第6話 控えめすぎるお遊戯会と、仮面のプロデュース
幼稚園生活最大の試練、お遊戯会の季節がやってきた。
だが、この世界の「お遊戯会」は、前世の俺が知るものとは似ても似つかない。
「……はい、今年の年中組の演目は『石ころの気持ち』に決まりました。みなさん、舞台の上ではできるだけ動かず、観客席の保護者様と目を合わせないよう、静かに丸まっていてくださいね」
佐藤先生の言葉に、園児たちは「よかった……」「目立たなくて済むんだ……」と安堵の吐息を漏らす。
舞台に上がって数分間、全員で石のフリをして沈黙を守る。それがこの世界の「完璧な演技」なのだ。
(……んなわけあるか! そんなの誰が喜ぶんだよ!)
俺は、保護者席でビデオカメラを構えながら「うちの子が一番地味でありますように」と祈るであろう両親たちの姿を想像し、頭を抱えた。
このままでは、せっかく見出した原石たちが、ただの「石ころ」として埋もれてしまう。
俺は隣に座る三人に視線を送った。
美桜は俺の指を弄びながら、虚空を見つめている。颯太は大きな体を折り曲げて、床の模様を数えている。小春は自分の口を両手で塞ぎ、歌いたい衝動を必死に抑え込んでいた。
「みんな、ちょっといいかな」
俺の声に、三人が弾かれたように顔を上げる。
「……たいようくん。石ころになる練習、する……?」
美桜が不安げに尋ねる。俺は首を振った。
「ううん。俺たちは石ころじゃない。このお遊戯会で、みんなに『光』を見せよう」
「ひ、光……? 目立っちゃうよ。みんなに怒られちゃうよ……」
颯太が怯えたように肩を震わせる。この世界の人間にとって、注目を浴びることは最大の恐怖であり、恥辱なのだ。
「大丈夫。正攻法じゃなくていい。……みんな、『仮面』を作ろう」
俺の提案に、三人は首を傾げた。
俺が考えた作戦はこうだ。この世界の住人は「自分」を見られるのを極端に恐れる。ならば、自分ではない「何者か」になりきれる装置があればいい。
俺は、砂場の芸術家である美桜に、全員分の「仮面」と「衣装」の制作を依頼した。
「……たいようくんが、望むなら。わたし、最高のものを作る。たいようくんを、誰よりも美しく飾るために」
美桜の目が、工芸家のそれへと変わる。彼女はどこからか集めてきた色紙や布の端切れを、三歳児とは思えない精密さで加工し始めた。
それは単なるお面ではなかった。見る者の視線を奪い、かつ着けている者の心を「守る」ための、鎧のような美しさを持った仮面だった。
そしてお遊戯会当日。
遊戯室には、暗幕が引かれたような重苦しい沈黙が流れていた。他のクラスの「石ころ」の演技が終わり、観客席からは「控えめで素晴らしかった」という、およそお祝いとは思えない低い拍手が送られている。
「次は、太陽くんたちのグループです……。演目は……『内緒の光』。あ、あの、タイトルからして少し不穏ですが、どうかお許しを……っ」
佐藤先生の震えるアナウンス。
幕が上がると、舞台の上には四人の、仮面を被った子供たちが立っていた。
客席から「ひっ」という短い悲鳴が上がる。自分たちを直視してくる「仮面の瞳」に、インキャな親たちが気圧されたのだ。
だが、次の瞬間。
ドッ、ドッ、ドッ――。
颯太が、舞台の床を力強く踏み鳴らした。
前世のダンスミュージックを彷彿とさせる、重厚で正確なリズム。逃げ出したくなるような静寂を、彼のステップが切り裂いていく。
「……っ!」
客席の親たちが、あまりの衝撃に椅子から転げ落ちそうになる。しかし、仮面を被った颯太の動きは止まらない。顔を見られていないという安心感が、彼の巨体に宿るリズムを解放していた。
そこに、小春の声が重なる。
「――♪」
歌詞はない。ただのハミングだ。だが、美桜が作った「声を響かせる構造の仮面」を通したその歌声は、怪物のような音量ではなく、教会のパイプオルガンのような、神々しいまでの広がりを持って会場を包み込んだ。
美桜がデザインした衣装が、舞台の照明を反射してキラキラと輝く。彼女自身も、俺の隣で、誰にも邪魔されない「自分の世界」を表現するように、優雅に舞っていた。
そして、中心に立つ俺は、ただ真っ直ぐに、客席の両親たちを見つめた。
怯え、震え、俯いている大人たち。
(見てろ。これが、お前たちが押し殺してきた『才能』の姿だ)
舞台が終わったとき、会場は静まり返っていた。
あまりの衝撃に、拍手すら起きない。親たちは、自分たちの子供が「光り輝いてしまった」という事実に、恐怖と、それ以上の「得体の知れない感動」で涙を流していた。
幕が降りる直前、俺は仮面の奥で美桜と目が合った。
彼女の琥珀色の瞳は、かつてないほど妖しく、熱く燃えていた。
「……たいようくん。わたし、わかっちゃった」
美桜が、俺の耳元で小さく囁く。
「みんなに見られるのは、怖くない。みんなが、たいようくんに見惚れるのを……わたしが隣で見てるのが、一番気持ちいいんだね」
その言葉には、プロデューサーとしての俺を喜ばせる「覚醒」と、一人の女としての「歪な独占欲」が混じり合っていた。
この日、この小さな幼稚園から、伝説は始まった。
お遊戯会の様子を、物陰からじっと見つめている一人の男がいた。
度の強い眼鏡を指で押し上げ、ノートに狂ったようにメモを取るその男の胸ポケットには、『芸能事務所・モブプロモーション』という控えめすぎる社名の名刺が入っていた。
俺たちの才能が、ついに「大人たちの世界」に見つかってしまった瞬間だった。




