第14話 復讐の台本と、招かれざる魔女
全校集会まで残り二日。
旧校舎の音楽室は、俺たちだけの秘密の稽古場と化していた。
「……違う、月乃。そこは悲しむ場面じゃない。すべてを奪われた怒りを、もっと前に出せ」
俺の厳しい声が、薄暗い部屋に響く。
月乃は台本を握りしめ、肩で息をしながら立ち尽くしていた。
彼女が演じているのは、かつてサンシャイン・エージェンシーの社長・天王寺サキにすべてを奪われ、心を壊された『月乃の母親』自身の役だ。
「……ごめんなさい、太陽くん。わたし……お母さんが泣いている姿しか、思い出せなくて……っ」
月乃の目から涙がこぼれる。この世界特有の自己否定が、彼女の足を引っ張っていた。
「月乃ちゃん。泣きたい時は、泣いてもいいんだよ」
陽菜がそっと月乃の背中に触れ、優しく撫でた。
「私も同じだったから、わかるよ。あの事務所に心を縛られていると、怒る事すら申し訳なく思えてくるの。……でもね、太陽くんは、その怒りを『綺麗だ』って言ってくれる人だよ」
かつて無理やり笑わされていた陽菜の言葉には、確かな説得力があった。
その横で、美桜がミシンを踏む手を止め、冷ややかに、だが熱を帯びた声で呟いた。
「……月乃。あなたが怒れないなら、わたしが『怒りの形』を作ってあげる」
美桜が投げ渡したのは、血のように赤い、禍々しいデザインのドレスだった。
「これを着れば、あなたはもう『可哀想な被害者』じゃない。復讐の女神よ。……たいようくんの舞台を壊すような真似をしたら、わたしが許さないから」
美桜の容赦ないプレッシャー。だが、それは月乃を「インキャの殻」から引きずり出すための、彼女なりの歪なエールだった。
ドレスを受け取った月乃の瞳に、少しずつ、だが確かな『炎』が宿り始める。
「……やります。わたし、お母さんの本当の気持ちを……太陽くんの光の隣で、全部吐き出してみせます」
月乃の声から、震えが消えた。
千の顔を持つ天才女優が、自らのトラウマを喰らい、覚醒の産声を上げた瞬間だった。
「よし。颯太、小春。音のタイミングの確認だ」
「……うん。ぼくのリズムで、観客の心臓の音ごと支配してみせる」
「わたしも……絶対に、太陽くんの合図を見逃さない。地獄の底まで響く声で歌うよ」
二人の表情にも、迷いはない。
役者は完全に仕上がった。
その時、音楽室の扉がノックされ、図書室で「忠実な下僕」へとジョブチェンジした新聞部の影山先輩が、青ざめた顔で入ってきた。
「……て、天道くん。頼まれていた、体育館の音響設備のジャックは完了した。いつでも君たちの用意した映像と音声を流せる」
「ありがとう、影山先輩。さすが、仕事が早いですね」
俺が微笑みかけると、影山先輩は「ひっ」と身をすくめながらも、どこか誇らしげな顔をした。
自分が「裏方」として強大な力に加担しているという事実が、彼のインキャな承認欲求を完璧に満たしているのだ。
「……だが、一つ、想定外のトラブルが起きた。明日の全校集会に……『特別ゲスト』が来るらしい」
「特別ゲスト?」
俺が首を傾げると、影山先輩は持っていたプリントを震える手で差し出した。
そこには、学校の卒業生であり、地域の名士として講演を行う人物の名前が記されていた。
『夢を持つことの素晴らしさについて ―― サンシャイン・エージェンシー代表 天王寺サキ』
その名前を見た瞬間、音楽室の空気が氷点下まで凍りついた。
陽菜が「あっ……」と短く悲鳴を上げ、口元を押さえる。
月乃の手から、台本が床に滑り落ちた。
よりによって、俺たちの復讐劇のターゲットである「本物の魔女」が、わざわざ自分からこの学校のステージにやって来るというのだ。
「……どうする、天道くん。計画は中止か……?」
影山先輩が怯えた声で尋ねる。
大人に逆らうことなど、この世界の小学生には絶対に不可能なタブーだ。しかも相手は、芸能界を牛耳る権力者。
だが、俺の口角は、自然と吊り上がっていた。
「中止? 冗談でしょう。こんな最高の『舞台装置』、大金を払ってでも用意できない」
俺は床に落ちた台本を拾い上げ、月乃の手に握らせた。
「月乃。お前の母親を壊した張本人が、明日の客席の最前列に座る。……最高の復讐のチャンスだ」
俺の言葉に、月乃の肩が大きく震えた。
恐怖ではない。それは、抑えきれない武者震いだった。
「……はい。わたしの……わたしたちの劇で、あの人の『偽物の太陽』を、絶対に引きずり下ろします」
翌日。
全校集会が行われる体育館は、いつも通りの重苦しい静寂に包まれていた。
誰も顔を上げず、呼吸音すら立てない生徒たち。
その最前列、来賓席の中央に、真っ白なスーツを着こなした天王寺サキが、一人だけ不遜な態度で足を組んで座っていた。
「……相変わらず、陰気臭い学校ね。まあいいわ、適当に夢や希望を語って、安い感動を与えてやればいい」
サキが隣の校長に冷たく言い放つのが、舞台袖の俺たちにも聞こえていた。
彼女はまだ知らない。
この静まり返った体育館の裏側で、俺たちという『怪物』が、彼女の首元に牙を突き立てるべく、息を潜めていることを。
「みんな、仮面をつけろ。……開演だ」
俺の合図で、五人の原石たちが一斉に動き出す。
二度目の人生、最大のクーデター。
偽りの光を焼き尽くす、黒い太陽のショーが、今まさに幕を開けようとしていた。




