第27話:別室行きと鑑定眼の疑惑②
赤ちゃん育児中ですがちょこちょこ更新できるように頑張ります。
僕はなんのことかわからず目を瞬く。
「魔力を介さずに真実を見抜く鑑定眼はとても珍しく、最上級の先天術と言われています。
タイチ様は洗礼板をまだ取得されていないので、自覚が薄いかもしれませんが、おそらく精霊の拐かしによる特別な祝福を受けているのではないかと……」
アウェイアさんはとても真剣な顔つきで説明してくれるが、僕はなんのこっちゃまったくわからない。
盛大に勘違いされている気がする。
「あの、僕は鑑定なんてしてないですよ。ギフトがなんなのかは知りませんが、それも関係ないと思います」
「しかし、薬草採取が初めてなのにもかかわらず広い草原の中からモヨギ草を一目で見つけ出したのですよね?
さらに特徴を適切に言語化して私やチロル様に伝授することができる。
通常の鑑定魔法では結果がわかるだけで特徴や特性まではわかりません。そして遠方から位置を特定するようなことも不可能です。
そのような御業は精霊からの祝福によって授けられる特殊な先天術によるものとしか..…」
「いえ、違いますよ!
僕はただ植物をよく観察しただけで……。
強いていうなら、鑑定眼じゃなくて観察眼です」
「観察眼……ですか?
初めて耳にしますが、それはどのような先天術、特殊能力でしょうか?」
「いえ、ギフトとかではなくてですね……」
僕が行ったのは単なる観察と同定であること、薬草採取は初めてだけど、日本では植物のことを勉強したり観察したりしていたこと、葉序のことは植物学の基礎レベルの知識であること、日本の図鑑には必ず載っている情報であることなどを説明する。
「なるほど……? では、先天術や特殊な血統魔法などではなく、純粋に知識と経験に基づく観察の技能であると……?
精霊の拐かしや異界わたりの影響ではなく?」
「元々日本にいた時からやってたことなので精霊も異世界も関係ないですね。そもそもスキルってほど大げさなものでもないですし……。
ともかくギフトだとか魔法だとか特殊な能力じゃないです」
「そうなのですか……。これがただの技能……」
アウェイアさんは呆然とつぶやいているが、僕からするとこの程度で超能力みたいに思われる方が変な気分だ。
「むしろ、なんでこんな初歩知識が知られていないのかが不思議ですよ。ちょっと見れば誰にでもわかるのに……」
僕は疑問をアウェイアさんにぶつける。
薬草採取専門の人たちが気づかないはずないし、こっちの薬草図鑑がお粗末すぎるのもとても不思議だ。
「タイチ様からするとそうなるのですね……」
「はい。チロルは薬草採取専門の冒険者の人たちは特徴を具体的に説明できないと言ってたんですけど、そんなわけないと思うんです。
みんな内緒にしてるだけじゃないですかね?」
薬草採取で生計を立てている人たちが見分け方をあえて秘密にしてるんじゃないだろうか。
教えてしまったらその分稼ぎが減ってしまうし気持ちはわかる。それにしたって知られてなさすぎるとは思うけど……。
「どうでしょう?
確かに冒険者には自分の技術や秘訣を秘匿する権利がありますからその可能性はあります。
ただ、原因はそれだけでもないと思います。
そもそも、この国ではタイチ様が説明してくださったような植物に関する体系的な学問が存在しておりませんので」
「え!? そうなんですか!?」
驚きすぎて思わず叫んでしまう。
アウェイアさんは腕組みして考え込んでいる。
「私の知る限りでは、薬師が学ぶ薬草学はありますが、それは加工の仕方や薬効についてが主であって、タイチ様がおっしゃっていた葉のつき方のような形態的特徴はおそらくほとんど学ばないかと。
基本的に薬師は魔法が得意な森人ばかりで、薬草の選別は鑑定魔法でことたりますから」
「それじゃ、植物の基礎知識は全然学ばないんですか? 植物がどういう生態かとか、どういう構造をしてるとか」
「はぁ、植物の生態……ですか。
植物は日光により栄養を得ていることは教会の学舎で基礎教養として学びますね。
胎児や卵ではなく種子で子孫を残すこと、地下には根という器官があり、そこから水や肥料を吸収すること、酸素を作り出す存在であることも知られています」
「それだけですか? もっと詳しい光合成の仕組みや葉緑体のこととか、受粉や種子散布の戦略、植物の特徴による分類法、花の構造なんかは?」
「そのような専門的なお話は聞いたことがございませんね……」
「じゃあ実験はどうですか? 発芽条件を調べたり葉のデンプンをヨウ素液で調べたりとか」
「……タイチ様の国ではそのような植物の実験が基礎教養なのですか?」
アウェイアさんは困惑顔だ。
僕の方もあまりの知識の差に驚きの連続だ。
「具体的な植物の種類については学びますか?
実際に野原で野草を観察したり、種から野菜を育てて記録をつけたりは?」
「身近な野菜や果物、薬や染料などに使える有用な植物については一通り習うでしょうか。
しかし、わざわざ野に出て観察したり一から育てたりなどはしませんね。
生活に特段関係のない雑草については学ぶ機会はまったくないと言えるでしょう」
「でもそれじゃ……いろいろ困りませんか?
えと、例えば農業は?」
「農業や果樹栽培は農業・畜産ギルドの領域ですね。そちらは確かに蓄積された知識があると思いますよ。師弟や親子の間で継承される口伝もあると思います。一般には出回りませんが……。
ただ、彼らも自らが育てている農作物については詳しいでしょうが、用途のない雑草や栽培ができない薬草に関しては専門外であると思います」
「そんな……。この国には植物が趣味の人はいないんですか? そうだ、お花屋さんはありますよね?」
「世の中にはさまざまな趣味の方がいますので、中には植物愛好家もいるでしょうが、まあ珍しい嗜好ですね……。
花を売る専門店はございません。花が必要な場合はギルドや行商などへ調達を依頼する形になりますね」
「そうなんですか!? お祝い事で花束を贈ったり、部屋に鉢植えを飾ったりしないんですか!?」
「ほぉ、タイチ様の国では花が贈答品として扱われているのですね。人間特有の文化でしょうか。
ここカナンマ王国では、花を愛でるのは一部の獣人の文化にとどまります。ああ、ちょうどチロル様たち兎族が該当いたしますね。
しかし一般的に贈り物として喜ばれるのは、果物を盛ったカゴや魔獣の角、羽根飾りなどです。
獣人の多くは嗅覚や触覚が敏感なので、香りが強く、花粉が空中に舞う花は好まれません。種族ごとに色覚も異なるため、認識できる色にも差があります。
森人や地人は種族特性的に魔力の通った素材を好みますので、魔草や植物型魔獣の素材ならばともかく、ごく普通の花に特別な価値は感じないでしょう」
「そ、そんなに植物の価値が低いんですね……」
「あ、いえ。決して植物が軽視されているわけではございませんよ。花は先程の理由であまり好まれませんが、農業は大事な食料生産の基盤ですし、国家予算もしっかりついております。木材資源も生活に欠かせませんから辺境では林業も盛んです。
薬草も医療に必須ですから、自生地が保護されることもありますし、絶滅しないように採取は原則としてギルドを通して行うこととなっております」
「でも、植物図鑑はないんですよね?」
「それは、そうですね……。
基本的に農作物なら農家、木材なら木こりや材木商、薬草なら薬師や専任冒険者の領域であって、植物という大枠では捉えられていないと言いますか……。少なくとも基礎教養や趣味で一般的に学ばれるような事柄ではありませんね」
アウェイアさんが言いづらそうに説明してくれる。
「タイチ様は薬草図鑑の内容不足を指摘されていましたが、それは当然なのです。
動物や魔獣に関してでしたら王立学園で研究が盛んですし、図鑑に関しても研究者自らが精密な念写を行って、最新の研究成果や生態を反映したものが随時更新されておりますが……。
薬草となると街にいる初級念写師が片手間に作図したり、薬師の覚え書きを適当にまとめたものだったりしますので、完成度はかなり劣るのです。
それを不足と指摘されればその通りなのですが、正直今の今までそれを疑問にすら思っておりませんでしたね」
「動物や魔獣とはかなり差があるんですね……。
すみません、アウェイアさん。質問責めしてしまって。
でも、おかげでかなり納得できました」
まさか植物学がここまで未発達だとは思わなかった。まともな植物図鑑が存在しないなら薬草採取が難しくて当たり前だ。
そもそも植物に対する感覚や文化もだいぶ違うみたいだし……。
正直、初めてレインリアさんの魔法を見た時と同じくらいには衝撃的だ。めちゃくちゃ異世界って感じ。
思わず僕がため息をつくと、アウェイアさんも同じようにふぅと息を吐いた。
「こちらこそタイチ様の国の教育水準の高さに驚きました。少しお話を伺っただけでも植物の学問がかなり高度に発達していることがありありと伝わってきます。
先天術と見紛うばかりのタイチ様の観察力ですが、これだけ教育課程に差があればそれも当然と感じましたね。
私の方こそ心底納得いたしました」
アウェイアさんが眉間を押さえる。
「しかし、どうしたものですかね……。ここまで希少性があると私だけの権限ではとても……。影響が大きすぎますが利益も莫大でしょうから秘匿するわけにもいきませんし、どうにか穏便に……」
アウェイアさんはかなり深刻に悩んでいる。
とてもお世話になっているのに、なんだかいつも悩ませてばかりで申し訳ない。
僕はとりあえずこれ以上邪魔をしないようにおとなしく座って冷えた紅茶をすする。……冷めてもおいしい。
「……やはり、これが最善でしょうね。前例はないでしょうが致し方ありません」
ひとり問答をしていたアウェイアさんが何度か頷く。結論が出たみたいだ。
丸メガネの奥の瞳が怖いくらいに真剣だ。
僕は背筋を伸ばす。
……何を言われるんだろう。
「タイチ様、M級冒険者の資格を取りましょう」
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