第17話 沈黙の祝祭と、白亜の檻の毒
中央芸能教育連盟が誇る特別育成施設『ホワイト・ガーデン』。
そこは、森の奥深くに建てられた、一切の装飾を排した純白の巨大建築だった。
施設内に足を踏み入れた瞬間、俺は肌を刺すような異常な『無音』に違和感を覚えた。
数百人の子供たちが在籍しているはずなのに、話し声はおろか、足音一つ、衣擦れの音すら聞こえないのだ。
「……歓迎しよう、天道太陽くん。そして君の優秀な仲間たち」
純白の廊下の奥から、九条が音もなく現れた。
彼の背後には、同じ純白の制服を着た子供たちが、まるで精巧な蝋人形のように無表情で整列している。
「ここが連盟の心臓部だ。この施設では『究極の没個性』を徹底的に叩き込む。光を放つためには、まず自分自身を完全な『無』にする術を学ばねばならないからね」
九条の言葉に、陽菜が微かに肩を震わせた。
かつてサンシャイン・エージェンシーで『偽物の光』を強要された彼女にとって、この『強要された無』は、形を変えた同じ地獄だったからだ。
「……さっそくだが、太陽くん。君には別室で特別なプログラムを受けてもらう」
九条が指を鳴らすと、屈強な大人の職員たちが、俺と五人の仲間たちの間に立ち塞がった。
「たいようくん……!」
小春が不安そうに声を上げる。
だが、九条は冷酷な笑みを浮かべた。
「連盟の洗礼である『沈黙の祝祭』。これは、三時間、完全な無音の白い部屋で『何者でもない自分』を保ち続けるオーディションだ。……君という太陽の光が届かない場所で、彼女たちがどこまで耐えられるか、見物させてもらおう」
九条の狙いは明確だった。
俺という中心から切り離し、孤独と静寂の圧力で彼女たちの精神をへし折り、従順な連盟の駒に作り変えること。
だが、俺は職員たちに腕を掴まれながらも、余裕の笑みを崩さなかった。
「……九条さん。一つ忠告しておきます。俺から離れた彼女たちを、ただの子供だと思わない方がいいですよ」
俺がそう言い残して別室へ連行された後。
美桜、颯太、小春、陽菜、月乃の五人は、何もない純白の広間に通された。
周囲には、監視カメラと、評価を下すための連盟の審査員たちが、ガラス張りの上の階から冷たく見下ろしている。
「これより、沈黙の祝祭を開始する。動くこと、声を出すこと、表情を変えることを一切禁ずる」
スピーカーから無機質なアナウンスが流れ、地獄のような静寂が始まった。
十分、二十分。
普通の子供なら、プレッシャーで泣き出すか、耐えきれずに動いてしまうだろう。
だが、五人はピタリと止まったまま、微動だにしなかった。
それどころか、ガラスの向こうで監視している審査員たちが、徐々に異変を感じ始めていた。
「……おい、なんだあの五人は。モニターの数値がおかしいぞ」
一人の審査員が、困惑した声を上げる。
五人の心拍数は、完全に一定のリズムを刻んでいた。
颯太だ。
彼は一切体を動かしていないが、その巨体から発せられる微かな『呼吸の波』で、全員のバイオリズムを強制的に同期させていたのだ。
そして、五人の中心に立つ美桜が、長い前髪の奥で、ゆっくりと瞳を細めた。
(……たいようくんが見ていないなら、もう『いい子』でいる必要はないわね)
美桜の唇が、音を立てずに動く。
それに呼応するように、隣に立つ月乃の『表情』が、完全に消え失せた。
千面相の女優が選んだ『究極の無表情』。それはもはや、生きている人間ではなく、呪われた球体関節人形のような、底知れない不気味さを放っていた。
「……ひっ!?」
ガラス越しの審査員の一人が、月乃の虚無の瞳と目が合い、恐怖で椅子から転げ落ちた。
連盟が強要する『無』は、自己否定から来るインキャの縮こまりだ。
だが、今の彼女たちが放っているのは、太陽という絶対的な光を知っているからこそ生み出せる、他者を呑み込む『漆黒の闇』。
陽菜の華やかなオーラも、小春の圧倒的な声帯の存在感も、すべてが「今はまだ隠してある」という強烈な圧力となって、空間全体を歪めていく。
「や、やめろ……。モニターから目を離せ! 精神が、持っていかれる……!」
審査員たちが次々とパニックを起こし、耳を塞ぎ、目を覆い始めた。
何も起きていない。誰も一歩も動いていないし、声も出していない。
それなのに、美桜がデザインした『空間の支配』が、大人たちの正気をゴリゴリと削り取っていく。
「……馬鹿な。あの五人、ただ立っているだけだぞ……! 何をしているんだ!」
別の部屋のモニターでその光景を見ていた九条が、額に脂汗を浮かべて吠えた。
その時、九条の背後のソファから、氷の入ったグラスをカランと鳴らす音がした。
「言ったでしょう。彼女たちは、俺がいなくても完璧に機能する。……むしろ、俺という『ストッパー』がない分、タチが悪いですよ」
俺だ。
施錠されていたはずの部屋から、いつの間にか九条の監視ルームに入り込んでいた。
「なっ……貴様、どうやってここへ!? 職員は何をしている!」
「ああ、彼らなら、もう俺の『ファン』になっちゃいましたよ」
俺が指差した扉の向こうでは、俺を連行したはずの屈強な職員たちが、俺のサインが入ったハンカチを握りしめ、恍惚とした表情で壁に向かって反省していた。
前世で磨いた『空気を読む力』の極致。
大人のコンプレックスや承認欲求を、たった数分の会話で完全に掌握する、俺のプロデュース力の賜物だ。
「……九条さん。あなたの作ったこの箱庭、退屈すぎます。今日からここは、俺たちの新しい遊び場にさせてもらいますよ」
俺が不敵に笑うと、モニターの中の美桜が、カメラ越しに俺の視線に気づいたように、ふわりと残酷な微笑みを浮かべた。
その瞬間、監視ルームのシステムがショートし、すべての画面が暗転した。
影山先輩に仕込ませておいた、外部からのネットワーク・ハッキングが完了した合図だ。
絶対の支配者だったはずの九条が、床にへたり込む。
「……化け物、どもが……」
俺たちの反逆は、施設全体を巻き込む巨大な『ゲーム』へと発展した。
伏線は、暗転する直前のモニターに一瞬だけ映り込んだ、もう一人の少女の姿。
連盟の最高傑作と呼ばれ、一度も外に出たことがないという『純白の天才』が、俺たちの毒に惹きつけられ、動き出そうとしていた。




