第六話 悪役令嬢は綺麗に振られたい
卒業を祝う舞踏会の夜。
ヴィオレッタ様は、予定どおり大勢の前で呼び止められた。
レオンハルト殿下の隣にはリリア様がいる。
「ヴィオレッタ。リリアへの嫌がらせについて、説明してほしい」
会場が静まり返った。
私は壁際から、その様子を眺めていた。
ヴィオレッタ様の取り巻きがリリア様を呼び出したのは事実だ。
ただし、ヴィオレッタ様が命じたわけではない。
「私の命令ではありません」
ヴィオレッタ様は静かに答えた。
「ですが、私のために行われたことです。私に責任がないとは申しません」
殿下が眉を寄せた。
「ならば――」
「これでよかったのです」
ヴィオレッタ様の目から涙がこぼれた。
美しい。
少し前まで王子はもう捨てた方がいいと話していた人間とは思えない。
「私はずっと、あなたがリリア様をお好きだと分かっていました」
ヴィオレッタ様は殿下を見つめた。
「ですが、私は侯爵家の娘です。両親は私を愛し、あなたを支えるために、多くのものを与えてくれました。私一人の気持ちで婚約を投げ出すことはできなかった」
それは本心だった。
だから、演技のようには聞こえない。
ヴィオレッタ様はリリア様の前へ進んだ。
「あなたを憎んだこともあります」
リリア様の肩が震えた。
「あなたさえいなければと思ったこともある。でも、分かっているわ」
ヴィオレッタ様は、リリア様を抱きしめた。
「あなたは本当に素敵な女性です」
リリア様の目からも涙があふれた。
「ヴィオレッタ様……」
「あなたが殿下を好きになったことも、殿下に愛されたことも、悪いことではないわ」
「でも、私はあなたを傷つけました」
「私もあなたを傷つけたでしょう」
二人はしばらく抱き合っていた。
会場のあちこちから、すすり泣く声が聞こえる。
ヴィオレッタ様はリリア様から離れると、今度は殿下を見た。
「私はあなたを、ただの婚約者だと思っていたわけではありません」
殿下の表情が揺れた。
「競馬をして、狩りへ行って、真剣に勝負をして。私はあなたを、親友のようにも思っていました」
ヴィオレッタ様はリリア様の手を取り、殿下へ差し出した。
「だから親友として言います。私の大好きな女性を、決して泣かせてはだめよ」
殿下も泣いた。
リリア様もまた泣いた。
最後には三人で固く抱き合った。
会場から拍手が起こる。
私は泣かなかった。
むしろ、よくここまで綺麗に全部持っていったなと感心していた。
婚約を破棄される悪役令嬢が、一番目立っている。
その夜。
「見た? 殿下の顔!」
侯爵邸へ戻ると、ヴィオレッタ様は寝台の上で大笑いした。
「完全に落ちたわ」
「それはないですよ」
「私がリリア様を抱きしめた瞬間、すごい顔をしていたでしょう?」
「仲間外れにされた犬みたいな顔でした」
「最後には私たちを抱きしめたわ」
「入れてほしかったんですよ」
「違うわ。私を失いたくないと気づいたのよ」
王子との結婚はもうやめた方がいい。
ヴィオレッタ様自身、そう思っている。
ただ、普通に振られた女で終わるのは癪だったらしい。
その点では大成功だろう。
殿下は今後、リリア様と競馬の話ができないたびにヴィオレッタ様を思い出す。
真剣勝負をしてくれる相手がいないときにも思い出す。
たぶん一生に何度かは、選ばなかったことを後悔する。
「気持ちは残せたと思いますよ」
「でしょう?」
ヴィオレッタ様は満足そうに笑った。
「それより、騎士団長よ」
「またですか」
「舞踏会が終わったあと、私が一人になったところへ来たの。あなたがどのような道を選んでも、俺はそばにいる、ですって」
「婚約を破棄された直後なら、ちょろそうだと思ったんでしょうね」
「違うわよ。あきらかに私を口説こうとしていたわ」
「口説こうとはしていたでしょう。動機が失礼なだけです」
「あなたは本当にあの方に厳しいわね」
「マザコンですから」
「顔はいいわ」
「センスないですね」
ヴィオレッタ様は枕を投げてきた。
私は受け止め、そのまま投げ返した。
「それにしても、リリア様は可愛かったわ」
「急ですね」
「抱きしめたら柔らかかった」
「感想がおじさんなんですよ」
「いい匂いもしたわ」
「殿下よりヴィオレッタ様の方が好きなのでは?」
「そうかもしれないわ」
二人で笑った。
婚約を破棄された夜とは思えない。
ヴィオレッタ様は王子を失った。
でも、ただ捨てられたわけではない。
王子の心に自分を残し、恋敵だった女性まで抱きしめ、舞踏会で一番美しい場面を奪って帰ってきた。
「今日の私、綺麗だったでしょう?」
「はいはい。綺麗でしたよ」
「適当ね」
「ちゃんと見ていました」
私は菓子を一つ取った。
「会場で一番、楽しそうに断罪されていました」
ヴィオレッタ様は、また声を上げて笑った。




