第5話三人寄れば剛麺粉砕
帝国ヴィクトリア貴族学院の追放執務室。
山積みになった書類の山を前に、スカーレットは苛立たしげに羽根ペンを走らせていた。
「くっ……! あのワルデス、手回しだけは無駄に手際が良いですわね……!」
今回の追放ターゲットは、旧校舎の地下で違法ダイス賭博を開帳し、生徒たちから大金を巻き上げている不良貴族ワルデス。
スカーレットも手をこまねいていたわけではない。
悪役令嬢としての陰湿なスキルを総動員し、女子生徒たちの間で「ワルデス様は夜な夜な下級生に媚びを売る不潔な病持ちですのよ」「実は重度の水虫で、近づくだけで靴下が腐るらしいわ」と不純かつ不名誉極まりない噂を流し、サロンには怪文書をばら撒いて社会的信用を徹底的に削り落としてきた。
だが、ワルデスの背後には大物貴族である派閥の重鎮の影がチラついており、決定的な現行犯証拠を掴まない限り、直接的な告発に踏み切れない膠着状態が続いていたのだ。
「ミリア、あの男の資金洗浄ルートの洗い出しは……って、ミリア!?」
助けを求めようと顔を上げたスカーレットの視線の先で、ミリアは机に突っ伏し、ぐしゃぐしゃのハンカチを噛んでいた。
「うぅぅ……レイン様……』
レイン・クロイツに玉砕したショックをいまだに引きずり、完全に魂の抜けた置物と化している。
(こんな時に使い物にならないなんて……! わたくしの胃に穴が開いてしまいますわ!)
スカーレットが絶望のあまり頭を抱えた、その時だった。
カチャリ、と控えめな音を立てて扉が開き、やや大柄な青髪の少女が姿を現した。
「……ただいま」
「レ、レムさん……!?」
帝都中の趣味の「巡礼」に出ていたレムの帰還に、スカーレットの顔が一気に輝いた。ミリアもハッと涙を拭って顔を上げる。
「まあ、レムさん! ご無事のお帰りですわ!」
レムは無言で会釈すると、机の上の雑務書類の山を銀灰色の瞳で一瞥。
次の瞬間、両腕を残像のように動かして凄まじいスピードで書類を仕分け、わずか数分で事務処理を完全に片付けてしまった。
「……書類整理、完了。ターゲットの攻略、集中可能」
「素晴らしいですわレムさん! よし、これで一気に攻勢に出ますことよ!」
◆
夕暮れの裏路地。
スカーレットたちは、ワルデスの賭場へ足繁く通う平民生徒の前に立ちはだかり、逃げ道を塞ぐように三人で完璧に包囲しました。
「ひっ、セ、セレスティーヌ派の……!?」
怯える男子生徒を見下ろし、スカーレットは扇子をパチンと鳴らしてドスの利いた冷笑を浮かべた。
「ごきげんよう。今夜の賭場の場所と開帳時刻……素直に吐き出せば学園追放だけで見逃して差し上げますけれど、黙秘するなら貴方の特待奨学金を即刻剥奪した上で、平民街にあるご実家の商店の借金をすべて商人ギルドから一括回収させて差し上げますわよ?」
「アグニス家の監査から逃れられるはずがありませんわ!」
失恋のモヤモヤをぶつけるように、ミリアが鋭利な瞳で追及の声を重ねる。
さらに平民生徒の背後では――
ゴシャッ!
レムが無言のまま、片手で握り締めた真っ赤なリンゴを粉微塵に握り潰し、果汁を滴らせながら銀灰色の瞳で冷たく見下ろしていた。
「……喋るか、これと同じになるか」
「ひぃぃぃぃっ! 喋ります! 今夜八時、第二魔導実験室の地下倉庫ですぅぅぅ!!」
あまりの恐怖に平民生徒は即座に全面自白。得られた確定情報を元に、スカーレットは風紀委員会と憲兵隊への通報書類を電光石火で提出。
大物貴族がもみ消す隙を一切与えず、その夜のうちに賭場は一斉摘発され、後日ワルデスの退学処分が正式に決定したのだった。
◆
夜の王都。
「ふふっ、三人で当たれば嫌がらせも調査も効率三倍ですわね!」
「ええ! 胸がすくような大勝利ですわスカーレット様!」
笑顔を取り戻したミリアと手を取り合い、スカーレットは意気揚々と胸を張った。
「見事な任務完了と、レムさんの巡礼帰還祝いですわ! 今宵は話題の新店『極太剛麺・麺処・修羅丸』へ挑戦いたしますことよ!」
「……極太麺、大盛推奨」
暖簾をくぐった三人の前に運ばれてきたのは、もはや凶器と呼ぶべき一杯だった。
丼に、まるで縄のように捻じれた極太の縮れオーション麺が山を成し、その上には分厚い煮豚と真っ黒な濃厚豚骨醤油スープがギラギラと油膜を張っている。
「い、いただきますわ……っ!」
スカーレットは割り箸で麺を持ち上げようとしたが、あまりの重量に指の筋肉がピキリと悲鳴を上げた。
ずぞぞっ、と気合で口へ引っ張り込み、奥歯で噛み締める。
ガシッ、ゴシッ。
(――な、なんですのこの噛み応えは……!? 噛んでも噛んでも麺が噛み切れませんわ!!)
「ス、スカーレット様……! 小麦の暴力ですわ! 顎が、顎が粉砕されそうですことよーっ!」
ミリアが涙目で顎を押さえながらも、濃厚な豚骨スープのジャンクな旨味に抗えず、一心不乱にワシワシと麺に食らいつく。
醤油のキレと豚の脂が絡みついた剛麺は、噛むほどに小麦の強烈な風味が弾け、疲れた脳を暴力的な快感で満たしていく。
一方、レムは一切の苦悶の表情も見せず、平然とした顔で極太麺を軽快に咀嚼して飲み込んでいた。
「……剛麺のテクスチャー、完璧。……店主、替え玉。極太で二玉」
「ひっ、この顎破壊麺をお代わりする気ですの……!?」
スカーレットは驚愕しつつも、最後の一本まで麺を噛み締め、スープを飲み干した。
「ふぅ……美味でしたわ……! やっぱりこの三人なら、どんな厄介な追放任務も恐るるに足りませんわね!」
「はいっ、スカーレット様!」
「……次回の標的も、粉砕」
顎の心地よい疲労感と強烈な満腹感に包まれながら、下っ端悪役令嬢トリオはより一層固い絆(と炭水化物への執着)を結ぶのだった。
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