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第二話 悪役令嬢はモテない

「教えて」


ヴィオレッタ様は言った。


「私に何が足りないのかを」


泣いている女性に対して、足りない部分を指摘する。


普通に考えれば最低の行為である。


ここはまず慰めるべきだ。


大丈夫です。


殿下はきっと分かってくださいます。


あなたは何も悪くありません。


そういう柔らかくて味のしない言葉を並べるのが正しい。


ただ、ヴィオレッタ様は私に答えを求めた。


ならば答えなければならない。


質問した以上、返ってくる答えまで選べると思わない方がいい。


「ヴィオレッタ様がうまくいかない理由は簡単です」


「簡単?」


「はい」


私は一度、周囲の令嬢たちを見た。


皆、心配そうにヴィオレッタ様を見つめている。


良い友達だと思う。


だからこそ、誰も本当のことを言わない。


「ヴィオレッタ様は、モテないからです」


温室が静まり返った。


「……誰が?」


ヴィオレッタ様が尋ねた。


「ヴィオレッタ様が」


「私が?」


「はい」


聞き間違いの可能性を潰すため、私はもう一度言った。


「モテません」


一人の令嬢が立ち上がった。


「無礼ですわ!」


「ヴィオレッタ様がモテないはずがありません!」


「どれほど多くの殿方が求婚を望んでいると思っているのです!」


私は首を傾げた。


「それはヴィオレッタ様と結婚したいんですか。それとも、エルフォード侯爵家と結婚したいんですか」


令嬢たちが黙った。


「領地も財産も家柄もなくなったとして、同じ人数が求婚してくると思います?」


「それでは、あなたは私が家柄だけの女だと言いたいの?」


ヴィオレッタ様の声が低くなった。


怒っている。


でも泣き止んだ。


治療としては半分成功である。


「いいえ。ヴィオレッタ様はお綺麗ですし、頭もいいです」


「ならば、なぜモテないという話になるのよ」


「男性と話していないからです」


「話しているわ。殿下とも、他の殿方とも」


「必要な話だけでしょう」


私は指を折った。


「政治。領地。歴史。音楽。家族への挨拶。あとは天気」


「貴族の会話として何が問題なの?」


「貴族としては満点です。でも恋愛としては退屈です」


周囲の令嬢たちの顔がさらに険しくなった。


この人たちはさっきから表情が忙しい。


「あなたは私に、男性に媚びろと言っているの?」


「媚びる必要はありません」


「なら――」


「むしろ、今のヴィオレッタ様の方がずっと媚びています」


今度こそ、全員の表情が止まった。


さすがに私も、これは少し言いすぎたと思った。


少しだけ。


「私が、殿下に媚びている?」


「はい」


「どこが?」


「殿下の妻として恥ずかしくない女性になろうとして、殿下に求められてもいない努力を続けているところです」


ヴィオレッタ様の唇が震えた。


「私は、殿下をお支えするために――」


「そもそも、ヴィオレッタ様と結婚して、殿下に何のメリットがあるんですか?」


言った瞬間、まずいと思った。


でも、もう遅い。


人間の口には、三秒前に戻す機能が必要だと思う。


「メリット?」


ヴィオレッタ様が呆然とした。


「ええ」


「あなた、私がどれだけあの方のために鍛錬してきたと思っているの?」


「知っています」


「王妃教育を受け、帝国の言葉も南方諸国の言葉も学んだ。歴史、法律、経済、外交、礼儀作法、音楽、舞踏。殿下の隣に立って、恥をかかせないために」


「それは王妃には必要です」


「なら――」


「でも、恋人には別に必要ありません」


ヴィオレッタ様は黙った。


「外国語なら教師がいます。政治には大臣がいる。音楽なら宮廷楽師がいます。侯爵家の力は王家にとって魅力でしょう。でも、それは殿下個人がヴィオレッタ様を好きになる理由ではありません」


「ですが、どれも王妃には必要なものですわ!」


令嬢の一人が反論した。


「はい。王妃には必要です」


私は頷いた。


「でも、殿下は王妃という役職と恋愛するわけではないでしょう」


誰も答えなかった。


正論というものは、味方のいない場所で口にすると暴言になる。


私はそれを知っている。


知っているだけで、生かせてはいない。


「ヴィオレッタ様の外見は女性受けします」


「女性受け?」


「隙がなくて、綺麗で、上品です。ご令嬢たちは、ヴィオレッタ様のようになりたいと思うでしょう」


周囲の三人が小さく頷いた。


「習い事も、周囲の大人が安心するものばかりです。家柄も強い。王家にとっては非常に価値があります」


「それの何がいけないの?」


「いけなくはありません。でも、全部恋愛とは別の要素です」


どう説明すれば分かりやすいだろう。


この世界には、会社も結婚相談所もない。


当然、あの言葉も存在しない。


でも使おう。


説明すれば伝わる。


「前世では、女性にモテない男性が、お金だけを渡し続ける状態を、ATMと呼ぶことがありました」


「えーてぃーえむ?」


「お金を入れておく機械です。必要なときに取り出せます」


「それが、私と何の関係があるの?」


「ヴィオレッタ様は、まさにATMです」


一人が息を呑んだ。


一人は扇を落とした。


最後の一人は、私を殺しそうな目で見ている。


「ヴィオレッタ様は殿下に、家の力と王妃としての能力を差し出している。でも殿下が一緒にいて楽しいか、会いたいと思うか、そういうことを考えていません」


「無礼にもほどがありますわ!」


令嬢の一人が叫んだ。


「ヴィオレッタ様を道具に例えるなんて!」


「しかも、モテない男と同じだなんて!」


「謝罪なさい!」


三人が一斉に詰め寄ってきた。


まずい。


三対一である。


この世界には魔法がある。


彼女たちが何を使えるのか、私は知らない。


知らない相手とは戦わない方がいい。


「申し訳ございません。少し表現が直接的すぎました」


「少しですって?」


「かなり直接的でした」


「そこではありません!」


怒っている。


ものすごく怒っている。


私はヴィオレッタ様を見た。


彼女は俯いたまま動かない。


泣いてはいなかった。


ただ、両手でドレスを強く握っている。


「では、私は仕事がありますので」


「待ちなさい!」


「紅茶のカップを洗わなければいけません」


「こんな時間にですか!」


「洗わなければ、いつか汚れます」


「意味が分かりませんわ!」


私にも分からない。


私は令嬢たちの間をすり抜け、温室の出口へ向かった。


背後から、無礼者、待ちなさい、逃げるのですか、という声が聞こえる。


逃げるのだ。


勝てない戦いを避けるのは、人類が獲得した高度な知性である。


廊下へ出ると、私はドレスの裾を持ち上げて走った。


やばい。


完全に言いすぎた。


侯爵令嬢に向かって、モテない、媚びている、結婚するメリットがない、最後にはATMである。


よくここまで連続して失礼なことを言えたものだ。


才能かもしれない。


この才能はいらない。


明日には解雇されている可能性がある。


侯爵令嬢をお金の出る機械に例えたら首になりました。


父にはそう説明しよう。


たぶん泣く。


一方、温室に残されたヴィオレッタは、しばらく顔を上げられなかった。


侍女を追いかけようとする令嬢たちを、小さな声で止める。


「もういいわ」


「ですが、ヴィオレッタ様」


「あまりにも無礼です」


「分かっているわ」


腹は立っていた。


幼い頃から続けてきた努力を、恋愛とは無関係だと切り捨てられた。


自分を、お金を出すだけの機械にまで例えられた。


許せるはずがない。


それなのに、ヴィオレッタの中には奇妙な感覚が残っていた。


周囲の人々は、いつも彼女を褒めた。


美しい。


賢い。


殿下にふさわしい。


未来の王妃にふさわしい。


だから大丈夫だと、皆が言った。


しかし、現実には殿下の心は離れ始めている。


大丈夫ではないのだ。


それを初めて認めたのが、あの侍女だった。


言葉に優しさはなかった。


ただ、どうにかなってほしいという必死さだけはあったように思えた。


そうでなければ、解雇される危険を冒してまで、あんなことを言うだろうか。


「ヴィオレッタ様?」


「……あの人」


ヴィオレッタは、侍女が消えた扉を見つめた。


「本当に、私を馬鹿にしたかっただけなのかしら」


「当然ですわ」


令嬢たちは口を揃えた。


ヴィオレッタは答えなかった。


あの侍女は逃げる直前、笑ってはいなかった。


むしろ、少し困ったような顔をしていた。


正しいかどうかは分からない。


でも少なくとも、自分のために話していたのではないか。


そう思った瞬間、ヴィオレッタの胸の奥に小さな火が灯った。


翌朝。


解雇を覚悟して目を覚ました私は、部屋の前に立つヴィオレッタ様を見て、静かに扉を閉めた。


見なかったことにしよう。


「開けなさい」


扉の向こうから声がした。


「まだ寝ています」


「今、私を見たでしょう」


「夢です」


「あなたの夢に私が出てきたのなら、なおさら開けなさい」


理屈がおかしい。


でも逃げ道はなさそうだった。


私は静かに扉を開けた。


ヴィオレッタ様は、昨日と同じように美しかった。


ただし、その目には涙ではなく、妙な決意が宿っている。


「昨日の続きをしなさい」


「昨日の続き?」


「私が、どうすればモテるのか」


ヴィオレッタ様は少しだけ顔を赤くし、私から目を逸らした。


「あなたがそこまで言うのなら、最後まで責任を取りなさい」


私は扉を閉めたくなった。


恋愛相談というものは、始める前から面倒くさい。


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