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双魂ナインテイル  作者: 幽猫
第一章 残火共鳴

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05

「結界術にはある程度の空間が必要だが、今日は他に生徒会が使用する予定はない。この部屋を使わせてもらおう」


 本郷先輩の提案に、私たちは賛成した。

 でもまさか職員室と校長室に並ぶ、学校で呼び出されたくない部屋ベストに入りそうな生徒会で、降霊術じみたことをするなんて。


「範囲内に霊力を満たすため、少し集中する。邪魔をしないでくれ」


 先輩はそう前置きすると先日と同様、ポケットから数珠を取り出した。

 今更だけど、常に持ち歩いてるんですか。訊くか迷ったけど、本人がやる気になっているのを削いでしまいそうなのでやめた。

 数珠を握り締めて掲げるように持つ。そして、詠唱が始まった。

 ここに来るまでの間で教えてもらったけど、真夏が言うにはこれは真言という強い力を持った言葉らしい。

 時間にしておよそ一分か二分くらいだっただろうか。先輩は大きく息をついた。冷房をつけているにもかかわらず、額には汗が滲んでいる。やっぱり結界をつくるのって、たいへんな作業なんだ。


「よし、いいぞ」


 私は部屋を見回した。けど、さっきと部屋に何か変化があるようには見えない。本当に結界なんてあるの?


「……なにも変わった感じしないけど」


「まー、そうだね。弥生ちゃんは霊視できるほど霊力持ってないし」


 なにそれ。結局視えないってこと? 今までの時間はなんだったのさ。

 私が口を挟むより早く、真夏の手が私の顔を覆った。ふんわりとハンドクリームの香りがする。


「だからこうするの」


「ちょっ、真夏? なにして……」


「弥生ちゃんは気づいてなかったかもだけど、あの日は剛が隣から弥生ちゃんに霊力を分けてくれてたんだよ。私に耳や尻尾があるように見えたのも、怨霊を見ることができたのも、そのおかげ」


「……え?」


 うそでしょ。だって、そんなの。


「……いつ、そんなことしてたの?」


「俺がおまえの肩に手を置いたときだ。ほんの少しだけだが短時間ならそれで事足りるからな」


 本郷先輩の答え合わせに、私は驚愕した。

 あんな、なんでもないようなボディタッチでそんなことが起きていたなんて。


「今度のはちょっと違うよ。タマに借りてる私の霊力を渡すから、そう簡単には終わらないもんね」


 得意気に語る真夏の言葉は、あまり届いていなかった。というのも私の中で、本郷先輩のイメージが書き変わっている真っ最中だったからだ。

 初対面のときは目つきが悪くて、短気で、おっかない人なのかと思ってたけど。台詞でカッコつけたり、知らないうちに気を回していたり、女の子に動揺したりするのを見ると、案外普通の男の子なんだ。

 人は見かけによらないというけれど、ほんとにそうだ。


「おっけー、準備完了。さあ、弥生ちゃん。この子がタマだよ」


 真夏が手を離すと、私はゆっくりと目を開いていった。途中で瞑っていたから、蛍光灯の明かりが眩しい。光に慣れるまでまばたきを繰り返していると、


「……あ」


 なにもなかったところがぐにゃりと歪み、ぴんと屹立した耳が現れた。金色というよりはキャラメルを連想するような濃い色の髪。肌は雪を塗したように真っ白で、唇は綺麗な桜色。白い毛皮の外套に、紅色の帯。足元は足袋のような黒いブーツを履いている。

 色合いは落ち着いてるけど、江戸時代の花魁みたいな格好だった。

 しかも私よりずっと小柄。年齢的には小学生くらいの、狐耳と尾を生やした女の子が、そこにはいた。


「……なんだよ、そんなじろじろ見るな」


 こっちを見据える紅玉のような双眸。

 そのあまりの美しさに、私の意識は吸い込まれた。


 なに、この可愛い生き物。私が想像してたのと全然違う。


「なあ、聞いてるのか?」


 頭上の狐耳がぴくぴく小刻みに動き、ふっさりとした尾が僅かずつ左右に揺れる様子に、私の両手があり余る欲求に抗えずに伸びていく。


「……?」


 不思議そうに私の手を見つめるタマ。その視線の上を素通りし、指の先端でくすぐるように先のとんがった耳の縁をなぞった。


「ふあっ!?」


 びくん、とちっちゃな身体が跳ね上がった。あまりにも可愛い反応に、胸の奥がきゅっと締まる。欲求の望むまま、耳から背中に手を滑らせる。


「な、なにするんだ。おい、こら」


 わあ……すっごくふわふわ。それに、とってもいい匂い。動物にありがちな獣臭じゃない。まるで干したてのお布団のような。そう、お日様の匂い。


「放せ、放せってば」


 気づいたときには私はタマの尻尾をしっかりと抱きしめてしまっていた。

 な、なんという吸引力。もふもふの力、恐るべし。

 私を引き離そうともがくタマ。でも、腕の中の幸せを手放したくないとついつい抵抗してしまう。一秒でも長く、このぬくもりに触れていたかった。このまま心地良い眠気に身を任せてしまいたい。


「いい加減っ……離れろ!」


「熱っ!?」


 反射的に私は手を引っ込めた。ぬくぬくだった尻尾が、急に沸騰したかのように熱くなったのだ。

 その一瞬の隙をついて、タマは真夏のもとへ逃げるように縋りついた。振り向きざまに私を睨みつけてくるその様子は、まだ人に慣れていない子猫を想起させる。

 いいなあ、真夏の立ち位置。私もそっちに行ってみたい。


「よしよし。どうしたの、タマ」


 背中をさすってなだめる真夏に、タマが恨みごとのように呟いた。


「……わたし、あいつ嫌い」


「ありゃりゃ、嫌われちゃった。流石に初手からモフりに行くのは悪手すぎたねー」


 どうやら思いっきり醜態を晒してしまったらしい。いくらもふもふの誘惑に負けたとはいえ、これじゃあせっかくの機会がパァになってしまう。


「あ、えと。ごめんね、タマちゃん。私つい、我を忘れちゃって……」


 なんとか空いた距離を縮めようと、私は精一杯のしおらしさを出してみたのだけど、子狐ちゃんは体毛を逆立て、顔を真っ赤にして叫んだ。


「そんな名前で呼ぶなっ。いいか、わたしは玉梓(たまずさ)。タマちゃんなんかじゃない」


 それを聞いた途端、私はすぐに地雷を踏み抜いてしまったことに気づいた。

 玉梓。つまり、タマというのは本当の名前じゃなくて、愛称だったんだ。彼女の愛くるしさがあまりにも似合いすぎて、私は勝手にそういう名前なのだと思い込んでいたらしい。


「……ごめんなさい、タマ。いや、玉梓」


「タマって呼ぶな」


 ぴしゃりと否定された。爪痕は思いの他深そうだ。


「でも、真夏はそう呼んでるんでしょ?」


「……しつこいから諦めた。別に許したわけじゃない」


 どうやらうちのゆるふわ女子の距離感クラッシャーぶりは妖怪相手にも有効らしい。もの怖じしないというか、目上だけでなく人外にも適用可能とか、もはや特殊能力の域じゃない。


「もー、タマは素直じゃないんだから。まあ、無条件にモフれるのは私の特権ってことで」


「おまえは少し自重したらどうだ」


 しゃがみこんで狐っ子を抱きかかえる真夏。幸せそうに頬ずりをする彼女の額を、玉梓はため息混じりに指二本で突いた。


「でも、いいな。真夏はこんな可愛い子とずっと一緒にいたってことだもんね。私にも霊力があったらな」


 玉梓の耳がびく、と反応した。二人のやりとりを見て、なんとなく口にした独り言だったのだけど、彼女は真夏を振り払い、片手を腰に当ててこう言った。


「調子に乗るな。見えてもいいことばかりじゃないんだからな」

 



 


 

 

 

 


 

 

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