番外編 アルコバレーノの受難 前編
アルコバレーノ要素は後半に偏るため、前編にはほとんど出ていません。
九月に入ったばかりのとある日の事。
この時期はだんだん日が昇るのも遅くなり、朝の六時はまだ仄暗さが残っていた。
しかし、この暗さが心地よいという人も少なからずおり、
現在ゴミ出しをしている少女も、またその一人であった。
「よし、全部持ってきた!後は郵便受けを見てっとな」
ガコッと郵便受けを開いて中身を確認しているのは、佐倉桃音。
VRFPS界隈でかなりの知名度を誇る少女だ。夏の間にサッパリと短く切ったショートヘアがとても似合っている。
桃音の暮らしている学生寮【要塞】では、一週間単位で朝のゴミ捨て、郵便物の確認の担当が変わる当番制を使用していた。現在のゴミ捨て当番である桃音はポストの中に郵便物が三枚あるのを確認し、それを手に寮へと戻った。来ていたのは里花宛てのスポーツ推薦、払い込みのはがき……そして。
「これは手紙?ウインターちゃんって、三冬ちゃん?……差出人はー……えっ!?」
手紙の送り主を見て桃音は素っ頓狂な声を上げてしまった。
桃音は手紙を握り締めて三冬のいる、里花の部屋へむかった。
◆
「桃井さくら?あー、ピンクのね」
すごい勢いで扉を開けて部屋に入ってきた桃音から、里花も知っている名前が飛び出した。
かなりの知名度を誇るアイドルグループ「アルコバレーノ」のリーダーなので、アイドルについて調べたりした人はおろか、電気街を歩くだけでも小耳に挟むような名前である。
「お手紙、さくら姉さんからなの?」
桃音は肯定し、手紙を三冬に手渡す。
三冬は里花に救われてからアイドルとして活動したいと夢を見始め、みくもが見つけてきたオーディションを受けて新人アイドル「ウインター」アイドルデビューしていた。
一発合格、最年少ということもあってあっという間に人気を得た三冬はそこそこ横の交流も広いのであった。
手紙の封を切ると、中には薄いピンク色の便箋と共に、チケットが3枚ついていた。
「えっと……『ウインターちゃんへ。明日私達のLiveが開催されることが決まったよ!大切なLiveなので、ぜひお友達と一緒に来て欲しいな』……だそうなの」
読み終えた三冬は、ぱあっと目を輝かせてその場で宣言した。
「お姉さまと桃姉ちゃんと一緒に行きたいの!!」
里花は二つ返事でOKし、桃音もグッドサインをした。
この時返事を聞いた三冬が嬉しそうに飛び跳ねながら続けた言葉が、大騒動につながることを、彼女達はまだ知らない。
◆
朝9時を過ぎ、リハーサルをしているアルコバレーノのメンバーを見守る黒田純子。その目は満足げな顔をしており、今回のLiveに対する自信を感じさせた。
今回開催にこぎつけたこのLiveは、成功させる事が出来れば夢園学園周囲一体の地域に存在を焼き付ける事が出来る重要なLiveである。なんせ、小中高一貫の学校なのだから、この周囲を抑えることが若年層のファン獲得に繋がる事は明白だろう。
現在ステージで歌って踊っている彼女達の練習量は、もはや十分過ぎるほどだが念には念を。慎重に取り組んでいくからこそ、大した失敗を起こさずにここまでこれているのだ。それゆえ、彼女たちは前日にリハーサルをすることに対しても嫌な顔一つ見せずに引き受けてくれた。
リハーサルも終盤にさしかかった時、裏方の作業を担当していた男性社員が、イベント会場の責任者と共にやってきた。額に汗がにじんでいて服も髪もぼさぼさになっていることから、急いでいたのがすぐに分かる。
「大事な時にすみません、黒田社長、大急ぎで報告しないといけない事が!!」
黒田純子は名残惜しくもステージから距離を取り、報告を聞いた。
その内容はアルコバレーノの運命を大きく揺るがすものであり、黒田純子は顔を青ざめさせた。
◆
「ここが会場なの!」
三冬に案内されながら会場までやってきた桃音と里花。
会場から音楽が聞こえてきており、それはつまり彼女達がリハーサルをしている事を意味した。生で歌を聞いた事で桃音のテンションが爆上がりしている。
後ろで保護者面している里花も、内心ワクワクしていた。
会場にはテープが張られていて現在は進入出来ないようになっていて、テープの外側からわずかな音を楽しむ事しか出来そうになかった。
三人で会場の周囲をぐるりと散策する。
その途中で桃音は、警備員の中に紛れて明らかに警備員ではないレベルの貫禄をかもし出している壮年の男性がいることに気づいた。男性も三人の姿に気づき、里花を見てハッ、と何か名案を思いついたような表情をした。
「雨崎くんじゃないか!君がいるという事は彼女も来ていたりしないかい?」
「彼女?」
同行している事を期待される少女に心当たりのない里花は、思わず首をかしげる。
男性は咳払いをしてもう一度聞き返してくる。
「四十崎のお嬢さんだよ。来てたりしないかい?」
男性は周りを見渡しながら名前を告げる。
里花は、美桜があいにく京都の方に出かけている事を伝える。
男性はあちゃーという風に顔を手で覆う。
「まじかー。噂は本当だったのか」
里花が詳細をたずねると、男性は秘密だよ、と前置きしてから教えてくれた。
◆
数十分後。
刑事の男性……国宮から話を聞き終えた三人は、難しい表情をしていた。三冬ちゃんだけはよく理解しておらず興味も持っていなかったため実際は里花と三冬の二人であるが。
「どうする、里花?人助けにも限度があると思うんだ。ぶっちゃけ二人で解決するのは無理ゲーだと思う」
今回警察の男性から告げられたのは「町内で同時に複数個所で同一組織の構成員が強盗、通り魔、放火」をしているというとんでもないスケールの事件であった。
しかもその組織は美桜により複数回に渡ってコテンパンにされていたはずらしく、美桜は相当恨みを買っていたらしい。
どこからか、「四十崎美桜が新幹線に乗った」という情報が組織に伝えられ、抑え込まれていた鬱憤を晴らすべく一般人をも巻き込んだ騒動を起こしているという。
「でも、みおりんの影響力やばいね?県から出たってだけで騒ぎになるとかもはや有名人じゃん」
「実際、裏の界隈じゃ有名人らしいからねぇ…日本全国的に」
全国レベルかよ、と桃音は大げさに驚いた。
里花の言うとおり、美桜の名前は日本中で知られていた。「四十崎流武技を免許皆伝した一人娘」というだけでも注目度は割とあったのだが、「裏社会の重鎮を切り崩し続けている」のだ。裏の人はおろか、裏を追っている警察の人にも知られているのである。
ただ、顔を知らない人がほとんどなのであまり騒がれる事はなかったりする。
里花は顔を上げ、男性に告げる。
「今回の件。私達が協力します」
「……言っている意味分かっているのかい?相手は大規模な犯罪組織だ。命の危険もあるんだ、おいそれと許可するわけにはいかない」
「協力させろなんて言っていません。『する』と言ったんですよ」
男性は渋い顔をしている。それもそのはず、彼が知っているのは「美桜がとても強い」ということであり、周りの人間がどういった人物かまでは知らないのだ。
オーバーラップズの事を知っている人なら止めなかっただろうが、彼はあいにくオーバーラップズの事を知らない。
「怪我をしても、私達は一切責任を取れないぞ?救援だって寄越してあげられない」
「……大丈夫ですよ。だって私は『勝ち』ますからね」
里花は笑ってピースしながら答える。
桃音はハッとした。
里花の言った「だって、私が勝つ」という言葉は、オーバーラップズのメンバーに対する暗号だということを、桃音は間一髪思い出した。
秘密の多い彼女たちは、こういった暗号をいくつか持っている。
「桃音、三冬。行くよ。……それじゃ、失礼します」
里花は刑事に頭を下げ、その場をあとにする。
三冬は里花の後ろを、桃音は隣についてくる。
桃音は思わず訪ねる。
「……具体的にどうするの?」
さっきの暗号は里花とみくもがよく使う暗号で、その意味は「解決できる」といった自信の表明。これは、なんとか出来るから賛成しろ、という意味合いで第三者の前で使われることが多い。今回みたいに。
つまり、里花はこの事件を、解決できると判断したことになる。
里花はなんてことないように考えを答えた。
話を聞いた桃音は驚き半分、困惑半分といった気分になっていた。
「大丈夫なの、その作戦?」
里花は笑顔でぐっとサムズアップした。
◆
海岸沿いのとある寂れた倉庫。
そこは犯罪組織「銀狼」のアジトである。
「よし、みんな集まったな」
声をかけたのはシルバ。
この組織のリーダーである。
彼の目の前には3人の男女がいた。
もともと構成員は300名を越えていた大規模組織だったが、二人の少女に制圧されたことにより、リーダー含め4人にまで数を減らしていた。
「それで、集めたからには何かするんだろ?」
メンバーの一人がリーダーに問いかける。
彼女はルコ。ナイフの扱いにたけた通り魔だ。
「朗報だ。四十崎美桜が、京都に行った」
「……それは確かな情報なのかい?」
「信じがたいかもしれないが、提供者は不思議な技を使い、実際に四十崎美桜が付き添いと共に新幹線に乗った映像を見せてきた」
「そいつの目的はなんだ?無条件で協力するやつなんてロクなのいないぞ」
拳銃の手入れをしながら疑問をぶつけているロクデナシの一人、バン。銀狼のなかでも抜きん出た射撃の腕前を持つ男だ。
「彼が出した情報提供の条件は『押さえ込まれた鬱憤を一般市民を苦しめて晴らせ』というものだ」
「……つまり殺したり、盗んだりしていいんだな?」
「そういうことだ。バンは時計回りに放火。ルコはいつものルールで通り魔で、5人はやれ。コージは商店街で盗みまくれ」
彼はメンバーが頷いたのを確認して、自分の予定も伝える。
「俺の出番はまだあとだ。お前たちの撹乱に警察の手が薄くなった頃合いをみて、人々の希望を潰す」
彼の手には、イベントのパンフレットが握られていた。
◆
「きゃぁ!」
女性の小さな悲鳴が、商店街であがった。
「誰かー!あの人ドロボーです!」
彼女が指差した方向には、鞄を手に持って走っている体格の大きな男がいた。
近くにいた男性陣が飛びかかって確保を試みるも、あっさり振り払われてしまう。
「邪魔だテメーら!!」
通り道をこじ開けるように人を突き飛ばしながら走るのは、コージ。報復活動のひったくり担当だ。
彼の属する組織はひったくりや強盗、放火や通り魔……部下にたいし、自分に合う犯罪をするよう指示を出していた。コージは体格がでかく、並の人間では動きを止められないため、ひったくりが得意だった。
「あ゛ぁ!!」
突然低い声で叫ぶかわいい系の声にビックリして、彼は一瞬そちらに気をとられた。
膝と足をつけてorzのような体勢をしている紺色の髪の少女がいる。
その手元には、つぶれた紙袋があり、近くに倒れている男性の服を生クリームと赤いソースが彩っていた。
少女はワナワナと震えながら立ち上がる。
「わ、私の……期間限定販売の『トライベリーショート』が…………」
震えながらも、左足を後ろに。
足の向きを変えずに体を半身に。
右手を前に。
左手を目線の高さに。
「許さない……許さない……」
ぶつぶつと何度も唱えながら、ゆっくりと少女は構えをとった。
ぞわっと鳥肌をたてたコージ。
本能的に「逃げるのは困難」と察した彼は、迎え撃つべく少女を正面にとらえる。美桜がみたなら「雑」と表すような構えをしているが、喧嘩には問題がない程度に慣れた構えだ。
もしも、「相手の構え」に知識のあるものがいたら、コージは止められていただろう。
ドッという音をたてて、少女はコージに突進する。スカートをはためかせながら前方に一回転し、伸ばされていた腕にかかと落としを決め、回転蹴り上げで手からカバンを吹っ飛ばす。
そのまま着地したかと思えば彼女は一瞬でコージの頭の高さまで跳び上がり、肩を踏み台に彼の背後に回る。彼女は転がって素早く受け身をとって旋回し、またもや音をたてて突進した。
踏み台にされたときに体勢を崩していたコージは二度目の突進に反応できず、振り返ったところを顎に膝蹴りされて倒れた。
着地した彼女に、外野から惜しみ無い拍手が送られた。しかし、彼女の心は悲しみにくれていた。
「トライベリー……ショートぉ……うぅ」
楽しみにしていたのに、と泣きそうになっていた。
そんな彼女に声がかけられる。
「こんにちは、島さん」
目の前にいたのは里花だった。
が、島自身に面識がなかった。
「どちら様……?」
「雨崎里花です。美桜ちゃんの友達って言えば伝わる?」
「あいちゃんの?……なにか用ですか……?私は今悲しみに暮れているんですよ」
「お願いしたいことがありましてね」
里花は愛想よく笑っているが、島の目は曇っているままだ。
島は虚ろな目をして答えた。
「今そんな気分じゃないんです……はぁ」
里花はニマッと笑いカバンからとある紙を取り出した。
「これを見ても?」
島はその紙を見て、口をあんぐりと開けた。
しばらく口がパクパクとしていたが、やがて彼女は本調子に戻った。それどころか、目を輝かせて興奮していた。
「それは!!食べ放題コースの無料券?!激レアアイテムじゃないですか!!なに考えてるんですかそんなことしたら張り切っちゃいますよ!?」
里花はヒラヒラと無料券を振りつつことの顛末を話した。
「なるほど。つまり、いつもの『あいちゃんパトロール』ですね!わかりました、引き受けます!」
「交渉成立ね♪(……あいちゃんパトロール??)」
里花は無料券を島に渡した。島は自身の内側胸ポケットにしまう。
「それで?里花さんはどちらへ?ここにいられない理由があるから、私に頼んだんですよね?」
「ええ。私は、ホームセンターにいきます」
島は怪訝そうな顔をしていたが、里花は気にせず歩きだした。
◆
駅を挟んで商店街とは反対側の大通り……通称「イナズマ通り」。ただの電気街だが、道がジグザグしているためこの名前で呼ばれている。
昼間はあまり人が多いとは言えないが、それでも人の波は途絶えることはなく動き続けている。
そんな人の少ない通りを、桃音は一人で歩いていた。
「ホントに出るのかね……『通り魔』……」
桃音は里花の言葉を思い出す。
『通り魔の被害があったのはこの五ヶ所。報告があったのはこの順番……やつは必ず、次ここに来るよ。桃音はそこに行って』
桃音は口では疑うようなことを言っているが、微塵も疑ってはいなかった。
彼女は結構な策略家である。「負けなければ勝ち」という彼女の考え方を桃音はよく分かっていなかったが、あの小夜がやたらと肩を持つ以上悪い考え方ではないと信じている。
「……ん?」
ふと目を止めたのは、一人の女性。黒髪のウェーブかかったロングヘア。
少し見ただけて確信した。あれが通り魔だと。
桃音は、武器をもった状態で歩く時の体の揺れ方を熟知しているのである。
「ねー、そこのおねーさんっ」
「あら、どちら様かしら?ナンパならお断りしてるの」
軽くあしらわれる桃音。だが、それは想定済みである。笑顔を顔に貼り付けたまま桃音は爆弾発言をした。
「ズボン右後ろ、左胸、右胸裏。なんでナイフ持ってるの?」
「!?」
女性は目を見開いて、一秒にも満たない早さでナイフを取り出す。だがーー
「いたっ!」
「遅い。一秒もあったら二回は撃てる」
彼女の手には、オモチャの銃が握られている。ヒマワリの種を飛ばす仕掛けをみくもが施しており、その威力はエアガンと同レベルである。
痛みなどに強かったりする裏の人間にはちょっとおどかす以上の役割は持てないのが普通だが、使い手は化け物レベルのFPSプレイヤー桃音。
目の周囲数cm程度を正確に狙える射撃技術が、裏の人間さえも脅かす武器となっていた。
「うらぁ!」
桃音が腕を下ろしたときを狙って、女はナイフを桃音の喉元へと振るう。
「そんな遅いナイフ、当たらないよ」
二度、三度振るい目や首、心臓を狙うもことごとく回避されている。女はまるで当たる気配がないことで、焦ってきていた。
「くそっ、くそぉぉ!!どうして当たんないのよ!死ね!しねよぉ!!」
桃音は後退しつつ避け続けている。別に後退するまでもないが、そこにはある狙いがあった。
「死ね、死ねぇぇ!」
「……そんなに目立っていいのかなー?」
桃音の言葉で女性はハッとし、周りを見る。
もともと狭い路地裏にいたはすが、いつの間にか日の当たるイナズマ通りまで出てしまっていた。
最悪なことに、何人か通行人もおり犯行を目撃されていた。それどころか、動画をとってると思わしき人もいる。
女は舌打ちし、矛先を変えた。まずは動画を録っている男を殺そうと決意する。
「行かせるわけないじゃんアホなの?」
桃音は女の手元にヒマワリの種を連射する。
女は思わずナイフを落とした。
歯軋りしながら素手で殴りかかってくる。
桃音は銃をしまい、軽くかまえた。
「えーと……名前何だっけ……」
思い出せないまま桃音は、伸ばされた腕にかかと落としをして、回転蹴り上げで相手の手をうち払う。
当然ながらただの見様見真似であり、拙い技であった。
しかし、「その技を出した」事が決め手となる。
「あ、ああ、四十崎流体術……跳橋……うっ頭が!!」
女性は脱兎のごとく逃げ出した。
桃音は慌てて二つ目の銃を取り出し、背中を撃つ。女性は背中を攻撃された恐怖からか、「ひぃぃぃ」と叫びながら逃げていった。
「……あの人みおりんに何されたんだろ」
あとで美桜に聞こうと思いつつ、次の目的地へ移動する桃音だった。
◆
緑の多い、住宅街付近の広い公園。
ここは平日だろうと休日だろうと子供が多くいる。
三冬は、この公園で木に登り、じっとしていた。
しばらく座っていると、上からるるる、という不思議な音が響いてきた。
「ロティ、お帰りなの」
「るるるる……!」
ロティは三冬の前でホバリングしている。
ロティが飛んでる間も「るるる」という音が続いている。
ロティはカマキリの妖精であり、三冬に加護を与えている妖精の一匹である。ロティを使役するにはどんぐりをあげる必要があるが、もともとどんぐり集めが趣味な三冬にとってたいした問題ではなかった。
彼女はロティを上空に飛ばし【知覚共有】をしていた。三冬はもとより耳が良いため、ロティと知覚を共有し上空に来た音を拾うことで暴力的なまでの情報を集めていたのだ。
「ロティ、もうひとつお願いなの。さっきの怪しい音の方に案内してほしいの」
そう言って三冬はどんぐりをぽいっと投げる。
ロティはそれを空中でキャッチ、飲み込む。
ロティはふわふわ~っと、るるるという音を奏でながら飛んでいく。
ちなみにこの音は、三冬以外には「耳鳴り」に近い状態で聞こえている。
三冬は木から降りてロティを追いかけた。
……
……
「見つけたの……」
ロティに案内され5分ほど歩き、到着したのは小さな倉庫。隣の家の、物置である。
怪しげな音……具体的には「灯油タンクでガソリンをばらまくタポタポした音」がこの周りでしていたのを三冬は覚えている。
周りに人の気配はない。そもそもこの周りはガソリンの臭いが立ち込めている。近くに人がいたらきっと大騒ぎになっているに違いない。
三冬は二つ目の密封した袋を取り出す。中身はどんぐりではなく、殻付きの落花生だ。
「タマ、きてほしいの」
三冬のフードがモゾモゾと動き、中からマンタが現れた。
ロティと同じ妖精であり、落花生をあげると使役できる。
ロティは空を飛んで音を集めたり、モノを切ったりといったのが得意だが、火気に弱いためオイルには相性が悪い。
「タマ、お願いなの。火が広がらないように抑えてほしいの」
三冬は落花生を放り投げタマが飛び付く。
タマは水色に発光し、それは魔法行使の準備ができているということだ。
三冬は少し不安だった。タマがすごい魔法を使う妖精なことは知っている。しかし、燃料はガソリンだ。
三冬は中学生で、勉強もそこそこしていたから「酸素がなければ火は消える」くらいは知っている。
それは木などが燃料の話であり、ガソリンの場合は水が効果的ではないことも。
かといってほかに打つ手もなかったので、ダメもとで頼んだのである。
三冬の耳に「カチッ」という小さな音が届いた。
間違いなく、ライターを使った音だ。
そして燃える音も聞こえる。
中から男が飛び出してきたのが見えた。
そして男が走り去ったのをみてタマに合図する。
三冬の隠れてる場所まで熱が来るほど延焼してしまっているがーー
「キューーーーーン」
タマが一声鳴いただけ、に三冬には思えた。たったそれだけであっけなく火はすべて消えた。
「何をしたのかわからないけど、すごいの!」
タマがやったのはただの操作だ。しかし、かなり細かな。水素を隙間なく整列させ瞬間的に炎を凍結させたのである。
里花の指示にしたがい、仕掛けだけ施してもう一度隠れて待つ。
しばらく隠れていると里花の予測のとおり、放火犯が戻ってきた。そしてーー
「ん?……ぶっ!?」
男にかなり粘度の高い液体が降り注いだ。
男が紐に引っかかったことで仕掛けた袋が落ちてきたのである。中身はタマが合成した液体で、反応の強いダイラタンシー流体といったところだ。それは実質蜘蛛の糸で絡めとられるのと同等の捕獲性能を持つ。
「なんじゃこらぁ!?」
(ロティ。お願いなの)
こっそり使役を終えてから三冬は息を思いっきり吸い込んだ。
ピィィーーーーーン…………
かなりきれいな指笛が遠くまで響いた。ロティの魔法で振動を増幅……つまるところ、拡散スピーカーの役割をしたのだ。
そして瞬時にそれはやって来た。何処からともなく、転移して。
「お疲れ、三冬」
「お姉さま!お疲れさまなの!」
やって来たのは里花で、その手にはレジ袋が握られている。里花は足元に転がっている男をみて、三冬にグッドサインを出した。
「いい感じに捕まえたね。よっと」
袋から頑丈そうなロープを取り出し男を縛る。
ぐるぐる巻きにされて動けなくなった男は、抵抗を諦めておとなしくしている。
「よし、これで……三冬、どう?」
「お姉さま、通り魔が来るの」
「うん、桃音もバッチリだ」
里花は三冬を抱えて屋根をジャンプして移動し始めた。
ーーぐるぐる巻きにした男を置き去りにして。
三冬はなぜ捕まえたのに警察につき出さないのか疑問に思ったが、お姉さまだから大丈夫と思考放棄した。
……
……
黒髪の女が走ってくる。
ぐるぐる巻きにされた男を見て驚きつつも周りを見渡し、素早くナイフで解放した。
「ルコ?お前、どうしてここに!?イナズマ通りでは?」
ルコと呼ばれた女性は血相を変えて答えた。
「四十崎流の使い手が来たんだよ!イナズマ通りは危険だ、私は商店街を狙う!……バン、あんたは何があったか知らないけど、ここで捕まったんならここも危険だよな?私についてきな!」
そう言って二人は商店街に向かった。
◆
「……通り魔さん、ちょっとかかと落としして蹴りあげただけで逃げたんだけど?」
桃音は、ついさっき合流した里花に疑問をぶつける。答えてくれたのは、後ろにいる島だった。
「四十崎流の『跳橋』ですか?」
「名前覚えてないや」
桃音はしゃっ、しゃっと同じ動きをしてみる。
「やはり『跳橋』です。錬度はアレだけど知っていれば……ん?ということは?」
島は何かに気付き、申し訳なさそうに里花を見る。
「里花さん。ここで捕らえるつもりですよね?」
里花は頷く。
「だとしたら、私は隠れていた方がいい気がします」
里花は少し考え、理解した。
島は、里花の指差した店の看板に隠れた。
三冬は今度は殻つきのクルミを取り出してごそごそしている。
里花は三冬が時折魔法のようなものを使用したり、見えないなにかと話しているのを目撃しているので、たぶんあれも必要なものと理解した。
そして正面から二人組が走ってきた。
道を塞ぐように立つ里花を見つけ立ち止まる。
男は里花に対して怒鳴ってきた。
「お前さっきの!!よくも縛り上げてくれたなぁ……今度はそうはいかねえぞ?」
ガチャ、と彼が取り出したのは拳銃だ。
通行人が悲鳴をあげた。
そして勢いよく上に撃つ。
薬莢の落ちる音が商店街に響いた。
「桃音」
里花は、自分の後ろにぴったり隠れている少女に声をかけた。
「M1911だね。ほぼ音速」
「了解」
里花と桃音は同時に駆け出す。男は正面にいるから桃音のことは見えていない。
里花は魔法を半分発動し、スローの世界へ移動する。男がなにかいって発砲するのを視界にとらえた里花は瞬時にしゃがむ。桃音は銃弾を指で難なく上に弾いた。
里花は魔法を解除し、世界はもとの早さに戻る。
男からは、なぜか近距離で避けられ、後ろの女には指で弾かれたように見えていた。
突如現れた桃音に、男の後ろにいた女が過剰反応した。
「げっ!あんたいつの間に!?」
そして男も驚愕した。
「今のは……まさか『真紅の風』!?」
真紅の風は、桃音のゲーム内での通り名だ。
ゲーム内で赤に染めた髪、マフラーをなびかせてとんでもない早さで駆け回る桃音は、アバターの容姿からいつしかそう呼ばれていたのだ。『ももねるねるね』のアバターは、まだうまくない頃から使っていたバランスタイプだったが、いまの『モモネ』は素早さに極振りしている。
「ん?その名前知ってるんだ」
「まずい、ルコ!!こいつに銃は効かない!近接戦闘しかない……ルコ?」
返事がないことを不振に思ったバンはルコの方を見る。青ざめた顔で震えている。
「あ、あ、あんた……なんで!?」
ルコが見ている方にバンも視線を向けた。
そこにはちまっと隠れている少女がいた。
「あー、見つかっちゃいました」
残念、と呟いて立ち上がり、髪の結び目を押さえてからルコに向かって歩き出す島。
ルコは大慌てでバンに「ちょっとそれ貸せぇ!」と言って銃を取り上げ、島めがけて構えた。
そして、なんのためらいもなく発砲した。
音がした瞬間、里花は頭が真っ白になった気がした。里花の魔法は時間を止めたり遅くしたりする強力なものだがわずかな制約がある。5分のクールタイムだ。今はまだ、動けない。
島に当たるーー里花は確信した。
喉を貫く弾道だ、と桃音の目には見えていた。
しかし、二人の予想は外れた。
着弾予測時間を過ぎても、島は無傷だった。
右手を上にあげた姿勢で固まっている。
「……は?あ、あ?あんた、なんで!?」
ルコは不思議でならなかった。島がなぜ生きてるのか理解不能だった。
「その弾はさっき見ました。四十崎流に対して一度見せた同じ攻撃をするのは愚策です」
彼女が右手を下ろす。
ルコはそれを見て、悪い夢でも見てるんじゃないかと思い始めた。
島が身に付けていたかんざしで銃弾は貫かれていたのだ。
「このかんざしはあいちゃんが誕生日にくれた特注品なんです。とてつもなく頑丈なんですよ」
頑丈さと刺せるどうかは別問題だろとルコは思ったが、それ以上に身の危険を感じかつての記憶がフラッシュバックした。
ルコは一度、美桜に完全敗北している。
ルコたちのアジトに乗り込んだ美桜と島が二手に分かれて制圧を試みたとき、ルコは美桜と戦ったのだ。
銃やナイフ、格闘技……持ちうる全ての攻撃を完全に防がれる、悪夢のような記憶だ。
ルコはやけくそになって次に島を狙ったのだが、
なぜか、ルコにはそこからの記憶がない。
「なんなんだよ、アンタら……」
思わず膝をついたルコ。
島はその間に路地に隠しておいた、拘束済みのコージを連れてきた。
バンはすでに桃音に土下座していた。
……
……
三人を土下座させてからしばらくあと。
商店街の駅の方から小さな足音が聞こえてきた。
「お姉さまー。刑事のおじーちゃん連れてきたのー」
三冬の言葉にほっこりした微笑みを向ける国宮。
里花はルコたちを迎え撃つ前に、三冬には刑事へのおつかいを頼んでいた。
「君か、通り魔をやっていたルコさんね。手錠させてもらうよ」
おとなしくお縄についたルコ。
最初に島が倒して拘束したコージ。
そして……
「ん?もう一人は?」
国宮が三冬から聞いていた情報では、犯罪者は三人人なのである。
「こっちこっち、ここここ」
桃音が自分の足元を指す。
そこには土下座の姿勢のまま桃音に座られているバンの姿があった。
「モモネ様万歳……モモネ様万歳……モ」
壊れたスピーカーのように「モモネ様万歳」と言い続けている。何があったらそうなるのか聴いてみたく思った国宮だったが、無抵抗なのでそのまま手錠をつけ、「事情聴取に苦労しそうだ」とため息をついた。
国宮は付き添いの警官にパトカーで彼ら3人を護送させた。
「ありがとう。危険をものともせずに動いた君たちのお陰で、相手の作戦を瓦解させられた。私は君たちのことを見くびっていたようだな……」
そこで島が怪訝な顔をして問いかける。
「相手の作戦、たぶん終わってないですよ?きっともう一人来ます。おそらく明日に」
国宮は島に詳しく話を聞き、本日暴れていたのはシルバという男が率いる組織だったという話を聞く。
「なるほど。その男には重々注意しよう。情報感謝する」
里花は話を聞きながら考え込んでいた。
バラけて出現した、同一組織による犯行。
その狙いはーー?




