十一話
「お前、フー子なのか?」
「そうだよ! コータはやっぱり優しくて温かいね。その子を守るためにそんなになって……」
そういいながら近寄ってくると、こちらに頭をこすり付けてくるフー子。
くすぐったいが、なんだか心地よい。すると俺と凛の体が温かい光に包まれた。不思議と痛みが少し和らいだ気がする。
「痛みが……。これはフー子の力なのか?」
「えへへ」
フー子はこちらを見てただ嬉しそうに笑っている。
「くっ、貴様、変な術を使うようだがどうせ貴様が呼び出した物など畜生以下のゴミクズに決まっている。その鳥と同じ目に合わせてやるから覚悟しろ!」
眩暈から立ち直ったのか、カーマンがこちらを睨みつけている。
「おい、さっさと起きろ! あの目障りな獣もさっきの鳥と同じ目に合わせてやるぞ。もう遊びは終わりだ!」
凛がカーマンの魔法で吹き飛ばされる前に掌底を食らわせた方の取り巻きは、何とか復活したようで、おぼつかない足取りで立ち上がる。
「フー子、逃げろ! あいつら魔法を使ってくるぞ!」
俺は痛む体に鞭打って何とか立ち上がろうとするが、まだ体に力が入らない。
そうしている内にカーマンと取り巻きは魔法の詠唱に入った。
「「大地に眠る精霊の子等よ、我らが母、女神イーリスの名の下に、我に力を与えたまえ! ロックショット!」」
フー子に向けて、両手で何とか抱えられるかどうかという大きさの岩が二つ、高速で放たれる。
「フー子っ!」
俺はこの後に待っているだろう惨劇を想像し、思わず目を瞑る。
しかし、想像していた悲鳴は何故か聞こえず、目蓋越しに強い光を感じる。
そしてその数瞬後、岩が何か硬いものに当たり、砕けるような凄まじい音が鳴り響いた。
ゴガァァァァン!
俺は思わず目を見開くと、そこにフー子の姿はなく、フー子の毛並みと同様の青白く輝く髪を持つ、神秘的な雰囲気の少女が、淡く輝く障壁を纏い立っていた。
「な、何だと!? どうなっている? お、お前は誰だ!?」
確実に仕留めたと思っていた魔法が失敗したことに加え、正体不明の少女が目の前に現れたことで、カーマンが混乱した様子で叫んでいる。
「お前達がコータをいじめた悪いやつだな! 覚悟しろぉ!」
少女はそう叫ぶと、両手を前にかざし力を込めている。少女の手の平には、目で見て取れるほどのエネルギーの粒子がどんどん吸い込まれていく。
「やぁっ!」
少女の気合の声と共に、両手から視界が光で埋め尽くされるほどの、圧倒的な量のエネルギーの奔流が吐き出された。
ドオォォォォン!
光の奔流が激しい轟音と共に対象を吹き飛ばす。どうやら見事に吹っ飛んだようだ。……校舎が。
エネルギーの奔流は尚も直進し、遥か彼方に消えていった。
おいおい! 巻き添えとかは大丈夫なんだろうな……。
威力は凄まじいが、コントロールは皆無のようだ。
「ひっ!」
カーマンとその取り巻きが、腰を抜かしてその場に座り込んでいるのが見えた。
それはそうだろう。あんなのを食らえば消し炭どころか、塵一つ残らないだろう……。
「おかしいなぁ……。もう一発!」
「ひっ、ひぃぃ!」
「ちょ、ちょっと待った」
もう一度同じ攻撃を放とうとしている少女に、俺は思わず静止の声をかける。
いくら下衆が相手とは言え、あんな凄まじい威力の攻撃を当てれば死んでしまう。いくら憎い相手とは言え、流石にそれはやりすぎだ。
それにあのコントロールを見るに、無関係の人を巻き込みかねない。
……さ、さっきのは校舎の端の方だったし大丈夫だよな!?
「えっ? でも悪いやつ、まだやっつけてないよ?」
不思議そうな顔でこちらを見つめる少女。
「お前、フー子でいいんだよな?」
「そうだよ! 見れば分かるでしょ」
「いやいや、さっきまで動物の姿だったじゃないか! と、とにかく、あんな攻撃当たったらそいつら死んじゃうだろ。それにお前ノーコンみたいだから他の人を巻き込みかねないし。……あんた達もまだ死にたくないだろ?」
そう言ってカーマンとその取り巻きの方を見ると、二人はカクカクと首を縦に振り頷く。流石に戦意はどこかにいったらしい。
フー子も未だ不満そうではあったが、一応言うことを聞いてくれるようだ。
二人は何とか立ち上がり、気絶している一人を担ぐと、青い顔をして足早に去っていった。
俺もあまりの事態に、怯えているのが少し馬鹿らしくなってきた。いつまでも倒れているわけにもいかないので、痛む体を抑え立ち上がる。
まだ恐怖は消え去ったわけではなかったが、もう足は震えてはいない。それどころか、今は不思議な感覚に包まれていた。
凛がカーマンに奪われそうになった時、俺は凛を必死守ろうとした。
情けない話だが、今までの自分ならきっと早々に諦めていたはずだ。俺は少しずつ変わっている……そんな予感がする。
どうしようもない、逃げてばかりだった俺が変われるのだろうか……。
そんな、今は答えが出そうもない思考が、頭を巡る。
と、そこで、この校舎裏に続く道の入り口から大きな声が聞こえた。
「おい、そこのお前! そこで何をしている!」
声のした方を確認すると、声の主であろう知らない女性とリーザにエステア、エルド爺さんが警戒しながらこちらに向かってきていた。
さっきの轟音を聞いてやってきたのだろう。
リーザとエステアはボロボロになっている俺と凛を見つけると、駆け寄って来た。
「コータ! その傷どうしたの!? 凛ちゃんも傷ついているみたいだし……」
「ちょっとあんた、大丈夫なの? すごい音がしたと思って来てみたら、校舎壊れてるし! それにその女の子は誰よ?」
「僕? 僕はフールリルンだよ! フーコでもいいよ!」
「はぁ? どっちよ……」
なんだか収集がつかなくなってきた。
「おいっ、そこのお前! 状況を説明してもらおうか……と思ったが、その傷じゃあ手当てが先だな。野次馬も集まってきたし事情を聞くのはまた後にしよう。リーザ、エステア! こいつを医務室まで運んでやれ」
「はい。アリス先生」
「わかりました」
リーザとエステアがアリス先生と呼ばれている女性の指示を受け、俺に肩を貸してくれた。
凛もリーザの腕の中で優しく抱きしめられている。ボロボロの俺に変わって医務室まで運んでくれるようだ。
「エルドさん、申し訳ないが、校舎の修理をお願いできますか?」
「ああ、了解した。それがわしの仕事じゃしな。応急処置ぐらいならわしでも何とかなるじゃろう」
アリス先生と呼ばれる女性がそう依頼すると、エルド爺さんは了承の意を示し自分の小屋に修理材料を取りに帰っていった。
「さて、とりあえずこの場を離れるとしよう。私は怪我人が他にいないか確認した後、一旦この件を学園長に報告してくる。おい、お前! 手当てが終わった頃に事情を聞きに行くから、逃げずにいろよ」
「あ、は、はい」
鋭い眼光で睨まれ、思わず萎縮してしまう。
この女性、どうやらこの学園の先生のようだが、威圧感が凄まじく、教師というより教官といった方がしっくりくる。
「じゃあ、行きましょう。コータ」
「あ、ああ。ありがとう」
そんな俺の居心地の悪そうな顔を見てか、リーザが先へ進むよう促してくれた。
後ろを見ると、フー子もちゃんと付いてきているようだ。
俺はリーザとエステアの助けもあり、おぼつかない足取りで何とか医務室までたどり着くと、目の前にあったベッドに倒れこんだ。
「コータ!?」
「ちょっと!? しっかりしなさい!」
「ああ、大丈夫。ちょっと疲れただけだから、少し休ませてくれ……」
リーザとエステアの驚く声が聞こえたが、精神と肉体の疲労が脳にガンガン休息要請を飛ばしており、その欲求に俺は抗うことができず暫しの眠りに就いた。
…………。
…………。
…………ん? ……なんだ?
意識が覚醒する感覚がしたので、眠りから目覚めたのかと辺りの様子を窺ったが、周りは何も見えない暗闇だった。
フー子と出会ったのもこんな暗闇の中だったな。……ということは、また何か別の世界と繋がっている状態なのだろうか?
しかし、今回はフー子の時のように誰かの声が聞こえる訳ではなく、そこにはただただ暗闇と静寂があるだけだ。今度こそただの夢なのだろうか。
《……ザザ…………ザザザ……》
何だろう? 何だかテレビの砂嵐の様な、ラジオのチューニングがずれているような雑音が聞こえる。
《……て…………けて……》
まただ。今度は薄っすらと途切れ途切れのか細い声が聞こえる。
どうやら女性の声だということが辛うじて分かる。
《……つは……に……もの……》
《……の……街…………災い……もたら……もの》
正確には聞き取れないが、不穏な言葉が聞こえる。
「あんたは誰だ?」
《……しは……………ス……》
「すまないが全く聞き取れない。もう少し何とかならないか?」
《……め……なさい……もう……たにしか……のめない》
《……わた……の……しゅ……くを……あな……にさず……ます》
《……お願い、この街を救って》
「えっ!? お、おい、この街を救うって何からだよ!? なぁ!」
ブツッ。
何かの電源が落ちた時の様な音を残しそれ以降謎の声は聞こえなくなったが、最後の言葉だけやけにクリアに耳に残っている。街を救ってくれというその言葉は、俺の頭の中を様々な疑問と共にぐるぐると回っていた。
一体何が起こってるんだ? 意味がわかんねぇよ!




