第8話 偽りの『陽』と、漆黒のカリスマ
モブプロモーションでの「レッスン」が始まった。
だが、その内容は前世の俺が知る芸能養成所とは正反対のものだった。
「はい、もっと気配を消して! 廊下を歩く時は壁のシミになったつもりで! 誰とも目を合わせちゃダメですよ!」
地味なジャージを着た講師が、小声で必死に指導している。他の研究生の子供たちは、いかに「存在感をゼロにするか」という地味さの精度を競い合っていた。
(……なるほど。この世界での『一流のタレント』とは、誰にも不快感を与えない究極の背景のことなんだな)
俺はレッスンの隅で、美桜、颯太、小春に手招きをした。
「みんな、あの先生の言うことは聞かなくていい。俺たちは、この『隠れ家』でもっと別の練習をしよう」
俺が用意したのは、前世の記憶にある「ボイストレーニング」と「ダンス」の基礎、そして美桜には「キャラクターデザイン」の構想を練らせることだった。
三人は俺の言葉を疑わない。俺が「右」と言えば、それが世界の正解だと信じ込んでいる。特に美桜の執着は日増しに強まり、俺が他の子と少し話すだけで、手に持った裁縫用のハサミを無意識にカチカチと鳴らすようになっていた。
そんなある日、根津さんが青ざめた顔でレッスン場に飛び込んできた。
「た、大変です……! 局の廊下で、サンシャイン・エージェンシーの連中と鉢合わせました……っ! 隠れてください、吸い込まれます……!」
根津さんの制止も聞かず、俺は興味を惹かれて廊下を覗き見た。
そこにいたのは、俺たちと同じくらいの年齢の、一人の少女だった。
「みなさーん! 今日も一日、ハッピーに頑張りましょーっ!」
突き抜けるような、明るい声。
彼女の周りだけ、スポットライトが当たっているかのように眩しい。派手なピンクの衣装に、弾けるような笑顔。
だが、その場にいたテレビ局のスタッフたちは、まるで化け物を見るような目で彼女を避け、足早に去っていった。
(あれが……サンシャイン・エージェンシーのタレントか)
彼女の名は、陽菜。「太陽のような明るさ」を売りにする、この世界で唯一の『強制陽キャ』事務所の看板子役だ。
だが、俺の目は騙せない。
彼女の笑顔は、口角が震えている。瞳の奥は絶望で濁り、無理やり「明るさ」を演じさせられているストレスで、指先が赤く腫れ上がるほど弄り倒されていた。
このインキャだらけの世界で、無理に陽を演じることは、精神を削る拷問に等しいのだ。
陽菜が俺の存在に気づき、営業スマイルを向けようとしたその時。
「……たいようくんに、近寄らないで」
俺の背後から、美桜が音もなく現れた。
彼女の顔には、かつてお遊戯会で作った「仮面」が装着されていた。黒を基調とした、美しくも禍々しい烏の面。
「偽物の光なんて、たいようくんには必要ないの。消えて」
美桜から放たれる圧倒的な『負のカリスマ』。
陽菜はその威圧感に気圧され、「ひっ……!」と短い悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
「あ……あ……っ」
陽菜の仮面(笑顔)が剥がれ落ち、震えながら涙を流す。それが彼女の本音だった。
俺はゆっくりと歩み寄り、へたり込んだ陽菜の前にしゃがみ込んだ。
「無理しなくていいんだよ。君も、本当は暗いところにいたいんだろう?」
俺が優しく声をかけ、彼女の涙を拭う。
その瞬間、陽菜の瞳に、美桜とはまた違う種類の『救い』を求める光が宿った。
「……たすけて……」
小さな、消え入りそうな声。
その様子を、物陰から見ていたサンシャイン・エージェンシーのマネージャーらしき男が、忌々しそうに舌打ちをした。
「チッ……モブプロのガキが、余計なことを。陽菜、行くぞ! もっと明るく、もっと元気に振る舞えと言っただろう!」
男が陽菜の腕を乱暴に引く。
俺は立ち上がり、その男の目を真っ直ぐに見据えた。
「彼女を『光』にするやり方は間違ってる。本当の輝きってのは、影を知ってる人間にしか作れないんだ」
俺の言葉に、男は一瞬怯んだが、すぐに鼻で笑った。
「ガキが、プロデューサー気取りか。いいだろう、来月の『キッズ・パフォーマンス・フェスタ』で白黒つけてやる。そこでお前たちの『陰気な芸』を、うちの陽菜が木っ端微塵にしてやるよ」
宣戦布告。
根津さんは「もう終わりだ……」と頭を抱えて座り込んでしまったが、俺の隣で美桜、颯太、小春の三人は、静かに、だが確実に戦う決意を固めていた。
「たいようくん。あのピンクの子、わたしが作った『闇』で塗りつぶしてもいい……?」
美桜が、俺の袖を掴みながら、恍惚とした表情で尋ねる。
「……ああ。俺たちのやり方で、世界に本当の熱狂を教えてやろう」
伏線は、陽菜が去り際に俺の手に握らせた、クシャクシャのメモ用紙。
そこには、サンシャイン・エージェンシーがひた隠しにする『非人道的な陽キャ育成プログラム』の断片が記されていた。
俺たちの最初の敵は、歪んだ光を振り撒く巨大組織。
第1話で気絶した母親の、かつてのライバルがその組織のトップにいることを、俺はまだ知らない。




