第10話 塗りつぶされた太陽と、救済のカーテンコール
キッズ・パフォーマンス・フェスタの会場は、異様な熱気……というより、異様な「緊張感」に包まれていた。
観客席を埋め尽くしているのは、この世界の住人である「控えめな大人たち」だ。彼らは、自分の子供が少しでも目立たないことを祈り、あるいは、他人の子供の輝きに当てられて、いたたまれなさに肩を震わせている。
「……次は、サンシャイン・エージェンシーの期待の星、陽菜ちゃんです!」
ステージに現れた陽菜は、眩しすぎるほどのショッキングピンクの衣装を纏い、無理やり引き上げた笑顔を振り撒いていた。
「みなさーん! ハッピー届いてますかぁーっ!? 盛り上がっていきましょー!」
彼女が歌い、踊るたびに、客席の大人たちは「ひっ」と身を縮め、目を逸らした。この世界において、あまりに一方的な「陽の光」は、ただの暴力でしかない。
陽菜の瞳には涙が溜まっている。それでも、舞台袖で睨みを利かせる天王寺サキ社長の影に怯え、彼女は心を削りながら「幸せ」を演じ続けていた。
出番を終え、舞台袖に戻ってきた陽菜を待っていたのは、サキの冷酷な言葉だった。
「……客席が引いているじゃない。もっと笑いなさい、もっと明るく! 影なんて一ミリも見せるなと言ったでしょ!」
陽菜が絶望に崩れ落ちそうになったその時。
「……それは、無理ですよ。影のない光なんて、この世界には存在しない」
俺が三人の仲間を引き連れて、舞台袖に現れた。
全員が漆黒のベルベット。光を一切反射せず、吸い込むような深い黒。美桜が徹夜で仕上げたその衣装は、まるでお遊戯会の時とは比較にならないほどの「美しき闇」を纏っていた。
「……あんたが、雫の息子ね」
サキが氷のような目で俺を射抜く。だが、前世で本物の悪意を浴び続けてきた俺は、微塵も揺るがない。
「母さんの輝きを奪ったこと、後悔させてあげます。……みんな、行こう」
俺の合図で、四人はステージへと踏み出した。
会場の照明がすべて落とされ、完全な暗闇が訪れる。
「ひ……っ! なに……!? 真っ暗……?」
客席がパニックになりかけたその瞬間、床から重低音が響いた。
ドッ……ドッ……ドッ……。
颯太のステップだ。姿は見えない。だが、心臓を直接掴まれるような正確なリズムが、観客たちの「不安」を「期待」へと変えていく。
そこに、小春の歌声が重なった。
「――……――……」
それは、歌詞のない、魂の慟哭のような旋律。怪物と呼ばれた彼女の声は、漆黒の衣装と暗闇によって「視覚」を封じられた観客たちの耳に、潤いを与える雨のように染み込んでいった。
そして。
パッと、俺一人だけに一本の細いスポットライトが当たった。
俺は、仮面を被っていない。絶世の美貌を隠さず、だが、その瞳には深い夜のような静寂を宿して、客席の一人一人と目を合わせた。
「……怖がらなくていい。暗闇は、君たちを隠してくれる優しい場所だ」
俺の声は、マイクを通しているはずなのに、まるで耳元で囁かれているような錯覚を抱かせた。
美桜がデザインした衣装の装飾が、俺の動きに合わせて微かに、星屑のように煌めく。
その瞬間、会場の空気が変わった。
観客たちが、初めて顔を上げたのだ。
眩しすぎる陽菜の光には耐えられなかった彼らが、この「優しい闇」の中では、自分を解放し、ステージを直視し始めた。
四人が放つのは、圧倒的な「陰のカリスマ」。
それは、無理に笑わせるのではなく、「そのままの君でいい」と全肯定する、究極の癒やしだった。
パフォーマンスが終わったとき、会場には静かな、だがこの世界ではあり得ないほど長く、温かい拍手が鳴り響いた。
「……負けたわ。あんな……あんな『影』の使い方が、あるなんて……っ」
舞台袖で、サキが膝を突いた。彼女が二十年かけて築き上げた「偽物の太陽」の帝国が、三歳の子供が作った「一瞬の日食」に飲み込まれた瞬間だった。
俺は、震えている陽菜に歩み寄り、その小さな手を握った。
「陽菜ちゃん。もう、笑わなくていいんだよ」
「……あ……うああああああんっ!」
陽菜は俺の胸に顔を埋め、赤ん坊のように泣きじゃくった。それは、初めて彼女が自分の「弱さ」をさらけ出せた瞬間だった。
このフェスタの結果は、業界を震撼させた。
『モブプロモーションの四人組、圧倒的な闇で世界を魅了』。
だが、俺のプロデュースはまだ始まったばかりだ。
「……たいようくん。あのピンクの子を、助けたんだね」
帰り道、美桜が俺の隣を歩きながら、異様なほど低い声で呟いた。
彼女の琥珀色の瞳は、俺の横顔をじっと見つめている。その指先が、俺の服の裾を強く引きちぎらんばかりに握りしめていた。
「……助けたんじゃないよ。彼女の才能も、俺たちの仲間に欲しかっただけだ」
「……そう。ならいいの。たいようくんを悲しませる光なら、わたしが全部塗りつぶすけど……たいようくんが欲しがる影なら、わたし、いくらでも作ってあげる」
美桜の笑顔は、夕暮れの中で美しく、そしてゾッとするほど深く、歪んでいた。
俺たちは知っている。
これから先、成長するにつれて、俺たちの「光」はもっと強くなり、それ以上に濃い「闇」を呼び寄せることを。
そして、大学生になり、俺が本物のアイドルプロデューサーとして覚醒する時、この時の約束と執着が、どれほどの巨大な物語へと繋がっていくのかを。
「……さあ、最高の二度目の人生を、さらに加速させようか」
俺たちは、沈みゆく太陽に向かって、誰よりも力強い一歩を踏み出した。




