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十二話

「おい! ちょっと待てって! ……あれ? って体が痛てぇ!」


 正体不明の存在に向かって再び強く叫ぶ。と、同時に俺の意識が覚醒する。

 視界には、先ほど運ばれてきた医務室の景色が広がっていた。体の至るところが痛い……。

「あ、起きた。リーザ、あいつが起きたわよ! っていうかあんた、怪我人の割にすごい起き方するわね……」

「え、ほんと!? 今行く」

 目の前にいたエステアが大きな声でリーザを呼ぶ。

 その声に応え、リーザがパタパタと駆けてくる音が聞こえる。

 どうやら二人で俺の様子を見ていてくれたようだ。隣のベッドでは凛とフー子が寝かされているのが見える。

 フー子は疲労で休んでいるというよりは、単なる昼寝のようで、人の姿のままで気持ち良さそうに眠っている。鳥の姿の凛が抱きつかれて苦しそうだ……。

 しかし、先ほどまでの不思議なやり取りは何だったのだろう。またバングルの力でどこかの世界と繋がったのだろうか? そういえばバングルが少し熱を帯びているような気がする。

 でも、この街というのがこのエリスの街を指しているのであれば、異世界からのリンクでは無さそうだ。このバングルは異世界の存在とリンクするというアイテムだったはずだが……。

 うーん、考えてもさっぱり分からん……。

 とりあえず、さっきの出来事は今考えても答えが出そうに無いので、一旦置いておくしか無さそうだな。

 そんなことを考えているうちにリーザがベッドの側まで来てくれていた。

「コータ、体の方は大丈夫?」

「ああ、休んだら大分ましになったよ」

「それは良かったわ。でもまだ無理しちゃ駄目よ」

「そうだな。ありがとう」

「そんな心配なんてしなくても、殺したって死なないわよ。こいつの生命力はカカラ虫並みなんだから」

「殺したら普通に死ぬわ! というかカカラ虫ってなんだよ!?」

「そうなの? って、カカラ虫を知らないの? あんた商人見習いだって言ってたけど、産まれはどこなのよ?」

 思わず突っ込んだらやぶへびだった。このまま出自を問い詰められるのはまずいな。

 この二人になら、俺が異世界から来たことも打ち明けてもいい気もするが、正直まだ迷っている。情けない話だが、勇気が出ないのだ……。

 しかし、カカラ虫というのは、地球でいうところの、あの黒光りしているカサカサ動くようなやつなんだろうか?


「意外と元気そうだな? これならさっきの話を聞いても問題ないだろう」

 唐突にドアが豪快に開き、アリス先生、エルド爺さんが医務室の中に入ってきた。

 大きな音で、隣のベッドに寝かされていた凛とフー子も驚いて起きたようだ。

「あ、は、はい。もう大丈夫です」

「そうか。じゃあ早速で悪いが、さっきの事を説明してもらおうか」

 アリス先生の切れ長の鋭い眼光が、俺を見据える。本人からしてみれば、別に睨んでいるわけではないのかもしれないが、女性にしては高い身長と、スタイルの良さも相まって特殊な威圧感が感じられる。

 俺はそうではないが、アリス先生に是非踏んで欲しいと嘆願する者がたくさんいそうだ。俺はそうではないが。


 俺はまず、集まっている皆にカーマンに襲われたことを掻い摘んで説明した。

「またあいつか……」

 アリス先生が呆れたと言わんばかりのため息をつく。

「カーマンかぁ。あいつのリーザへの執着は異常よねー。まあ、それがなくてもあたしはアイツが大嫌いだけどね」

 エステアもリーザと仲良くしていることで、何かされたのだろう。眉間に皺を寄せた苦い顔で、アリス先生に同調する。

「コータ、私のせいで……。ごめんなさい」

「いや、リーザは悪くないし、気にしないでくれ」

 リーザすまなさそうに頭を下げてくれた。実際、リーザにはどうすることもできないだろうし、リーザは悪くない。

「うちの生徒が迷惑をかけたようで悪かったな。お前が校舎の裏に連れて行かれるのを見た者もいるし、奴には前科もあるから、お前が今説明してくれたことは信用しよう。あいつにも事情を聞くが、おそらく現場を見た者がいないということで、白を切るつもりなのだろうな」

 カーマンを罰せられないのは残念だが、アリス先生は俺の言ったことを信用してくれるようで、ひとまず安心した。


「ところでずっと気になっていたんだけど、そろそろその子の説明をしてくれない?」

 エステアがフー子を指差し、俺の方を見た。

「いや、実は……」

 俺は前の晩に夢の中のような場所でフー子と出会って、カーマンとの戦いの中でバングルに導かれるように、フー子を召喚したことを順を追って話した。

「ふーん、イーリスからもらって言うそのバングルは、一応ちゃんとした物だったっていうことね」

「まあ、そうだな。ただフー子が何者なのかは、本人さえも分かってないみたいだけどな。最初召喚したときは獣の姿だったし」

「なになに~? 元の姿にもどればいいの? えいっ!」

 話に入れず暇だったのだろう、ポンッという音と共に、いきなりフー子が小さな狼の姿に戻った。

 そして、俺の傍までやってきたので抱き上げて撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めている。しかし、ふかふかして気持ちがいいな。

 何やら凛がこちらをじっと睨んでいるような気もするが、きっと気のせいだろう。

「人間の姿になれるなんて、きっとかなり高位の存在なんじゃないかしら? 熟練の召喚術士でもそうそう簡単に召喚できるものではないし、いきなりそんなすごい子を召喚するなんてすごいわ!」

「おいおい、ちょっと待て。話の展開が早すぎて付いて行けんのだが、こいつが腕にはめているバングルがイーリスから貰った物というのはどういうことだ?」

 話しに入るタイミングを窺っていたのだろう。アリス先生が俺のバングルを見ながら俺達に説明を促す。

「あっ、色々ありすぎて元の目的を忘れるところだったわ。アリス先生、先生をお呼び立てしたのはこのコータのことで相談があったからなんです。実はコータは女神イーリスに直接会って、依頼を賜ったんです」

 リーザは、俺がイーリスの祝福を受けたいと申し出た経緯(いきさつ)から、イーリスの神殿で起こった出来事、イーリスから依頼を受け、その代わりにバングルを下賜(かし)されたことなどを丁寧に説明してくれた。

「ふむ。……通常イーリスが姿を見せることは滅多にないと聞いているが、それは本当なのか? まあそのフー子とかいう獣を見ても普通ではないのは分かるが……」

「やっとわしが喋れる番がきたかのう。リーザの今言った神殿での出来事はわしも直接目にしておるし、イーリスが人間の前に姿を現すことは滅多にないとは言え、わしも会ったことはある。少なくともこいつにそんな嘘をつけるような頭があるようには思えんし、ある程度は信じても良いんじゃないかのう」

 いちいち余計な一言が癪に障るが、エルド爺さんが助け舟を出してくれる。

「まあ、エルドさんがそこまで言うのなら……一応信じましょう。で、相談と言うのはなんだ?」

 一応ではあるが、信じてくれたらしいアリス先生がリーザに向き直り、先を促す。

「あの、イーリスの依頼の内容は、先ほど話した通りイーリスの妹である女神アルミナのことなんです。どうも気性の荒い女神のようで、イーリスの依頼を達成するためにはどうしても戦わないといけなくなりそうなんです。なので、パーティを組んだり準備を整えたりするためにも、学園でも正式な依頼として扱ってもらえないか、お願いしたかったんです」

「ほう。つまりはこの学園にも関わることだから手を貸せということか」

 アリス先生はリーザの意思を確かめるように、その鋭い目でリーザを見つめる。

「はい」

 リーザはアリス先生の威圧にも負けず、まっすぐ先生を見つめ、頷いた。

「……いいだろう。学園長にも話を通しておいてやる。しかし、これから私が出す条件をクリアできたらという制約付きだがな」

 そう言ってアリス先生は俺の方に向き直る。

「一つ目の条件は、一ヶ月後に開催される学内のチーム対抗戦にお前が出て、優勝することだ。神に挑むんだ、最低でもそのぐらいの実力がないと、うちの学園からの正式な依頼は出せない。そのためにお前には、この学園にも入学してもらことになるな」

「え、ち、ちょっと!? 俺がこの学園にですか!? しかも対抗戦で優勝って……」

「そうだ。特待生扱いで、なんと入学金や学費は免除してやろう。親切だろう? 言っておくが拒否権はないからな。そんな危険な獣を連れているんだ、豚箱に放り込まれないだけマシだと思え」

「あ、は、はい。 ……わかりました」

 鋭い眼光で睨まれて、頷いてしまった。この人、絶対人を一人か二人ヤッたことあるだろ……。

「そして二つ目は、学園から出されるクエスト等の依頼をこなしてもらい、壊れた校舎の修理費を稼いでもらう。事の発端はカーマンかもしれんが、そのフー子とやらが壊したということだしな」

「くふふっ、まあせいぜい頑張りなさい」

 エステアが嬉しそうに俺のほうを見て笑う。こいつ、そんなに人の不幸が嬉しいのか。

「エステア、何を言ってるんだ? もちろんお前も一緒に手伝うんだぞ?」

「えっ!? なんでアタシがコイツの手伝いなんかしないといけないんですか!?」

「圧倒的に単位が足りてないお前への、私なりの気遣いだったんだがなぁ。特別に点数を加算しようかと思っていたが、いらないのなら仕方ない。もう一度、一年からやり直してもらうこととしよう」

「ぐっ、……わかりました。やらせて……もらいます」

 ギン! という効果音が出そうなぐらい恐い顔でこちらを睨んでくるエステア。

 いや、俺を睨まれてもなぁ……。

「リーザ、悪いがお前にもこいつのサポートをしてもらいたいんだが、受けてもらえるか?」

「はい。元より私はそのつもりだったので、異論はありません」

 そう言って、こちらに少しはにかんだような、華やかな笑顔を見せてくれるリーザ。

 ええ子やぁ。思わず関西弁になるぐらいええ子やぁ。

「そうか。じゃあコータとやら。急ではあるが、明日から学園で生活してもらう。細かなことは明日色々と説明してやるから覚悟を決めておけ」

 そう言ってニヤリと笑うアリス先生。何の覚悟がいるのかはわからないが、一応心の準備はしておこう。

 その後、アリス先生は俺に明日の集合場所と大まかな時間を伝達し、自分の仕事にまた戻っていった。

 エルド爺さんも、役目は終わったとばかりに自分の小屋に戻るようだ。


「なんだか思ったよりも大事になったわね」

「そうだな。俺が学園に通うようになるとはなぁ……」

「大丈夫よコータ、私も色々協力するし。学園生活もきっと楽しいものになるわ」

「ああ、ありがとう。二人とも頼りにしてる」

「はぁ? 私は私の利益になることしかしないわよ。なんであんたの学園生活のサポートなんてしないといけないのよ」

「えっ、あ、そ、そうだよな。俺なんかに構ってる暇なんてないよな。……ごめん」

「…………だぁっ! もうっ、わかったわよ。手伝えばいいんでしょ、手伝えば!」

「い、良いのか?」

「良いっていってるでしょ! はぁ、リーザが駄目な弟をができた気分だって言ってたのがちょっと分かった気がするわ」

「……良くわからんが、すまん」

「ったく、こういうときはありがとうでしょ!」

「あ、ああ。ありがとう」

「二人とも随分仲良くなったのね」

 リーザは俺とエステアのやり取りを見て、微笑ましそうにクスクスと笑っていた。このやり取りは仲が良いのだろうか?

 でも、なんだかんだエステアも面倒見いいよな。少しずつこいつのことも分かってきた気がする。

「なっ! そんなんじゃ無いわよ!」

「はいはい。そうね」

 そういってまたクスクスと可笑しそうに笑うリーザ。

「もう、リーザなんか知らないからね!」

 やっぱりこの二人は仲がいいんだな。いつも楽しそうだ。


 色々有ったが、当初の目的は半分? 達成することができた。とにかく、否応なしに明日から学園での生活が始まってしまう。元の世界でさえ無理だった学校での生活が、異世界でまた始まろうとは……。

 不安しかないが、元の世界とは違い、既に俺には味方がいる。その部分が今までとは大きく違うところだ。悪いことばかり考えていても、良い事が起こる気がしないので、ここは無理やりにでも前向きに考えよう。

 リーザにエステア、凛にフー子と俺の周りには美少女揃いじゃないか! まあ半分は人外だが……。

 そんな下らない事を考えると少しやる気が出た。

 平穏な学園生活が送れる気は微塵もしないが、とにかく明日から頑張ろう……。


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