弥生
草原を渡ってきた旅人の気配が、白猫の喫茶店の扉をそっと押した。
鈴がひとつ、澄んだ音を落とす。
その響きは、静かな午後に小さな波紋を描くようだった。
白猫のシロは、その音に導かれるようにゆっくりと身を起こす。
「いらっしゃいませ」
柔らかな声が灯りの粒に溶け、店内の空気がひと息に温まる。
旅人が席に腰をおろすと、淹れたての珈琲の湯気に一片の花びらが舞い降りる。
シロは、香りの向こうでふわりと揺れる花びらを不思議そうに見つめながら、そっとカップを差し出す。
旅人は微笑み、花びらを避けるように指先で小さな風をつくり、静かに珈琲を口に運んだ。
言葉はなくとも、二人のあいだには柔らかな眼差しが行き交い、
そのひとときは、世界のどこよりも穏やかで、どこよりも優しかった。
やがて旅人は立ち上がり、静かに背を向ける。
残されたカップの縁に寄り添う花びらが、確かに春がここに訪れたことを告げていた。
見送りに外へ出たシロの足もとには、薄紅の波が草原いっぱいに広がり、旅人の歩む先を、そっと照らす道のように続いていた。
気にかけてくださり、本当にありがとうございます
これまでの物語をゆっくり振り返っていただけますよう、投稿した挿絵を大切に保存しております。
絵を眺めるだけで物語の情景がふっと蘇るような、そんな時間をお届けできれば幸いです。
どうぞ、ごゆっくりご覧ください。
https://x.com/ocarina_quartet
※挿絵は Gemini Nano Banana Pro による生成画像です※




