第26話:別室行きと鑑定眼の疑惑①
赤ちゃん育児中ですがちょこちょこ更新できるように頑張ります。
「あっ、グラス副支長!」
「グラス様!」
「副支長! 会議は……、いえ! 来ていただけて何よりです!」
チロル、カナキイ監査官、セレネさんがそれぞれ声をあげた。
良かった、本当に良かった。アウェイアさんが来てくれたらきっとなんとかなる。
僕は安堵で力が抜けて思わずしゃがみ込んだ。
「タイチ様! 大丈夫ですか!?」
アウェイアさんが僕に駆け寄る。
急ぎすぎて椅子や鑑定用のカゴを弾き飛ばしている。あたったところが痛そうだ。僕は大丈夫だと答えようとするけど、はく、と口が空振りする。
「タイチ、大丈夫? 立てる?」
チロルが横から心配そうに背中をさすってくれる。
「……う、けほっ。うん、ごめん。
アウェイアさんも、すみません。ちょっと安心して力が抜けただけです」
「さようですか。お怪我などないようでなによりです」
アウェイアさんがほっとした様子で優しく笑う。
けれど、それは一瞬。すぐにキッと目付きを厳しくするとカナキイ監査官に向き直る。
「カナキイ特別監査官! これはいったい何事です!? ギルドの大事な冒険者を、それも駆け出しの初級者をこのように追い詰めるなどギルド職員としてあるまじき所業。言語道断です! 今すぐに詳細な説明を!」
「はっ! 少々騒ぎとなりましたことは心よりお詫びいたします。
しかし、そこの者たちには窃盗およびギルドへの虚偽報告の嫌疑がかかっております。別室にて聴取しようとしましたところ、こともあろうにグラス様の名前を出して拒絶しましたので、監査官特権を行使しまして、この場で尋問を実施いたしました」
「お二人が聴取を断ったのは当然です。何かあったら私を呼び出すように私自身がお願いしていましたから。
その窃盗や虚偽とはいったいどこから出てきた話ですか? お二人とも真面目な冒険者です。
尋問する正当性が本当にあったのですか?」
「もちろんございます。 君! 先程から何をぼんやりしている。さっさとグラス様に査定結果を説明しないか!」
カナキイ監査官がセレネさんを叱り飛ばす。
セレネさんはアウェイアさんにさっと近寄ると書類を手渡しする。
受け取ったアウェイアさんが驚愕に目を見開く。
「!? セレネ統括調整官、これは間違いなく事実ですか!?」
「はい。再鑑定、動作不良確認を複数回行って確認しております。間違いございません」
「……なるほど。状況は理解しました。この件は私が直接担当します。
申し訳ないが、セレネ統括調整官はこの場の後始末をお願いいたします。
落ち着いたら今回の経緯について報告書にまとめて私へ提出してください。ギルド支長には私から説明するので簡単な報告のみにとどめてください」
「かしこまりました」
「カナキイ特別監査官は通常業務に戻ってください。これ以降は私が引き継ぎます」
「しかし、グラス様のお手を煩わせるなど……」
「とにかく下がってください。これ以上の手出しは無用です。
後程、貴方の特権行使が本当に適切だったかどうかも確認させていただきますからそのつもりで」
「……何故グラス様がそのような怪しい風体の初級冒険者の肩を持つのですか?
獣人テイマーの方はともかくとしても、そちらの混血森人は不審点が多すぎます。
洗礼板の発行すらなされていない上に、登録料も後払いにするような移民なのですよ!」
「その辺りの事情はすべて私が把握しています。そしてそれを貴方に共有するつもりはありません。
それから以前から言っていますが、私のことは副支長と呼ぶように」
アウェイアさんはカナキイ監査官との会話を打ち切ると僕たちを振り返る。
「申し訳ございません、お二人とも。詳しいお話を聞かせていただきたいので、応対室へご同行願えますか?」
「は、はい」
「わかりました」
背中にカナキイ監査官の突き刺さるような怒りの視線を感じながら、僕らはその場を後にした。
***************
「この度はお二人に大変不愉快な思いをさせてしまいまして申し訳ございません」
席に着くやいなや、アウェイアさんが深々と頭を下げる。
でも別にアウェイアさんは何も悪くない。
チロルが先に口を開いた。
「やめてください、グラス副支長。副支長は何も悪くないですよ。むしろ会議中なのに来てくれてありがとうございました」
「そうですよ。頭をあげ……あれ」
頭をあげてくださいと言おうとしたけど、最後まで言えなかった。勝手に涙がほろほろと落ちて声がつまってしまう。
アウェイアさんがティッシュをさっと手渡してくれる。
僕は恥ずかしくてもらったティッシュで顔を覆った。
女の子のチロルが平然として、むしろ怒って立ち向かっていたのに、僕はろくな反論もできなくて情けない。
「本当に申し訳ございません。もう大丈夫ですからね。初めての受注なのにこのように嫌な思いをさせてしまって……。お茶もありますから、ゆっくり落ち着かれてくださいね」
「す、すびません」
僕は鼻をずびずび言わせながら答える。さっさと泣き止みたい。落ち着きたくてアウェイアさんのいれてくれたお茶をぐびりと飲む。
「私の想定が甘かったです。このような事態になるのであれば会議中であっても即座に呼び出すようセレネに指示を出しておくべきでした。
いえ、むしろ会議など欠席しておくべきでした」
「いやそんな……。ずびっ。大事な会議なんですから」
「そうですよ。それに代理のセレネさんとはきちんとやり取りして、副支長が戻るまで待とうって話になってたのに。
それをあの監査官だか検査官だかが急に割り込んできて!
あー、思い出しても腹が立つ!
いったいなんなんですか? あの人は!」
「ああ、彼は……。冒険者ギルドの王都本部にいたのですが、少々問題を起こしてしまいまして……。今コシッハ支部に出向という形で昨日着任したばかりなのです。
その、本来はもう少し落ち着いた性格で、仕事もできる男なのですが……。どうも本部での件で精神的に荒れているようですね」
「何があったか知らないですけど、迷惑な話ですね! ろくにこっちの話も聞かずに八つ当たりで人を犯罪者扱いするなんてとんでもない人ですよ!」
「ええ、チロル様のお怒りもごもっともです。後日、本人より必ず正式に謝罪させます。確認するまでもなくあまりにも理不尽で横暴な決めつけでした。
カナキイに代わって私から改めてお詫びいたします」
「いえ、その、グラス副支長が悪いわけではないですから……。わたしこそ、イライラしててすみません」
ぷりぷり怒っていたチロルが耳を垂れる。
「そのようにいっていただけると私としても救われます。
……ところで、その、査定結果についてお尋ねしてもよろしいですか?
あの、いったい何があったのでしょう?
もちろん、お二人が窃盗など起こすわけがないのはわかっております。
ただ、あまりにも素晴らしい結果なので不思議でして……」
アウェイアさんが、慎重に言葉を選びながら言う。
「ああ! 聞いてください、副支長!
わたしたち、というか主にタイチですけど、すごい大発見をしたんですよ!」
かくかくしかじか、チロルが説明してくれる。
モヨギ草とニセモヨギ草は葉のつき方、葉序で簡単に見分けがつくこと、ピースラットのエサは実はモヨギ草でなくニセモヨギ草であること、エサの問題をクリアすれば人工繁殖やペット化ができるかもしれないこと、ピースラットの毒はニセモヨギ草の毒が蓄積したものである可能性があること。
最初は困惑していたアウェイアさんがどんどん真剣な顔つきになっていく。
「……というわけでなんです。
それで、これはすごい発見だと思ったので、セレネさんにも話さずにグラス副支長に直接報告しようと思って。
それと、平和鼠の件は調教師のリンジュさんにも相談したくて……。
ちょうど見つけた平和鼠2匹を魔法契約して預けさせてもらっています」
「……なるほど。何からお話ししてよいか迷うほどですが……。
今の内容がすべて事実なのでしたら、大変、大変素晴らしい発見です……!
そして、私に直接ご報告いただいて大変助かりました。これを査定区画で普通に報告されるとかなり大混乱に陥ったかと思います 。チロル様の英断ですね」
アウェイアさんがせわしなく眼鏡をいじりながら言う。表情は冷静に見えるけど、膝をかたかた貧乏ゆすりまでしてるし、かなり興奮しているみたいだ。
「まず、そうですね。平和鼠の件は一旦別の話として切り分けさせてもらってもいいでしょうか?
後日、専門家である調教師のリンジュも交えて議論する場を改めて設けましょう」
「はい、わかりました」
「それでは、まずはモヨギ草の見分け方について詳しくお聞かせください。これは、本当に誰でも簡単にわかるのでしょうか?
例えば、チロル様は元々薬草採取は苦手分野だったかと思いますが、今後は薬草採取専任冒険者に負けないほどの採取が可能になったのでしょうか?」
「あ、いえ…… 。その、タイチに教えてもらったので特徴自体はわかるし、モヨギ草とニセモヨギ草を並べられたらどっちがどっちかはわかるようになりました。
でも、草原の中からパッと探しだして効率的に採取するのは無理ですね ……」
チロルがちょっとばつが悪そうに肩をすくめる。
「あの、でも、タイチはすごいですよ!
薬草採取選任冒険者にも負けません。むしろ、もっとすごいかも。遠くからでもあそこに生えてるってすぐ見つけるし、見分ける速度もめちゃくちゃ速いですよ!
今回の依頼は9割以上タイチが集めています」
「なるほど。では、タイチ様。
私にも具体的な見分け方を教えていただけますか?
薬草を準備させます」
そう言うとアウェイアさんは呼び鈴で職員さんを呼び出すと、モヨギ草とニセモヨギ草を数株ずつ用意させる。
机に広げられたタオルの上にアウェイアさんは2種類を混ぜてわさっと並べた。
「タイチ様、お願いします」
「はい」
僕はチロルに説明した通り、葉序による見分け方を説明する。
モヨギ草は対生、ニセモヨギ草は互生、少し観察すればとても簡単にわかる。
僕はタオルの上に2種類を分類して並べた。
アウェイアさんがうなり声をあげる。
「ううん、なるほど……。確かにこれは画期的ですね。私のような素人にも一目でわかります」
「そうですよね! すごいですよね!
薬草採取専任の冒険者の人たちはこんなにわかりやすく教えてくれませんし!
なのにタイチったらこんなのわかって当然みたいに言うんだから」
チロルが興奮気味に言う。
「わかって当然……ですか。
タイチ様。ぜひ、もっと詳しいお話をお聞かせください。
個人情報にもふれるため、秘話の魔道具を使用してよろしいでしょうか? 一対一で話す時に使われるものです」
「あ、はい。大丈夫です」
魔道具のことはよくわからないけれど、僕は了承する。
アウェイアさんは、台座のついたきれいな丸いガラス玉を引き出しから取り出した。中に砂時計が組み込まれているのが透けて見える。
僕はアウェイアさんに促されるまま、台座に埋められた石に触れる。
あ、光った。
「我々が話している間、よろしければチロル様はこちらの紙に平和鼠とニセモヨギ草に関する仮説をまとめていただけませんか?」
「はい、もちろんです」
「ありがとうございます。では」
アウェイアさんがチロルに会釈すると砂時計をくるんと反転させた。
その途端に、すぅっと周りの音が遠ざかる。
まったく聞こえない訳じゃないけど、分厚い膜におおわれたみたいな感じだ。
不思議で思わず周りを見回していたが、アウェイアさんの真剣な目にじっと見つめられていることに気付いて、向き直る。
「タイチ様、もしかして伝説の鑑定眼をお持ちなのですか?」
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