第7話脚本の悩みと冷熱極太つけ麺
アグニス伯爵邸の自室にて、スカーレットは執務机に突っ伏し、髪を振り乱しながら唸り声をあげていた。
「ダメ……ダメですわ! こんな凡庸な筋書き、あの悪魔(セレスティーヌ様)に見せられるはずがありませんわ……!」
机の上には、次なるターゲットである下級生徒――「実技試験で魔力暴走を連発する破壊系男子」の排除計画書が広げられていた。
証拠集めも、退学の口実も、受け入れ先である『王都外郭・岩盤掘削部隊』への根回しも完璧だ。純粋な人事案件としては百点満点である。
だが、スカーレットの被害妄想は限界突破していた。
「考えてもご覧なさい、スカーレット! 第一号は冤罪風の追放、第二号は自爆未遂、第三号は脱税告発、第四号は自主退学……! ここに来てまた『規律違反で正当に追放』なんて単調な展開を出したらどうなりますの!? あのセレスティーヌ様よ!?
『ふふ、スカーレット様。そろそろ大どんでん返しのような劇的展開のひとつも見せてくださらないと、報告書を読むのも飽きてしまいますわね。退屈な部下は……この世から退場ですわ』なんて言われて、首がポーンと飛ぶに決まっていますわ!!」
(※なお、セレスティーヌ本人は結果が合理的かつ迅速であれば、エンタメ性など1ミリも求めていない)
「スカーレット様〜! 聞いてくださいまし!」
そこへ、ノックもそこそこにミリアが部屋へ飛び込んできた。手には流行りの恋愛小説を抱えている。
「昨日読みましたこの大衆小説、とんでもない傑作でしたの! 信じていた親友が実は黒幕で、最後の舞踏会で全てがひっくり返る大どんでん返しがございまして……!」
「……どんでん返し!?」
スカーレットはガタッと椅子から立ち上がり、ミリアの肩を激しく揺さぶった。
「それよミリア! 具体的にどうひっくり返ったの!? 二重スパイ!? 記憶喪失!? それとも実は生き別れの王族でしたパターン!?」
「ひゃっ!? え、ええと……実は親友が隣国の暗殺者でして……って、スカーレット様、お顔が怖いですわ!?」
「隣国の暗殺者……! ダメよ、国家反逆罪まで話を広げたら帝国憲兵隊が動いて私の偽装工作がバレてしまう……! ああっもう、ミリア、少し一人にさせてちょうだい!」
「は、はいぃ〜っ!?」
嵐のようにミリアを部屋から押し出し、スカーレットは再び机に頭を打ちつけた。
「一度わざと私が標的に完全敗北して学園全体を絶望の底に叩き落とし、最後の査問会で全ての証拠を突きつけて大逆転……? いえ、負けたフリの時点でセレスティーヌ様に『無能』と判断されて即日処刑ですわ! 二重トラップ? 脚本が複雑すぎて私の頭のキャパシティが爆発しますわ……!!」
知恵熱で頭から湯気が出そうだった。なぜ悪役令嬢が、絶対君主を楽しませるための脚本家兼プロデューサーのような苦悩を抱えねばならないのか。
「限界……! 脳が……私の脳がオーバーヒートで沸騰してしまいますわ……!!」
熱気で焼け焦げそうな思考を冷まし、かつ疲弊しきった精神にガツンと活を入れる何かが欲しい。
スカーレットは扇子を握りしめ、夜の街へと疾走した。
◆
王都の繁華街。湯気と威勢のいい掛け声が漏れ出る一軒の専門店に、スカーレットは飛び込んだ。
『極濃つけ麺・巌流庵』
「いらっしゃい! 食券どうぞ!」
スカーレットは迷うことなく、券売機の最上段にあるボタンを押し込んだ。
「『特製極太つけ麺』を……麺はキンキンの【冷盛り】でお願いいたしますわ!」
カウンターの端に座り、荒い息を整える。
複雑にこんがらがった脳内プロットが、まだ頭の中でぐるぐると渦を巻いていた。
数分後。
「へいお待ち! 特製つけ麺、冷盛りあつあつスープです!」
カウンター越しに供されたのは、二つの器。一方には、氷水で徹底的に締められ、艶やかに輝く極太の自家製ストレート麺。その上には分厚い炙りチャーシュー、極太メンマ、煮卵、そして大きな海苔が整然と美しく配置されている。
もう一方には、石鍋の中でマグマのようにグツグツと沸騰し、魚粉の山を冠したドロドロの濃厚魚介豚骨スープ。
(……この美しさ。一切の無駄がない、研ぎ澄まされた二重構造……!)
スカーレットは箸を手に取り、まずは冷たい極太麺を数本つまんで、そのまま口へと運んだ。
「……んんっ!」
小麦の力強い香りと、押し返すような凄まじい弾力。氷水で締められた麺の冷たさが、オーバーヒートしていたスカーレットの口腔内を心地よく冷ましていく。
そして――。
その冷たい極太麺を、煮えたぎる濃厚つけ汁へと深々とダイブさせた。どっぷりと絡みつく、魚介と豚骨の濃厚な泥スープ。
「ずずっ……ずずずずっ――!!」
(――ッン美味アアアアッッッ!!!)
脳天を直撃する、熱さと冷たさの鮮烈なコントラスト。冷たく引き締まった麺のコシを噛み締めるたびに、熱々でドロリとした濃厚スープの旨味と魚粉のパンチが爆発的に広がる。甘み、酸味、辛味、そして豚骨の圧倒的なコク。
「冷たい麺と、熱いスープ……! この極端な温度差が生み出す、圧倒的な説得力……!!」
チャーシューをつけ汁に浸して喰らいつき、極太メンマの歯ごたえを楽しみながら、スカーレットは夢中で麺を啜り続けた。
そして、麺を綺麗に平らげた後。
「……すみません、割りスープをいただけますこと?」
「へい、スープ割りね!」
徳利から注がれた熱々の和風出汁が、濃厚なつけ汁を優しく伸ばしていく。
レンゲですくい、ふーふーと息を吹きかけて飲む。
ずずっ……。
鰹と昆布の優しい出汁が五臓六腑にじんわりと染み渡り、スカーレットは深く長い息を吐き出した。
「……はぁ。私、何を血迷っていたのかしら」
視界が、急速にクリアになっていく。
「つけ麺がこれほど美味いのは、冷たい麺と熱いスープという『研ぎ澄まされた直球の事実』があるからですわ。奇をてらった余計な細工など、何一つ必要ない……」
スカーレットの琥珀色の瞳に、冷徹な知性が戻っていた。
「大どんでん返し? そんな無駄な演出、最初から不要でしたわ! セレスティーヌ様が求めているのはエンタメではなく、ただ冷徹な結果のみ! 必要なのは、言い逃れのできない決定的な証拠(冷たい事実)と、圧倒的な火力(熱い論理)で最短最速で叩き潰すことだけですわ!」
迷いは完全に消え去っていた。
スカーレットは卓上に銀貨を置き、優雅に立ち上がった。
「ごちそうさまでしたわ。……さて、明日は無駄な小細工なしのストレートな力技で、あの暴走生徒を岩盤掘削部隊へ送り出して差し上げますわ!」
つけ麺の熱冷ギャップによって完全に覚醒した下っ端悪役令嬢は、夜風にドレスを翻し、堂々たる足取りで屋敷へと帰還するのだった
。
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