最終話深夜のドラフト会議
深夜二時。アグニス伯爵邸の最奥にあるスカーレットの私室兼執務室には、カタカタと羽根ペンが羊皮紙を削る音だけが重苦しく響いていた。
「……セレスティーヌ様へ提出する今週の『風紀紊乱者排除レポート』が二件。そして……」
スカーレットは右肩上がりに積み上がった粛清書類の山を片付け、机の左側に鎮座する分厚い束を引き寄せた。
表題は『麺処・青銀の雫 帝都中央通り・独立出店計画書および商人ギルド向け融資返済シミュレーション』。
学院祭での完売劇を経て、いよいよレインは自らの城を持つ準備に入っていた。スカーレットは追放コンサル業務で培った財務分析能力をフル稼働させ、昼は客単価と回転率を重視したランチ営業、夜は月大葉の香味油を使った高級鶏清湯コースというハイブリッド戦略を策定。原価率、損益分岐点は開店後四ヶ月で突破という、商人ギルドの渋ちん頭取も即座に金袋を差し出す完璧な事業計画書を書き上げていた。
「あとは……厨房を支える人員ですわね」
スカーレットは学院名簿をめくり、悪魔的な閃きに目を細めた。
「どうせなら、学院内で調理技術が無駄に高い不届き者を何人か目星をつけて追放し、レインの店の仕込みスタッフとして再就職(送り込み)させようかしら……?」
だが、その直後――。
(……待ちなさい? もし万が一、この私情まみれの人事操作がセレスティーヌ様に露見したら……?)
『あらスカーレット。わたくしの粛清指令を、あのお気に入りの男の店の人員補充に利用していたのですの? ふふ……校舎ごと消し炭になりたいのかしら?』
脳裏で冷酷に微笑む絶対君主の幻影。スカーレットの顔面から一瞬で血の気が引いた。
「ひぃっ、ダメですわ! 却下、即座に完全却下ですわ!! 命がいくつあっても足りませんことよ……!」
恐怖と深夜の過重労働が重なり、スカーレットの脳内エネルギーは完全に枯渇した。こめかみがズキズキと痛み、胃袋が空腹でキュルルと情けない悲鳴を上げる。
「だめ……糖分も塩分も、完全にゼロ……! こうなったら、あれを使うしかありませんわ……!」
覚悟を決めたスカーレットは、執務机の最下段にある二重底をカチャリとスライドさせた。
現れたのは、下層街の怪しげな闇商人から秘密裏に買い叩いた禁断の輸入品――『魔導式インスタント・カップ麺(超絶背脂ニンニクマシマシ・狂乱の豚骨醤油味)』。
禍々しい漆黒の容器には、真っ赤な瞳で咆哮する怪獣のような豚のイラストと、異界の文字で『覚醒・即死級塩分』と煽り文句が殴り書きされている。魔導コンロで湯を沸かし、熱湯を注いで蓋を閉める。砂時計の砂が一粒ずつ落ちるのを、スカーレットはゴクリと唾を呑みながら見つめた。
三分後。蓋をペリリと剥がした瞬間――。
ぶわっ、と部屋中に暴力的かつジャンキーなニンニクと濃縮化学調味料の香気が爆発的に立ち込めた。
フォークを突き立て、縮れ麺を豪快に口の中へ放り込む。
「ずぞぞぞっ……!!」
熱々の油脂と猛烈な塩分のパンチが、疲弊しきった脳髄をダイレクトに殴りつける。
「――っっあぁああっ……染み渡りますわぁあああっ……!! レインの至高の月大葉スープも素晴らしいけれど、深夜二時の限界頭脳にはこの身体に悪そうな脂と添加物の暴力が最高にキマりますわ……!!」
貴族令嬢の矜持をすべてドブに捨て、背徳の多幸感に浸っていたその時――。
ガチャリ!
「何やらとってもジャンクで犯罪的な良い匂いがしますわ〜〜〜っ!」
「……嗅いだことのない、強烈なアロマ」
扉が勢いよく開き、最高級シルクのパジャマに身を包んだミリアと、幽霊のように音もなく背後に立つレムがぬるりと室内へ滑り込んできた。
「ぶふっ!? あ、あなたたち、なぜこんな時間に……!?」
「アグニス邸でお泊まり会をしているのですから当然ですわ! スカーレット様だけずるいです! わたくしたちにもそれ、食べさせてくださいまし!」
「……五個、希望」
「五個は食べ過ぎですわレム! 魔導コンロの湯沸かしチャージが追いつきませんことよ!」
観念したスカーレットは隠し在庫を大放出し、ミリアにはあっさり鶏ガラ塩味を、レムの前にはカップ麺のタワーを築き上げた。
数分後。
執務机の上で、三つのカップから白い湯気がもくもくと立ち上る。
「ん〜〜〜っ! なんというお下品で抗えないお味……! レイン様の店がオープンしたら、わたくし毎日通い詰めて常連の看板娘ポジションを狙いますわ!」
「……麺のコシ、化学調味料のジャンク感。すべてが完璧」
高級ソファーの上でミリアがハフハフと麺を啜り、レムは驚異的な吸引力で瞬く間に三個目のカップ麺を胃袋へ消し去っていく。
夜食で完全に脳の覚醒した三人は、カップ麺の汁をすすりながら、広げられた学院名簿を囲んで深夜の『追放者ドラフト会議』を開始した。
「見てミリア、この三年生のガルド。実習棟で火魔法を暴走させてボヤ騒ぎを起こした問題児ですけれど……この圧倒的な火力コントロール、チャーハンの中華鍋振りに最適じゃありませんこと?」
「まあ本当ですわ! それにスカーレット様、こちらの二年生の帳簿改ざん野郎は、数字の計算だけは異常に早いですから、仕入れの伝票整理と原価計算にピッタリですわよ!」
「……あと、この怪力で備品を壊した停学男。寸胴のガラ運びと麺打ちの助手に採用」
「完璧ですわね! 明日さっそく、合法的に追放してレインの店へ再就職斡旋(送り込み)の手筈を整えますわよ!」
「「おー!」」
スープを一滴残らず飲み干したスカーレットは、空になったカップをゴミ箱の奥底へ隠すと、引き出しから小瓶を取り出した。
アグニス家御用達の最高級胃薬――その粉末を水で一気に喉へ流し込む。
(ふぅ……胃袋の充填も、胃壁の防壁魔法(胃薬)も完了ですわ)
羽根ペンを力強く握り直したスカーレットの瞳には、一切の迷いはなかった。
セレスティーヌの理不尽な粛清の嵐を華麗にかわし、レインを帝都一のラーメン職人に育て上げ、自分もたらふく美味いものを食って生き残る。
深夜の執務室に、下っ端悪役令嬢たちの逞しくも愛おしい笑い声が響き渡る。
胃薬とジャンクフードを燃料にした彼女たちの華麗なる二重生活は、これからも続いていくのでした。
ご愛読ありがとうございましたm(_ _)m




