17話覇道の号令と真実の恐怖
翌朝、帝国ヴィクトリア貴族学院、セレスティーヌ派の拠点である大広間。
重厚な扉の前に立つスカーレットの隣で、ミリアが両手をぎゅっと握りしめて覗き込んできた。
「スカーレット様! わたくしたちは、何があってもあなた様の味方ですわ! スカーレット様がどれほどこの派閥と学園のために心を砕いてこられたか、わたくしが一番よく知っておりますもの!」
「……主の決断を、全面支持」
レムもまた、静かに頷きながら力強く拳を胸に当てた。
「……何が起きても、レムが敵を粉砕する。自信を持って、前へ」
「ふふ……ありがとう、二人とも」
二人の温かい声援を受け、スカーレットの胸から最後の迷いが消え去った。
扇子をパチンと鋭く鳴らし、豪奢な両開き扉を押し開けて壇上へと進み出る。
広間に集められたのは、派閥に名を連ねる有力貴族たち、総勢五十名以上。
侯爵家や伯爵家の令息・令嬢たちが、ざわめきながらスカーレットを見上げている。
スカーレットは背筋をピンと伸ばし、凛とした美声を広間中に響かせた。
「皆様、お集まりいただき感謝いたしますわ。……単刀直入に申し上げます。学園を荒らし、セレスティーヌ様の神聖なる御名を騙る『オズヴァルド派』――これより、一網打尽に叩き潰しますことよ!」
静まり返る広間。
直後、最前列にいた名門侯爵令息がすっと前に進み出て、恭しく胸に手を当てて深々と頭を下げた。
「――そのお言葉を、お待ちしておりました。スカーレット様」
侯爵令息は恭しく胸に手を当て、深々と頭を下げたのだ。 ざわり、と広間がどよめく。
「な……?」
「オズヴァルドたちの専横、目に余るものがありました。しかし、あなた様が動かれぬ以上、我らもそれに従うのみ。」
「スカーレット様が水面下で集められた、奴らの不正証拠の数々……我ら法務貴族の総力を挙げ、すでに完璧な告発状として清書を済ませておりますわ」
傍らから進み出た伯爵令嬢もまた、誇らしげに分厚い羊皮紙の束を掲げた。
スカーレットは目を白黒させた。
本人は露ほども気づいていなかったが――。
旧セレスティーヌ派の大物貴族達は、彼女が日々、胃を痛めながらも完璧に秩序を維持してきた手腕を認めていたのだ。
「任せてくださいまし、スカーレット様! わたくしが風紀委員会と理事会への連絡路を完全に封鎖いたしましたわ!」
「……突入ルート、確保完了。いつでもいける」
恐れることなど、最初から何一つなかった。
スカーレットは扇子をパッと広げ、高らかに号令を下した。
「――セレスティーヌ派の総力を結集し、身の程知らずの小ネズミどもに『本物の粛清』を教えて差し上げますわよ!」
「「「オォォォッ!!」」」
地鳴りのような咆哮が、大広間を揺るがした。
◆
放課後。オズヴァルド派が我が物顔で占拠していた旧校舎のサロンの扉が、ドォオオン!と凄まじい轟音を立てて外側へ吹き飛んだ。
「な、なんだ貴様――!?」
白煙が立ち込めるサロンへ、誰よりも早く、獣のような叫びを上げて先陣を切った影があった。
「スカーレット様のお通りだァァァッ!! 不届き者どもは首を洗って平伏しなさいなァッ!!」
特攻隊長として真っ先に突入したのは、忠実なる狂犬・クラリッサだった!
血走った瞳をギラつかせ、手にした鉄パイプのような魔導具を猛烈な勢いで振り回し、オズヴァルドの側近たちを次々と薙ぎ倒していく。
「ひ、ひぃぃぃっ!? なんだこの狂女はァ!?」
オズヴァルドたちが恐慌をきたす中、晴れ渡った煙の向こうから、真っ赤なドレスを優雅に翻すスカーレットが悠然と歩み出た。
その背後には、セレスティーヌ派の全傘下貴族、総勢五十名を超える大軍団がズラリと居並び、サロンを完全に包囲している。
「ごきげんよう、身の程知らずの小ネズミの皆様方」
スカーレットは扇子をパチンと鳴らし、氷のように冷徹な笑みを浮かべた。
「セレスティーヌ様の神聖なる御名を騙り、下品なカツアゲと無差別な暴力に明け暮れていると聞き及んで……このスカーレット・アグニスが、セレスティーヌ派の総力を挙げて直々に分を弁えさせて差し上げに参りましたわ!」
「な、なんだこの人数は……! お、俺たちは正当な後継者として、帝国の秩序を――」
「黙りなさいな!」
スカーレットの鋭い一喝とともに、手にした『告発状の束』がオズヴァルドの足元へ叩きつけられた。
「あなた方の不正蓄財、下級生への脅迫、備品の横領……その全証拠はすでに王都憲兵隊と理事会へ提出済みですわ! 本家本元のセレスティーヌ様の粛清は、こんな薄汚い真似ではなく、もっと冷徹で美しいもの! 三流の猿真似で彼女の顔に泥を塗った罪……その身をもって贖いなさい!」
「ひ、ひぃぃぃっ……!」
「傘下の皆様、不届き者どもの身柄を拘束し、即座に学院の外へ叩き出しなさい!」
スカーレットの号令一発、背後の貴族たちが一斉に雪崩れ込み、オズヴァルド派は反撃の暇すらなく電光石火で鎮圧された。
阿鼻叫喚のサロンに、スカーレットの高らかな高笑いが木霊する。
「おーほほほほ! さあ、大人しく荷物をまとめて学園から消え去ることですわね!」
完全勝利。
プレッシャーを跳ね除け、仲間たちと共に掴み取った圧倒的な栄光。
歓声を上げる派閥の仲間たちの笑顔に包まれ、スカーレットは胸のすくような達成感に浸っていた。
阿鼻叫喚のサロンに高らかな高笑いを響かせながら、スカーレットは胸のすくような完全勝利の余韻に浸っていた。
オズヴァルド派の面々は憲兵隊と風紀委員会によって引き立てられ、サロンにはセレスティーヌ派の完全なる勝利の熱気が満ち満ちていた。
プレッシャーを跳ね除け、大派閥のトップとして見事に指揮を執り切った達成感。
(わたくしも、やればできるじゃありませんの……!)
誇らしげに扇子を畳んだスカーレットの元へ、共に戦った傘下の名門貴族たちが晴れやかな笑顔で駆け寄ってきた。
「見事な采配でした、スカーレット様!」
「ええ、これでようやく……本当にようやく、枕を高くして眠れますわ!」
感極まった様子の侯爵令息が、胸に手を当てて深くため息を吐き出した。
スカーレットは優雅に微笑み、扇子で口元を隠しながら頷く。
「皆様の迅速な連携があってこその勝利ですわ。これで学園の風紀も守られ、セレスティーヌ派の威光も保たれましたわね」
「ええ、ええ、全くです! ……何より、これで『セレスティーヌ様による一族皆殺しの粛清』を回避できました……!!」
「……はい?」
唐突に飛び出した物騒すぎる単語に、スカーレットの口角がピキリと止まった。
しかし侯爵令息はスカーレットの凍結に気づかず、背筋を震わせながら熱弁を続ける。
「オズヴァルド派の暴走を放置すれば、あの御方が『己の派閥すら統制できぬ無能ども』と判断し、我ら傘下貴族全員を連座で処刑台へ送るのではと……皆、ここ数週間生きた心地がしていなかったのです!」
「そうですわ! あんな三流の愚か者どものせいで、あの冷酷なるお方の刃がこちらに向いたらと思うと、夜も眠れず遺書を書き直していましたのよ!」
「挨拶の角度が狂っただけで一族ごと辺境へ吹き飛ばされた家の二の舞になるところでした……! スカーレット様が奴らを叩き潰してくださらなければ、今頃我が家は跡形もなく消し炭でしたぞ!」
口々に漏れ出る、名門貴族たちの切実極まりない本音。
彼らの顔には勝利の誇りなどではなく、「辛うじて死刑を免れた囚人」のような安堵の脂汗がびっしりと浮かんでいた。
(……え? あ、皆様……?)
スカーレットの全身から、スゥッと血の気が引いていく。
(わたくしを敬って一致団結してくれたんじゃなくて……オズヴァルド派のせいでセレスティーヌ様に粛清される恐怖で、全員ガタガタ震えていただけでしたの……!?)
自分一人が胃を痛めて怯えていると思っていたのは完全な勘違いだった。
帝国の頂点に立つあの絶対君主の冷徹な影は、学園にいる全貴族の首筋に、寸分の狂いもなく処刑のギロチンとして常に突きつけられていたのだ。
『ふふ、わたくしの名前を汚す派閥など、まるごと根絶やしにして差し上げますわ』――脳裏をよぎるセレスティーヌの冷たい微笑み。
(お、恐ろしい……! やっぱりセレスティーヌ様は底知れぬ怪物ですわ……! あの御方の恐怖政治、学園全体どころか帝国全土を支配していますことよ……!!)
自分たちが成し遂げた大勝利の正体が、「全員で必死に死刑宣告から逃げ回っただけのドタバタ劇」であったという身も蓋もない事実に直面し、スカーレットの膝がガクガクと激しく震えだした。
胃の奥から、過去最大級の激痛がせり上がってくる。
「……あ、胃が……やっぱり胃が死ぬほど痛いですわ……! ミリア、胃薬を樽ごと大至急持ってきなさいな……!!」
「スカーレット様ーっ!? あんなに格好良く決めていらっしゃいましたのに、どうして急に道端で泡を吹いていらっしゃいますのーっ!?」
剛鉄亭でお残ししてしまった精神的ショックと、絶対君主への底知れぬ恐怖が遅れて脳天を直撃し、歓声に包まれるサロンの片隅でお腹を押さえて無様にしゃがみこむスカーレットなのだった。




