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取巻き悪役令嬢らーめんを嗜む ~下民いびりでストレスマッハなのでニンニクオオメマシマシでいきます!!~  作者: 国木田。


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第19話天使の査問と意識高い系SOBA

金箔で縁取られた豪奢な招待状を握りしめ、スカーレットの指先は小刻みに震えていた。


「……アナスタシア=ル=デポン様からのお茶会のお誘い、ですわね……」


差出人は、学園の一年生。


あの絶対君主セレスティーヌの実妹である。

スカーレットは幼少期からアグニス家の令嬢としてセレスティーヌの取り巻きを務めていたため、屋敷に出入りするうちに、幼いアナスタシアからは「スカーレットお姉様!」と実の姉のように懐かれ、慕われてきた。


現在スカーレットが名代として派閥を仕切っているのも、いずれ成長したアナスタシアへ全権を禅譲するための「お預かり」という立場だ。


だが、スカーレットの胃袋は先ほどから激しい警鐘を鳴らし続けていた。


(昔から仲が良かったとはいえ……相手はあの『デポン公爵家』の血筋ですのよ……!? 冷徹無比に貴族を改易に追い込む女の、血を分けた妹ですのよ……!?)


「まあスカーレット様、考えすぎですわ!」とミリアが能天気に微笑む。「アナスタシア様は昔から天使のように愛らしいお方ではありませんか。オズヴァルド派を鮮やかに鎮圧したお祝いのお茶会ですわよ!」


「……胃薬、濃縮タイプを三瓶配備完了」


レムが淡々と机に小瓶を並べる。

スカーレットはそれを一気に煽りながら、悲痛な叫びを上げた。


「甘いですわミリア! あれは『姉の派閥を勝手に私物化して調子に乗っている下っ端』を、密室でじわじわと査問するための罠に決まってますわぁあああっ!!」


◆


決死の覚悟で赴いたのは、学園最奥にあるデポン家専用の秘密温室庭園。


咲き誇る白薔薇の奥で待っていたのは、セレスティーヌ譲りの息を呑むような美貌を持ちながらも、ふわふわとした金髪に無垢な笑みを湛えた可憐な少女――アナスタシアだった。


「スカーレットお姉様! お会いしたかったですわ!」


駆け寄ってきたアナスタシアは、パッと花が咲くような天使の笑顔でスカーレットの手を取った。


デポン家において、アナスタシアは奇跡のような例外だった。

悪意や冷酷さなど微塵もなく、誰にでも優しく純真無垢。


――だが、彼女には「世の中のあらゆる事象をすべて都合の良い善行だと信じ込む」という、極めて厄介な天然の狂気が宿っていた。


最高級の紅茶が注がれる中、アナスタシアは瞳をキラキラと輝かせて身を乗り出した。


「お姉様、オズヴァルド派の皆様の件、伺いましたわ! 道を踏み外しかけていた哀れな方々に、わざわざ軍勢を率いて自ら出向き、正しい秩序と厳しさを教えて差し上げたのでしょう? 彼らもきっと、お姉様の深い慈悲に涙を流して感謝していますわね!」


(――ひ、ひぃぃぃっっ!?)


スカーレットの背筋に氷柱が突き刺さる。


(『私利私欲で派閥の軍勢を動かしてチンピラをリンチした下品な悪役令嬢』であることを、天使のような皮肉で刺してきてますわ……! なんて恐ろしい詰問……!)


「い、いえ……わたくしなど、セレスティーヌ様の足元にも及ばぬ未熟者でございますわ……」


引き攣った笑みで謙遜するスカーレットに、アナスタシアは無邪気に首を傾げ、さらに追撃を放った。


「そんなことありませんわ! お姉様はいつも、学園の不良生徒たちを『追放』という形で外の広い世界へ解き放ち、新しい生き場所を与えてあげているのでしょう? すべての人を救おうとするその崇高な献身……わたくし、昔からずっと尊敬申し上げておりますの!」


(ぜ、全っ部バレてますわぁあああああっ!?)


スカーレットの脳内警報が最大音量で鳴り響いた。


(『お前が裏で追放生徒を再就職させて甘やかしているのを私は知っているぞ』という、デポン家特有の逃げ場を塞ぐ遠回しな死刑宣告ですわ……! 笑顔で首筋にギロチンを当ててきてますことよ……!!)


「あ、ありがとうございます……アナスタシア様のお優しいお心遣い、身に染み入りますわ……」


深読みと逆読みが極限まで加速し、スカーレットの精神力と胃壁は、お茶会が終わる頃には完全に消し炭と化していた。


◆


「た、助かりましたわ……なんとか首がつながったまま生還できましたわ……!」


温室庭園から解放されたスカーレットは、夕闇の王都の裏路地を幽霊のようにふらふらと彷徨っていた。全身のエネルギーが底をつき、極度の緊張で神経が擦り切れている。


(だめ……今すぐ、暴力的な塩分と熱い油で傷口を塞がなければ、私の魂が昇天してしまいますわ……! どこでもいい、ラーメンを……私に濃いスープを……!)


すがるような思いで、スカーレットは路地の角にあった暖簾を勢いよくくぐった。


しかし――足を踏み入れた瞬間、店内の異様な空気にスカーレットは足を止めた。


ニンニクの匂いもしなければ、豚骨の野蛮な熱気もない。

そこにあったのは、スポットライトに照らされた白木の無垢材カウンター、静かに響く上品なモダンジャズ、そして黒いシャツをビシッと着こなした店主が無言でピンセットを操る姿。


壁の品書きには、流麗な文字でこう記されていた。


『本日のSOBA:厳選ポルチーニ茸と三種貝出汁のコンソメ仕立て 〜トリュフオイルと低温調理鴨コンフィを添えて〜』


「……な、なんですの、この……」


安らぎのジャンクフードを求めて駆け込んだはずの限界悪役令嬢の前に、見たこともない「意識高い系ラーメン」という未知の難敵が立ちふさがろうとしていた。

◇


白木の無垢材カウンターに、スポットライトが静かに落ちている。

重低音のモダンジャズが漂う店内は、まるで薬品の調合室か、王都の超高級フレンチの厨房そのものだった。


黒いタイトシャツに長いサロンエプロンを纏った店主は、職人というより学者のような冷徹な眼差しをしていた。

彼は非接触型の魔導温度計で寸胴の温度を小数点以下まで計測し、ピンセットを用いてカイワレの配置角度をミリ単位で微調整している。


(……な、なんですのこの空間は……!?)


カウンターの隅に座ったスカーレットは、背筋をピンと伸ばしたまま冷汗を流した。

卓上には胡椒も、おろしニンニクも、一味唐辛子もない。

置かれているのは、ガラス瓶に入った『有機栽培・手摘み青山椒オイル』と、小箱に収められた『黒トリュフパウダー』のみ。


(濃い豚骨とニンニクの暴風雨で脳髄を殴られたかったのに……なぜわたくしは、夜会の正餐会以上の緊張感を強いられていますの……!?)


逃げ場を失い固まるスカーレットの前に、底が深く口がすぼまった逆円錐型の純白の器が、音もなく差し出された。


「お待たせいたしました。『厳選ポルチーニ茸と三種貝出汁のコンソメ仕立て』です」


店主は一切の抑揚のない静謐な声で、実食のインストラクションを告げた。


「私どものSOBAは、器に直接口をつけず、まず立ち上る芳香分子を鼻腔でお楽しみください。次に蓮華でスープを一口、麺の小麦のテクスチャーを味わい、中盤で添えてあるスポイトのトリュフオイルを回し入れ、味のグラデーションをご堪能ください」


(ら、ラーメンを食べるのに手順の説明書(プロトコル)を要求されますの……!? 貴族院のマナー講習より厳しいですわ!)


スカーレットは内心で悲鳴を上げつつも、名門貴族の矜持から完璧な笑みを張り付け、指定された手順通りに蓮華を運んだ。


すぅっ、とスープを口に含む。ポルチーニの芳醇な土の香りと、蛤・浅蜊・浅瀬貝から抽出された濃厚なコハク酸が、繊細極まりない波となって舌の上を満たす。


低温調理された鴨のコンフィは柔らかく、トリュフオイルを垂らせば華やかな香気が幾重にも重なり合う。


「……っ、美味しい……」


味の完成度は凄まじい。

王宮晩餐会のスープと言われても疑わない極上の味だ。

――だが。


美しく整えられた極細麺を手繰り、鴨肉を噛み締め、最後の一滴までスープを飲み干した瞬間、スカーレットの胃袋が虚しく「キュウ……」と鳴った。


(……上品……あまりにも上品すぎますわ……!)


美味い。

だが、満足感が圧倒的に足りない。

徹夜の激務で擦り切れ、オズヴァルド派との抗争とアナスタシアの天使の尋問でズタボロになった限界の身体が求めていたのは、こんな繊細なマリアージュではない。


胃壁を焼き尽くすようなギルティな塩分、身体に悪そうな背脂、そして翌日の息を完全に破壊するニンニクのダイレクトアタックだったのだ。


空になった、金貨三枚もする美しい器を見つめながら、スカーレットは深い自己嫌悪と虚しさに包まれた。


(……わたくしは、まるでこのラーメンのようですわ)


見た目ばかり美麗に飾り立て、セレスティーヌ様という看板を掲げ、大派閥のトップを気取って背伸びをしている。けれど、その中身では誰の腹も満たせない。


(本当のわたくしは、ただの下っ端貴族。セレスティーヌ様の冷徹なカリスマもなければ、誰かを救う高潔な指導者の器でもありませんわ。……保身と胃薬だけで生き延びてきただけの、ちっぽけな俗物ですもの)


水面に映る疲れ切った自分の顔を見て、スカーレットは憑き物が落ちたようにふっと息を吐いた。


もう、分不相応な虚勢を張るのはやめにしよう。


◆


翌朝。

スカーレットは隈の浮かぶ顔を化粧で隠し、学園の温室庭園へ向かった。


白薔薇のガゼボで出迎えてくれたアナスタシアに対し、スカーレットはセレスティーヌ派の管理帳簿と金の印章を載せた銀トレイを差し出し、深々と頭を下げた。


「アナスタシア様。本日は、重大なお話があって参りました」

「まあ、スカーレットお姉様……? 改まって、どうされましたの?」


スカーレットは一切の取り繕いを捨て、己の小ささと無力さをありのままに吐き出した。


「正直に申し上げます。わたくしには、セレスティーヌ様の派閥を率いる器などありません。オズヴァルド派を追い詰めたのも、自分が粛清されるのを恐れて先手を打っただけの保身に過ぎず、日頃の追放業務もセレスティーヌ様からの粛清を恐れて行っているだけの俗物ですわ。……どうかこの印章をお受け取りいただき、真の血統であるあなた様が一日も早く全権をお引き継ぎください」


土下座せんばかりの勢いで辞意を表明し、身を引こうとするスカーレット。

これでようやく、重すぎるプレッシャーから解放される――そう安堵したのも束の間。


「――まあ……っ!」


アナスタシアの大きな青い瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。

彼女は胸元で両手をぎゅっと握りしめ、まるで聖女のような、息を呑むほど神々しい笑みを浮かべたのだ。


「なんという……なんという謙虚さ、なんという高潔な魂でしょう……!」

「……は?」


「オズヴァルド派を哀れんであえて悪役を演じ、すべての功績を誇ることなく『保身のためだった』と自らを貶めてまで泥を被る……! 権力に一切溺れず、どこまでも己を省みることができるお方こそ、真の指導者にふさわしいですわ!」


(ちょ、ちょっと待ちなさいな!? 話を聞いていましたの!?)


スカーレットの制止も虚しく、アナスタシアの「全自動・聖女フィルター」は限界を超えて暴走を始めた。


「わたくし、決めましたわ! スカーレットお姉様がそこまでご自身を卑下なさるなら、わたくし、本家のお姉様(セレスティーヌ)へ直筆の嘆願書を送ります! 『スカーレットお姉様をデポン派閥の生涯名誉最高顧問に任命し、全権を永久委任するべきです』と、血判状を添えて提出いたしますわね!!」


「け、血判状!? セレスティーヌ様に!? や、おやめになってぇえええええっ!!」


辞退するどころか、評価が成層圏を突き抜けて爆上がりし、セレスティーヌへの特大爆弾まで点火されてしまった。


「……うっ……胃が……私の胃壁が……!」


自らの器を悟ったはずの下っ端悪役令嬢は、温室の芝生の上で特大の胃薬を握りしめ、天を仰いで絶叫するのだった。

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スカーレット嬢が恐れる、悪役令嬢セレスティーヌ様の活躍を描く「性悪悪役令嬢の怪獣防衛収支報告書 ~王子を囮にし、萌え(ウサギさん)を害する怪獣は筋肉ワンパンで超黒字ですわ!~」もよろしくお願いします☆

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