第七話 悪役令嬢は温泉へ行く
レオンハルト殿下とヴィオレッタ様の婚約は、正式に破棄された。
殿下はリリア様を選び、ヴィオレッタ様は自由になった。
それですべて終わるはずだった。
しかし、殿下はヴィオレッタ様を忘れられなかったらしい。
恋愛感情が残っていたのか。
競馬や狩りで本気の勝負をしてくれる友人を失いたくなかったのか。
あるいは、あれほど美しく自分のもとを去った女性を、完全に手放すのが惜しくなったのか。
たぶん全部だと思う。
そこで殿下は、ヴィオレッタ様を王子付き特別顧問として迎えた。
政治や外交について意見を求めるだけでなく、殿下が個人的な悩みを相談できる相手でもあるらしい。
「要するに、殿下はヴィオレッタ様と遊びたいんですね」
私が言うと、ヴィオレッタ様は得意げに髪をかき上げた。
「私を失って、初めて価値に気づいたのよ」
「婚約者としてはいらないけど、友人としては欲しいと」
「言い方」
「事実でしょう」
「国から給金も出るのよ」
「すごい。王子と遊んでお金をもらえるんですか」
「助言をしているの」
「競馬の?」
「政治のよ」
ヴィオレッタ様は、最初に支払われた給金で温泉旅行へ行くことにした。
王都から馬車で二日。
山に囲まれた町で、湯につかりながら景色を楽しめるらしい。
「当然、あなたも来るのよ」
「嫌です」
「どうして?」
「温泉って、服を脱ぐんですよね」
「当たり前でしょう」
「ヴィオレッタ様に裸を見られるのは恥ずかしいです」
ヴィオレッタ様は一瞬黙った。
それから、楽しそうに笑った。
「急に女を見せてきたわね」
「ずっと女ですよ」
「殿下にも騎士団長にも興味がないあなたが、裸だけは恥ずかしいの?」
「関係ないでしょう」
「可愛いところもあるのね」
「今までも可愛かったです。見た目は」
「性格の話よ」
失礼だ。
私は断ろうとした。
人と旅行するのは疲れる。
長時間同じ馬車に乗り、同じ宿に泊まり、一人になる時間も減る。
しかも裸まで見られる。
絶対に嫌だと思った。
それなのに数日後、私はヴィオレッタ様と同じ馬車に乗っていた。
「楽しみね」
ヴィオレッタ様は窓の外を眺めながら言った。
「私はまだ、裸を見せることに同意していません」
「別々に入ればいいでしょう」
「最初からそう言ってくださいよ」
「あなたの反応が面白かったから」
「降ります」
「馬車は動いているわよ」
ヴィオレッタ様は笑いながら、私の腕をつかんだ。
私は本気で降りるつもりではなかった。
たぶん、ヴィオレッタ様も分かっている。
婚約は終わった。
乙女ゲームの物語も、きっと終わった。
悪役令嬢は断罪され、王子とヒロインは結ばれた。
予定されていた結末と違うのは、悪役令嬢が少しも不幸ではないことだ。
王子とは友人になった。
仕事も手に入れた。
顔のいい騎士団長には、今も口説かれている。
そして、温泉旅行へ行く友達もいる。
私のことである。
「何を笑っているの?」
「別に」
「気持ち悪い笑顔ね」
「可愛い笑顔です」
「顔はね」
馬車は山道を進んでいく。
温泉なんて、服を脱いで湯に入るだけのものだ。
でも、誰かとそこへ向かう時間まで含めるなら、少しだけ楽しそうだった。
まあ。
裸は絶対に見せないけど。
――終わり。




