第21話公開粛清と空っぽの大寸胴
スカーレットの宣言と同時に、空気が一変した。
目配せすらない。
だが、幾重もの修羅場を共にくぐり抜けてきた三人の間に、言葉を超えた暗黙の了解が走る。
「セレスティーヌ様のお目を汚す不届き者ども! このスカーレット・アグニスが、直々に鉄槌を下して差し上げますわ! おーほほほほ!」
スカーレットは扇子を大きく広げ、大仰な身振りでセレスティーヌの視界を完全に遮るように立ちはだかった。
その背後で、ミリアが素早く胸元から生徒手帳と人事データベースを取り出し、指先を走らせる。
「企画責任者は三年生のエロガス……過去に模擬店予算の不正流用疑惑が二件、さらに備品庫の無断占拠記録ありですわ!」
「……マニュアル開示」
レムが無機質な声で応じ、懐から『アグニス派閥・緊急追放マニュアル』を音もなく展開した。
「現在の状況から即座に適用可能なプロトコルは、第七項『風紀違反による即時出店停止処分』。追放後の受け皿は……王都高級衣装ギルドの舞台小道具部門。即日転籍手続き、完了」
「よくやりましたわ!」
スカーレットは即座に処刑執行の仮面を被り、青ざめるバニーカフェの企画者たちへ冷酷な言葉と、裏で握らせる救済の推薦状を同時に叩きつけた。
「風紀を乱した罪、その身に刻みなさい! 今すぐ撤収して、ギルドで汗水垂らして働くことですことね!」
◆
わずか数分で教室内の不穏分子は一掃され、完璧な原状復帰がなされた。
一連の淀みない手際を眺めていたセレスティーヌは、手にした扇子を優雅に畳み、薄く微笑んだ。
「……見事な手際ね、スカーレット様。帝国の模範たる迅速な粛清……感心いたしましたわ」
「も、もったいなきお言葉でございます……!」
最敬礼を捧げながら、スカーレットは内心で(助かった……! 命拾いしましたわ……!)と滝のような冷汗を拭った。
だが、安堵したのも束の間。セレスティーヌが涼やかな声で告げた。
「少し騒がしくて喉が渇きましたわね。……外の一般模擬店エリアを視察しましょう」
(――な、なんですってぇええええええっ!?)
スカーレットの胃袋が、再び雑巾のように激しく絞り上げられた。
外の一般模擬店エリア。そこは、レインが『月大葉ラーメン』を出店しているまさにその場所だった。
◆
「セ、セレスティーヌ様! 外は砂埃も多く、庶民の雑多な食べ物ばかりでございますわ!」
「構いません。帝国の民が何を好み、何を食しているかを知るのも、統治者たる者の務めですから」
必死の引き留めも虚しく、セレスティーヌは優雅な足取りで中央広場へと進んでいく。
広場の中央へ近づくにつれ、スカーレットの心臓は早鐘のように打ち鳴らされた。
もし、退学処分にしたはずのレインが堂々と麺を茹でている姿を見られ、アグニス家の推薦状の存在が露呈したら――。
(今度こそ……今度こそ私の命日が確定してしまいますわ……!)
セレスティーヌの足が、まさにその一角の前でピタリと止まった。
そこは――藍色の暖簾を掲げた、レインのテントの前。
スカーレットはぎゅっと目を瞑り、訪れるはずの破滅を覚悟した。
だが。
「……あら?」
セレスティーヌの首を傾げる声に、恐る恐る目を開ける。
テントの入り口には、大きく墨で書かれた木札が掲げられていた。
『本日分・完売御礼(スープ・麺ともに終了いたしました)』
「もう売り切れてしまったのね。随分と盛況な店だったようですわ」
セレスティーヌは特に興味を失った様子で、踵を返して別のエリアへと歩き出した。
「……え?」
呆然とするスカーレット。
ふと、テントの裏手へ視線をやると――。
そこには、積み上げられ巨大な空の丼、底の底まで一滴残らず綺麗に空っぽになった大寸胴の姿があった。
そしてその傍らで、長い青髪を揺らしたレムが、ちょこんとベンチに座ってお腹を優しく擦りながら――。
「……げふっ」
上品に、だが満足げに小さく息を吐き出していた。
(れ、レム……! あなたが……あなたが、すべてそのブラックホールのような胃袋に収めて完売させてくれましたのね……!?)
最悪のエンカウントを未然に防ぎ、主の首を物理的につなぎ止めた青髪の守護神。
(持つべきものは……底知れぬ胃袋を持つ大食いの友ですわぁあああああっ……!)
去っていくセレスティーヌの背中を見送りながら、下っ端悪役令嬢は心の中で、感謝と安堵の熱い血涙を流すのだった。
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