第13話追放先とササミの魅力
「……な、なんですのこの怪文書は!?」
ヴィクトリア帝国学院の追放執務室机。
スカーレットは届いたばかりの一通の手紙を机に叩きつけた。
震える文字で書き殴られた羊皮紙には、悲痛な叫びが並んでいる。
『条件が違いすぎます。荷物が重すぎて死にそうです。助けてください――匿名希望(元特待生K)』
筆跡を誤魔化すために左手で書かれた歪な文字。
おまけに封蝋代わりに塗りたくられているのは、パン用のイチゴジャムだ。
「筆跡を隠しても、名前を伏せても丸わかりですわよクソーカス! あいつ、私が斡旋した運送ギルドで早くも音を上げかけていますのね……!?」
スカーレットはこめかみを押さえ、激しくズキつく胃をさすった。
「スカーレット様、お気を確かに! 過労死なさってしまいますわ!」
「ひっ、いりませんわミリア! この極限状態にクロテッドクリームたっぷりの重たいスコーンを口にねじ込もうとするのはおやめなさい!」
「……スカーレット様。濃縮胃薬、劇物指定レベル。一気飲み推奨」
「レム、ラベルに髑髏のマークが描いてありますわよね!? 飲む前にわたくしの胃壁が消滅しますことよ!」
取り巻き二人のズレた介抱を必死で押し戻しながら、スカーレットは青ざめた顔で唸り声をあげた。
元ボスである絶対権力者、セレスティーヌ=ル=デポンの冷酷な声が脳裏に蘇る。
『我が帝国の尊い血税を食い潰す寄生虫は即座に排除し、現場労働へ回しなさい』
「もし現場を逃げ出してセレスティーヌ様に『無能を横流しにして放置した』なんて知られたら、私の首が飛びますわ! ……こうなったら直接様子を見に行くしかありませんことよ!」
◆
翌日の夕暮れ。スカーレットは平民風の外套に身を包み、深く被ったフードの隙間から王都の運送ギルドの荷揚げ場を覗き込んだ。
だが、そこで行われていたのは通常の荷運び業務などでは到底なかった。
「――ワンモアレップ! 限界の向こう側にこそ真のパンプがあるッ!!」
「肩にちっちゃい重機乗せてんのかい!」
「泣くな、乳酸を喜べェッ!!」
「……は、はいぃ!?」
上半身裸の巨漢たちが唸り声を上げ、鉄の資材や巨大な岩石を担ぎ上げている。
立ち込める熱気と汗の蒸気の中央で、丸太のようなバーベルを抱えたクソーカスが、生まれたての子鹿のように膝をガクガクと激しく震わせていた。
「もう嫌だぁ! 俺は取り巻きとして温々と生きていきたかっただけなのにィ! 大胸筋がちぎれたら文字が書けなくなりますぅ!」
「甘ったれるなァ! あと一回! 己の限界を超えろォォォッ!!」
「あと一回! あと一回ッ!!」
「な、なんですのあの地獄絵図は……!? 荷運びじゃなくて強制筋トレですわよ!?」
狂気的な掛け声と異様な光景にスカーレットが圧倒されていると、背後からズシンと重い地響きが迫ってきた。
「何か御用かな、お嬢さん?」
「ひゃっ!?」
振り返ると、そこには壁のような分厚い胸板と丸太のような首筋を誇る大男――運送ギルド長が仁王立ちしていた。
「ギルドへの仕事の依頼かい? ……いや、その細腕。もしかして体験入門希望か?」
「い、いいえ結構ですわ! ただの通りすがりですことよ!」
「遠慮はいらん! 淑女にこそ鎧のような筋肉が必要だ!」
ブンッ! と風切り音を立て、ギルド長がフロント・モスト・マスキュラーのポーズを炸裂させた。
さらにサイドチェスト、ラットスプレッドへと流れるように移行する。巻き起こる猛烈な風圧に、スカーレットのドレスの裾が激しくはためいた。
「今なら特選プロテイン付き! 専属コーチングで二週間で筋力を増加させながら体重マイナス三キロを完全保障しよう!」
「ま、マイナス……三キロ……!?」
(先週の深夜背脂ニンニクラーメンが帳消しになるどころか、来週の夜会で着る特注マーメイドドレスに余裕すら生まれるのではなくて……!?)
悪役令嬢の脳内で美容とラーメン欲が激突し、思わず心がグラつきかけた――その瞬間だった。
「ギャァァァッッッ!!」
広場の中央でクソーカスが白目を剥いて泡を吹き、バーベルの下敷きになって床へパタリと倒れ伏した。
「ヒィィッ! 死人が出ますわぁあああっ!!」
我に返ったスカーレットは悲鳴を飲み込み、全速力でその場から逃げ出した。
◆
自室に戻ったスカーレットは、頭を抱えてベッドに突っ伏した。
「とんでもないブラック筋肉地獄へ斡旋してしまいましたわ……! このままクソーカスが帰らぬ人となったら、私の責任問題で一族ごと消されてしまいますわ……!」
単独潜入の限界を悟ったスカーレットは、翌朝すぐにミリアとレムを呼び出した。
「お二人とも、緊急事態ですわ! 夜のギルド倉庫で何が起きているか、三人で決死の潜入調査を行いますわよ!」
「任せてくださいましスカーレット様! わたくし、西街の闇市で最新型の暗視魔導ゴーグルを手配いたしましたわ!」
「……潜入、索敵、制圧。いつでも首を刈れます」
「物騒な発言はおやめなさいなレム!」
深夜。
黒装束に身を包んだ三人は、運送ギルドの地下倉庫へと忍び込んだ。
通気口の格子越しに覗き込むと、地下の空気は凍てつくように張り詰め、赤黒い松明の炎が怪しく揺らめいていた。
暗闇の奥から響くのは、金属が擦れ合う異様な律動音。
シャカ……シャカ……シャカ……。
松明の光に照らし出されたのは、車座になって床にひれ伏す屈強な男たちだった。
ある者はマスキュラーポーズのまま石像のように静止し、ある者は黒いシェイカーを天に捧げ、呪文のような呟きを漏らしている。暗闇に光るぎらついた眼光、異様なテカリを放つ大胸筋。
「ひ、ひぃぃ……! スカーレット様、あれ完全に邪神召喚か禁呪の生贄の儀式ですわ……!」
暗視ゴーグルをずり上げ、ミリアがガタガタと歯の根を鳴らす。
「……危険度S。全員の首を一撃で刈る準備、完了」
レムが静かに指関節を鳴らし、暗殺者の目つきになった。
「これはダメですわ、早く憲兵隊へ通報を――」
スカーレットが踵を返そうとした、まさにその時だった。
男たちが一斉に立ち上がり、天井を突き破らんばかりの野太い咆哮を斉唱した。
「――セレスティーヌ様万歳!!」
「「セレスティーヌ様万歳!!」」
「我らのパンプした筋肉を! あの至高にして冷徹なる絶対君主へ捧げよォッ!!」
(な……な、なぜあの悪魔のお名前が……!?)
(セレスティーヌ様は……裏で筋肉狂信者の私兵軍団を組織して、帝国をベンチプレスで武力制圧する気ですの……!?)
意味不明の恐怖、過剰な被害妄想、そして脳内処理の限界突破。
スカーレットの脳内ブレーカーが爆音を立てて落ちた。
「ぎゃふん」
情けない声を残し、スカーレットは白目を剥いてその場に卒倒した。
「スカーレット様ぁーっ!?」
ミリアの悲鳴が、夜の倉庫に木霊した。
◆
「……ん……ぅ……」
「気がついたかい、お嬢さん」
目を覚ますと、スカーレットは清潔な応接室の革張りソファに寝かされていた。額には冷たいタオル。
傍らでは、きっちりとシャツを着込んだギルド長が紳士的に温かい白湯を差し出している。
横ではミリアがハンカチをびしょ濡れにして安堵の涙を流し、レムが無表情のまま「……意識回復、確認」と呟いた。
「お連れさんたちから事情は聞いた。怖がらせてしまって本当にすまなかったな」
「あ、あの……さっきの儀式は一体……?」
「ああ。俺たちは、セレスティーヌ様の無駄を一切削ぎ落とした冷徹な筋肉美と合理性に勝手に心酔し、自らの肉体を極限まで鍛え上げる『筋肉プロテイン教団』なんだ」
「……教団?」
ギルド長が恥じ入るように語る真相を聞き、スカーレットは呆然とした。
社交界のゴシップで耳にした「セレスティーヌ様を神と崇める武闘派の奇想天外な集団」の噂。
あの方は暗殺部隊を組織していたわけではなく、単に狂信的な集団に勝手に神格化されていただけだったのだ。
一族滅亡の危機がただの勘違いだと知り、スカーレットはソファの上で脱力した。
「驚かせた詫びと言っちゃ何だが、出前を取ったんだ。食ってくれ」
ギルド長が岡持ちから取り出し、机の上にコトッと置いたのは、湯気立つラーメンだった。
「……ラーメン? 随分と澄んだスープですわね」
「『麺処・マッスル亭』の特製ササミラーメンだ。
大豆全粒粉の極細麺で極限まで糖質をカットし、脂を徹底的に排除したササミ出汁でタンパク質を高めてある。教団員のラーメン欲を満たし、筋肉のカットを維持するおすすめの一杯さ」
透き通る琥珀色のスープに、低温調理された極厚の鶏ササミと鮮やかなブロッコリー。
ササミにブロッコリーという淡白すぎる組み合わせに疑いの目を向けつつも、極度の疲労と空腹に抗えず、スカーレットはレンゲでスープをすくった。
ずずっ……。
「――っ、あら!?」
一口含んだ瞬間、スカーレットの瞳が見開かれた。
油っぽさは完全にゼロ。
それなのに、丸鶏とササミ、昆布から引いた滋味深い出汁が、驚くほど力強く舌の上に広がる。
続いて大豆全粒粉の極細麺を啜る。
パツパツとした心地よい歯切れの良さと、香ばしい穀物の風味。
そしてトッピングの極厚ササミを一口齧れば、ブラックペッパーと岩塩が絶妙に効いており、信じられないほど柔らかくジューシーで、パサつきなど微塵もない。
「美味しいですわ……! 脂っこくないのに、しっかりとした旨味とラーメンとしての満足感がありますことよ!」
「そうだろう! しっかり筋肉の栄養にしてくれ」
罪悪感ゼロで最後の一滴まで飲み干し、スカーレットは満ち足りた吐息を漏らした。
なお、横を見ればレムが「……タンパク質補給」と呟きながら、ギルド員たちの分も含めて特大鉢で五杯平らげていた。
「ごちそうさまでしたわ。……さて、そろそろ失礼いたします」
礼を告げて通用門へ向かう途中、ふと広場を見やると――。
巨大な木箱を軽々と肩に担ぎ上げ、汗を拭うクソーカスの姿があった。
額の汗を拭い、夜空を見上げるその横顔には、己の限界を乗り越えた者だけが持つ、清々しい「やり切った漢の顔」が浮かんでいる。
「あいつはいい目になった。来月には小リーダーに抜擢するつもりだ」とギルド長も太鼓判を押した。
「……ふふ。どうやら、本当に最高の適材適所だったようですわね」
人事斡旋の成功を確信し、スカーレットは胸を撫で下ろしたのだった。
◆
数日後。アグニス伯爵邸の私室にて、定期業務報告のため使者が訪れた。
スカーレットは胸を張り、完璧に仕上がった『クソーカス更生完了・運送ギルドにて模範的労働者へ転身』のレポートを差し出した。
セレスティーヌ様
追放生徒の再就職顛末書でございます。
……なお、受け入れ先の運送ギルドは、セレスティーヌ様の崇高なる筋肉美を崇拝する教団員たちでして。
彼らの熱意あふれる活動記録の写真も、併せて添付いたしましたわ!
完璧な成果を誇らしげな文書で報告するスカーレット。
セレスティーヌは、差し出された一枚の写真
上半身裸の巨漢たちがマスキュラーポーズで額ずき、シェイカーを捧げている集合写真に視線を落とした。
その瞬間。
「…………えぇ」
絶対君主の眉が八の字に歪み、瞳から光が消え去った。
冷徹でも苛烈でもない。
ただ純粋に、得体の知れないナマモノを見た時のような、心底気持ち悪そうな引き攣った表情で数歩後ずさったのだ。
「……す、素晴らしい適材適所ね。……ええ、とても感心したわ。その写真は……今すぐ暖炉で燃やしてちょうだい」
震える声でそう言い残し、セレスティーヌは足早に部屋を去っていった。
評価、ブックマークお願いします☆
スカーレット嬢が恐れる、悪役令嬢セレスティーヌ様の活躍を描く「性悪悪役令嬢の怪獣防衛収支報告書 ~王子を囮にし、萌え(ウサギさん)を害する怪獣は筋肉ワンパンで超黒字ですわ!~」もよろしくお願いします☆




