Ep.003「やりなおすからには、今度は上手くやるさ」
みくもちゃんの、ちょっとダークな過去話です。
越神は気づいている。この世界を見ている、あなたに。
「今日は、そうね。この話を聞かせてあげる」
彼女は「観察日記」を手に取り、ページを開く。
「みくもさんに聞いた、昔のお話よ」
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その少女は、小さな頃からいろんな事を知っていた。
到底知りえないようなないしょ話さえ、いつの間にか、知っていた。
自重を知らない素直な年頃出会った少女は、そうして知った事を惜しげもなく話していたのだ。
仲のいい友達がいなかったわけではない。
当時仲がよかったその子は、クラスメイトからはよく思われていなかった。
無論クラスメイトのほうは口に出したりはせずにいたのだが。
悪い印象がついてる事を知ったみくもは心配し、彼女にその事を告げてしまったのだ。
結果その友達はクラスメイトと喧嘩し、みくもは「口の軽い女の子」と言うレッテルを貼られてしまった。それと同時に「妄想癖がある」と言ううわさまで流されていた。
次第にみくもに近づく子は少なくなり、無視や悪口、時には靴をボロボロにされるといったいじめを受けていた。
――懐かしい夢だ。思い出したくもない。
その日の目覚めは最悪だった。
かつての思い出を夢に見たせいか、寝汗でパジャマが張り付き気持ち悪い。
手早く着替えを済ませ、朝食は食べずにそのまま家を出る。
今日も学校をサボるため、向かうはゲームセンターだ。
みくもは精神的に追い詰められており、学校にすら行かなくなっていた。
学生として見れば本来今日から2年生になる。まあほとんど出席していないため、おそらく留年していることだろう。些細なことだった。
ゲームセンターでの日々はいつもと変わらない。
FPSゲームをしこたまやりこみ、音ゲーをハシゴ。連日この調子だ。
そしてつつがなく一日は終わりを告げる。
「もうこんな時間か……帰るか」
いつもと何も変わらない日々。しかし、ココロの中には少し迷いがあった。
こんな調子で、大人になったらどうなるんだろう。
やはり、今からでも学校にまじめに行くべきではないのか?
しかし私の居場所などない。全くの不登校が、いきなり登校などしたらクラスメイトからしてもいい迷惑だろう。
ココロの中では今でも迷い続けているのだが、それでも決心はつかず、ゲームに明け暮れた。我ながら荒れた生活だ。
いつまで、続くのだろうか。
未来への可能性を思案しながら帰宅していた、そのときだ。
ふと、本当になぜか気をとられたのだ。目を凝らすと、黒いもやのようなものがふわふわと浮かんでいる。
(煙…?ではなさそうだな。なんだろう、あれは)
好奇心が押さえきれなかった私はあたりを見渡す。
すぐそばに人がいない事を確認した。
「掌握」
手をかざしながら唱える。
小さな頃、それこそ物心ついた時から使えた、不思議な力。
小さな頃は上手く使えず、無意識に常時発動していたようで相手の思念を読み取っていた。
当時はそれがなんだか理解せぬまま「知ってる事」として話をしていた。
だが、そんな軽はずみな行動が、悲劇となった。
制御できるようになってからは、便利なものだった。
念じた場所から、それはやってくる。みくもの姿をして歩いてくるそれは情報の塊だ。
私は「情報をアーカイブする者、ARCHIVER」と呼んでいる。
これは、いうなれば第1段階。力を使いこなすにはもう一つステップを踏む必要がある。
(教えてくれよ、ARCHIVER)
頭の中でそう念じる。情報に対して「知りたい」という意志を伝える必要があるのだ。
ソレは光の球へと変換され頭に入ってくる。
そのとき、頭の中に情報が直接流れ込んでくるのだ。
アーカイバーと合わせて例えるなら、情報の解凍だ。
しかし……なんだこれは?
「種族名、シャドウ…ビースト?個体名は……レッサーグリードウルフ?」
アレはどう見ても狼には見えなかった。ただの黒いもやもやだ。
「……!?」
形が見るみる変わっていき…それは狼の形になった。
1.5mほどの体躯を持つ、巨大な狼だった。
「う、嘘だろっ…くそっ」
幸いまだこちらには気づいていないようだ。
今ならまだ、離れられるはずだ。
そっと歩きだし、忍び足で離れていく。
一歩、また一歩と歩を進めるたびに鼓動は早くなっていく。
かなり時間はかかったものの、10mほど離れる事に成功した。
しかし、その事実が油断を招いてしまった。
ザッ。
「!!」
狼はすばやくこちらを振り返る。見つかってしまった。
狼は驚異的な早さでこちらへ飛びかかってくる。
みくもは咄嗟にしゃがみ、腹の下を潜り抜けて避ける。
「なっ!?」
しかし狼は空中で体をひねり、宙を蹴って方向転換して再び突進してくる。
今度は避けきれない。
空気が全て吐き出される。
ひんやりしたアスファルトの感触を体で感じる。
どうやら倒れ付しているようだった。だが、体は思うように動かない。
突然、近くで男性の悲鳴がした。
「うわぁぁぁぁぁあ!!!」
続く風を切る音、肉が裂けるような鈍いみずみずしい音。
(とおりがかった人なのだろう…)
音を聞くだけでも、凄惨なことになっているのは予想できた。
運の悪い事に、ここを通る人はまだいた。悲鳴を聞きつけてきた人、そもそもとおる理由のある人、さらには野次馬。みくもを助けるためか救急隊員と思われる人も見える。
しかし、そのどれもが狼により、この世を去った。
間違いなくこれは詰みだ。もはやできることなど、ない。
(本当に?)
まだ、やった事のない方法。出来ることが、何かないか。
そして一つの仮説を組み立てた。いくら考えても実証は不可だ。
「上手くいけば運がよかった」程度に考えて、そのまま実行する事にする。
思えば、私は普通に生きたかった。いじめなどなく、友達もそこそこいる。
なんとなく笑い、遊び、ときに泣くような、平凡な学生生活を送りたかった。
もし、そんな自分がいたらどれだけよかっただろうか…。
為し得なかったそんな未来の自分を思い描きながら自分の額に手を当てて唱える。
「掌握」
私のすぐ目の前、手の届く距離にいつものソレは……
「……誰?」
ソレはいつもと違い、見知らぬ女性だった。
キレイな黒髪にロングポニーテール。目はまがまがしさを感じるほど赤い。
しかしそんな闇を感じる顔とは異なりその衣装は青を基調に白と黄色で、聖なる雰囲気を纏っていた。
「初めまして、椎名みくも」
それだけ言ってソレはあたりを見渡す。
釣られてみくもも見渡すと、時間が止まったかのように動かない狼を見つけた。
「あの狼は、お前が魔法で干渉したことで実体化してしまったものだ。あのまま放っておけばこんな悲劇にはならなかった」
「お前は、だれだ?アーカイバー、じゃないのか?」
「私は女神、名はエオラス。今はお前のアーカイバーを依り代として顕現した」
よく見たらエオラスの背後にいつものソレが立っている。
「あの狼は…私が、原因?」
「そうだ。お前が狼を現界させた。そして狼は多くの命を喰らった」
女神と名乗るそれは私を蔑んだ目で見ながらつづける。
「不用意に干渉したお前が原因の狼が、大量に人を殺した。
間接的とはいえ、お前が。みくもは人を、殺めてしまったんだよ」
人殺し。そんな言葉が頭をよぎる。誰が?私が?殺した?
私は人を殺した、のか?
事実だと思った。私はもやの状態で放置する選択も出来たはずだ。
私の好奇心のせいで、人が何人も死んだのだ。
吐きそうだ。私はもはや全うな人生を送れないのだろう。
「ど…どう……したらいい、の」
震えて声が上手く出せない。しかし、もう何も分からないのだ。
出来ることはなにもない。わらにもすがる思いだった。
「さあな、直接訊けばいいだろう?」
それはアーカイバーを示す。私はいつものアーカイバーに詰めよる。
いつもと変わらない無表情。それがいつもよりも、憎らしく見えた。
私はこんなに悩んでいるのに、辛いのに。どうして、こいつは。
辛くて涙が出てきた。嗚咽を漏らしながらも何とか声を絞り出す。
「お前ならどうすればいいのかわかるんでしょ!?なら、教えて…っ」
息を整え、再び叫ぶ。今度は、出来る限りはっきりと。
「教えてくれよ!!ARCHIVER!!」
アーカイバーは私に吸い込まれていく。
消える直前、ソレは確かに笑った気がした。
期待に答えるように、頭の中にキーワードが揃う。
道筋が、はっきりと分かる。キーワードは「魔剣カルナフタス」。
ソレに連なる呪文も、今の私には分かるんだ。
(捧げよう、どうか受け入れてくれカルナフタス)
思いは……届いた。
すぐ近くにその存在は出現した。魔剣カルナフタスを片手に持つ、薄紫色の髪の女性。
間違いない、アーカイバーが教えてくれた鍵だ。
「……まさか、私のカルナフタスへの呼びかけ文句を把握している存在がいようとは。わからないものだな。まあいい。さっさと話せ」
呼びかけられたみくもはことの顛末を全て説明する。
自身の能力のこと、自分の責任、アーカイバーにより見た光景、夢。すべてを。
「面白い力だな。いいだろう、今回は力を貸してやる。ただし、次がいいとは限らない。覚えておけ」
はっきりとうなずく。承知のうえだ。このままでいたって、どうにもならないのだから。
彼女は私の額に手を当てる。
「カルナフタスよ、我が命に答えろ。《夢か現か幻か》」
私の意識はだんだん遠ざかっていく。
「願わくば、幸せな世界線に繋がる事を祈っているよ」
彼女の言葉の意味はよくわからなかった。
◆
「―ちゃん?…みくもちゃん!!」
「え?」
「どうしたの、ぼーっとしちゃってさ」
彼女は、かつて友達だった少女。私が傷つけた少女だ。
「ご、ごめん眠いのかも。お手洗いへいってくるね」
私はその場を離れてお手洗いへ…具体的には、鏡のある場所へ向かった。
やはりというべきか私自身も、小学生の時の姿だ。
これは、小説で見たことある状況に似ている。
―タイムリープ。おそらく、違いないだろう。
◆
教室に戻り、カレンダーを見る。記憶ではやはりおよそ10年前、小学校2年の4月だ。
私は、10年前に戻ってきたのだ。意識と記憶を保ったまま。
そこまで理解した私は、試しにこっそりと机に魔法を使う。
正しく制御でき、製造場所や製造者、製造の意図等の情報が手に入る。
「魔法の制御、記憶、人格をそのまま過去へ移動したのか?」
とんでもない魔法を使ってくれたものだ。失うものなどなかったのだ、感謝するばかりである。
「今度は、うまくやってやるさ」
こうしてみくもは事実上の生まれ変わり体験をし、以前と違い波風を立てすぎず、上手く使えるところでは活用することで憧れていた穏やかな生活を過ごしていく。
彼女が本来の学年であった高校2年へあがる時、奇しくも縁ある存在と再び相まみえる事になるのだが、それはまた、別の話だ。




