第24話らーめんが好きということ
「……分かりましたわ! すべて包み隠さずお話しいたしますから、その死んだ魚のような瞳で詰め寄るのをやめなさいなミリア!」
扇子を胸元で抱え込み、スカーレットは観念して白旗を揚げた。
追放した夜の裏路地でレインと偶然再会したこと。
彼が実家の濃口ラーメンを嫌悪し、独自のラーメン作りに命を懸けていたこと。
行き詰まっていた彼に「月大葉の香味油(低温抽出)」の助言を与えたこと。そして、その完成した味を評価して学園祭の推薦状を出したこと――。
一連の経緯をすべて洗いざらい白状すると、ミリアはパチクリと目をしばたたかせた。
「もう……最初からそう言ってくださればよろしかったのに!」
すっかり瞳のハイライトを取り戻したミリアは、ふぅと息をついて腰に手を当てた。
「あの冷徹で美男子なレイン様がラーメン職人を目指しているなんて意外すぎますけれど……それ以上に、スカーレット様がそこまでラーメンにお詳しいだなんて驚きですわ! 」
「そういえば今日、セレスティーヌ様も模擬店エリアでラーメンの屋台に興味を持たれていましたわよね? ……もしや今、帝国貴族の最先端ではラーメンが大流行していますの!?」
「……多分、違う」
横でスコーンを丸呑みしたレムが、冷ややかに即座のツッコミを入れた。
「ええ、絶対に違いますわよミリア」とスカーレットが額を押さえる。
だが、安堵したのも束の間、ミリアはテーブルに身を乗り出してグイッと顔を近づけてきた。
「それで結局、スカーレット様とレイン様はどういうご関係なんですの!?」
「……師弟関係。あるいは、パトロン」
レムが無表情のまま便乗して燃料を投下する。
「レームー! 適当なことを言うんじゃありませんわ!」
「だってスカーレット様、そこまで親身になってアドバイスをして、推薦状まで書いてあげるなんて……ただの知り合い以上の何かがあるんじゃありませんこと!?」
「ち、違いますわ! わたくしはただ、彼の味覚の批評を……!」
言い返そうとして、スカーレットの言葉が詰まった。
(……わたくしは、あいつにとって一体何なんですの? ただのお節介な悪役令嬢? 味見役? それとも……)
胸の奥に湧き上がった正体不明のモヤモヤに、スカーレットはそれ以上何も言い返せなくなってしまった。
◆
夜の帳が下りる頃。
スカーレットは胸のモヤモヤを抱えたまま、足の向くままに『麺処・青銀の雫』の引き戸を開けていた。
「いらっしゃいませ!」
威勢のいい声とともに厨房から現れたレインを見て、スカーレットは息を呑んだ。
鉢巻きをきりりと締め、寸胴の前に立つ姿。
午前だけとはいえ、学園祭で確かな実績を経て、以前の迷いや頑ななトゲは消え去り、そこには一人前の料理人としての頼もしい風格が漂っていた。
「スカーレット様……来てくださったんですね」
レインは嬉しそうに目を細めると、真剣な面持ちで深々と頭を下げた。
「学園祭では、本当にありがとうございました。……今の私のすべてを注ぎ込んだ最高の一杯を、ぜひ食べていただきたいんです」
程なくして、カウンター越しに白い丼が差し出された。
琥珀色の鶏清湯に、澄み切った月大葉のエメラルドオイル。
立ち上る香りは、以前よりもさらに洗練され、芳醇さを増している。
スカーレットはレンゲを取り、スープを口に含み、続いて細麺を一心不乱に啜った。
ずずっ、ずずずっ……。
柑橘を思わせる清涼な香りと、奥深い鶏の旨味が、波のように五臓六腑へ染み渡っていく。
「……っ、美味しい……」
思わず、飾らない本音が口からこぼれ落ちていた。
「――っ、やった……!!」
その言葉を聞いた瞬間、レインは少年のように顔を輝かせ、力強く拳を握りしめた。
客に認められたことを心底から喜ぶ、混じり気のない純粋な笑顔。
その眩しい笑顔を見つめた瞬間――スカーレットの胸の靄が、嘘のようにスーッと晴れていった。
(ああ……そうですわ…わたくしの本当の気持ちがわかりました。)
スカーレットは丼をコトンと置くと、扇子をパチンと広げ、いつもの不敵な高笑いを浮かべた。
「おーほほほ! ですが勘違いしないでくださる、レイン? 確かに美味しくはなりましたけれど、至高の一杯と呼ぶにはまだまだ程遠いですわ!」
「……えっ?」
「月大葉の余韻がわずかに麺の小麦に負けていますし、スープの温度管理にもコンマ数秒の甘さがありますわね! このスカーレット・フォン・アグニスが、これからも徹底的にその舌と腕を鍛え上げて差し上げますことよ!」
厳しいダメ出し。
だが、その瞳には絶対的な信頼と期待が宿っていた。
レインは一瞬目を丸くし、そして――これまでで一番晴れやかな、頼もしい笑みを浮かべた。
「はい……! よろしくお願いします、アグニス様!」
下っ端悪役令嬢スカーレットは、大好きなラーメンと同じくらい自分の気持ちに素直になることにしたのでした。
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