いを始めて

周囲への注意が疎かになった

今がチャンスと見て

小次郎はいよいよ行動を開始することにした。


大黒天からは具体的な手段は小次郎に任せられていて

要は二人の組体操を邪魔すれば

ナマハゲを退治できるらしい。


身長が約三センチの身の上では

力ずくで二人の体位を崩すのは

不可能であることは自明であるから

小次郎は何か策をひねり出す必要に迫られ

ヒントを求め二人の様子を探っていた小次郎の目についたのは

妙齢女性の

黒ビキニの紐である。


腰の横から

太ももの上のあたりで

蝶々結びの

黒い紐が垂れ下がっている。


この体の大きさでも

紐をほどくくらいはできるのでは、

圧倒的なスピードと

小ささゆえの視認性の低さで

先手を取れるのではと思案した。


中年男はずっと女性の股間を覗き込んでいることから

きっと紐をほどきたいと望んでいるだろう、

もっと直に見たがっているだろう、

ほどく手伝いをしてやれば喜ばれるだろうし

組体操どころではなくなるのではないか、

という予測も立った。


また小次郎本人の願望としても

あの紐はほどいてみたいと

心の底から思っていた。


小次郎は大きく息を吸う。


身長三センチほどの大きさと

先ほど試して実感したジャンプ力と

スピードで

二人に気付かれずに

女性の黒ビキニ紐をほどいて、

また安全圏まで離脱できるのか、

やったらどうなるだろうかと前向きに考えだした。


この後に及んで

小次郎を前向きにする要素は

やはりエロスだったのである。


膝に手をついて

足を二度ほど屈伸させ、

左右のアキレス筋を

しかめっ面をしながら伸ばす。


おなきん効果がまだまだの小次郎にはこのタイミングでも侵入思考があった。

不安という感覚である。

うまくできるだろうか、

蠅のように叩き落され踏み

つぶされるのではないか、

この大きさでは捕まったら一たまりもないのではないか。


ふくふくしたほっぺを

両手で下から

ペチペチと叩き

小次郎は覚悟を決めた。

急がないと桃がピンチなのだ、

迷っている暇はない。

危なくなったら逃げればいい。

捕まったとしても

つい出来心で

黒ブラ紐をほどいてみたくなっただけです、

と心から謝れば

きっと小ささに免じて許してくれるだろう。


先ほどのお試しジャンプと大違いに

ヌヌっといっぱい

気合を入れ

一っ飛びで紐まで達するつもりで助走に入れば

一瞬で最高速度に達したようで

周りの空気にモヤのようなエフェクトがかかり

時間の流れがスローモーションのように圧縮され

耳に入る風切り音もヒューという高い音だったのが

ゴゴゴと地鳴りのようなエコーがかけられたようになった。


これならいけるという確信を得た小次郎が

気合いの声が出て二人に気づかれないよう

鼻からフンっと息を吐きながら

右足で地面を蹴って大ジャンプすれば、

斜め前四十五度の角度でいよいよテイクオフとなり

さながら両足に推進ジェットでもあるかのごとく

黒ビキニ目掛けて

大空への発射となった。


想像以上に跳躍力があって驚いた。


黒ブラ紐への大まかな狙いは合っていたが

このままだと勢いがありすぎて

通り過ぎそうである。


ぐっと目に力を込め

集中力を高めると周りの

風景のスローモーションが更にゆっくりにすることができるようで、

小次郎が日ごろからプレイしている戦闘機シミュレーションゲームよりも

ずっと簡単に感覚的に操作できることを喜んだ。


妙齢女性の

黒ビキニと

尻が

ゆっくり近づいてくるに従って

ジャンプの勢いが強すぎたことを小次郎も認め、

太ももの辺りに飛びついて

ブラ紐をほどいて

また離脱しようという当初の計画を見直すことにした。

着地せずに自分の体でカーブを描きながら

すれ違いざまに紐をほどけると

スローモーションの最中に確信することができたのだ。


顔と体を右斜め上に捻って逸らしながら

軌道を調節してみると

うまい具合にギリギリのところでぶつからずに

妙齢女性のふとももをかすめることができそうで

そうこうしている内に

あっという間に

黒ブラ紐は

目の前のところまで来ていた。


小次郎は一層の集中力を発揮し

両手を身体の前に構え

グーパーとばかりに

その小さすぎる両拳を握ったり開いたりした。


蝶々結びで垂れている

紐を

二本をまずはそれぞれ両手でキャッチできたところで

気力を最大化すれば

スローモーションだった時間がほとんど止まったように感じられ

紐をシュルシュルと手繰ったところ

硬く結ばれてはいたが

一寸法師とは意外に腕力もあるようで

すばやくぐんぐんと何度も両手を上下に往復させると

どんどんと紐が引っ張られていって

最後はやや強引に紐を引ききって

小次郎の顔の前で

黒い紐の結び目がぽんとほどけた。


自分でもこれほどあっけなく一発で成功するとは思わなかったので

小次郎は空中で手のひらを上向ける形で肩をすくめてみた。


一寸法師の

動体視力と

作業スピードと

正確性、

そして空中でのボディバランスがあれば

もっといろいろなことが可能になると感得したのである。


一連の作戦に実際かかった時間は

一瞬にも満たなかったであろう。

アニメであれば画面が暗転して一本の光の筋が煌めたかと思えば

すぐ次のカットで

妙齢女性の

黒ビキニの紐が

ハラリとほどけていたというような表現になるのではないか。


ほどいた紐がまだ空中を漂っているような時間の中で

小次郎はジャンプ力で得た慣性のまま

二人を振り返りながら

斜め上空へ飛び続けた。


そのまま天井までぶつかりそうになるところを

十分な余裕を残して

体を反転させ

ピタリと蜘蛛かカナブンのように張り付くことができた。


片手の握力だけで

自重を楽勝で支えられるのは

体重が軽いからであろう。

黒ビキニ下の状況次第では

もう一度

今度は天井を蹴って

下り方向で

逆側のビキニ紐もほどいてやろうかと

張り付いたまま

二人と水着の様子を見ていれば、

どうやら組体操サボテンの体勢のまま

言い合いが始まったようである。


「ちょっと、どこ触ってんのよ!」


美月にしてみれば

ビキニの紐が

独りでにほどけるはずはないという固定観念であるのだから

紐がハラリとほどけて重力に引かれていくのは

誰か別の人間の仕業であり

中年男の他に人間はこの空間に存在していないのだから

そいつの行為と決めつけるのは

当然の帰結であろう。


「おおお?」


と両腕で組体操サボテンを支えている中年男にとっても意外であったろうし

突然降ってきたラッキーに目を丸くして

黒ビキニ下の紐と

それに付随する布面積部分が

落下しようとしていく光景を反射的に覗き込もうとするのは

男の本能からして仕方のない事であろう。

同じ男として

小次郎はその気持ちが痛いほど分かる。


半分落ちかかった

紐と

布とを

美月は空中で追いかけて掴もうとしたが

ギリギリで届かなかったようで、

次に彼女が取った対応とは

モロ見えになりそうな股間を

中年男性の視線から防ぐこととなり、

腰をひねり

右手を尻の側から回して手の甲で隠しながら、

彼の膝の上で強引にしゃがもうとする。


「危ない、落ちるよ」


と中年男性が余裕の消えた声で注意するも

ぎゃあぎゃあ騒ぐ美月は聞く耳を持たないようで、

サイテー、

信じらんない、

など毒づきながら悲鳴を上げて

中年男性の膝の上から降りようとするのを

彼の方でもムキになって手を離さないものだから

今度は膝の上で腰が砕けたヤンキー座りのような態勢になることで

股間を男の視線から守ろうとしている。


「見たかったらちゃんと言いなさいよ!

 卑怯な真似しないで!」


美月の言葉から

小次郎は

別に股間を見られたくないのではなく

合意形成プロセスに齟齬があるという印象を受け、

ということは普段は存分に見せ合っているのではと妄想を逞しくした。


「僕がほどいたんじゃないって」

と中年男性は必死に美月の脚を押さえ

組体操サボテンを維持しようとしているが

どうやら美月は黒ビキニ紐を男性がほどいたと思い込んでいるようで

そのマジギレのレベルが衰えるような兆しはなかった。


「そんなだから奥さんにもちゃんと言えないのよ!」


騒ぎに乗じて美月がすごいことを口走ったの小次郎は聞き逃さず、

このカップルかなり訳アリなんだと実感した。

女性に比較的よくある

芋づる式に怒りが連鎖していくやつであろう、

こうなったら手が付けられないマジギレぶりで

小次郎も見世物としては楽しめるかもしれなかったが

実際に自分が食らったら一たまりもないだろうと

天井にぶら下がりながら震えあがった。


中年男性としたらよく食らうヒステリーらしく

ため息交じりの笑みをお面の下で浮かべ

しかし黙り込んでいては逆に火に油とばかりに

猫なで声で


「一回落ち着こうねー」


などと言っている。


むろん効果は期待できず

美月の激昂は止まらず

上半身を捻って男の方を振り返り

ものすごい形相で睨み、

男性の脚の上から降りようとする。


「ああ、サボテンを止めちゃったら……」


と慌てて中年男性が注意しても遅かったようで

組体操サボテンのポーズが解除された感覚は小次郎にも伝わった。


事によっては張り付いている天井からまたジャンプして

美月の腰の反対側ビキニ紐をほどくことも考えていたが

二人のうろたえぶりの様子から

集中が乱れたのが一目瞭然であり

大黒天からのタスクであった組体操サボテンの邪魔が

間違いなく達成されそうなことを確認するにつけ

深追いは止めておこう

余計なリスクは犯さずにいようというように

おなきん効果が出る前の積極性が低い現状で

小次郎は片手で天井にぶら下がりながら

不敵な笑みを浮かべた。


組体操サボテンが崩れ

パワー供給が絶たれ

ナマハゲが存続できないとなれば

そのインナースペースとしての現在地空間も終焉の時が迫っているようで

ビシビシと音を立て

壁や天井に亀裂が走っていくのを小次郎は目で追った。

床も抜けて

真っ暗闇の奈落へと瓦礫が落下していく様を見せつけられても

不思議と恐怖心は湧かなかった。

自分の体の小ささと軽さを身をもって知っているので

ちょっとした隙間と時間があれば

いくらでも抜け出し逃げ出せるという

自信と確信を手にしていたのである。


不倫カップルの二人も

ようやくナマハゲ崩壊の事実を受け入れたらしく

作戦失敗を認め

不毛な言い争いを素早く切り上げて

二人無言でホールの奥にある通用口の方へと

いそいそと歩き去った。


では自分もそろそろ脱出しようかと

小次郎が周囲を見回すと

壁の亀裂の向こうには

鴨川の青空とプールに反射した太陽の煌めきが目に入る。


目を凝らせば

白い水着を身につけ

いぶかし気にナマハゲの様子を探っている

桃と

その横でホバリングしているお椀の姿までも見えたので

小次郎は一番

かっこつけて前回り宙返りを繰り返しながら

ぴょーんと飛び出していった。


「おおっ!」


桃の驚きと

桃っこサービスエースの成功を喜ぶ笑顔に迎えられ、

小次郎はプールサイドの飛び込み台にかっこよく両手を斜め上に掲げるポーズで

スタッと着地した。


「決まったな」


と悦に入る表情であった。


桃からしてみれば

謎の一寸法師をバレーボールのサーブの要領で

ナマハゲに打ち込んでみたところ

数秒と待たずに苦しみだした塩梅である。


そのまま間髪おかず

ビリビリと稲妻のような鬼気が暴走し出したかと思えば

身長四メートルのオニの顔面から胴体から

バリバリと亀裂が走り

苦し気なうめき声を上げながら少しずつ崩壊し始めたことになり


「やば! 効果てきめん!」


と勝利を確信した桃は

白水着に包まれた

たわわな乳房を

上下に

プルンプルンとさせながら

その場で何度も飛び上がり嬉しさを表現した。


小次郎は自分の仕事によって

かような肉付きのよい女子大生を喜ばせることができたことに

半信半疑ではあるが

徐々に誇らしいという気持ちも感じ始めていた。


「ももっこサーブの効果だ!

 サービスエース炸裂!」


続いての桃の言葉に

小次郎はポーズを決めたまま

「ん?」

と怪訝な顔になった。


「あたしってすごい!

 やっぱりあたしったら格別な逸材だったんだ!」


小次郎はびっくりして桃を仰ぎ見て

やがてニヤリと笑い


「おもしろい人」


と言いそうになった。


オニ退治の全部分を自分の手柄にする

大胆さと

強欲さを

むしろ好ましいとさえ思うような、

そんな印象だったのである。


崩れ落ちていくナマハゲから

二人分の人影が

ぼろぼろと飛び出してプールに落下した。


水深は浅くはないが

子供でも足が付くほどで

片方の紐がほどけた

美月の黒ビキニも

プールサイドの衆人の目からはは水の中なので

ほとんど詳細まで見えないのを幸いとて

紐を結びなおそうとするのを

中年男性は


「逃げよう! 早く!」


と美月の二の腕を引っ張るものだから

バランスを崩し

顔から水に浸かったりしたが

二人でコソコソと逃げていく途中で

美月は振り返って桃を見た。


桃も「どした?」とばかりに

二人の終始を目で追っていたので

自然と

二人の視線がぶつかることとなり、

これが二人の邂逅、

そして長きにわたる因縁の

マイナスからのスタートとなった。


美月は桃が桃太郎の末裔と知っているので

ものすごい形相で睨みつけてしまうのだが

桃からすれば全く面識のない妙齢女性から

心当たりなく睨まれているので

「はて?」と小首を傾げて当惑し


「ももっこサービスエースでオニをぶっ倒したから怒っているのかな?」


などと呟いた。


そんな二人を見ながら大黒天が言う。


『彼奴らが大オニの部下ではないかいな。

 普通の人間のようじゃが

 妙な因縁を感じる。

 二人とも只者ではないぞ。

 彼奴らもまた、何らかの伝説の末裔かもしれぬ』


桃は

まだポーズを取っている一寸法師こと小次郎の元まで

女の子走りで駆け寄ると

その三センチの身体の

三頭身の頭の側面を

ひょいっと摘み上げ

ももっこサーブ前の時のように手の平の上にちょこんと乗せて


「君もすごいねー」


と顔を覗き込んだ。


あまりの顔の近さに

女性とまったく接したことのない小次郎は

顔を真っ赤にして俯いた。


「あたしは吉備野桃。

 一八歳、ぴっかぴかの大学一年生です!

 よろしくね、一寸法師さん」


輝きを放射するような

笑顔の眩しさに顔を背け、

自分は打出小次郎、

十八歳、

かっぴかぴの浪人生です

などと応える気力など湧きようもなく、

ただ曖昧な笑顔を浮かべるのみであった。


『ビキニの紐一本で大山鳴動す、だな、

 一寸法師の面目躍如といったところか。

 初めてのオニ退治にしては上出来じゃ』


すたすたと大黒天も満面の笑みで近づいてきた。

誉められ慣れていない小次郎はくすぐったくなって


「紐をほどいただけだけど」


と頭を掻いた。


『せっかくの勝ち名乗り、

 もっと胸を張って腹から声を出せい。

 こう言うのじゃ』


 脳裏にすっと差し込まれたビジョンに

小次郎はぎょっとして

そんな恥ずかしい決めゼリフを

桃の前で披露できるはずがないと

首を振り手を振ったが、

その桃は


「なに? なに?」


と更に距離を詰め


「名乗りなんて恥ずかしいよう……」


と消え入りそうな声で小次郎が応えれば


「やって! 見せて! 早く!」


と桃は一切の容赦もなく

有無を言わさぬ圧力をかけてきた。


「僕のじゃなくて大黒さんのセンスだから笑わないでよ」


と小次郎が言っても


「いいから早く!」


と桃は一切取り合わない。


大黒天はニヤニヤ笑って肩をすくめる。

お椀ちゃんが

プールサイドの床に体当たりをする形で

歌舞伎の見せ場で後ろから聞こえてくる拍子木で板を叩く(附け打ち)ような音で

徐々に速くなってくるリズムを刻んで煽ってくれば、

小次郎いよいよ逃げられず、

ええいままよと

こちらも歌舞伎のように

見よう見まねで

見栄を切って

腹から声を出してみた。


「オニ退治ならば並び無い、

 まかり出たるは、

 天下一品、天下無双の~」


右手を開いて前に出し、

左腕は後ろに回して

半身になって

右の眉をくわっと上げた。


「よっ、一寸法師でござるー!」


ぐいっと目に力を込めて桃の目を見た。


「きゃー! あははは! かっこいー!」


桃は歓声を上げて

その場で小さく何度もジャンプし、

手の平の上で小次郎は揺れたが

彼女の笑いは

自分を蔑んだり

馬鹿にしたりする種類のものではないと

確信があったので

笑われたけどむしろ嬉しかった。


「やればできる子!

 最初はどうなるかと思ったけど、

 さすが一寸法師!」


弾ける笑顔で

更に褒められれば

小次郎も悪い気はしない。


その小さな胸に去来したのは

一寸法師としての

オニ退治活動に対する

確かな手ごたえであった。


勝手にインナースペースに入り込んで

内側からやりたい放題すればいい。

小ささとスピードを武器に

一方的に行動できるのだから

危険も少ないだろう。


まさに成功体験、

やってみたらどうってことないことだった。


——これをきっかけにして、無様な自分を変えられるかもしれない——


桃のまぶしすぎる笑顔は自分に向けられたものだが

自分の苦悩や

奮闘への対価としては

過大すぎると受け止めていた。


だが、

それは本来の

正当な報酬なのだとしたら……。


正当な報酬だと胸を張って

受け入れることが

自分にできるとしたら……。


『さてもさても、

 野次馬が集まってきておるぞ。

 こうしちゃおれぬ』


大黒天の呼びかけに

小次郎は我に返り

辺りを見回すと

確かにプールサイドにはざっと三十人が

遠巻きに桃らを取り囲み

「でかいオニが消えた……?」、

「あのナイスバディがバレーのサーブみたいなので……」、

「あの子が倒したの?」、

などとザワついている。


遠目から見ていた野次馬からは

桃がナマハゲに

何か投げつけて倒したように見えるのであろう。

謎の大黒天コスプレの女児も不自然に急に現れたと。


『そろそろおいとましようものだが、

 その前に簡単に、

 桃太郎のご子孫に触りだけ説明しょう。

 大オニの封印が今にも解けそうという情報あり。

 あの二人は大オニの子分であり

 その敵となるであろう桃太郎の復活を事前に防ごうとしておる。

 無力なキャピキャピ女子大生でいる内に

 ガツンと食らわして

 ショゲさせようというところじゃろう』


大黒天は更に


『亡き者にしようとまではしないはず。

 そこまでの社会的なリスクは取らないだろう』


と付け加え、

桃も少し安堵したようだった。


『まずは、お供を探す事じゃ。

 桃太郎のお供と言えば何たるか知っておろう?』


との大黒天の問いかけに

桃は元気よく


「イヌ! サル! キジ!」


と即答した。


『左様左様。

 お供らが揃えば

 お主も桃太郎としての能力が覚醒するはずじゃ。

 居場所は……、

 わしは詳しく知らぬが、

 ある本に記してあったはず。

 確か『桃太郎大予言』、

 京都の古い図書館にあるはずじゃ』


意外に具体的なヒントをもらったので

桃も勝利を確信したような笑みを浮かべ


「オッケー」


と指でもマークを作り


「まずはネットで『桃太郎大予言』を蔵書している図書館を探そう」


と提案する。


いそいそと更衣室のロッカーに入れてあるスマホを取りに戻ろうと

歩きかけた桃であったが、

その元ににじり寄ってきた数人の人影があった。

桃が所属している大学サークル「焚き込みごはん研究会」の男女の面々である。


一様におっかなびっくりしながら

なるべく桃と距離を保ちつつ

恐怖と緊張の表情を浮かべじりじりと近づいてくる。

代表らしき男子大学生が

やむにやまれずといった渋面で声をかけてくる。


「大丈夫だった? あれ、やったの、吉備野さん?」


と言うあれ、とはナマハゲ撃破のことであろう。

彼らには桃が何かを投げつけて

あの巨体オニを崩壊せしめたように見えていたのである。

それらの視線のほとんどは称賛や憧れなどよりも

忌避や面倒といったネガティブな色の方がありありとしている。


「あ、忘れてた」


と桃が無表情に一瞥した瞬間に

奴らは退屈で無意味な日常生活を象徴する存在となった。

こんな雑魚らと時間の無駄をしてられない。

今こそ退屈な大学生活というぬるま湯とは縁を切って

心躍る冒険へと足を踏み出すときであると

桃は本能的に悟った。


「退会します、

 今日でサークル抜けますわ。

 運命が動き出したもんで。

 お疲れっした、

 あ、お昼ごはん、ごちそうさまっした」


お昼ごはんはお寿司であった。

アミューズメントパークの入場料なども含め

サークルの男子にとっては

無為な出費となったことだろう。


良く通る桃の声でばっさり斬られたサークル連中だが

あえて引き留める気は無さそうで、

オニに襲われていた女子を放って逃げるのは良心が痛むが

無事を確認したら後は巻き込まれたくないという

小市民ポジションからは一生抜け出せない

モブ気質であった。

桃のような

巨大な運命を背負った存在とは

釣り合わないのは自明の理であろう。


手のひらに一寸法師を乗せて

自分の足と

自分の意思で

歩き出した

桃を

無言でどこかうらやまし気に見送るのみである。


一寸法師こと小次郎といえば

桃の手の平で揺られながら

いつの間にか横になっていた。


ナマハゲ戦の勝利で気を抜いた直後から

猛烈な疲労感と眠気に襲われ、

先ほどから何度もため息をついている。

もう指一本も動かしたくない、

いや動かせない。


「あれ? どうした?」


と目ざとく異変に気付いた桃が声をかける。


目を閉じたまま小次郎は


「とても眠いんです……」


と力なく答えた。


『おなりすぎじゃ』


と並走していた大黒天が横から口を出して来た。


「オナニーのしすぎってこと?

 この愛らしいビジュアルで?」


桃が驚くのも無理はないのは

いかにもデフォルメな

ちびキャラ然とした一寸法師と

オナニー過多という生々しさとの乖離であろう。


『まだまだパワー不足。

 かつ、ドーパミンの枯渇で

 やる気も出るはずがない。

 これからおなきんで貯めていかねばならん』


桃は顔をパッと輝かせ


「おなきん、って、オナニー禁止ってことね!」


と言った。


『そんなに疲れた様子の男がモテる訳がない。

 バイタリティにあふれエネルギッシュで活動的になるには

 オナニーで消費していては叶わぬ』


と言う大黒天に

小次郎は消えそうな小声で


「俺なんかがエネルギッシュだったら

 逆にキモいっしょ」


と反論するも


『また「オレなんか思想」じゃ。

 テストステロンも足らないから

 男らしい考え方や振る舞いができないのも

 オナニー過多の弊害なり』


と大黒天に諭される。


「カワイソカワイソー。

 エッチなこと禁止?

 あたしのナイスバディを目の前にして?」


桃が心から楽しそうにはしゃぎだし

見せつける様に白く豊かなバストを揺らす。


小次郎は薄れゆく意識の中で、

これから始まる禁欲と忍耐の試練を案じた。


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