第18話仇討ちの暴食竜
夕暮れ時の『麺王・剛鉄亭』。
ガラリと引き戸が開いたその瞬間、煮えたぎる豚骨の熱気とニンニクの香りで充満していた店内の空気が、凍てつくように張り詰めた。
何気なく入ってきた、一人の小柄な少女。
長い青髪を揺らし、学院の制服を上品に着崩したその姿を見た瞬間、厨房で平ザルを握っていた頑固店主の筋骨隆々な身体がビシリと硬直した。
(――こ、この気配は……!)
帝都で「大盛り」「メガ盛り」「爆盛り」を看板に掲げる飲食店主ならば、知らぬ者はいない。
彼女の名はレム・シルベスト。
シルベスト子爵家の息女でありながら、新規店舗が「デカ盛り」を名乗る際に必ずその前に立ちはだかる最初の試練。
数多の大食い自慢がひれ伏した魔境の丼を、塵一つ残さず平らげてきた帝都飲食界の生ける伝説―
―人呼んで『青髪の暴食竜』。
普段は相手がどんな高位貴族だろうと「ウチじゃ食券買って黙って並びな!」と怒鳴りつける頑固店主が、手拭いで滝のような冷汗を拭い、カウンター越しに深々と頭を下げた。
「……シルベスト嬢とお見受けいたします。本日は、何になさいますか」
レムは無表情のまま魔導券売機を指差し、鈴を転がすような声で淡々と告げた。
「……昨日、主(スカーレット様)がここで屈辱を味わわされた」
昨日の夕方、特製大盛りを残して青ざめて逃げ帰った黒髪の令嬢――その顔を思い出し、店主の背筋に氷水のような冷気が走る。
「……仇を、取りに来た」
「……っ!」
店主はゴクリと喉を鳴らした。
だが、ここで逃げては剛鉄亭の看板が泣く。
職人の誇りを懸け、店主は鋭い眼光で応じた。
「……受けて立ちましょう。剛鉄亭の全戦力を以て、お迎えいたします! なお――当店は本日、替え玉無料・無制限となっております!」
その宣戦布告を聞いた瞬間、レムの銀灰色の瞳が冷ややかに、だが底知れぬ獣のようにギラリと光った。
「……そう」
◆
「へいお待ちッ!! 『剛鉄・メガ丼全マシ限界突破スペシャル』だァッ!!」
ドォォォン!!とカウンターを揺るがして着丼したのは、洗面器をゆうに超える特大の丼。
麺六玉、厚切りチャーシュー二十枚、海苔三十枚、雪崩のような背脂とニンニクの山。
総重量四キロを超えるカロリーの要塞。
レムは無言で割り箸を割ると、淡々と、だが一切の無駄のない動きで麺を口へと運び始めた。
ずぞぞっ、ずぞぞぞぞっ……!
咀嚼音すら上品でありながら、丼の山がまるで魔導の消滅魔法でも受けたかのように、猛烈な速度で削れていく。
開始わずか三分。四キロのラーメンが跡形もなく消え去った。
「……替え玉、粉落とし」
「なっ……!? おい、早く麺を茹でろォ!」
ここから、剛鉄亭の厨房は未曾有のパニックへと突入した。
「……替え玉、二玉同時で」
「ひぃっ!? テツ、湯切り機をフル稼働しろ! 間に合わねえ!」
「店長! 第ニ寸胴のスープが底をつきました!」
「バカ野郎、第三の予備寸胴を直結しろォ! 火力を最大に上げろ!」
「……スープ、別皿で追加。あと背脂も」
「小麦粉の袋が開かねえ! 指が、指が攣りそうです店長ォオ!」
「腕が……腕がパンパンで湯切りができませんァアアッ!」
湯気と怒号が飛び交う厨房。
助手たちが次々と酸欠と過労で白目を剥いて床に倒れていく。
店主自身も膝をガクガクと震わせ、吹き出す汗で前が見えなくなりながら、魂を削って麺を茹で、平ザルを振り続けた。
「……替え玉、あと三玉」
「うおおおおおっ! 麺だ! 麺を持ってこォォォい!!」
「店長、もう麺箱が空です! 小麦粉も、豚骨も、チャーシューも……全部、全部底をつきましたァーッ!!」
カラン……と、店主の手から平ザルが滑り落ちた。
厨房の棚、寸胴、保管庫――すべてが、まるでイナゴの大群が通り過ぎた後のように、綺麗サッパリ更地になっていた。
◆
しんと静まり返った店内。
カウンターには、綺麗に積み上げられた二十枚以上の替え玉の皿と、一滴のスープすら残っていない巨大な丼。
その前で、レムは少し膨らんだお腹を摩りながら、優雅にコップの水を飲み干していた。
床に膝をつき、肩で息をする店主が、最後の力を振り絞って震える声で尋ねた。
「シルヴェスタ様……恐れながら……本日の剛鉄亭の味……レビューを……お聞かせ願えますでしょうか……」
レムはコトンとコップを置くと、店主へ視線を向けた。
そして、いつもの無表情のまま、胸の前でちょこんとピースサインを作った。
「……美味しいので、☆3.5」
「――っっっ!!!!」
店主の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「さ、3.5……! あの『青髪の暴食竜』から……星三つ以上をもぎ取ったぞォォォッ!!」
「店長ォォォッ! やった、俺たちやったんスねェエエッ!」
倒れていた助手たちと抱き合い、男泣きに暮れる剛鉄亭の男たち。
その感動的な光景を背に、レムは懐からシルクのハンカチを取り出して上品に口元を拭った。
「……主の仇討ち、完了」
小さく呟き、レムは静かに店を後にした。
翌朝、追放執務室に「麺王・剛鉄亭、食材完全枯渇のため三日間の臨時休業」という瓦版が届き、スカーレットが頭を抱えて特大の胃薬を飲むことになるのを、レムはまだ知る由もなかった。
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スカーレット嬢が恐れる、悪役令嬢セレスティーヌ様の活躍を描く「性悪悪役令嬢の怪獣防衛収支報告書 ~王子を囮にし、萌え(ウサギさん)を害する怪獣は筋肉ワンパンで超黒字ですわ!~」もよろしくお願いします☆




