第23話疑惑の視線と素直なダメ出し
セレスティーヌの恐ろしい思い出話と「楽しく読んでいる」という死刑宣告の余波がようやく静まり返った追放執務室。
スカーレットは荒れた呼吸を整えながら、隣の席で静かに紅茶を啜る青髪の少女へと視線を向けた。
「……そういえば、レム」
「……何でしょうか、スカーレット様」
「あなたが食べた、あの『月大葉ラーメン』……味はどうでしたの?」
セレスティーヌの目を逸らすためとはいえ、十数杯分のラーメンを一人で平らげたレム。その青色の瞳がわずかに揺れ、無表情のままポツリと呟いた。
「……至高でした」
「あら、そう。それなら良かったですわ……」
あの大食いクイーンを唸らせるほどの一杯を仕上げてきたレインの腕前に、スカーレットは内心で満足げに頷いた。
だが――。
「あら? スカーレット様、『月大葉ラーメン』とは一体なんのことですの?」
おかわりのスコーンを運んできたミリアが、不思議そうに首を傾げて会話に割り込んできた。
(――し、しまったぁあああああっ!?)
スカーレットの背筋にツッと冷たい汗が流れる。
万が一の胃袋処理と現場工作を頼むためレムには裏事情を話していたが、お喋りで感情豊かなミリアには、以前レインに振られた一件もあったため一切秘密にしていたのだ。
「え、ええと……! それはただの、学園祭の珍しい出し物の噂話ですわ!」
扇子をパッと広げて顔を隠し、必死に誤魔化そうとするスカーレット。
しかし、ミリアの反応は予想外の方向へと跳ね上がった。
「月大葉……月大葉といえば……あの冷徹で美しかったレイン様のご実家の名産品ではありませんこと……!? ああ、冷たくあしらわれたあの氷のような眼差しも本当に素敵でしたわ……♡」
ミリアは両手を頬に当ててうっとりと瞳を潤ませる。なんと、手酷く振られたはずのレインへの未練はいまだ健在だった。
「ですがスカーレット様、なぜそのお名前が? しかもレムは『至高でした』と……まるで食べたような口ぶりでしたけれど……?」
恋する乙女の異様な嗅覚で、ズバズバと核心へ迫ってくるミリア。
困り果てたスカーレットは、助けを求めるように隣のレムへ必死に視線を送った。
(レム、なんとか誤魔化しなさい! 適当な世間話で煙に巻くのですわ……!)
スカーレットの目配せを受け取ったレムは、コトッとカップを置き、淡々と口を開いた。
「……スカーレット様が、あいつ(レイン)のためにアグニス家の特別推薦状を書いて手配したお店です」
(レームーーーーーッッッ!!! 余計なことを全部ぶちまけましたわぁあああああっ!?)
スカーレットは心の中で血を吐きながら絶叫した。
「えっ……? す、スカーレット様が……レイン様に、アグニス家の特別推薦状を……?」
ミリアの瞳が丸くなり、徐々に疑惑の光が宿り始める。
スカーレットは引き攣った笑みを貼り付けながら、必死の弁明を繰り出した。
「か、勘違いしないでくださるミリア! あれは我がアグニス伯爵家の崇高なる義務――追放後の生徒の生活を保障する『ノブレス・オブリージュの再就職支援』の一環ですわ! 決して個人的な感情など微塵もありませんことよ!」
「まあ、さすがはスカーレット様! そこまでお考えでしたのね!」
ミリアが納得しかけた、まさにその瞬間だった。
ガラガラガラ……と、執務室の開け放たれた窓の外の廊下を、寸胴を台車に載せた大柄な影が通りかかった。
学園祭の撤収作業をしていた、あのドワーフの大将である。
大将は部屋の中のスカーレットを見つけるなり、満面の笑みで太い腕を振って叫んだ。
「おう、お嬢ちゃん! さっきは旦那のラーメンを推薦状ごとバッチリ後押ししてくれてありがとな! 駆け落ち後の二人の店作りも順調だぜ! 幸せになりな!」
――ピキッ。
執務室の空気が、完全に静止した。
「……だ、旦那……?」
ミリアの口から、掠れた声が漏れる。
「……推薦状……? ……か、駆け落ち……?」
ミリアの瞳から、光が完全に消え去った。
血の気の引いた顔に、貼り付けたような不気味な笑みを浮かべ、ミリアはギギギと首を傾げながらスカーレットへとジリジリ詰め寄ってくる。
「スカーレット様ぁ……? わたくしを振ったあのレイン様と……裏でそんな仲睦まじい特別扱いを……? ノブレス……オブリージュ……?」
「ち、違いますわミリア! あの筋肉髭ダルマの妄言ですわ! 話を聞きなさいな!」
「……スカーレット様、逃げて」
「レームーーーッ! 火に油を注ぎ倒しておいて何を他人事みたいに言ってますのーっ!!」
弁明の余地すらなく、誤解は修羅場の深淵へと転がり落ちていく。
セレスティーヌの嵐を越えた直後に訪れた身内の大炎上に、下っ端悪役令嬢の胃壁は本日何度目かの完全崩壊を迎えるのだった。




