Ep.002「ボランティアしていたら、不思議な女性に会いました」
里花ちゃんメインのお話。
越神は気づいている。この世界を見ている、あなたに。
「今日は、そうね。この話を聞かせてあげる」
彼女は「観察日記」を手に取り、ページを開く。
「里花ちゃんが、ごみ掃除のボランティアに参加していた時のお話よ」
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その日はとても晴れていた。
雲ひとつない快晴。まさに……絶好のサボり日和だと、里花は眠たい頭を揺り覚ましながら思った。
よし、サボろう。
即断即決が私のモットーだ。早速、バレないうちに外へ行こう。
幸い今はまだ6時。遅刻常習犯の多いFクラスだ、誰も起きてはいないはずである。
「オーバーr「どこへ行くつもりだ?」……っ!?」
ベッドの上で詠唱をしていた里花は予期せぬ乱入者に驚いた。
部屋の扉はいつの間にか開いていて、小夜がもたれかかっている。
この先輩は根は優しい人なのだが、そこそこ融通の聞かないところのある人である。
よりによっても厄介な人に見つかってしまった。
「あー、はは、これは…いい天気だし?ちょいと散歩をと思いまして」
我ながら苦しい言い訳、だと思った。
「……サボるつもりだな?まあそれはどうでもいいんだが」
「どうでもいいんだ……」
「ああ。渡すものがあってきただけだ。昨晩配られたものなんだが、里花はすでに寝ていたので私が預かっていたんだよ」
そう言って小夜はちいさなバッジを取り出した。羽が三対、中央上部にリングの浮かんだ神秘的なデザインだ。
「配ったのは女神様かな?」
「その通り。女神いわく『そのバッジは魔力の暴走を抑制、抑制された場合を私に通達する役割を持ちます』。だそうだから、出かける時はなるべくつけておいたほうが安全だ」
監視装置兼安全装置のようだ。つけて置くに越したことはない。
「……私がサボるの、バラす?」
「いや、来なかった時点で気づくし、何より今さらだ。だが……なんとなく嫌な予感がするんだ。気をつけて行ってくれ」
「……わかった」
小夜にそう言われてしまえば、うなずくほかなかった。
彼女は一年生の時からたまにこのように予感を感じる、と言っている。そしてそれは驚くほど的中するのだ。
実のところソレは小夜が別世界で手にいれたスキル『予見』の効果なのだが、本人はぼかしているためそれを知るものはいない。
「それじゃ行ってくるね。……《転移》」
発動した瞬間視界が明滅し、自分以外の全ての世界は白黒の世界に変わり果てた。
扉の元に立つ小夜は、石像のように固まり動かない。
他のメンバーには転移と伝えてあるが、実際のところはやや違う。
「さてと、探すか」
目を閉じ、『善』を感じ取る。すると頭には市役所のイメージが浮かんだ。
今日も能力は好調のようである。
「よし、市役所へ行こう」
こうして里花は色のない世界を一人走りだした。
◆
市役所付近、誰の目にも止まらず、監視カメラの影響もない場所まで来た。
ここなら大丈夫だ。
「到着!もういっちょ……《転移》」
唱えた途端に世界は色を取り戻し、歩道に立ちつくしていた人々は動き始めた。
何食わぬ顔で歩道へ出て、そのまま市役所へと向かう。
里花の具体的な能力は「時間の流れない、平行世界へと任意に移動し通行できる」ものだ。
その性質上、他人には「里花が一瞬で移動しているようにしか見えない」ため転移と言う説明をしている。細心の注意を払い「カメラに映らずにはたどり着けない場所」や「人目のつく場所」を回避する必要があるのだ。
その能力には副次的な効果が備わっていて、『善』とされる未来がわずかに見えるのだ。
それをどう活用するかと言うと――
「すみませーん、こちらのボランティア、参加したいです!!」
大抵の善はボランティアや、献血などだ。里花はこの力を利用してその発生場所を察知し、参加をする。
人のために尽くす。それが里花の生き様である。
◆
こうして始まったボランティア活動。
内容は日によって違うのだが、今日は町内のゴミ拾いだった。カウンターでゴミ袋を10枚受け取る。他にもほうきやちりとり、手袋などの道具レンタルもあるが里花は基本的に手で拾えるものだけ拾うため、道具は借りないでおく。使いたい人が使うべきだ。
今度は力を使わず、普通に歩いてゴミを探す。
そもそもあの能力はゴミの位置を割り出すなど出来ないし、そもそも不自然になる。
(今日の授業はなんだったかなー……今の時間は体育だっけ……体力テストだったような……)
学校の事へ想いを馳せながらゴミを拾いつづけた。そろそろ日が傾いてきた。
手元のゴミ袋は3枚ほどが満タンである。ただし、全て缶だ。一番軽い缶だけを拾うのが楽だからだ。
「さて、市役所に戻るか」
振り返る途中、なぜか一瞬路地裏に意識が向いた。
覗いて見るも目立つゴミもなく、人もいない。何が気になったのか、思い出せなかった。
「んー?……お?」
今一瞬路地裏を黒いものが通り過ぎたような…大きさは子犬程度の大きさだが、かなり早かったように見えた。
「カラスでもいたのかな……とりあえず市役所に……っ!」
路地裏を覗くのをやめ、市役所のほうへ向き直ったところ。
さっきの黒い奴と思われるものがそこにいた。黒い犬のようだが、目が紫色である。
(カ、カラコン……だよね?あんな犬、知らないし……!てか邪魔だな……)
その犬と目が合った。なんとなく寒気がした。逃げなければいけないとも思ったが、逃げる理由が分からず混乱してきた。
まずい、まずい、まずい。
黒い犬は何かを確認するかのように鼻を数回鳴らし……飛びかかってきた。
「っっ!!あぅ!!」
ガッツリ腕に食いつかれた。とんでもないあごの力で、もはや噛み千切れそうなほど痛い。
「うわぁぁぁあ!!」
私はパニックを起こし、ゴミ袋を持ったままの噛まれた腕をぶん回す。やがて腕をくわえていた犬はうっとおしくなったのか、私を蹴っ飛ばしながらも、ようやく離れていった。あまりに強く噛まれたせいか腕の感触がまるでなかった。
「………………え?」
なかった。比喩でもなんでもなく、右腕がなくなっていた。
「あああぁぁぁあっっ!!!!」
腕がない事を意識してしまった途端、激痛が走る。血が吹き出す。
意識が途切れてしまいそうなほど痛い。
だが、ここで意識を離したら取り返しがつかなくなる気がした。
(小夜……嫌な予感、当ってたみたいだ)
厄日だ。どうする?あれがただの犬ではないのは一目瞭然だったのに、判断を誤ってしまった。このまま逃げ切れる保証もないが、勝てる見込みもない。
……詰んだ?
黒犬が飛びかかってくるのが見えた。もはや回避する余力もない。
全てを諦め、目を閉じた。
「――《時間停止》」
魔法を唱える声が聞こえた。しかし、聞き覚えのない声だった。心なしか、小夜に、似てる。
目を開けると、世界は白黒の世界……私の世界になっている。
時間のない世界だからか、痛みも今はない。
「生きているか?」
後ろから声をかけられた。魔法を唱えたあの声だ。
恐る恐る振り返る。
そこには見た事のない女性が立っていた。
「こうでもしないと相手出来ないのでな。……しっ!」
彼女はどこからともなく紫色の剣を取り出し黒い犬を両断した。
不思議な事に、両断された犬は一瞬のうちに消滅している。
「普段なら、こんな事になる前に修正できるんだがな…今回は、わずかに来るのが遅くなった。だから、改めて正す必要がある」
この人は、一体何の話をしているのだろうか?
話は難しくて分からないが、少なくとも敵意はない。
「キミには迷惑をかけたな。悪い夢を見たとでも、思ってもらえると助かるな」
夢?いや、これは現実だ。でなければこんな痛みは感じなかった。
貴女は何を言っている?
こちらの疑問をぶつけることはかなわず、私の額に手を当てる。
「カルナフタスよ、我が命に答えろ。《夢か現か幻か》」
その言葉を聞いた途端、私の意識は飛んでしまった。
◆
「……え?」
私は気づいたら部屋にいた。自分の部屋だ。
急いで体を見る。腕が、ある?
「どうした、いきなり体を見て。いつも見てるだろう」
「!?」
いきなり声をかけられて驚いてしまった。
呆れ顔の小夜が、そこにいた。
「さ、小夜……今、何日の、何時だっけ?」
「?……18日の朝6時ちょっとだが」
………。時間が戻ってる?
「私、今日サボろうと思うんだけど、バラす?」
さっきと同じセリフだ。……小夜の返事は?
「いや、来なかった時点で気づくし、何より今さらだ。市役所のほうでボランティア募集もしているようだし、おおかたそこへ行くんだろう?」
…?流れが違う?あ、聞けばいいんだ。
「ねえ小夜、今日って例の嫌な予感、する?」
「ん?いや、とくに感じないが」
「そ、それならいいんだ。それじゃ、行ってくる!」
私はわき目も振らず飛び出した。
◆
里花が飛び出したあと、小夜はふと思った。
「日付の確認。私へのあの質問。まさか、な……」
◆
ボランティアで一日が終わり、何事もなくベッドへと入る。
結論から言うと、何も起こらなかった。
さっきやったルートでゴミを同じだけ集め、最後に同じ路地裏を覗いても見た。
だがそこは寂れた路地が広がるだけで、黒い獣もあの女性もいなかった。
『悪い夢でも、見たと思ってくれ』
彼女の言葉を思い出す。あれは、夢だったのだろうか?
タチの悪い夢だな。
「里花、起きているか?開けるぞ」
部屋へと入り、扉を閉める。閉めるなり扉に背中を預け始める。
「なに?小夜がわざわざ来るの、珍しいね」
「……里花はもっと、珍しい人物に会っているんじゃないか?」
ぎくり。
「里花の朝の言動は、まるでタイムリープした人のような言動だった。小説とかでよく見るやつだ」
「あはは……わかりやすいか……」
「そこでだ。……『カルナフタス』、という言葉に聞き覚えは?」
「うん、ある。最後に言ってたんだよ……『カルナフタスよ、我が命に答えろ。《夢か現か幻か》』って」
「彼女のそれは、魔法だ。その魔法は記憶や意識を過去かつ平行世界の好きなタイミングの同一存在に上書きできる。在りていにいえば、対象をパラレルワールドにタイムリープさせる能力だ」
……とんでもない能力だな。というか、なぜ。
「小夜は、その人のこと知ってるの?」
「ああ。その人は……泣森夜雲。私の姉だ」
「姉がいたんだ……何してる人なの、あの人……剣持ってたけど」
「すまない、上手く説明できる気がしない。ただ、それだけの事をしている人だ」
「無理に聞いたりはしないよ。事情ありそうだしね」
彼女は扉を開け、廊下へと出る。
「寝る前に押しかけてすまなかったな。それだけは話そうと思ってな」
軽く手を振って答える。
「大丈夫。気になってたしね……それじゃ、おやすみ」
小夜は扉を閉め、自分の部屋へと戻っていった。
(小夜は、もしかしたら、あの黒い獣の事も知っているのかも……)
もやもやした物を抱えながらベッドへダイブ。
意識だけで言えば二日寝ていないので、疲れは限界だった。
「ま、そのうちまた、会えるよね……」
目を閉じ睡魔に身をまかせ、そっと意識を手放した。




