第25話:薬草の査定と窃盗の濡れ衣②
赤ちゃん育児中ですがちょこちょこ更新できるように頑張ります
「べ、別室ですか? えーっと……」
「すみませんが、それはできません」
僕が言い淀んでいるとと、横からチロルが代わりに答えた。
「しかし、査定にあたって確認しなければならないことがございます。個人情報にも関わることですので、この場でお尋ねするのは控えたいのですが」
「セレネさんの疑問はだいたいわかってるつもりです。でも、その説明はグラス副支長に直接したいんです。その、結構ややこしいことなので……」
「チロル様のお気持ちは理解いたしました。
ですが、そのグラスより代理として任命されているのはわたくしセレネでございます。
グラスからは、おふたりが不利益を被ることがないように、正確に査定を行うように申しつかっております。
そのためにもどうか確認させていただきたいのです」
「うーん、でも……。とにかく査定だけささっとしてもらうことはできませんか?
全部モヨギ草なのは間違いないでしょう? 依頼は達成されていますよね?」
「ええ、確かに。鑑定機に不具合はございません。230株中、226株が基準を満たすモヨギ草、残りの4株も状態がやや劣るというだけでちゃんとヨモギ草です。大変素晴らしい結果でございます。
ですが、だからこそ、です。
わたくしにもギルド職員として自負がございます。たとえ査定結果に問題がなくとも、その過程に疑義が生じているのであれば、それを看過することはできません。
誓って申しますが、おふたりをいたずらに困らせたいわけではございません。むしろ不利益からお守りするためにご協力いただきたいのです。
どうかおふたりとも別室に」
「う、うーん。でも……。じゃあグラス副支長を呼んでいただけませんか?」
「グラスはただいま外せない主要会議に出ておりますので……」
「少しだけ抜けて来てもらうこともできませんか?」
「ねぇ、チロル。こんなにこじれるなら普通にセレネさんに従った方がいいんじゃない?
僕、別室に行ってもいいよ」
押し問答になっているのを見ていられなくて、僕はチロルに言う。
けど、チロルも困り顔だ。
「タイチ……。いや、ダメよ、忘れたの?
グラス副支長に言われたじゃない。
もし、タイチがギルド職員から別室に呼ばれそうになったら、それが誰であっても着いて行かずに必ずグラス副支長自身を呼び出してくれって。例えギルド支長であっても行っちゃダメって」
「グラスがそのように申していたのですか?
申し訳ございません。その指示は確認できておりませんでした。
そうなのですね……」
厳しい表情をしていたセレネさんが目を丸くして今度は難しい顔になって何か考え込む。
僕はアウェイアさんの注意事項を思い出す。
精霊の拐かしのことは口が裂けても言うなとか、種族は絶対にハーフエルフと名乗ることとか、重要事項をいっぱい注意された中に、別室には行くなという注意も確かにあった。
だけど、言い方からして、重要度は少し下だったと思う。それに……。
「でもさ、セレネさんを代理に指名したのが他でもないアウェイアさんなんだから、セレネさんに着いていくのは大丈夫じゃない?」
「うーん……。もしかしたら、そうかもだけど、ギルド支長でもダメって言われてるのにセレネさんなら良いのか、わたしにはわかんないし……」
「……それでは、査定保留といたしましょうか?
初めての記念すべき受注でこのような処理をするのはわたくしとしても大変不本意ではありますが、グラスからそのように指示が出ているのであれば、会議が終了してグラス本人が同席できるまで査定自体を保留とした方がよろしいでしょう」
チロルと二人で困りきっていると、セレネさんが助け船を出してくれた。
僕はほっとする。
「あっ、じゃあ……」
「そこ、先程から一体何をしている?」
それでお願いします、と答えようとした瞬間に鋭い声が飛んでくる。僕は思わずビクッと肩を震わせる。
セレネさんの後ろからぬっと人が現れた。
種族はたぶんエルフだ。すらっと背が高くてレインリアさんと一緒にいたローブの人たちに雰囲気が似ている。
アウェイアさんと同じような眼鏡をかけているけれど、目付きがものすごく悪くて怖い。前髪もきっちりオールバックにしていて全身黒服の男性なので余計に威圧感がある。
振り返ったセレネさんの顔色がさっと変わる。
「カナキイ特別監査官……。いえ、問題ございません。すぐに次の査定にうつりますので」
「それでは質問の答えになっていない。私は何をしていると聞いたのだ。査定は終わったのか?
見たところ初級薬草の査定だが、何故これほどに時間を要した?」
「いえ、その、諸事情がありまして、査定を保留としております。
……グラス副支長からの直接の指示でございます」
「グラス様からの? では、何故そもそも査定を行ったのだ? 保留するように指示があったのなら、最初から査定区画に案内すべきではないだろう。指示に逆らったのか?」
「いえ、そういう訳ではなく……」
「もういい。君はどきたまえ。私が直接確認する」
カナキイと呼ばれた監査官は強引にセレネさんをどかせるとタブレットや書類を確認し始める。
「これは……! 君、再鑑定は行ったのかね! 鑑定機の動作不良確認は!?」
カナキイ監査官がセレネさんに声を荒げる。
どうしよう。まずいかも。セレネさんの耳が伏せられて、表情があきらかに曇っている。
「……はい、どちらも行っております。いずれも問題ございません。異例のことかと思いますので、査定保留という形に……」
「何故そんな馬鹿な真似をする! 査定保留ではなく尋問が先だろう! さっさと別室に連行しろ!」
「いいえ! わたしたち別室には行きません!」
オロオロとセレネさん達のやりとりを見ているとチロルが横から叫んだ。耳がピンピン動いて全身の毛が逆立っている。かなり怒っているようだ。
「……なんだと?」
「なんでも何も、そんな尋問されるようなことしてません! たくさんモヨギ草を採ってきただけです!」
「ハッ、白々しい。後ろ暗いことがあるから別室行きを拒むのだろうが。抵抗せず素直に従え」
「いいえ、行きません! グラス副支長からあなたみたいな職員には着いていくなと言われています!」
「何を馬鹿なことを! あの御方はお忙しいのだ。貴様らのような木っ端をわざわざ気にかけるわけがないだろうが!」
「カナキイ特別監査官、落ち着いてください。お声が大きすぎます。注目が集まっておりますよ。気を静めてください。
それに、グラス副支長よりお二人に関して指示が出ているのは確かです。わたくしが代理として直接伺っております」
「……何だと? それは一体どんな指示だ?」
「お二人の査定をわたくし自身が直接担当し、正確丁寧に行うように、と。また、もし別室での聴取が必要となった際には独断で行わずにグラス副支長自身を呼び出すように、との指示です」
「……それは確かか?」
「はい、間違いございません。グラス副支長は現在主要会議に参加されており、呼び出しができませんので査定保留といたしました」
セレネさんはさっき知らないと言っていたのに、僕らをかばって別室には行けない指示があったのだとはっきり言ってくてる。
興奮していたカナキイさんの勢いが少しおさまった。
良かった、これで納得してくれたかな。
と、思ったらカナキイさんがギロリとこちらを睨んだ。
「フン! ならば、別室に連れていかず、ここで問いただせばいいのだろう!」
「なっ、なにを言い出すのですか! そのようなことは情報保護の観点から認められません! ギルドの職員規則にも、守秘義務にも反することです!」
「私は特別監査官としてギルド本部より出向している!
ギルド支部の運営において不審な点が認められれば、調査する特権が認められている立場だ。君の指図は受けん!」
カナキイ監査官はバンッ!と机を叩くと僕を睨みつけた。
僕は思わずごくりと唾を飲む。
「では、尋問を始める! タイチ・マキノ! 貴様はどこからの移民だ!」
「こっ、答えられません」
「なんだと!?」
「こ、この国では移民差別を防止するために出身国は答えなくていいと教わりました」
僕はなるべく声が震えないように拳をにぎりながら答える。
日本のことはアウェイアさんから秘密にするように言われていることのひとつだ。嘘をついて適当な国名を言って本当にその国出身の人に深掘りされたら困るので、なにも答えず黙秘しろと言われている。
……目付きが怖い!
「カナキイ特別監査官、タイチ様の言う通りです。
そもそも特別監査官に認められている特権は不審点の調査に関してです。今回の査定において、タイチ様の出身国がどこかというのはまったく関係がございません。不適切な質問です」
「フン! 小賢しい……。では、タイチ・マキノ。このモヨギ草は貴様が集めたものか?」
「そ、そうです」
「どのようにして集めた」
「普通に、草原を探しました」
「普通とは具体的にどういう方法だ」
「えっと、よく見て……。あの、見本になるモヨギ草と見比べながら集めました」
「見ただけで見分けがつくと言いたいのか」
「そうです」
「……今までに薬草採取の経験は。自国では薬草採取選任の冒険者だったのか」
「いいえ、違います」
「ではギルドを通さず不正採取していたのか?」
「そんなことしてません! 薬草採取自体が今日初めてです!」
「……では、親は。薬師など薬草に携わる職業か? 薬草採取について誰かに教育を受けたのか」
「いえ……、違います」
植物については、施設にボランティアで来てくれていた庭師のおじちゃんにいろいろ教わったけれど、それは薬草採取についてとは言えない、と思う。
少なくともモヨギ草は日本に存在しない草だし、こっちに来て初めて知った植物だ。
「まったくの未経験ということか?」
「えっと……、はい」
迷いながらも正直に答える。嘘は言ってない。
「では、質問を変える。貴様の種族は混血森人となっているが、何の混血だ」
「えっと、ドワーフです」
僕はアウェイアさんが考えてくれた設定を話す。
「フン、土人か。あのような低身長で小太りな鉄臭い鉱石狂いと子を成すとは貴様の親はどうかしてるな」
「カナキイ監査官! それは種族差別です、いますぐ発言の撤回を! 不適切な言動は慎んでください!」
冷静なセレネさんが銀の毛並みを逆立てて厳しい声を上げる。尻尾がぶわりとふくらんで威嚇の体勢だ。
カナキイ監査官はめんどくさそうにセレネさんを一瞥するとエヘンッとわざとらしく咳払いした。
……謝る気はまったくなさそうだ。
「尋問を続ける。タイチ・マキノ。貴様は犬系獣人の血統ではないはということだな」
「はい。違います」
「では種族特性として嗅覚が優れているわけではないと?」
「はい」
「……ギルドの情報網では、貴様は魔力障害となっているが、魔法はどの程度使える? 得意魔法はなんだ」
「いえ、魔法はまったく使えません」
「嘘をつくな! 正直に吐け!」
バンッ!とまたカナキイ監査官が机を叩く。
僕は思わず飛び上がってしまう。どくどくと心臓が早鐘を打つ。冷や汗がぶわっと吹き出てどうしても体が震えてしまう。
どうしよう。正直に吐けと言われても魔法なんて使えるわけがない。嘘を言うべき? いや、後から嘘がバレる方が絶対余計ややこしくなる……。
僕がぐるぐる迷って何も言えずにいると、チロルがずいっと身を乗り出した。
「タイチは嘘なんかついてないわ! 何の根拠があってそんな言いがかりつけるの!? さっきから黙って聞いてれば、失礼な発言ばかり……!」
「チロル・ホームメイド。貴様こそ何を被害者面しているのだ?
C級テイマーとして、これまで実績を高く評価されているようだが、タイチ・マキノの発言が事実ならば、実行犯はむしろ貴様だろう。
隠し立てせず正直に話すのが身のためだ。もしも脅されていたというのであれば免許剥奪までは免がれるやもしれんぞ」
「だから何が!? わたしたちは何も悪いことはしてません!」
「ならば何故貴様は今回地竜を借りたのだ? 受けた依頼はどれも低等級。地竜など必要ない。あきらかに過剰機動力だろう」
「それは……。わたしはテイマーだから新しい魔獣に興味があるし、受付でも地竜が導入されたって案内があったからで」
「だからといって高額な借料を支払ってまで何故乗った。何か別の目的があったのではないのか」
「ちゃんとお金払ってるんだからどんな魔獣に乗ろうとわたしの自由でしょう!? 目的なんか別にないわよ!」
「地竜の機動力があれば、他の冒険者から薬草を奪い取ることもできるだろう。戦闘力の低い薬草選任冒険者相手ならば容易いはずだ。
あるいは襲わせた後に口封じのために僻地まで運んで放棄することも可能だ。
地竜の狂暴性や危険性は王都でもよく耳にしている。だからこそ、被調教魔獣としての導入は見送られ続けていたのだ」
「なんですって!? テイマーが魔獣に人を襲わせるわけないでしょう!? テイマーへの冒涜よ!
それに地竜はリンジュさんが努力に努力を重ねて、やっと導入が成功したのよ! とっても丁寧に調教されてたし、そんな決めつけ、ひどい侮辱よ! そもそも調教用の魔道具だって追跡魔法だってかかってるのに! 馬鹿なこと言わないで!!!」
「カナキイ監査官! そのようなことを憶測で言うなど許されません!」
「憶測ではない! 魔法事故での移住、薬草採取は未経験で無学習、嗅覚も並、魔法も使えず。それで、初めて受注した薬草採取の依頼達成率が100%だと?
そんなこと、あり得るわけがなかろうが!
不法移民が手っ取り早く財を築くために若いテイマーをそそのかし、窃盗を働いたとしか考えられん!
もしくは、ギルドに魔法は使えないなどという虚偽の報告をしているかだ。
これだけの薬草の量だ。もし自力で集めたというのならば大規模鑑定魔法かそれに準ずる技能を故意に隠していることになる。
一体何を企んでいることか。
どちらにせよ警戒監視すべき危険人物には変わりない。これだから私は移民政策には反対なのだ。移住希望というだけで諸手をあげて歓迎する今のこの国の惨状は目に余る。
そもそも貴様もギルド職員の端くれならば、登録料すら払っていないどこぞの馬の骨を庇い立てするのではく、ギルドに普段から貢献しているまともな冒険者たちの被害状況に心を配るべきだろうが!」
「お言葉ですが、カナキイ特別監査官。タイチ様はギルドの正式な制度である登録料後払い方式を利用されている我が冒険者ギルドのまともな冒険者のうちのおひとりです。
そして、窃盗等の被害報告は現時点を持ちましても一件も確認されておりません。
そして職務中に国政批判を行うのは不適当です。
繰り返しますが、不適切な言動は慎しんでください」
「寝ぼけたことを。では君はいったいこの査定結果をどう考えているのだ? まさか初心者幸運だとでも言うつもりか?」
「……精霊のご加護や希少な先天術の影響などを考慮すれば絶対にあり得ないとは言いきれません。
そして、そういった個人情報や細かい内情についてはグラス副支長ご本人が直接聞き取りをされたいというご希望です。
すでに長時間おふたりを拘束しています。これ以上の尋問はグラス副支長からの不況を買うだけですよ」
「フン、馬鹿馬鹿しい。そのような精霊神話の奇跡のような可能性をいちいち考慮していては仕事にならん。
大体、その辺の有象無象の職員ならばともかく、この私があの御方から不況を買うわけがなかろう。
むしろ、尋問の手間が省けたことを喜ばれるはずだ。
さあ、タイチ・マキノ! さっさと真実を述べよ。
貴様のような輩に嘘を見抜く虚実鑑別機を使用するのは魔力の無駄だ。これ以上手間取らせるな!」
カナキイ監査官の手がぬっとこちらに伸びてくる。
僕はずっと続いていた罵倒に体がすくんで動けない。こんなにはっきりとした敵意を向けられたのは生まれて初めてで頭が真っ白だ。
セレネさんが制止の手を伸ばしている。
横でチロルが今にも飛びかかりそうに体をかがめている。景色がとてもゆっくりに見える。
僕は何か言いたいのに、のどがひどくひりついて一言も声がでない。
「いったいこれは何の騒ぎですか!」
ギルドの奥から耳慣れた声が大きく響いた。
バタバタと急いで駆けてくるその人の、丸メガネの奥で心配にゆれる優しい瞳と目が合う。
ああ、待ちに待ったアウェイアさんだ!
お読みいただきありがとうございました。
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