第16話 黄金の檻と、朱に染まる招待状
天王寺サキが去った後の小学校は、奇妙な静寂に包まれていた。
それは、かつての「怯え」が混じった沈黙ではない。
全校生徒の視線が、廊下を歩く俺たち五人に向けられるたび、そこには「畏怖」と、そして微かな「熱」が宿るようになっていた。
世界を変えてしまった子供たち。
俺たちが通るだけで、波が引くように道が開く。だが、俺はその状況を手放しで喜ぶほど楽観的ではなかった。
「……たいようくん。最近、校門の前に黒塗りの車が止まってる。あれ、根津さんの事務所の車じゃないよ」
美桜が、俺の腕を絡め取りながら低く囁いた。
彼女の直感は、鋭利な刃物のように正確だ。フェスタと全校集会を経て、美桜の俺への独占欲は「守護者」としての狂気を帯び始めている。
「わかってる。サキを潰した余波が、想像以上に早く来ちまったみたいだ」
俺がそう答えた直後、校内放送が流れた。
「……一年一組、天道太陽くん。至急、校長室まで来なさい。繰り返します……」
いつもは震えているはずの校長の声が、今日はどこか機械的で、冷徹な響きを帯びていた。
俺は仲間に「ここで待ってて」と告げ、一人で校長室の扉を開けた。
そこには、首を項垂れて部屋の隅に立つ校長と、応接ソファに深く腰を下ろした、一人の男がいた。
白髪混じりの髪を完璧にオールバックにし、仕立てのいいスリーピースのスーツを着こなした男。
その胸元には、サキが落としたカードと同じ紋章――『中央芸能教育連盟』のピンバッジが光っていた。
「……はじめまして、天道太陽くん。私は連盟の常任理事を務めている、九条だ」
九条は、大人が子供に向けるような慈愛の笑みを浮かべた。だが、その瞳は一切笑っていない。
「サキくんの不手際については謝罪しよう。彼女は『陽』という偶像に拘泥しすぎた。だが、君たちは違う……。君たちは、このインキャ社会における『正しいカリスマ』の形を示した」
九条は立ち上がり、一枚の深紅の招待状をテーブルに置いた。
「君たち五人を、連盟直轄の『特別英才待機児童』として認定したい。最高の環境、最高の教育、そして……将来の成功を約束しよう」
(……甘い言葉だな。だが、実態は「管理」だろ)
前世でブラック企業に使い潰された俺にはわかる。これはスカウトではない。自分たちのシステムを脅かす異分子を、あらかじめ檻の中に入れて飼い殺すための「招待」だ。
「光栄ですね。でも、俺たちは自分たちのやり方で楽しんでるんです。九条さんの言う『正しい形』に興味はありません」
俺が即答すると、九条の細い目がさらに細められた。
「……太陽くん。君は賢い。だが、少し若すぎる。この国のエンターテインメントは、我々連盟が敷いたレールの上でしか存在を許されないのだよ」
九条が指を鳴らすと、校長室のモニターに、ある映像が映し出された。
そこには、俺の母さんがキッチンで楽しそうに料理をしている姿。そして、根津さんが事務所で必死に頭を下げている姿があった。
「君が拒むなら、君の周りにある『光』はすべて消える。……理解できるかね?」
古典的だが、最も効果的な脅し。
俺の腹の底で、ドロりとした「怒り」が煮え立った。
前世で何もできずに奪われ続けたあの絶望。それを、またこの愛おしい仲間たちに味わせるつもりか。
「……いいですよ。その招待、受けてあげます」
俺は招待状を手に取り、九条の目を真っ直ぐに見据えた。
「ただし、俺だけじゃない。美桜、颯太、小春、陽菜、月乃……五人全員が『特別』であること。そして、俺たちの活動には一切口出ししないこと」
「……フフ、傲慢だな。だが、それだけの価値はある。よかろう、契約成立だ」
九条が満足げに部屋を去った後、俺は一人、拳を強く握りしめた。
扉の外では、すべてを聞いていた美桜たちが待っていた。
「……たいようくん。あの男、殺してきてもいい?」
美桜が、感情の消えた瞳で尋ねる。
その手には、いつの間にか銀色に光るハサミが握られていた。
「いや、美桜。殺すのはまだ先だ。……まずは、あの『連盟』っていう巨大な組織の中に、俺たちの猛毒を染み込ませてやるんだ」
俺は仲間に笑いかけた。
それは、かつての「聖者」のような笑みではなく、獲物を罠に誘い込む「魔王」の笑みだった。
伏線は、九条が去り際に落とした「スケジュール表」。
そこには、連盟が主催する史上最大のオーディション『沈黙の祝祭』の文字があった。
俺たちが小学生という子供の身分を捨て、本物の「プロ」として、この狂った世界の頂点へと手を伸ばす。
「……さあ、黄金の檻を、中からぶち壊しに行こうか」
二度目の人生。
物語は、連盟という巨大なシステムを相手取った、本格的な「知略とパフォーマンスの戦争」へと突入していく。




