番外編 佐倉桃音の決別
ある夏の日のことだ。
Fクラスのメンバー十名は一人も欠けることなく教室に来ていた。夏休みということもあり校舎内に人は他になく、閑散とした空気が学校を包んでいる。
ガラ、と扉の動く音が空気を変えた。
「やっ、みんな来てるわね?」
訪れたのは四十崎美桜。この学校の生徒会長だ。
美桜は教室を見渡してメンバーが揃ってることを確認し、満足げに頷いた。その足で教壇に登り、告げた。
「今日のFクラスの雑務は…なんと!私が終わらせちゃいました!てへ」
美桜の言葉にFクラスのメンバーは衝撃を受けていた。それは、わざわざ夏休みに集まった意味を失わせるものだったのだから。
Fクラスは、問題を抱えた生徒の集まりである。学校から寮生活を強いられる事から要塞クラスとも呼ばれるこのクラスは、学校からしてみれば都合のいい手駒であり、それゆえにこういった長期にわたる休暇においては草むしりやらグラウンドの整備といった広くて手間のかかる雑務を担当するのが通例となっている。
美桜の言葉は、その通例を覆す発言だった。
しかし、衝撃発言はとどまることを知らなかった。
「その代わり!Fクラスのみんなには、私がみくもさんと共に計画していた作戦を実行したいと思います!!みくもさん、ここに来てちょうだい、ここ」
美桜は自分の右隣に来るようジェスチャーした。
呼ばれたのは椎名みくも。Fクラスのなかでは大人びた少女で、情報収集能力の高いヘッドホンを身に付けている少女だ。
みくもは立ち上がり、美桜の隣に向かう。
「会長。夏休み中を狙うんですか?」
美桜はしれっと頷いた。
「ええ。私、結構意地悪なのよ。どうせ嫌がられるのなら、一番嫌がられるタイミングを狙うわ」
そういって黒い笑顔を浮かべる美桜。
作戦を提案したみくもでさえ少し引いたようだ。
美桜はFクラスメンバーに渡すための資料をカバンから取り出し、そのうち一冊を、先頭の座席で寝息をたてている少女の頭にバサッと乗せる。
「んあ?」
起こされたのは佐倉桃音。重度のゲーマーであり、特にVRFPSにおいて化け物レベルの腕を持つポニテの少女だ。桃音はのせられた紙に気づき、表紙に目を落とす。
「なにこれ?『ペンは剣より強し作戦』?」
問いかけてくる桃音にすぐには応えず、美桜はみんなにも同じ資料を配布した。
「桃音。これはあなたの物語よ」
美桜は桃音にそう告げた後、資料を一枚めくった。
その先頭のページには、桃音には忘れられない顔写真があった。
「え、この男って……」
その男が誰なのか理解したとたん、桃音の表情は一転し、苦々しい顔になった。
「ええ、あなたの因縁の相手なんですってね」
いつになく真面目な顔で応える美桜。
「みくもから話は聞いているわ。ぶっ殺してやろうかと思ったけど、現実的にはマズいし、それだけじゃ温いの。だからね」
彼女は資料を見せつけて、宣言した。
「みくもさんが集めた彼の情報を活用したこの作戦で、黒歴史を暴露して辱しめ、女に負ける敗北感をたっぷり植え付けて、心を砕いてお縄についてもらうわ!」
どやぁ、といった表情をしている美桜。
桃音は悟った。これは転機だと。逃げる自分を変える、最初の一手だと。
「みおりん、みくもん、わざわざありがとう。みんな……私のためのこの作戦。付き合ってくれる?」
みんなの返事はいうまでもない。
◆
とある市立の底辺高校。
当然夏休みなのだが、多数の生徒が登校していた。成績不振な生徒たちへの補習である。
多い補習と暑さ。彼、渦峰真邪はイライラしていた。
「なー、しんやー。帰りゲーセンいかね?」
真邪は隣にいるクラスメイトに話しかけられる。
「やめておく。気が向かねーや」
ただでさえこの暑さにうだっているのに、わざわざ外にいる時間を伸ばしたくはない、と真邪は考えていた。そのときだった。
突如気配を感じ、窓の外を見る。正門に他校の少女がいることに気づいた。こちらを見ているような気がする、と真邪は感じていた。
真邪がそちらに顔をむけてみると、目が合った。わずかに少女の口許が動いた気がした。
瞬間、心が狂ったように高鳴った。
おかしい、と真邪は思う。
感情が狂ったとしか思えないこの状態がだ。
目があっただけで脈ありかも?と考えてしまうほどに、真邪の頭のなかは彼女のことで埋め尽くされていた。真邪は「彼女のことをもっと知りたい」という衝動に負け、教室を飛び出した。
◆
くるみは正門にいた。
資料にあった通りの窓際の席に頬杖をついているターゲットを見つけ、後ろに組んだ手で暗号を送る。事前に打合せされたものであり、その意味は「目を引いて」。
その暗号を送った直後、彼はこちらを向いた。
「魅了」
すかさず魔法を発動し、真邪をオトす。くるみの持つ魔法は勝手に発動しがちだが、目があっていれば任意発動も可能である。くるみをはじめとするFクラスのメンバーのうちリーテンを除く九名が、こうした魔法を持っている。
くるみのそれは「好感度を操作する」もので、目があった対象からの好感度を上下させられるものだった。
魅了された真邪はくるみに会うため、廊下に向かったようだ。これで役目は終わりとばかりにその場を離れる。
「えっと次はー……ここは任せた~、小夜ちゃん、りーちゃん」
『まかされた』
「お任せください!」
この場にはいない小夜からは念話で返事があり、
すぐそばに隠れていたりーちゃんとはハイタッチを交わす。
作戦は、まだまだ始まったばかりだ。
◆
真邪はすぐに正門に向かった。しかしそこにすでに彼女はいなかった。
血眼になって探してみると近くに同じ制服の女子がいるのが見えた。彼女についてなにか知っているかもしれない。
「おい、そこのお前!この辺りでお前と同じ制服の少女を見なかったか?亜麻色の髪の子だ」
声をかけられた少女……りーちゃんことリーテンは振り向き、心底嫌そうな顔をして答える。
「お前?それがものを聞く態度ですか?しかも初対面相手に」
「うるさい、いいから答えろ!」
「教えてください、でしょう?そうですねぇ土下座でもすれば教える気になるかもしれないです」
突拍子もないことを言い出し、まるで教える気配のないリーテンに、真邪は憤りを感じた。
「は?誰がそんなことするかよ」
「そうですか。では代わりに私の質問に答えてくれたら彼女の居場所を教えるかもしれないです」
「質問?」
「佐倉桃音をどう思います?」
「死ねばいいと思ってる」
「テメーが死ねや」
突然1オクターブほど低い声になったリーテンに真邪は心底驚いた。
その後、リーテンはポケットから小さな黒い箱形の機械を取り出す。
それは、小型のボイスレコーダーだった。
隅に付いた赤いランプは点滅を繰り返している。
リーテンがランプの横にあるボタンを押すと、ランプは点滅をやめた。
リーテンは真邪による暴言を録音していたのだ。
「小夜さん、これはよろしくです」
レコーダーを軽く上に投げる。するとフェードアウトするかの如くゆっくりと、どこかに消えた。
レコーダーを処理し終わったリーテンは変わらずドスの効いた声で真邪に対して話し出す。
「第一なんなんですか?ゲームで負けたごときで粘着ぅ?今時小学生でもしませんよ?あ、ひょっとして心は幼児なんですか?」
「あまりなめた口きいてると、殺すぞ」
「自分をですか?ですよね!ガキな事したなーんて知られた日には、社会的に死にますよねぇ。ま、私のなかではあなたは死んでますし?」
「お前の顔、覚えたからな…」
「そういうの、ダサいですよ?ガキじゃあるまいし……いや、心はガキなんでしたね!あは」
リーテンは煽る。煽り続ける。
デコイとしての役目を果たすために。
◆
「さすがリーちゃんね……」
「ホントにな」
予定ではもう引き付けは終わり、彼はグラウンドへ「誘導」される頃なのだが、未だに正門で足止めできている。リーテンのデコイ性能、恐るべし。
思わぬ誤算だが、致命的なものではない。むしろ作戦にかけられる時間が増えたことを喜ぶべきだろう。
呆れながら、小夜は念手スキルで回収したボイスレコーダーを美桜に手渡す。
小夜はくるみと同じく魔法を持っており、様々な異世界を旅でき、異世界で手にいれたスキルなどはどこでも使えるようになる。つまり、小夜は周りのメンバーと違い出来ることが非常に多い。念手も、そのうちのひとつだ。
美桜はレコーダーを胸の谷間にしまい込んだ。
「小夜、引き続きよろしく」
「ああ、問題ない。またあとで」
小夜は絢音に念話しつつ、3階の印刷室へ向かった。
◆
時は少し遡る。
くるみが真邪に誘導をかけてる頃のこと。
雨崎里花は職員室のPCを借り、今回の作戦における剣……もとい、ビラの原稿を作成していた。
「よし、終わりっ!せんせ、よろしく!」
「任せたまえ!」
ノリノリで先生は操作を代わってくれて、サクサクと印刷手続きを進めていった。それを尻目に里花は舞と夢依、逆月姉妹に耳打ちする。
「体調操作、感情操作、エグい性能だね」
そう、この先生が特別ノリノリなわけではない。
この先生は二人の魔法をうけていた。
舞の魔法は体調操作、知っている病気であれば治療と発症を行えるものだ。対する夢依は感情操作、怒らせたり、嬉しい気分にしたりといった気分を操作できる。本作線開始時には、真邪をイライラさせるために使われていたりする。
そんな魔法を受けた結果「誰かを喜ばせたい」という感情に塗りつぶされ、「体調はベストコンディション」な状態になっていたため、里花のお願いをホイホイ聞くイエスマンとなっていた。
「感情、完璧に戻すの大変なのよね……放置でもそのうちなおるのが救いだわ」
「これで終わりかい?」
データの転送が終わったようだ。画面では、数秒おきに進捗ゲージが増えており、印刷機が動いているのがうかがえる。里花は頭を下げる。
「終わりです!ありがとうございました!!」
「ありがとうございました。感情操作」
先生の体は少しだけ光に包まれ、高まっていた感情がもとに戻っていくようだった。
そのときすでに彼女たちの姿はなかった。
◆
小夜が印刷室についた頃、すでに里花ら三名のプリント担当は揃っていた。小夜はスキル「千里眼」を発動し、学校を上から俯瞰する。全体の状況を見て判断をした。
「計画通りでいい」
「かしこまっ」
小夜の短い指示に、里花の短い返事。そして舞と夢依は里花とともに、それぞれプリントを抱えて昇降口へと移動した。
里花は昇降口で待機していた絢音にプリントを渡してバトンタッチし、正門付近の人目につかないところへ向かった。
「いよいよ大詰めだな。美乃、うまくやれよ」
小夜は小声で独り言を呟きながら足早に次の目的地へと向かった。
◆
その頃外では、美乃により包囲網が作成されていた。
「右部隊ー、もう少し右に寄って!見えちゃうから……はい、そこで伏せる!ヨシ!!完璧!!」
満足げに宣言する美乃。
美乃はノートPCに映し出されている隊員の位置関係を見ながら配置を調整していた。
美乃は頭がいいわけではないが、空間認識力と想像力がとても強い。そのため、平面図を見るだけで「ここからこっちを見るとこんな風に写る」というのが手に取るようにわかるのであった。
持ち前の技術と、くるみがオトしてきたケーサツ三部隊を活用し「どこの門からでても逃がさず、かつ校庭のどこからも見えない場所」に部隊を潜伏させるのが美乃の役割だ。
彼らにはひとつだけ指示を出し、待機してもらっている。
美乃が潜伏完了の暗号を指で形作った次の瞬間。
ジリリリリリリ!!!
と、火災報知器がけたたましく鳴り響いた。
ハンカチやら頭巾やらを用意するには十分な数秒が過ぎ、音は止まる。続けざまに「次は俺だ」と言わんばかりに、放送開始を告げるジングルが空気を叩いた。
『えー……火災発生です。なおこれは防災訓練です。校内にいる生徒は外に出てください。出ない場合は2週間の補習を追加します。5分以内に外へ出ること。以上』
淡々と告げられたその内容は「防災訓練だから外に出てくれ」というものだ。しかし「補習を追加する」なんて言った時点で、もはや脅しとあまり変わらない。
放送室をジャックした小夜が全生徒を外に誘導したのである。効果はすぐに出て、おびただしい数の生徒が、我先にと昇降口へ向かっているのがわかる。
「よし。次だ」
小夜は次なる目的地へ向かった。
◆
真邪は困惑していた。
めちゃくちゃ煽ってくる毒女にとうとう口論に負けてしまい、イライラしつつ正門から戻ってきたところ、なぜか全生徒が外に出ているのだ。何名かはこちらを見るのだが、真邪にはその視線がどうも冷たく感じられた。
なかには見慣れた男子生徒の姿もある。真邪は話を聞くことにした。
「あ……なんか防災訓練で外出ろって……」
「はぁ?このくそ暑い日にそんなもんやんのか?」
「し、知らねーよ……」
そういって真邪から離れていく男子生徒。
なにかがおかしい、と直感した。
真邪は耳をすませ、いくつか気になる言葉を見つけた。
「ねぇ……あいつだよね?さっき昇降口で渡されたこのプリントの男……」
「そういや女と口論してるのみかけたぜ……たぶん負けたんだな、あの顔」
「シッ!怒らせたら私たちまで髪切られちゃうよ……」
真邪は理解した。なぜか、自分の噂が流れていることに。
弁解しなければいけないと感じ、訂正に行こうとした真邪に背後から声がかかった。
「ねぇ、あなたがサッカー部キャプテンだよね」
彼は振り返る。
そこにいたのは他校の少女、雨崎里花。毒女ことリーテンと同じ制服を着ていることに気づいた真邪は機嫌を悪くした。
「んだよ、今機嫌が悪いんだ」
「知ってるよ。だから、私と賭けをしない?」
里花は用意していたサッカーボール二つのうち片方を彼に渡す。
里花は少し躊躇いを見せつつ、続けた。
「勝負は、リフティングの回数。私に勝てたら、…………私の体を、一日好きにして、いいよ」
里花はなるべく自然に、用意された台詞を口に出した。
言い終えたとたんぎらついた目でなめ回すように私の体を見始めたのは心底気持ち悪く、生理的嫌悪感がこみ上げてくる。
頭を蹴り飛ばしたい衝動を全力で抑える。
里花が仮にも全力で人の頭を蹴ったりしたら、頭蓋骨は粉砕するだろう。
この勝負、万に一つも負けられない。
「ふっ……泣いて後悔しても遅いからな?」
彼の愚息は立身しているようだ。すでに勝ったつもりでよからぬことでも考えたのだろう。「そういう目」で見られることを嫌う里花は逃げ出したい衝動に駆られるも、平静を装って答える。
「大丈夫。だって私は『勝つ』からね」
真邪は里花の返しを聞いてもどこ吹く風だった。
真邪は一人で舞い上がっていた。昔から自分中心な考え方をする真邪には、今回の勝負すら別の目的であると、見事に勘違いしていた。
近くにいた生徒たちに合図とカウントを頼む。
「では………スタート!」
合図と共にリフティングを始める。
腐ってもサッカー部。割と安定したリフティングをしているようだ。
しかし、周りの人が絶句したのは里花のほうだった。
「なあ、あれどうなってるんだ……?」
「なんかきめーけどすごいのはわかる」
23回目にして、相手のボールは地面に落ちた。私の勝ちである。
里花の魔法は時間の停止。なのだが、最近は半分だけの発動ができ、里花は周りがスローになった世界で普段の早さで活動できる。つまり、周りから見たら二倍は早いのだ。
彼女が「全くの無回転で真上に蹴り続ける」という離れ業をできたのは、そういった理由である。
「ぐっっ……!」
真邪は顔を真っ赤にしている。
勝てると思っていた相手に、体を好きに出来ると思っていた相手に負けたのだ。
そもそも真邪のなかで里花は「抱かれたいが頼む勇気がないので抱かれることを罰ゲーム扱いにして負けることで抱かれようとしてきた少女」という認識だったので、負けた理由がわかっていなかった。
その事について問いただされた里花は「自分がそんなことするように思われた」ことに強い嫌悪感を抱いた。
「私のカラダがそんなに欲しかったの……?さすがに気持ち悪いなぁ……」
里花の言葉に周囲の女子生徒は同調し、彼に白い目を向けている。真邪は晴れて女の敵と認識された。
(これであとは「男子」だけか。さてさて、こいつが読み通りに動くバカなのかどうか……)
里花はそれとなく歩き、低木を後ろにするように移動した。彼が情報通り、計画通りに動くなら……自身を挟んで直線上に並ぶのが都合がいいからだ。
「く、そがぁぁぁ!!なめた真似しやがって、どいつもこいつもよ!」
彼はどこからともかくハサミを取り出し、里花へと向かう。里花は思わず笑いそうになった。
彼が予定通りの動きをしたから。
「四十崎流武技ーー跳橋!」
低木に隠れていた美桜が飛び出し、
里花のサイドテールに向けて伸ばされた右腕にかかと落としを決め、回転蹴り上げでハサミを落とす。
彼が激昂して素手のまま殴りかかってきたのを、美桜は避け続ける。
「動きが雑過ぎるわよ。そんな技術の欠片もない攻撃、通用しないわ」
相手の渾身(笑)の一撃を受け止め、上へと流す。そのまま相手の額に手のひらをぶつける。
彼はそれだけで面白く吹っ飛んだ。
「え、受け身しないの!?危ないじゃない!」
幸い頭は打ってないようだが打ち所が悪ければ大ケガである。懲らしめたいが怪我させたいわけではないのだ。
男子生徒たちはどっと盛り上がった。やはりこういったバトル展開はウケがいい。
「吹っ飛んだぞあいつw」
「あの子の動き、キレがやばい」
「あいつあんなに弱いのか」
「殴られたいわー」
真邪の評価は駄々下がりした。
逆に美桜にはファンができた。
ファンがつくのは美桜にとっても予想外だった。
彼は四面楚歌である。
彼の心が折れかかったその時、
校舎の方から一人の少女が歩いてきた。
「私は、ゲーマーの、佐倉桃音。みんなもう伝わってると思うけど、私は中学時代、彼にいじめられました」
「佐倉ぁぁぁ!!てめぇの仕業かこれはぁ!!」
「居場所を奪われ、髪を切られ……男を信用できなくなるほどに、心が傷んだよ。私はただ、ゲームが好きなだけの子どもだった」
「うるせぇだからなんだよ!!俺が勝者なこと、忘れたんじゃねぇだろうな?思い出させやろうか!?」
「私は!いつまでも、やられっぱなしじゃない!」
桃音の声は震えている。他の男でもここまでひどく怯えはしないのに、こいつは格が違うのだ。何せ、本人なのだから。
しかし彼女はこらえる。過去の自分を切り捨て、新しく生まれ変わるために。
「だったらぁ!!もう一度這いつくばらせてやるよ!!!」
彼は、渾身のパンチを繰り出し、桃音の頬を殴り飛ばした。
美桜にとっては児戯に等しい攻撃だが、腐っても彼は男で力もある。まともに食らえば怪我するのは必然だった。
周囲がどよめく。男が女を殴ったせいでもあるが、
殴られた桃音が回転して受け身を取って着地したことも、関係しているだろう。そして桃音はーー
ニヤリと笑った。
瞬間、3方向からおびただしい足音が聞こえてきた。それは、美乃が布陣したケーサツたちであった。彼らは美乃に出されていたひとつの指示……「男がポニテの子を殴ったら突入せよ」に従い全部隊で取り囲む。
「彼を捕まえろ!!傷害罪の現行犯だ!」
真邪はあっと言う間にとり抑えられ、手錠をつけられた。部隊長は淡々と告げる。
「あとね、君には同級生女子に対する脅迫からの強姦、ゲームセンターからの器物損壊及び窃盗、暴行など多数の報告が来ているんだ。一緒に来てもらおう」
彼はそれらに耳を貸さず、桃音にたいし敵意を向け続けていた。
「佐倉ぁぁぁ!お前は殺す!絶対殺してやる!!」
「だからあなたはバカなんですよ。ケーサツの前で殺害予告とか、なめてますねぇ」
彼はギロッと、声のした方を睨む。気の弱い相手なら殺せそうな鋭い視線だが、リーテンは彼の視線などお構いなしに、呆れと侮蔑の混ざった目を向ける。
桃音はよそ見している彼に近づき、手を伸ばす。
「さてと……」
桃音は手にハサミを持っている。さっき拾ったものだ。
デザインもあのときと同じ……紛れもなく、自分を傷つけたそれだった。
震える手でそれを構え……たいのだが、うまく構えられないでいる。
殺したいほど憎い……そんなの大袈裟だと、桃音は思い込んでいた。どこか違う世界のお話だと考えていた自分がいたのだ。なのに桃音は今、震えている。
理性で抑えなければ彼の首を貫いていたと桃音は思い、このどす黒い感情が本物なのだと気がついた。
桃音の視界が狭まり、その呼吸は荒くなっていく。憎らしさが込み上げて今まで虐げられた数だけ刺してしまいたい。桃音は強くそう感じていた。
「桃音!ダメだ。道を見失うな!!」
強く声がかけられる。
ハサミを持つ手を気がつけばみくもが握っていた。
「最初に決めたことだけだよ。そんな汚い道を、歩いてはダメ」
彼女に諭され、自分が道を踏み外しかけていたことに気づいた。
「みくも……ごめん、私まだ迷ってた。そしてまた、みくもに助けられたね」
そういってにかっと笑った、そこにいるのはいつもの桃音だ。
震えはもう止まっている。
ハサミを開き、彼の髪の毛を持ち上げる。
「おいまさか、……やめろ!やめてくれぇぇ」
ジャキン。
無慈悲なハサミは幾度となく刃を光らせ、ご主人の髪を頭とお別れさせていった。
真邪が「これは夢だ」と現実逃避を始める頃にはイビツな坊主頭に仕上がっていた。男子生徒たちは彼をみて爆笑しており、女子生徒にも嘲笑われている。
「ああ、女神様……俺に慈悲を……」
彼が虚ろな目で女神と呼んだのは当然『Fクラス在籍の女神』ではない。彼にとっての女神、くるみである。
くるみは不慣れながら、精一杯嫌悪感を表現して告げる。
「私はあなたが大っ嫌いです」
彼は絶望感と強いショックからか、気を失った。
白目向いて倒れた真邪はケーサツによって手厚く保護され、パトカーで運ばれていった。
学校からの信用をなくし、女の敵にされ、男としての尊厳を根こそぎ奪われ、髪も失い失恋までしたうえに前科まで付いた彼の心は粉々になったことだろう。
見届けたあと、全校生徒に全校集会のように並んでもらい、改めて美桜が事情を話した。
桃音が彼にいじめられていたこと。男が苦手になったこと。きっかけがただのゲームなこと。
死ぬよりキツイ報いをうけさせたかったこと。
「彼女の事情に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。あの人の心を完全にへし折るためには、巻き込む必要がありました。おかげさまで彼の心を木っ端微塵にすることができました。本当にありがとうございました」
美桜は感謝をのべて頭を下げる。
生徒達からは惜しみ無い拍手や感想が送られた。
「見ててスカッとしたぜ!」
「あんなやつがクラスにいたなんて、信じられないわ」
「あんなにもクズだったとはなぁ」
口々に語られるところを見るに、彼の本性を知っている人がちらほらといた。もともと彼の評価は風前の灯火だったようだ。
なかには……
「桃音ちゃんと対戦したい!」
「俺も戦ってみたい!チャンピオンだもんな!」
「私もー!」
桃音とゲームで対戦したがる子達がいた。
男と対戦することには今まで忌避感を感じ、ランダムマッチ以外では避けていた桃音だが、今なら彼らとも戦える気がしていた。
桃音がそう思えるようになったのは、Fクラスのみんなの協力があったからだ。
「なんか、今までもったいなかったかもなー…」
「何がもったいないの?」
桃音の独り言にみくもは問いかけていた。
「男を避けていたことが、だよ。だってあんなにも、私と対戦したがる男が多いならその分楽しめたはずじゃん、お互いに」
「……そうだね」
「だからさ。変えたいんだ」
桃音は右手をあげる。その手にはハサミを持っているままだ。
みくもは驚きはしたものの、見守ることにした。
桃音はシュシュをはずして右手首につけ、髪を下ろす。そのまま肩の高さでバッサリと切り落とした。
「弱虫だった『ももねるねるね』はもういない。今の私は!『モモネ』だ!」
清々しい笑顔で高らかに宣言する。
この日を境に、桃音は生まれ変わったのだった。
◆ 後日談
あの日、FPS界隈は大パニックになった。
いつもトップにいた「ももねるねるね」が姿を消したからだ。「チートでBANされたに違いない」と「公式が誤BANした」の二派に別れ言い争いが勃発したのだ。そんな不毛な争いは1時間もたたず、公式発表により終わった。しかし、その発表は再び界隈を激震させるものだった。
いわく、「ユーザー『ももねるねるね』本人によるアカウント削除を確認しました」。
「これでトップにたてる」と喜ぶ者、「手応えがなくなった」と考える者、「一番の見所が消えた」と考える者など、大騒ぎになった。
しかし、衝撃はとどまることを知らず。
「ももねるねるねが転生している」という情報が流れ出したのだ。
ことの発端はとある地区予選。
予選は名前が公開されないため最初は「0デスプレイヤーの一人」でしかなかったが、予選を全て見ている観戦者の一人が言ったのだ。
「彼女は準決勝含め、被弾がゼロだった」だと。
この界隈、回避率が高めなプレイヤーはランキング上位にゴロゴロいるが回避率100%をこうもコンスタントに叩き出せるプレイヤーは、ただ一人を除いて存在したことがないのだ。
しかし、にわかには信じがたかった。
アバターがまるで違うから。ももねるねるねは紅い髪ではなかったからだ。
転生を確信されるに至ったのは決勝でのことだ。
決勝ではプレイヤー付近にカメラがついていくようになるので行動がよく見えるのである。
彼女は狙撃の銃弾を、手で掴んでいた。
それは『ももねるねるね』の十八番とまで言われた行動だった。
それどころか指で弾いたり、撃ち落としたりしていたのだ。
それらの防御技術は『ももねるねるね』であると確信させるのに十分すぎた。
決定打は予選優勝者の名前。
彼女の名前は「モモネ」。
彼女が本大会を制し、ランキングに台頭するのは、わずか2週間の出来事であった。
ランキングボードのトップに煌々と輝く彼女のコメントには、次のように書いてある。
ーー「私はもう、逃げないぞ」、と。
このエピソードにより、彼女の「男嫌い」が治ります。
ただし好みは不明。
また、ポニテからショートになります。
ゲーム内アバターはピンクまじりの赤毛になってます。
そのうち描く。




